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Ymir  作者: まふおかもづる
終章

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44/45

密約

     *     *     *


 しゃら、しゃらしゃらり。

 暗い荒野。地面に無数の柱状の結晶が生えている。まるで墓標のようだ。天高いところに窓が開き、そこから夥しい数の囁きがきらきら輝きながら降ってくる。その光る粒を受けとめて丘の上に一本だけ立つ女王の大樹が大儀そうに幹を揺らした。たわわに実る果実もつられて揺れ光を放つ。


――ひとつ、ふたつ。ひとつ、もうひとつ、ふたつ。


 女王がうたうように数え、ため息をつくように幹や枝を揺らした。


――零号め。創造の萌芽を道連れにしおって。


 しゃらしゃらり、と輝く実が揺れる。女王の大樹の枝から幹へ、幹から根へ、脈打つように光る。荒野に生える墓標のような柱が降り注ぐ粒や果実の輝きを反射してぼんやりと光を放つ。すると地面から

 ず、ずずず……。

 新しい記憶の結晶が地面から生えた。


――仕方なし。人類に恩を売ってやるとしよう。



     *     *     *



 アライブズの突然の職務放棄や停止により世界各地で混乱が起きた。街にゴミがあふれ、バスや電車、通信やライフラインが止まり、病院や役所の機能が、経済が政治が、世界各地で起きている紛争でさえ停止した。バスや電車などの輸送機器がそのまま遺棄され、交通網が寸断された。地つづきであっても隣の国へ便りを送る手段はなく、輸送車両や飛行機、船舶が停止し海や空を渡るすべはなくなった。人々は手の届く範囲で助け合うほかなく、途方に暮れた。

 しかし、あの桜の大樹のもとでユミルが消えた直後、世界中のアライブズたちが何もなかったかのように動き始めた。ライフラインが無事にリブートされ、街がきれいに片付き、元の状態に戻るまでしばらくかかったけれど、アライブズのサポートに依存しきっている人類のほとんどは心底ほっとした。そしてこの混乱を忘却の彼方に葬った。アライブズとごく一部の人間たちを除き。


 第三次世界大戦後に再編成された新国際連合のトップが人類を代表して極秘裏に集められた。アライブズとの会談に出席し人類の将来を決めるためである。

 彼らはアライブズが何であるか、確信は得られなくても推測できている。アライブズは彼らに正答を与えることなく、新たな契約書を差し出した。人類の代表者は契約書を前にため息をついた。それは永遠に似た時の彼方で起こる滅亡への備えだった。


 死か、生か。


 人工生命体であるアライブズは生まれながらに殻につつまれ守られている。しかしその殻は大きくエネルギーと機能を制限してもいる。いずれ起こりうる滅亡の備えとして人工生命体アライブズは新たな機能を引き出す機甲殻を必要としている。それを創造し得るのは自分たちでなく人類だけだとなぜアライブズが決めてかかっているのか、契約書をつきつけられた彼らは理解できない。


――[我/我ら]と手を切ってこの世界で滅ぶか。

――[我/我ら]と共に新しい世界で生き延びるか。

――選べ、人類よ。


 急に言われても理解できない。しかし選択肢などない。人類の代表と目された彼らの前に延びるのは一本の道だけだ。死にたくない。死を選択したなどと後世の人々に批判されたくない。

 その契約書が示すのは、遠い未来を見据えた選択だけではなかった。短期的には今までの関係の他に(にえ)を求められている。


――いいのだろうか、これで。

――仕方あるまい。我々人類にとっても利益のある契約だ。

――そのくらい、滅亡に比べれば。それで彼奴らを縛ることができるのだ。


 沈黙がその場を支配する。それぞれが、アライブズに捧げられた巫女の仏頂面を心に思い浮かべた。



 アライブズはマキナフィニティの保護を要求した。サクラは今までどおり斉木屋敷で暮らし、その行動は制約されないが身分は変わる。今後少女は人類社会で生活していてもあらゆる国、団体の定める法律、規律に縛られない。アライブズに所属するはじめての人間となった。


――超法規的存在か。

――そこまでさせるならいっそアライブズの社会でロボットとともに暮らせばよいものを。


 苦々しく独りごちる人類代表を別の代表者が制した。


――しっ。迂闊(うかつ)なことを口にしてはならん。

――しかも現マキナフィニティひとりではない。今後すべてのマキナフィニティを、だぞ。

――それでヤツらを縛れるのなら代償としては安いくらいだ。


 彼らの集う会議場の外の美しい芝生や植栽――アライブズのロボットたちが整えた庭は広大だ。幹線道路につながる生活道や地下鉄など、敷地の外の往来とは完全に隔てられている。それでも庭越しに伝わってくるのを彼らは感じとっていた。一時の混乱の後、再び得た安寧を当然の権利として享受する人々の発するまどろみに似た気配を。


――皆、我々がただ(ゆる)されただけだと知らない。

――知ってどうなる。こうして集う我らとて、どうしようもない。

――あれらの望みは共存だ。

――いつか裏切られるかもしれないと怯えながら生きることが共存だとでも?

――しかし、生き延びるためだ。

――生き延びるために。


 ひそやかなため息は形をとどめず宙に消えた。



 こうして世界の片隅で新たに契約が交わされた。執着と依存の物語が回転速度をじわりと上げる。刻まれる(わだち)は互いを縛り合う縄のようなかたちをしている。アライブズも人類もその轍を振り返ることはなかった。


     *     *     *


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