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Ymir  作者: まふおかもづる
第一章  試作機零号
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 サクラが帰宅すると、珍しく客が来ていた。こっそりとキッチンへ向かい、ファイトマネーで買った食材の袋をテーブルに置く。


「お話がよく見えないんですが――まき、まきな……?」

「マシン=アフィニティ、あるいはマキナフィニティと呼ばれます。かつては――」


 マキナフィニティ。機械親和性のことだ。これは本来、単純に機械、あるいは機械操作との相性のよさを示す言葉だった。だが、およそ百年前に発明されたアライブズ=コアという汎用性の高いロボット用エンジンの爆発的普及によって事情が変わった。アライブズ=コアの内部構造は徹底して秘匿されている。アライブズ=コアを搭載したマシンは販売されるのではなく、アライブズ=テクノロジー社からレンタルすることで使用可能となる。普及しておよそ百年、機械に関する進歩といえばアライブズ=コアを覆う機甲殻に関する技術を指す。そして、マキナフィニティというのは機械親和性の高さだけでなく、機甲殻の設計や製造に関する相性の良さ、特殊な才能をもった人物を指すようになった。


「おたくのお嬢さんはマキナフィニティです」

「何をおっしゃりたいのかわたしには……」

「せっかく得た大学への飛び級入学権利もご家庭の事情で辞退されたとか」

「そ、それは……」

「ドローン・バトル。非合法賭博にお嬢さんは関わっている」


 サクラの母親がびくりと肩を揺らした。目の前に写真が差し出される。バトルのハーフタイム、ドローンを修理するサクラがはっきりと写っている。


「ご主人が亡くなって大変なんでしょうなあ。それでもこんな違法な――」

「あとの話は本人である私が聞きます。母はこの件に関わっていないんで」


 サクラは客の前に姿を現した。貧相で表情に乏しい、写真通りの仏頂面だ。十五歳という年齢相応の愛らしさはないけれど、敵意に満ちた瞳に知性の高さがうかがえると言えなくもない。


――これがマキナフィニティ。高く売れそうだ。


 客――、人買いは少女に向かってにやりと顔を歪めた。



     *     *     *



 サイズの合わない、趣味の悪いオレンジ色のワンピースを着せられたサクラが人買いに連れてこられたのは郊外のイベント会場だった。丁寧に刈り込まれた芝生がなだらかな起伏をなし長閑(のどか)に広がる。大きなテントやコテージが点々と配置され、上品に着飾った人々が思い思いの飲みものを手に歓談に興じている。旧東京沿岸部のスラムで生まれ育ったサクラの知らない場所、知らない人々。丁寧な物腰の給仕バイオロイドが飲みものを勧めるのを断り、上品ないでたちの妙に気さくな人々が話しかけてくるのを避け、人気のない方へ、ない方へとサクラはじりじりと移動した。

 木陰から木陰へ人を避けながら歩いていてサクラは会場の一角に他とは違う大きな建物と天幕があるのに気づいた。天幕を覗いてみると無造作にロボットが転がしてある。二足歩行タイプ、人型ロボットばかりだ。動力の断たれたそれらの機械をゆっくりと歩きながらサクラは眺めた。金属製のもの、人工皮膚に覆われたもの。大きさも材質も様々だけれど、機械に囲まれていると落ち着く。サクラの口もとに笑みが浮かんだ。


――こちらはいい子。あちらは、ちょっとよくない癖のある子。

――ロボットにいい子、悪い子があるのかな?


 幼かった頃、港湾整備機械のサービスエンジニアだった父親の職場に遊びに行った時の思い出だ。


――悪い子はいないよ。でも、病気だったり、変な癖がついちゃったりしている子がいるの。

――サクラは分かるのかい?

――分かるよ。おめめを見れば分かる。


 ひときわ大きく、古ぼけたロボットの前でサクラは足を止めた。腕や脚の分厚い装甲。元はカーキ色だったのだろうか、塗装の剥げた厳つい肩のシールドに半ば埋まった丸い頭部。他の機体とは明らかに、何かが違う。

 金属製の装甲を持つものは他にもある。特別に古ぼけているけれど、そもそもここに並べられているのは古い機体ばかりだ。おそらく兵器、しかも対人兵器であろうことが、兵装が外されていてもうかがえるけれど、それもこの機体だけではない。機甲殻が幾重にも重なっているらしい、それも特別な要素ではない。起動していればもう少し様子が分かるのだけれど。どうしてこんなにこのロボットに惹きつけられるのか、分からない。目の前の重々しい機体の古びて剥げた塗装、所属を示すエンブレムか機体IDのプレートがあったのだろうか、入念に痕跡が消された部分にサクラの指が届きそうになったその時、背後から声がかかった。


「どうだえ。マキナフィニティのお眼鏡にかなう機体がありそうかのう」


 仏頂面に戻ったサクラが振り返ると少し離れたところに老人が立っていた。髪だけでなく皺の多い肌も白い。痩せた身体に地味な、しかし一見して上質と分かるスーツをきっちりと着込んでいる。穏やかでにこやかな物腰だが油断ならない。


