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続 恋姫†無双 -外史の傭兵達-  作者: ブレイズ
第2部:荊州侵攻
20/21

15

「………………」


「………………」


「……なぁ相棒」


「………なに?」


「…酷く個人的な事なのだが……俺は近頃、夢見の悪さに悩んでいる」


「…奇遇だな相棒。俺もだ。ちなみに昨夜ゆうべ、俺が見た夢は昔より老けた師匠が鬼みてぇなつらして引っ提げた木刀を振り回しながら俺等を追い掛けて来る夢だったぜ」


「…嗚呼…奇遇だな。俺も同じ夢を見た。脳天に木刀を頂戴する寸前で眼が醒めたぞ」


「…奇遇じゃねぇか。俺もだよ…」


詰め込んでいた弾薬が空になった木箱に並んで腰掛け、煙草を吹かしている二人は溜め息を溢す。


「ーーこちらに居られました。両戦闘団、配置につきました」


「……あん?…あぁ…中尉か」


眼帯を付けた側近が歩み寄って来たのを認めた和樹が顔を上げる。


「ーー副長はまだその調子で?」


「奇遇な事に俺と同じ理由らしい」


「例の夢見が悪い件ですか。まぁ派兵のストレスもあるでしょう。この郡を制圧すればお二人とも安眠出来ますよ」


「……むしろ呉に帰りたくねぇ。なんか嫌な予感がする」


「…冥琳が待ってるぞ?それに官位と権限も返さなきゃならん」


「…相棒がやってくんね?俺、荊州で拠点の構築指揮してっから」


「馬鹿言ってないで、さっさと自分の戦闘団を指揮しろ。戦爆連合の戦域到着まで残り60分だぞ」


「ーーあ、先程ですが華雄の姐御が観戦武官として参られましたよ」


「ーーなに?」





愛馬の背へ騎乗する彼女が小高い丘の上から睥睨すると空堀のように穿った塹壕の中では歩兵銃、機銃を構えた兵士達が筒先を前方へと突き出し、彼等の後方に控える砲列を敷いた野砲や戦車を操る砲兵と戦車兵が発砲の時を、そして軍馬に跨がった騎兵は突撃の時を待っている。


(ーーこれが和樹がいつも見ている光景か)


彼女ーー華雄は恋人が率いる軍勢の前に立ち塞がる形で布陣している敵軍へ視線を向けた。


(…兵力は…2万といったところか。野戦で五倍の兵力差はまともに戦う気にはなれんな……)


顎に手を遣り、これから恋人がどのような差配をするのかと彼女は考え込む。


「…和樹ならば……徹底的に殺るのは必定。…敵は鶴翼を敷いている……鶴の薄い翼を貫くか?それとも……敵が攻め寄せた所で迎え討つか?」


「ーー済まんが、その予想はハズレだ」


背後から久し振りに聞く愛しい男の低い声と馬の蹄の音が彼女の耳朶を打った。


「受け身に回るのは性に合わん。キミなら判るだろう?」


「閨ではいつも私を攻め立てているからな」


「そういう事だ」


互いに久々の軽口を叩き合うと男ーー和樹が彼女の傍らに愛馬を停め、銜えたタバコへ火を点ける。


「…久々に嗅いだが…良い匂いだ…」


「……吸うか?」


「…少しだけ貰おう」


火を点けたばかりのタバコを傍らの華雄へ手渡すと彼女はそれを指先で摘まんで銜え、ゆっくり紫煙を吸い込み、静かに吐き出した。


「……クラクラする」


「だろうな」


「だが…うむ、美味い」


再び一呼吸分の紫煙を吸い込み始めた華雄へ彼が視線を向ける。


「…観戦武官と聞いたが?」


「うむ……雪蓮から命じられてな。お前達の戦を見聞して来るようにとの事だ」


「おそらく雪蓮は気付いているのだろうな」


「お前や将司が呉将を辞するという事は雪蓮だけでなく私や他の者も察しているよ。だからこそ、お前達が近く新設するだろう軍の脅威度を計りたいのだろう…ありがとう」


「だと思う…どうも」


薄く紫煙を吐き出した華雄が指先に摘まんだタバコを傍らで自身と同じく騎乗する彼へ返すと和樹はそれを唇の端に銜えた。


「それで観戦武官殿から見て我軍がぐんはどうかな?」


「僅か4千の軍勢が二ヶ月足らずで荊州の勢力図を塗り替えている……これは脅威以外のなにものでもないな。むしろ恐ろしい」


「結構な評価を頂いてしまったな」


「三国が連合を再び組んで、お前達との戦に臨む…という状況は有り得ると思うか?」


「可能性としては……皆無ではないな。なにせ俺はキミが言う“三国”へ兵権の放棄を促そうと考えているぐらいだ」


「……今のは聞かなかった事にしておく」


「助かるよ」


苦笑を溢した和樹はタバコの紫煙を燻らせつつ黒馗の腹を軽く蹴り、丘の緩やかな斜面を降り出すのを認めた華雄も彼へ続く。


「まぁ、所詮は先の話だ。どうなるかは判らん」


「だが既に構想は練られているのだろう?」


「……王が兵権を掌握するのは道理だ。間違っちゃいない」


「ならば何故ーー」


「ーーそれが独立国家であればの話だがな」


「…あぁ…そういう事か…」


彼女は和樹の物言いに得心が行ったのか数回ほど首肯する。


「確かに考えてみれば可笑しな状況だ。国を語りながら表向きは帝へ臣従の姿勢を見せる三国の王達……従属国のような形が近いかも知れんが……宗主国とも言える朝廷よりも三国の方が強大な兵権を擁している……妙な状況だ」


