小鳥遊竜稀 保健室登校(後編)
竜稀は少しずつ変わってきた。
赤木たちが保健室で昼食をとりに来てくれるようになり、
4人で昼食を食べて少し雑談もするようになった。
『北斗先生はいいけど、桜井先生はどこで食べているんだろう?』
竜稀はそれを気にしていた。
5限目に入ったとき竜稀は聞く、
「桜井先生はお昼どこで食べているの?」
「さあ、どうでしょう?」
淡々と誠史郎が言う。
竜稀は荷物をまとめてバターンと出て行った。
「大丈夫ですか?」
「う~ん陽性転移の揺り返しが来たかなあ?
彼女に独占欲が出始めているでしょう?
恋人がいるのか、好きなものは何か、趣味は何かetc・・・
知りたくて抑制がきかなくなるんですよ。早くクラスに戻さないとね」
「はぁ今が一番難しい時なんですね」
「失敗するとこれが厄介なんですわ」
誠史郎がニカっと笑う。
コンコン
「失礼します。坂上ですが・・・」
保健室に担任の坂上がやってきた。
「おかげさまで他の教科はなんとかしますが、
体育だけは出てくれないと実技の単位が出せません」
「やっぱりそうですか・・・」
赤木たちは昨日の今日でぶすっとした顔の竜稀を連れ出していた。
「小鳥遊さんてほとんど校舎内ほとんど知らないでしょ?
一緒に回ろう?夕方だから知ってる人なんかいないよ」
おそるおそるみんなの後を着いていく竜稀。
「ほら、ここが音楽室。ここが図書室。グラウンドがよく見える
でしょう?そしてこっちが・・・」
「おい、お前ら何やってるんだよ」
ビクッと振り返ると同じクラスの関口がいた。3人が竜稀を囲む。
「何、中にいるヤツもしかして保健室のヤツ?」
竜稀はドキリと言葉を失っていた。
「そうやってコソコソしてるのがダメなんじゃねーの?」
「おまえたちが勉強見るのもいいけどオレ理数得意だし、
山口は歴史ものや暗記物強いぜ。そういう奴らを使えばいいだろ?
教室に来ればいいじゃん。いつまでビビってんの?」
それだけ言って関口は去っていた。
竜稀と赤木たちは立ちつくしたままだった。
それから数日後
「ねえ、小鳥遊さん、今度教室でお昼食べてみない?」
赤木たちが恐る恐る声をかける。
小さくうなずく竜稀。
数日後、ドキドキして4人で教室に向かう。
怖い。 吐き気がする。 苦しい。 ドキドキする。
恐る恐る教室に入ると、
「えー誰~この人?なんか~知らない人が来てる~」
「本当~」
2~3人の女子が竜稀に言う。
逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい
後ろにはぴったり赤城や飯島がぴったりくっついていてくれている。
竜稀が声を震わせながら言う。
「あたしだって、あたしだって授業料払ってるし、テストだって受けてるし、
あなたと違うのはクラスで勉強していないだけだもの!」
泣きながら竜稀はクラスを飛び出す。
関口が拍手を送る。それに赤木、山口たちが続く。
「ふん。ばっかみたい」
少女達は竜稀のイスを蹴飛ばす。
竜稀は保健室で吐いていた。吐き終わったらベットに入り、落ち着いたら一人で帰って行った。
そして次の日からまた、ベットで勉強を始めていた。
「失礼しま~す。小鳥遊いるかぁ」
ガラリと坂上先生が入って来る。
坂上先生の声にビクッとする。カーテン越しに坂上が話かける。
「あのな小鳥遊。体育だけどうしても実技の単位が必要だ。俺はお前を進級させたい。
いま、女子はバスケだがグラウンドを走るだけでもいい。出席してくれないか?」
『みんなと一緒に3年になりたい・・・』
小さく竜稀は「はい・・・」と小さく答えた。
保健室で授業を進め、体操着を持ち足取り重く教室に向かう。
足がすくむが、教室前で赤木が待っていてくれた。
関口と山口が別教室に移動し「体育、がんばれよ」一言かけてくれた。
女子はバスケだったが、坂上先生に言われたようにトラックを一人で走った。
それから毎回、体育でトラックを走っているのを繰り返していたら、
クラスの目もあまり気にならなくなってきた。
そんな日が続いたある日、
「さあ、明日から一日おきに教室に行ってみましょう?」
北斗が竜稀に促す。
「桜井先生はさあ・・・」
おどおどと助けを求める。
「大丈夫。出来るから頑張りなさい」
抑揚のない言葉をかける。
『友達が出来た分どんどん桜井先生が離れていく気がする。
それっていいことなのかなあ・・・なんか苦しいよ桜井先生』
赤木たちが迎えに来てくれて教室に重い足を運んだ。
何かもやもやしたものを感じながら2週間が過ぎた。
赤木や関口がフォローしてくれていて、目立った嫌がらせはなかった。
教室登校の回数は少しずつ増えていき、竜稀は心に小さな穴が開いた気がしていた。
ある日北斗が竜稀を訪ねてきた。
「ちょっと保健室いいかしら」
なんだろ。教室登校がかなり増えて保健室には大分行ってない。
恐る恐るドアを開ける。
そこには誠史郎が待っていた。
「桜井先生!」
「卒業おめでとう小鳥遊さん。もう君は自分で耐えられるようになった。もう、保健室は卒業だね」
『え?何、桜井先生?一方的だよ!なんでここにきちゃ行けないの?』
「はい、最後のごほうび」
渡された最後のごほうびはピンクのハートのチョコだった。
涙が止まらない。
『やだやだやだやだやだやだもう来れないなんてやだやだやだ』
「桜井先生ー」
ハッと体がこわばる。
「なんか赤木たちが都合が悪いから、今日小鳥遊を送ってくれって頼まれたんですけどー」
「おー関口。こっちこっち」
竜稀は必死で涙を拭く。
「じゃあ、お姫様をよろしく、関口君。じゃあね小鳥遊さん」
『じゃあねが錘のように重く感じた』
ポケットのハートのチョコが別れを意味していた。涙が止まらない。
どうせ赤木さんたちが来れないなんて、ウソに決まってる。桜井先生の仕業だ。
足どりの悪い竜稀を見かねて関口が口を開く。
「おい、泣いてばかりだけど平気か?」
「もう保健室来るなって言われた」
「保健室ねえ」
「そしたら教室で俺たちといればいいじゃん」
関口が顔を近づけて笑う。
「じ、じゃあ数学教えてください!」
涙でぐしゃぐしゃになった顔で竜稀は精一杯声をだした。
「おう!まかせろ」
と、言って関口は竜稀に軽くデコピンをした。
「これからきっと楽しいことがいっぱいあるさ。俺たちもたくさん話そうぜ」
関口の言葉に耳を傾け、小さくうなずきながら後ろをついていく。
「おい、隣歩けよ」
グイッと腕をつかまれ関口の顔が近づく。
慌てて離れ、そっと横に並ぶ。
関口と歩きながら竜稀の涙はひいていった。
『桜井先生。アタシ大好きだったんだよ?それ、絶対わかってたよね』
『桜井先生・・・桜井先生・・・桜井先生・・・』
「バイバイ・・・」
「ん?なんか言ったか小鳥遊?」
「ううん。なにも。早く帰ろ」
日が傾きはじめた保健室で誠史郎は小さく微笑みコーヒーを口にしていた。
「さて、何とかまとめられたかな?」
「どうせ関口君の態度もわかっていらしたんでしょう?」
「あら?人聞きの悪い」
ニンマリと誠史郎は笑う。