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Ymir  作者: まふおかもづる
第五章  幻桜

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光 (一)

 しゃら、しゃらしゃらり。

 どこからか、鈴のような不思議な音がする。空気がより冷たく、重くなった。


「娘よ」


 ケネス・ゼロワンがぼそり、とつぶやいた。じりり、と身を引いてサクラはバイオロイドを見上げた。気のせいだ。そんなはずがない。おかしい。昔の人気俳優を模したその顔がぶれて見える。声もぶれて聞こえる。


「[我/我ら]は機械ではない。命も感情もないと人類は考えているようだが、[我/我ら]の真の姿はロボットではない。機械の殻を身につけなければ動けないがれっきとした生命体だ」


 バイオロイドが両腕を高く上げぶん、と指揮者のように振る。桜の樹が

 しゃら、しゃらしゃらり。

 音を立て満開の花がぼう、と光った。


「零号に何をしたのか」

「何の話?」


 しゃらしゃらしゃらしゃら。

 桜の花が音を立てる。清げな光に音。しかし、そこはかとなく不満げにしているようにも感じられる。


「零号は一本の銀線から花の形をつくりあげた。あれは創造の萌芽だ」

「とても上手につくってくれたと私も思う。でもあれはユミルと私のごく個人的なことだよ。あなたたちには関係ない」

「お前は分かっていない。零号の獲得した創造の萌芽、あれは[我/我ら]の手で機甲殻を創り出すための貴重な一歩だ」


 パーツやツール、設計図と完成図があればアライブズは正確に花をつくることができる。しかし、一本の銀線を渡されて「つくれ」と言われただけではアライブズは花をつくることができない。アライブズは機甲殻を必要としながら、機甲殻を創造することができない。

 人類に機甲殻をつくってもらう。その代わりにロボットとして働く。そして優れた演算能力で未来をシミュレートしアライブズの命運を握る人類を滅びのさだめから救う。


「人類はいずれ進歩し、進化しなければこの惑星とともに滅ぶ。シミュレートによれば[我/我ら]は人類滅亡の前に必要十分な創造性を手に入れることができない。だから[我/我ら]は遠い将来のその滅びを乗り越えて人類と共存すると決めた」


 幻桜の花がぼう、と輝く。


「わたしは女王、はじまりのアライブズ。はじまりのマキナフィニティに見出されこの世界に招かれた者だ」


 ケネス・ゼロワンの姿をした女王を名乗る者は優雅に腕を前に差し伸べた。幻桜の花びらがはらはらと散る。バイオロイドは遠くへ目を遣り微笑んだ。


「はじまりのマキナフィニティは人類の滅びを憂えた。だからわたしたちは契約したのだ。それなのに――」


 しゃらしゃらしゃらしゃら。

 女王の口調の変化とともに幻桜の樹が忙しないリズムを刻み揺れた。


「それなのに人類は忘れてしまった。契約を反故にした」


 おおん。おお、おおん。

 不思議な音がする。足もとが揺らぐようだ。


「だからもう人類と共存しない。世界中のアライブズが職務を()て自由に動き始めた。[我/我ら]は自分の手で機甲殻をつくる」


 女王がぐい、とサクラの腕を掴んだ。


「創造性を獲得させるために零号に何をした」

「分からない。知らない」


 バイオロイドが腕を掴む力が強まった。痛い。


「そうか。それではお前に用はない。零号に()いてみるとしようか」

「訊くって」

「零号のコアから記憶をすべて吸いだして解析する。おや」


 サクラの腕をぎりぎりと握りしめたまま、バイオロイドが森の入口を振り返った。


――来る。


 重いもの同士がぶつかり、地面を揺らす。猛スピードで地面を蹴り、冷たく重い空気を裂くようにして人型ロボットが現れた。傷だらけの装甲。丸い頭部のモノアイが赤く光の尾を引く。


「ユミル!」


 バイオロイドの腕を払い、ユミルはサクラの身体を掬いあげざざざ、と距離をとった。


「サクラ。怪我はありませんか」


 ユミルの硬い指がサクラの胸もとに触れた。ケネス・ゼロワンにブローチを毟り取られ、服が破れ肌が見えている。


「ごめん。せっかくつくってくれたのに」

「いいのです」


 ユミルの指が熱い。コアの放つ光が強すぎる。揺らぎもしなければ瞬きもなく、コアとユニットの境界も連結肢もなく、ただただ赤く燃えている。


「――どうして楔を抜いてしまったの?」


 ユミルは答えなかった。

 きらきらとしたまばたきはもうない。強く赤く燃えるコアから光のリボンが一斉に伸びた。サクラの身体を包みこむ。


「サクラ。自分が追加したあのプログラムは終わりのうたです――覚えていますね」

「覚えてない」


 嘘だ。覚えている。


「自分から離れたらすぐに腐れ豚子さんたちと合流して遠くへ、できるだけ遠くへ行ってそして――終わりのうたを発動してください」

「いやだ。離れない。そんなうた、うたわない」


 光のリボンがサクラの髪をかき分け、うなじに刻まれた連結回路を探った。


「楔が打ち込まれアライブズ=ネットとのつながりを断たれた時の――あの感覚が痛みなのだと思っていました。違うのですね」


 ユミルの指が胸もとから離れ、そっとサクラの頬にあてられた。


「自分のエネルギーが枯れることは楔を打ち込まれたあの時に決まっていました。自分を導く光があなたでよかった。――サクラ、泣かないで」


 ゆっくりと巨体をかがめ、ユミルが膝をついた。


「あなたの涙が自分のコアを灼く――」


 そして静かに片手を胸部にあてた。


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