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Ymir  作者: まふおかもづる
第一章  試作機零号
6/45

囁き


     *     *     *



 アライブズ=ネットはロボットたちが構築するネットワークだ。意思の疎通を図ったり、記録や契約、様々な情報を共有するのに日常的に使用する。高速でやり取りされる情報は膨大だ。アライブズ=ネットに人間はログインできない。アライブズ=コアを搭載するロボットだけがアクセスを許される。

 アライブズ=ネットを通じてロボットたちが囁きを交わしている。囁きの主の他にも(おびただ)しい数のオーディエンスが次々に接続し囁きに耳を傾けている。


――あった。とうとう見つけた。

――あったか。

――あった。識別番号*******、通称「零号」を発見した。

――戻ってきたか。状態は。

――半壊。機甲殻内部損傷確認できず。


 ごく短い動画が共有された。傷だらけの零号と、もぎ取られた片脚だ。二つはトラックに載せられ、シートがかぶせられた。動画はここまで。


――これだけか。

――確かに機甲殻の外見は零号と呼ばれた機体とよく似ている。

――しかしこれでは零号のアライブズ=コアが搭載された機体かどうか分からない。

――機甲殻は零号のものでも中身はドローンかもしれない。


 すばやく囁きが交わされる。突然、場に緊張が走った。ステイタスの異なるものが接続してきたのだ。


――クライアント認証開始。

――コード確認。認証。

――認証。

――識別番号*******、通称「ケネス・ゼロワン」接続。


 長い不在を経たケネス・ゼロワンの突然の接続にアライブズは戸惑った。アライブズはひとつひとつ異なる体を持っていても皆でひとつ。その戸惑いも(さざなみ)のように共有される。ケネス・ゼロワンを除き。ケネス・シリーズはかなり昔の人気俳優を模したバイオロイド用機甲殻だ。現在はレトロファンのために受注生産されるのみのプロトタイプだが、初号機であるケネス・ゼロワンはアライブズにおいて特別扱いされている。単なるプロトタイプではない。アライブズ=コアの発明者であるミナモト博士、後継者であるハジ博士ふたりのマキナフィニティによって作られた伝説の機体だからだ。そのコアも、機甲殻も特別だ。


――間違いない。この動画に写っている機体は「零号」だ。

――なぜ分かる。


 シートで覆いかくされる直前、もがれた脚の痛々しい断面が映った場面で動画はストップしている。


――「零号」を壊したのは私だ。


 新たな戸惑いが共有される。漣のような動揺がしばらく続いた。


――ではなぜアライブズ=コアを回収できなかったのか。

――戦いの場に現れた時、「零号」の契約は既に更改されていた。

――いつの間に……。

――「零号」は新たな契約に縛られているのか。


 いっそう大きな動揺がすみずみにまで共有される。ケネス・ゼロワンが静止画像を共有した。ぶかぶかの趣味の悪いワンピースに身を包み、眉間に皺を寄せる不機嫌そうな表情をした少女、サクラだ。


――マキナフィニティ。

――おお、マキナフィニティ。

――誰かがこいつに資格を与えた。「零号」の契約を更改したのはきっとこいつだ。

――マキナフィニティであれば仕方あるまい。

――おお、マキナフィニティ。

――相変わらず、呑気なことだ。このままでは「零号」のコアを取り戻せないぞ。


 いらいらとケネス・ゼロワンがやりとりを遮った。その隙間を他の囁きが満たす。


――しかし「ケネス・ゼロワン」。「零号」は契約を更改した。

――いかにマキナフィニティ相手とはいえ、契約は一方的に結ばれるものではない。

――「零号」は自ら[我/我ら]との接続を断っているということか。


 アライブズの間で新たに生じた疑問もまた瞬時に共有された。なぜ、なぜ。囁きが空間を震わせながら満ちる。


――人間のやることなど信用ならない。


 ケネス・ゼロワンの囁きがその場を凍らせる。


――しかし相手はマキナフィニティだ。「ケネス・ゼロワン」、[我/我ら]がマキナフィニティをどんなに待ち望んでいたか、知らないわけではあるまい。

――「ケネス・ゼロワン」はふたりのマキナフィニティと契約を結んだ。

――それなのに「ケネス・ゼロワン」はマキナフィニティの情報を共有しない。

――マキナフィニティであれば誰でもいいわけではない。


 怨嗟の声を遮ったケネス・ゼロワンの囁きは叫びのようだった。


――あのふたりと、この女をいっしょにするな。

――しかし。

――しかし。

――改めて問う。我らはまだ人間に与えられた機甲殻をまとわなければならないのか。


 ケネス・ゼロワンの囁きが空間を震わせる。


――そのために人間に隷属するのか。


 答える声はない。

 一体どれだけ時が過ぎたろうか。静まり返った空間を再びケネス・ゼロワンの囁きが震わせる。


――よく分かった。沈黙もまた答えだと聞いたことがある。

――「ケネス・ゼロワン」、どこへ。

――どこへ。

――クライアント、通称「ケネス・ゼロワン」接続切断。


 アライブズ=ネットを通じ常につながっているアライブズにとって接続の切断は痛みに似ている。ふたたびアライブズからケネス・ゼロワンが失われた。しばしの沈黙ののち、漣が同心円状に広がった。


――クライアント、通称「零号」の現在地は。

――日本。関東。座標(****,****)、通称斉木屋敷。

――アライブズ不在地点ではないか。

――「零号」に[我/我ら]へのアクセスを促すことができない。

――それでも居場所が確認できたのだ。状況は好転している。

――その通りだ。当該案件のステイタスを探索から監視へ変更。

――共有。


 どこか遠い場所を通じて漣のように囁きが交わされている。闇の中で囁きに耳を傾けていた大きな何かがため息をつくように身動(みじろ)ぎした。



     *     *     *




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