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Ymir  作者: まふおかもづる
第二章  オーバーホール
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 ロボットをただ使役するのであれば機甲殻メーカーとユーザー、二者間の売買契約があればよい。しかしロボットの整備、修理など機甲殻の内部に触れる場合は別途、契約が必要だ。本来ならばコア=ユニットを提供するアライブズ=テクノロジー社と機甲殻メーカー、エンジニアの三者間で契約を交わす。だが零号の場合は、機甲殻を作ったのがすでに解体された旧ユーラシア連合軍研究所、どのようなルートで売買されてきたのか分からないくらい人の手を経た骨董レベルのロボットだ。かろうじて大戦時の契約書だけが機体についてきた。しかし設計図やメンテナンス記録などのデータはなくなっていた。

 これが零号のコアなんだろうか。目の前に、分厚い百科事典のような箱がある。


「ずいぶん無骨、というかコアらしくないユニットだね」


 サクラは幾重にも重なる機甲殻を取り外し、契約書に書かれているメンテナンス領域の最奥(さいおう)に到達した。三十年以上前の機体だからだろうか、コア=ユニットにしてはずいぶん大きい。

 おかしい。サクラは首をかしげた。最奥ユニットに達すれば機体のメモリがあるはずだ。契約書にそう書いてあるのに、それにあたるパーツが見当たらない。試作機だから契約書がきちんと整えられなかったのだろうか。


「記録、設計図なし。契約書の記載はあてにならず。困ったね」


 触れようと伸ばした手をサクラは止めた。右のグローブを外し、再び手を近付ける。バイザーのビューア上で確認する限りは触れて危険な温度ではない。それなのに熱い何かが脈打っているような気配を感じる。

 箱状のユニットに触れた。しばらくじっと指先の感覚に集中する。

 サクラにはメンテナンス経験どころか、ロボットに触ったことすらなかった。しかし幼い頃何度もオーバーホールを見ただけでなく、その後独学してそれがどんなものか知っている。ロボットのコア=ユニットは機甲殻へエネルギーを導き出すためのルートが放射状に展開する。だから大きさはさまざまでも球体に近い形をしているものだ。どうして零号の最奥ユニットはこんな形をしているんだろう。まるで何かを抑え込んでいるような――。

 箱の表面をなぞるサクラの指が微かな溝があるのをとらえた。


「まだ外せる殻があるね。――開けるよ」


 再度グローブを装着し、ハンドツールを手にした。

 ぎち、ぎちぎち。

 きつい。壊さないよう、慎重に力を込める。

 ぎち、ぎちぎちぎち。

 ふ、と抵抗が減った。力を抑えて慎重に開く。


「あった」


 最奥ユニットから出てきたのは赤い球体だった。試作機零号の真のコア=ユニットだ。液体がつまっているわけではないようだけど、ゆっくりと何かがたゆたっているように、全体が流れて動いているように見える。美しい。サクラはため息をついた。

 視界に違和感がある。その美しく赤い球体に何か、不自然な部品がついている。球体の裏側、わずかな隙間に内視鏡を潜らせた。


「これ、なんだろう」


 コア=ユニットから棒のようなものが一本出て、最奥部の機甲殻につながっている。林檎に刺さる(くさび)のように見えなくもない。不思議だ。この最奥ユニットは明らかに機甲殻へのエネルギーの流れを阻害するボトルネックのような造りになっている。できれば外してしまいたい。サクラはドライバでそっと棒のようなものをつついてみた。


――やっぱりまばたきに見える。


 きらきらきら、きらきら。

 性急な動き。コア=ユニットの表面に光のパターンが浮かび上がった。



     *     *     *



 夢を見た。


 じりじりと照りつける日差し。白茶けて乾いた岸壁。たぷたぷと満ちる潮のにおい。港に建つ大きな古ぼけた建物。父親の職場、整備工房。幼いころの記憶だ。

 ロボット整備のすべて、どの工程も好きだったが、中でもオーバーホールがサクラのお気に入りだった。父親の職場では、オーバーホールの前にごく短い儀式を行う。もともとはこの工房に長く勤める古参のエンジニアが持ちこんだ習慣なのだと言う。

 外気を遮断した工房の、明かりとりから射す光が帯のように延びて、ロボットと男たちが照らされる。


――開放。


 いちばん外側の機甲殻を開けるとき、おじさんたちはロボットの前で恭しく手を胸にあてて静かに声をかける。優しい祈りのような作業前のひととき。幼いサクラの大好きな工程だ。

