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Ymir  作者: まふおかもづる
第二章  オーバーホール
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「ぷぷぷぷうの、ぷううううう!」


 外でにぎやかな声がする。ガレージの隅、机に突っ伏していたサクラは目を覚ました。ずれかけたバイザーのビューアに最奥エリアまで完成した設計図が、そして目の前に百科事典のようにでっかい箱――コアの入った最奥ユニットがある。


「残念でしたー! 騙されません!」

「い、言いがかりよ! 何言ってんの、あんた」


 懐かしい声がする。海辺のスラムを離れて十日にも満たないというのに懐かしい。


「ミミ?」


 年上の幼馴染で、飛び級で入学した高校でのクラスメイトでもあり、ドローン・バトルのチームメイト。バイト先のジャンクパーツ屋の同僚でもあり、なにより大事な親友である少女の声がする。なぜミミがこんなところに。しかもサクラ担当のメイドを相手に言い合いをしている。いけない。止めなければ。サクラは重い身体を起こした。

 まぶしい。

 よろけながらガレージのドアを開けたのと同時だったか、地面にへたり込むメイドを押しつけ、オーバーニーソックスに包まれた足を上げ、ががっとミミが壁を蹴る。


「ちょっとあんた、世迷言ほざいてんじゃないよ」


 童顔の美少女でコケティッシュなアヒル口、それなのにくりくりとした目をらんらんと輝かせ、あどけなく澄んだ声を尖らせるミミは怖い。ものすごく怖い。なぜこうなっているのかサクラにはさっぱり分からないが、ホラーモードで暴走するミミを止めるのは難しいので(から)め手を攻める。


「ミミ、見えちゃってるよ」

「んなっ、さくちゃん! ふあっ、やだもう」


 ホラーモードを解除して恥じらうミミの姿は同性のサクラから見てもまぶしかった。


 ところで、このカオスは何だ。

 湾岸のジャンクパーツ屋でアルバイトしているはずのミミが斉木屋敷のメイド服を着ていきりたち、「お食事の時間です」とインターフォンで声をかけるだけで食事を持ってこないメイドが、屋敷のお仕着せでなく見慣れないひらひらしたワンピース――なぜか背中のファスナーが閉まっていない――をだらしなくまとってへたり込んでいる。


「あ――なんだっけ?」


 ミミがしゃがみこんでメイドと視線を合わせた。そして手に持ったメモを読み上げた。


「――お嬢様はたいそうわがままでお食事を部屋で取ると頑固に言い張られました」


 ちなみに希望したのは与えられた自室でなくガレージだ。頑固に言い張ったつもりはないが母屋に行くのが面倒だったのは確かだ。ご飯、持ってきてもらってないけど。サクラはガレージのドアによりかかった。


「――お嬢様は粗暴でいらっしゃるので旦那様からいただいたお洋服をすべて破ってしまわれました」


 めまいがする。


「ミミ、そんなわけないじゃん。着てるの作業着ばっかで他のお洋服触ってもいないし」

「あたしが言ったんじゃない。こいつだよこいつ。――で、洋服全部駄目にしちゃってたった三日でサイズアップしたからってんで再発注してんの、さくちゃんが」

「――え? 工具とか機甲殻カタログじゃなく? 洋服?」

「そう。レンチとかプライヤーでなく、ドレスを。さくちゃんが」

「いや、必要ないし。そもそもありえないし」


 サクラはぷるぷると顔を横に振った。そのぷるぷるで再度めまいに襲われた。いけない、倒れる――サクラはたたらを踏み、そして意識を手放した。



     *     *     *



 赤い。炎のようであり、粘性の高い液体の塊のようでもある。零号の目はやはり赤かった。


――分かるよ。おめめを見れば分かる。


 サクラはそう思っていた。あのきらきらを見せてくれるぐらいだからきっと何か伝えたいことがあるに違いない。でも何か言いたげなのに、何を言っているのか分からない。


――もっとゆっくり話して。


 そう伝えたいけれど、できない。

 きらきら。きら。きらきらきら。

 光のパターンを発する赤い球体から光のリボンが何本も伸びた。



     *     *     *



「痛い」

 サクラは目を覚ました。頭も痛いし喉も痛いしまぶしくて目も痛い。ひりひりする。枕もとに百科事典大の、零号のコアの入った箱状の最奥ユニットが置いてある。自分で施錠した覚えのないガレージにこの最奥ユニットを置き去りにしなくて済んで、サクラはなんとなしに安堵した。

