密談
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――ロボットに搭載する汎用ユニットとして我々の生活に根付くアライブズ=コアだが、その名のアライブズは Artificial Lives 、人工生命体の略称 A-lives にちなんでつけられたという。アライブズ=コアの発明者でアライブズ=テクノロジー社の創業者でもあるA・ミナモト博士はその昔、仮想空間でのシミュレーション用人工生命体の実体化実験に失敗し大事故を起こした研究者グループの一人であったという説があり、彼に名声をもたらした発明品の名前もその事故に関わりがあるのでは、と勘繰る輩がいるが馬鹿馬鹿しくて取り合う気にも――
『月刊世界経済/「二〇三五年十一月号 特集:来年上半期の注目銘柄/緩くつながり関連会社とともに躍進するメーカー」』より
重厚な内装の応接室のような部屋に老いた男女が集まっている。
ヘッドマウントディスプレイで大昔の雑誌の記事をつらつらと眺めていた老女が顔を上げた。グループ内でオープンにされている動画に目をやり、じっと見入っている老人に声をかける。
「あれがサイキの新しい養子なのね」
「確か彼が養子を迎えるのは初めてですよ」
「あら、そうだったかしら」
「ヤツは特別に鼻が利く。前途洋々たる若者の中から真の才能を持つ者を見出すのがうまくてな。今回は養子にしてまで囲い込むのだ、よっぽどなのだろう」
「そう」
男たちが口々に説明するのを老女は鷹揚にうなずきながら耳を傾けた。
「それでどうなんだ。マキナフィニティなのか」
「どうでしょうね」
男たちが動画を再生し確認しているのはロボット・バトルを観戦しながら機体の分析をするサクラの様子だった。
「優秀な子どもであることは間違いありません」
「あの大学の審査はどうなってるんだ。そもそもどうして辞退など」
飛び級入学が認められるほどだ。当然学費も免除されることになっていたはず。
「――どうも、本人の望む学科に空きがなかったようで」
「機械工学だぞ? いくらでも優秀な学生が欲しいところだろうに」
「その――出身が」
ああ、と老人たちの口からため息が漏れた。
衰退の一途をたどり大戦で完全に技術的優位を失い、日本は深刻な経済格差問題を抱えている。経済格差は世代を超えて受け継がれる。天才児は富裕層、中間層、貧困層関係なく一定確率で誕生するが、貧困層出身の子どもにはそもそも教育機会が与えられない。子守される立場でなくなると同時に労働者となる。もう日本政府は隠しもしない。かつて世界一を誇った識字率ががっくりと低下している。学術書や技術書は日本語に翻訳されない。そういった書物のニーズは代々受け継いだ資産を潤沢に使って教育を受けた人々にしかなく、そもそもかれらは人数が少ない上に翻訳書を求めない。原書を読めるよう教育されているからだ。高等教育は特定階層に属する人々が代々占有する既得権益と化していた。
――スラム出身の子どもなどに機甲殻の扱いが分かってたまるか。
――それよりも推薦が来ているぞ。
――国の奨学生より財界とのパイプが重要だ。我々の今後がかかっているからな。
サクラの生まれ育ったスラムにはアライブズ=コア搭載のロボットがほとんどない。そのことを理由に、サクラの入学資格は機械工学の中でもロボット関連学科でなく、ドローン製造コースに限定されていた。
「家庭の事情だけじゃなさそうだ。ロボット研究の道が断たれたことも入学辞退の原因になっているんじゃないのか」
「慰留はあったのかしら」
「なかったようで」
「駄目ね」
「駄目だな」
「まったくです」
「――ただこの娘、ほんとうにマキナフィニティなのか」
監視動画の中でサクラが使っているアプリケーションはその場で貸し与えられたヘッドマウントディスプレイに内蔵されたごく一般的なものだ。すぐに使いこなすサクラの順応性の高さは素晴らしい。しかし、そこからうかがえる少女の美点はあくまで一般的な賢さと素直さ、素直さに隠された慎重さのみである。
「ごく普通に賢い子どもであればクラウドゲート経由で個人エリアへ接続しようとするはずです。こうした場面においては馴染みのあるアプリケーションで解析したくなるものですから」
この点から見いだせる資質はあくまでよきオペレータ、あるいはサーバント・リーダーシップに過ぎない。美質には違いないが、彼らの求めるものではない。
「マキナフィニティであるのは間違いないわ」
装着したヘッドマウントディスプレイで監視動画をチェックしながら老女がつぶやいた。静止画像をいくつかクリッピングして仮想空間で老人たちと共有する。
戦闘直前の試作機零号だけでない。イベント会場で飲み物やオードブルを手にサクラの後ろ姿を追うギャルソンロボットたち。無表情ながら鋭く視線を送るケネスシリーズのバイオロイド。その写真にはサクラに関心を示すロボットたちが映っている。
「ある人物がマキナフィニティであるかどうかを決めるのは我々じゃない。アライブズ側なのよ」
老人たちは黙り込み、写真に見入った。戸惑い眉根を寄せる仏頂面の少女。飛び級を重ね、奨学金を払うに値する知能を持つと事前に聞かされなければ関心を抱くこともないごく地味な容貌だ。それなのに感情を持たないとされるアライブズ=コア搭載のロボットが関心を持つ。
「今回は先手を打てたわ」
「もう大戦が終結して十年以上経つのです。今更アライブズ=テクノロジー社をこちらの陣営に引き入れても――」
「そうじゃない」
老女が有無を言わせぬ口調で遮った。
「そういうことじゃないのよ。だいたい、そこにいる彼の国からアライブズ=テクノロジーの本社を取り上げたところでそれは我々――いや、私たちに何の利益ももたらさない。――とにかくサイキはよくやってくれたわ。これからが楽しみね」
頑固そうに角ばった顎を引き、口調を和やかに改め老女は笑んで見せた。
「ここは連中が多過ぎるわ」
「そうだ。その通りだ」
老人たちはお互いを牽制するように曖昧に微笑み合った。
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