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和樹誕生日記念

間に合った…

ーー夏は暑い。


そんな事は子供でも知っている事だが暑いのは否応なく人間を不機嫌させてしまうものだ。


「ーーあちぃ………」


「……………」


「暑ぃ暑ぃ!!むしろ熱ぃぃぃぃっ!!仕事になんねぇぇぇぇぇっ!!!」


「……大尉、暑い暑いと文句垂れる前に手を動かしてくれませんかね?言っときますけど俺も暑いんですからね?」


半狂乱の一歩手前となっている将司に冷やかな視線を送りつつも嗜めるのは楊敦凱ヤン・ドゥンカイ中尉だ。


「……なぁパンツ一枚になっていーい?」


「……それは私邸か周瑜の姐さんの前だけにして下さい。ここは城です」


上官の要望を切り捨てた中尉だが、ここは将司の率いる軍の本拠地となる廬江郡 舒の城内だ。


加えて言えば中尉の横にある机に突っ伏して暑い暑いと文句を垂れている上官は半年前に就任した廬江郡太守である。


黒狼隊で副長をやっていた頃ならば駐屯地でラフすぎる格好をしても咎められなかっただろうが、現在となってはおいそれと下手な格好は出来ない。


ーーというのは建前で中尉本人としては、いくら尊敬する上官だったとしても二人きりで仕事をしている密室空間で野郎の半裸を眺めるのは目の毒以外の何物でもない。


むしろ、パンツ一枚になられると暑苦しさが倍増してしまいそうな気がしてならなかったのだ。



「夏嫌い~~……」


「良いでしょう夏。気温の上昇で薄着になる女性達、ビーチではしゃぐ水着のナイス、キンキンに冷えたビール」


「言っとくけどな……ここ三国時代だからビーチも水着もねぇぞ?」


「妄想して下さい。そもそも暑いというなら砂漠や密林での戦闘はどうなのですか?」


「それはそれ、これはこれ」


「まったく……ああ言えばこう言う……」


「それもこれも全部暑さが悪いんだーー……あ、そういや相棒の誕生日も夏だったな」


「……あぁ…そうでしたね」


軽口の連続に、今からでも九江郡にいる朴中尉に連絡して配置の交換を願おうと考えていた彼だったが別の上官の名前が話題に上がり、その不穏な考えを一旦忘却の彼方へと追いやった。


「8月でしたっけ? 」


「8月15日。戸籍上の事だから本当かは判んねぇけど」


「あぁ……日本だと終戦の日でしたか。……終戦の日に生まれたのに少佐と来たら……」


「敗北味わうくらいなら敵諸共道連れにしそうな勢いあるよなぁ…」


「むしろ徹底抗戦しそうですがね。……なにかしますか?」


「パーチー的な?」


問い掛けると中尉が首肯した。


「いやぁ………恥ずかしくね?つーか野郎も良い歳だぜ?」


「まぁそうですがね。ぶっちゃけ少佐の誕生日祝いと称して酒飲みやりたいだけです」


「あ、そういうこと…」


気が抜けたような返事をしつつ将司がタバコを銜えると中尉も倣って葉巻コイーバを銜えた。


「で、なにすんの?誕生日おめでとーな歌でも歌う?俺は嫌だぜ?」


「俺も嫌です。……ちょうど夏ですし…花火でも打ち上げますか?」


「花火ぃ?……何で打ち上げんの?」


「迫撃砲で」


「………お前、バカ?」









「ーー可能だと思いますよ?」


「え、マジ?」


沿岸警備隊への視察という名目で駐屯地を訪れた将司と中尉を迎えたのは沿岸警備隊を指揮するシン少尉だった。


指揮所のテントへ通され、冷えた麦茶を飲んで喉を潤した頃、来訪の目的を告げれば少尉は麦茶が注がれたグラスを傾けつつ返答した。


「最大仰角で発射し、弾頭へ時限信管を組み入れて空中で起爆させれば良いだけでしょう。ただし弾殼は飛び散りますから、弾頭その物を木製等の物にしなければなりませんが」


「でも一応出来るんだ……」


「一応、ですがね。照明弾も空中で開きますし、日本海軍なんかも対空砲弾として零式通常弾や三式弾を採用してましたから不可能ではないでしょう」


嘯きながら少尉はグラスを卓上に置いて首へ巻いたタオルで汗を拭った。


「問題は撃ち出す弾です。弾殼は当然飛び散りますが、被害を抑えるため木製等の物に代替すると強度が落ちてしまいます。ヘタをすると砲口へ落として撃針で叩かれた瞬間、暴発する危険も孕んでますよ」