 その儀式めいた瞬間が過ぎると、元の喧騒が戻ってくる。外側から一つ、また一つ機甲殻が外される。機甲殻はさらにパーツごとに分解され、スケジュールに沿って区分けされた作業スペースへ運ばれて洗浄、点検される。


「ロボットのオーバーホールは機甲殻をあらかじめ決められた通りにきれいに洗浄、点検、復元する仕事だ」


 工員たちから「オヤジ」と呼ばれる初老の男が、少し離れたところに据えた机の上に図面や冊子を広げてオーバーホール作業を見守り、指示を発する。その合間にサクラに色々と教えてくれた。

 年齢のわりに聡く小生意気なところのあるサクラはオヤジに尋ねた。


「あんなに丁寧に部品ひとつひとつ、点検しなくてもいいんじゃないかな。新しそうに見えるし」

「ふむ、そうだな。新しそうに見える部品は点検してみると再び使えるものが多いのは確かだ」

「じゃあ、なんで?」


 この工房のロボットは港湾整備に使われる。海に潜って瓦礫や沈んだ船を取り除き、浚渫(しゅんせつ)作業を行うロボットを擬人化して「大変なお仕事をしているロボットさんだから、丁寧にお手入れするんだよ」などとサクラはオヤジの言いそうなことをあらかじめ予想していた。別にそんな子ども扱いでもがっかりしない。新しい情報が得られないだけで、おおむねその通りなんだし。

 オヤジはふむ、としばらく考え込んだ。そして声を潜める。サクラはひみつの話だと察して身を寄せた。


「ロボットは、オーバーホールのとき眠っているわけじゃない」


 オヤジの身体から工房の男たち特有のオイルのにおいと、朽ちた植物のようなにおいが微かにする。


「じっと、静かにおのれの身体を包む機甲殻がどう扱われるかを見ておる。それでそっとな、告げ口するのだよ」

「だれに?」


 オヤジは机の上の分厚い冊子を指先で撫でた。


「アライブズ、と言っても分からんか――ロボットのかみさま、のようなもんだな。点検をサボって壊れた部品をそのままにしておると、かみさまがお怒りになってロボットを使えなくしてしまう」


 サクラは驚いた。言われた通り、決められた通りに、人間に忠実に動く便利な召使い。ロボットとはそういうものだと思い込んでいた。

 かみさまはどうやってロボットを取り上げるの、ロボットはどうやって告げ口するの、と質問攻めにしようとした時、声がかかった。


「機甲殻、外しました」


 オヤジはうなずくと銀色の分厚い手袋をして工員たちのもとへ向かった。大きな銀色のケースが用意されている。オヤジが両手で何かを持ち上げ、恭しい手つきでその何かをケースに収めた。いっとき、静かになった工房にまた人々が行き交い、工具や金属がすれ合う音が満ちる。オヤジが銀色のケースを両腕で抱えてサクラのもとへ戻ってきた。


「見たいかね?」


 サクラはこれ以上は無理というくらい熱心に何度も首を縦に振った。見たい見たい見たい。


「絶対に触らない」

「うん」

「いたずらしない」

「うん」

「どうしてか分かるかね?」

「かみさまに告げ口されてかいしゃからロボットが取り上げられちゃうから」

「その通り。よし、見せてやろう」


 オヤジは銀色のケースを床にそっと降ろした。中を覗き込んでみる。

 銀色の緩衝材の中央のくぼみにそれはあった。林檎大の球体だ。赤、緑、黄色、溶けあったり分離したり。サクラが見たことのない色合いだ。


「きれい」


 サクラが球体をじっと見つめる。まばたきが減る。


「一、二、三。一、三、六……分かった、次は十だ」


 笑顔が戻る。再び集中する。


「一、一、二、三、五、八、十三……むずかしいなあ……分かった、二十一でしょ。当たり?」


 ぱちぱちぱち、と手を叩いてサクラは喜んだ。


「ねえねえ、この子はだれ?」


 球体から目を離さず、サクラはオヤジに問いかけた。


「アライブズ=コア。さっきのロボットの本当の姿だ」

「おもしろいねえ」

「何がだ」

「この子、まばたきをするよ。きらきら、きらきらってまばたきするよ」


 きらきらきら、きらきら。コアの表面に光のパターンが現れ、躍る。


「サクラちゃんよ、おまえさんはロボットのかみさまに、――アライブズに選ばれたかもしれんなあ」

「選ばれる?」


 オヤジは何か答えたかもしれない。しかし、サクラの夢はそこでふっつりと途切れた。


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