「大司馬となった身としては、キミが言う“妙な状況”がどうも気になって仕方ない。統一国家を語るには程遠いにも程がある」


「……まさかお前……軍勢を三国へ向かわせ、圧倒的な力で屈服させるつもりか?」


「……ふむ……その方が手っ取り早い気もしてきたな」


ニヤリという擬音が似合うほど口角を吊り上げた彼の姿に華雄がゾッと身震いする。


この男なら遣りかねないーーそう考えていると、その男が視線を向けて来る。


「…冗談だ。誰が好き好んで内乱を起こすか」


「……冗談には聞こえなかったのだが?」


「可能性としてはゼロではないが……そんな事はせんよ。内乱なんぞ勃発したら喜ぶのは五胡や一部の商人ぐらいだ」


「……五胡か……やはり警戒するだろうな」


「警戒せんのは余程の阿呆ぐらいだろう」


「…以前、話したと思うが私は涼州の生まれだ。五胡の侵入で良く戦が起こったよ」


「確か…キミの両親は……」


「私が五つの時だ。父は五胡の兵に嬲り殺しにされ、母は凌辱の限りを尽くされた末に殺された」


「………恨みはないと前に聞いたが…」


「……ふぅ……何を恨めば良いのか判らない…と言った所かな。誰を恨めば良いのか……両親を殺した兵達は官軍が皆殺しにしたしな。弱き者が虐げられる世を恨めば良かったのか……それとも戦を起こす人間という生き物を恨めば良かったのか……この歳になってもまだ判らん……もう二十年近く昔の事なのにな…」


儚げに微笑んだ彼女の姿を見た和樹は愛馬を華雄が跨がる馬へ寄せ、彼女の肩へ腕を回すと軽く引き寄せる。


「……どうした?」


「いや……ただなんとなくこうした方が良い気がしてな」


「……そうか……。いずれ五胡と事を構える時が遠からず来るだろう……私が連中の言葉を教えようか?」


「話せるのか?」


「行商で向こうと行き来する中原の商人が涼州に居てな。幼い頃に教えてもらったのだ。役に立つとは思うぞ」


「なら……その内、教えて貰うとしよう」


そう言って彼等は連れ立って歩んで行ったーー









ーー夜の帳が落ちた洛陽の天子宮城は巡回の禁軍の兵士達が立てる物音以外のそれが聞こえない程の静寂に包まれていた。


宮城の最深部ーー最も警戒が厚い皇帝の寝室の寝台で静かな寝息を立てていた一人の少女が不意に眼を醒まし、上半身を起こす。


「……………」


ーー誰かが入って来た気が………ーー


そう少女が考えた刹那ーー部屋の暗がりで“何か”が動いた。


「……っ!!」


突然の出来事に彼女が心底恐怖しているとーー件の“何か”が寝台の前で跪き、礼を取る。


「ーー夜分遅くに恐れ多くも陛下の寝所を汚し、御前に参上致しました段、平に御容赦を」


「……貴方は?」


「大司馬 韓狼牙が臣の者にございます」


「韓大司馬の?……面を上げなさい」


ーー窓から月の光が降り注ぎ、彼女の眼前に跪く者の姿を映し出す。


鎧を纏わず、軽装の黒一色の戦闘服、そして戦闘服上衣を改造した顔を隠すフード。


韓狼牙が臣の者ーーそれは曹長だ。


「名は?」


「我が主より名乗るな、と厳命されております故に……」


「細作、ですか?」


「はっ。この度は陛下へ我が主からの書状をお届けに上がる為、参上仕りました」


「書状?……近う寄りなさい」


「はっ」


軽く首肯した彼は静かに、そして素早く、足音を立てずに献帝の側近くまで歩み寄ると懐から一通の手紙を彼女へ捧げる。


「こちらが書状にございます」


恭しく捧げられたそれを彼女は受け取り、書状を裏返すと差出人の名は「狼」とだけ綴られていた。


「ところで…貴方は忍んで参ったのですか?」


「恐れながら」


「もしや…誰かを殺めーー」


「その御心配は御尤もなれど無用にございます。誰一人として殺めず、誰一人にも見付かってはおりません」


「韓大司馬はとても優秀な細作を抱えているようですね」


「有り難き御言葉」


放った言葉に微かな喜色を交ぜつつ胸に手を当てた彼は一礼した。


献帝は書状を拡げ、文面を読み始めーー全てを頭に叩き込むと、それを折り畳んだ。


「荊州は制圧した、これより拠点の構築を開始するという内容ですね。それにしても美辞麗句もなく結論から書くとは実に大司馬らしいーー」


書状の内容は簡素極まるものだった。


皇帝への美辞麗句は一切なく、へりくだる文章もなく、ただ淡々と報告のみに徹した書状であった。


傍に控えているだろう曹長へ視線を向けた彼女だがーー既に彼の姿は無かった。


先程まで確かに傍に控えていた人間が忽然と姿を消すという魔法か妖術の類いにも等しい状況を見せられた献帝は暫しの間、呆然としたのだった。

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