 それにしてもうるさい。つんけんしたミミの声がドアの向こうから聞こえる。


「話が違うって言ってんのよ。スラムより空気も水もきれいでぴちぴちの野菜がどっさり取れるお上品な田園地帯でお嬢様してるさくちゃんがなんで栄養失調になってるわけ?」


 重い身体を引きずるようにのろのろと部屋を横切りドアを開ける。


「とにかく任せてられな――さくちゃん!」


 サクラはむぎゅう、と抱き締められた。


「ミミ――ぐるじい」

「お嬢様をお放し」


 斉木老人の秘書のひとりである内藤がミミの肩に手をかけた。むっとして身をよじるミミを制し、サクラは内藤を見上げた。

 内藤は年齢不詳の女性だ。斉木老人から秘書だと紹介されたが本当にそうなんだろうか。ダークグレーの丈の長いドレスに白いエプロン、白いヘッドドレスに編み上げブーツ。メイドさんだ。しかも萌え系でなくクラシカルメイド。問題はこの内藤の外見との組み合わせだ。サクラはこの内藤という秘書を見るたびに違和感を覚える。化粧気のないつるりとした肌。黒髪を後頭部でひっつめにした地味なスタイル。そこはいい。問題ない。しかしサクラはいつも思う。内藤には申し訳ないのだが。


――この人、ほんとに女性なんだろうか。


 身長百八十センチ超の堂々たる体躯。隆々とした筋肉ががっしりした骨格に支えられている。分厚い胸板、丸太のように太い腕でクラシカルなメイド服ははちきれそうだ。そしてがっしりと筋の通ったふとぶととした鼻すじ、きっちりと引き結ばれた分厚い唇、細く炯々(けいけい)とした力強い光を放つ目。スラムでみかじめ料をふんだくっていたチンピラどもが束になってかかっても負けないように見える。似合わない。メイド服がほんとうに似合わない。クラシカルメイドであろうとなんだろうとスカート全般が似合わない。しかしズボンをはいてしまうと絶対に女性に見えない。ついでに秘書にも見えない。

 本業が秘書なので内藤がメイド服を着る必要はない。本人の趣味らしい。メイド好きが高じてメイド服を着るようになり、メイド派遣会社を設立したのだとか。会社の経営を部下に任せ、自身は斉木の秘書の仕事に従事するかたわら、屋敷でメイド長のようなことをしている。当然、屋敷で雇われているメイドは自身の会社から派遣されてきているわけで


「お嬢様、このたびはまことに申し訳なく――」


 内藤は深々と頭を下げた。元の専任メイドは横領を理由に解雇されたという。サクラが斉木老人から与えられたドレスや日々の食事に関心がなく、ガレージにこもりっぱなしなのをいいことにドレスやアクセサリーを売り払ったり、サクラの食事をおやつ代わりにちょろまかしたり、やりたい放題だったようだ。


「内藤さんのせいじゃ、ありません」

「これからはあたしがさくちゃんの専任メイドになるから!」

「ですがまだ――分かりました」


 仕方ありませんね、と苦笑する内藤は威圧的外見のわりに人のよさそうな顔をする。


「お嬢様にはちゃんとご飯を食べていただきませんと」


 規則正しい生活、資産家令嬢にふさわしい服装、立ち居振る舞いと内藤の小言はフルコースになった。


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