「そこは、お前の工作技術でちょいちょいっと」


「無茶を仰る……」


将司がソフトパックのタバコを差し出して一服を進めると少尉は苦笑しながらもそれを受け取り、作業服のポケットから取り出した防水マッチを擦って火を点ける。


「まぁ……やってみましょう。元々、日露戦争でも日本軍は花火の筒みたいな木砲で急造の迫撃砲を使用してましたし」


「頼むわ」


「……つーか、お前……やたら日本軍に詳しいな?」


「…まぁネットゲームの影響で……」


「「………え?」」





ーー試作品一発目ーー


「ーー半装填良し!!」


「ーー撃てっ!!」


「ーー撃てっ!!」


「ーーお~~撃てた撃てた……」


「ーー案外簡単にいけそうですね……っ!?」


「ーー炸裂しないっ!?退避退避ーーっ!!」


「ーー砲弾落ちてるぞ!!逃げろーーっ!!!」





ーー試作品二発目ーー


「……一発目はヤバかったな……」


「結局、不発だったのが幸いでしたけど…」


「次はたぶん大丈夫でしょう。ーー半装填!!」


「ーー半装填良しっ!!」


「ーー撃て!!」


「ーー撃てっ!!………………あれ?」


「…………あら?」


「………撃針が折れたとか?」


「いや、それはないでしょうけど………ちょっと蹴って衝撃与えてみますか?」


「「……………え?やだ怖い」」


「ーーあ、あの……少尉?…なんか砲身の中から煙上がってるんですけど………」


「ーーおい、それって装薬燃えてるんじゃねぇか!?」


「ーー退避退避ぃぃぃぃっ!!逃げろぉぉぉぉっ!!?」






「ーー砲が一門使えなくなりましたね……」


「ーー予備を後でこっちに送るわ……」


「ーー俺達って花火作ってるんですよね?なんでこんな命懸けなんですか?」


暴発の衝撃で砲口が開いた花弁のような形となり破損して使い物にならなくなった迫撃砲を囲み、男達はタバコをふかしながら溜め息を吐く。


「火薬を使っている以上、花火製作は命懸けでしょうが……あんまりですよね」


「俺達が使ってるのは火薬じゃなくて炸薬だけどな」


「うん、そこから間違ってる気がしてきました」


「というか……迫撃砲を使う必要があるんですかね?もっとこう……ロケット花火みたいな…」


「「………………あっ」」


冷静すぎる少尉の指摘に二人は気の抜けた声を上げた。






ーー九江郡寿春ーー



本日の課業が終わった和樹は片付けを済ませ、私邸へ帰ろうとしていた。


その時、執務室を訪れたのは酒瓶を携えた朴中尉と曹長である。


片付けを済ませたばかりの執務室の床へ座らされ、始まったのは酒盛り。


「ーー隊長、誕生日おめでとうございます」


「ーーおめでとうございます。また三十路に近付きましたね」


「ーー素直に喜べないのは気のせいか?」


苦笑しながらも和樹は曹長から酌を受け、杯を傾けて酒を飲み下した。


内々でのささやかな酒宴をしていた時ーー不意に城外から爆発音が響く。


「ーーなんだ?」


「ーー敵襲?」


「ーー爆薬を使う集団は我々ぐらいですよ。暴発ですかね?」


「ーーそれはそれで一大事だろう…」


窓へ近付き、和樹が窓の戸を開けるーーすると夜の帳が落ちた空に大輪の花が咲いていた。


「………花火?」


「………ですね」


「中尉、何処かの部隊に命じましたか?」


「いや、俺はそんなサプライズは……」


「となると………」


赤、緑、黄と彩り鮮やかな花火が次々と寿春の夜空に打ち上がっていく。


城下の道行く領民も足を止めて空を見上げながら歓声を上げていた。


「やらかしそうなのは……廬江郡の太守殿あたりだろうな」









「ーーうーん……良いんでないの?」


「ーー良いですね。ちゃんと色も着いてますし」


「ーー爆発物は専門ですが、まさか花火に技術を転用する事になるとは」


「ーーまぁ、刹那的とはいえ平和になった世の中だし、たまには良いんでない?」


「ーーそれもそうですね。とはいえ、そろそろ最終弾です。急いで撤収しないとサプライズになりませんよ」


「ーーんじゃ、さっさと打ち上げて帰ろうぜ」






「ーーなんて事を言ってるだろうな」


「ですね」


執務室の窓辺に寄り掛かりつつ和樹は杯を傾け、アルコールに染まった息を吐き出す。


「派手な誕生日となりましたね」


「ああ。……だが……まぁ悪くはないな」


そう呟きながら和樹は空に打ち上げられる大輪の花へ視線を向ける。


ーー微かに頬を緩めながら。

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