「さあ――どうでしょう? 私は機械設計や製造に特別優れているわけではありません。お調べになられたのでは、義父上(ちちうえ)?」


 言葉が尖る。目の前の老人が母親からサクラを買い取った斉木とかいう資産家だ。


「おお、調べたとも。何せ優秀な養女じゃからのう。将来が楽しみじゃ。――今日からわしがお前さんの養父となる。よろしゅうな」


 やたら緩い襟ぐりを押さえぎこちなくお辞儀をするサクラを見つめる老人の顔に苦笑が滲んだ。


「さてむすめよ、そろそろ定刻じゃ。こちらへ」


 斉木に導かれ、サクラは天幕から隣の建物へ移動した。



 二人が通されたのは、広めの応接室のような部屋だった。厚いカーテンのかかった大きな窓がある。その窓にカウンターのようなテーブルがついている。斉木は近くからスツールを二脚引き寄せ、ひとつを勧めた。サクラが用意されていたヘッドセットを装着すると、斉木がにこにこと


「一緒にショーを観ようかのう」


 と手もとで何かを操作した。

 目の前の分厚いカーテンが左右に開く。紺色のカーテンの向こうには何もない。薄暗いそこは頼りないスポットライトに照らされていて、視線を下げると灰色の床が見える。同じ高さに窓があってぐるりと殺風景な部屋を囲んでいるが、カーテンの開いている部分は他にない。左右の壁に一ヶ所ずつ、戸がある。

 ショーって何の、とサクラが口を開く前に眼下の戸が滑るように開いた。

 何かがいる。

 腰を落とした何かが重々しく一歩、さらに一歩足を踏み出し、戸の向こうの空間からその姿を現した。

 大きい。それは人型の機械だった。分厚い胴体に古びたカーキ色の装甲が施された他は至ってシンプルな飾りのないデザインをしている。左手に丸い盾を、右手に斧を握っている。


「さっきの――」


 ロボットが身を起こした。丸い頭部をゆっくりと巡らせ周囲を睥睨(へいげい)する。照明が抑えられて薄暗いからか、頭部に赤く丸い火の玉が一つ浮かび上がったかのようだ。なんと禍々しい。そして、なんと美しい。サクラはそのロボットのモノアイに眺め入った。一瞬、視線が絡んだような気がしてどきり、とする。そんなはずないのに。


 反対側にも何かいる。

 こちらは細身の青年だ。精巧に模しているが人間でないとすぐ見て取れる。涼しく美しい顔立ちの、特に瞳に生気がない。炎を模したデザインの身の丈に近い大剣を携えている。ちゃらちゃらした形で実用的に見えないが、剣でなく本当は棍棒のように叩くタイプの武器なのかもしれない。


「ケネスシリーズですね」

「そのようじゃな」


 ケネスシリーズはかなり昔の人気俳優を模したことで有名なバイオロイドだ。斉木は対峙するモノアイの人型ロボットを指さした。


「あちらはユーラシア連合の対人兵器でのう、零号というそうじゃ」

「ゼロゴウ?」

「うむ。先の大戦で試験的に作られたが量産されなかったのだとか。ほれ、先ほどお前さんが外で見ておった機体じゃ。――おお、始まるようじゃ」


 始まるって何が、と問い返す暇はなかった。ヘッドセットのビューアに戦闘開始のサインが表示される。同時に二体の機械が動き始めた。

 バイオロイドが大剣を大上段に振り上げ、ロボットにたたき込む。丸い盾でそれを受け止めたロボットが力任せに相手を押しやり、そして斧を振った。

 ず……ん。

 空振りだ。斧が床にたたきつけられて火花が散り、衝撃がサクラの座っているところまで鈍く伝わってくる。

 ケネスシリーズのバイオロイドは振り下ろされる斧を軽やかに避け、なめらかに大剣を振る。人間であれば余裕の笑みを浮かべるところだ。しかし、ケネスシリーズは感情表現システムが搭載されていない古いバイオロイドだ。表情を崩さず、淡々とステップを踏んで相手の攻撃を避け、大剣を繰り出す。目もとが涼しく、きりりと真一文字に唇を引き結んだ美しい顔立ちはこうした戦闘シーンに案外映える。ケネスシリーズのモデルとなった大昔の美形俳優がクールな役柄で人気だったのだと言う。素敵だったのよう、と近所のおばちゃんが頬を赤らめ語っていたのをサクラは思い出した。

 しかし、サクラが見入っているのは美形バイオロイドではない。旧ユーラシア連合軍の試作機零号だ。厚く大きい体躯。重苦しい古びた装甲。零号のモノアイが薄暗いフィールドで赤く光の尾を引く。


――遅い……!


 反射的な防御、力の溜め、攻撃、動きの順番に問題はない。なのに、ひとつひとつの動作がほんの少し、ぎこちない。動作と動作の間に空白が生じている。サクラはピアニストがテーブルを鍵盤に見立てるのと似た忙しなくも雅やかな動きで指を躍らせた。ヘッドセット越しにビューア上で展開されるアプリケーションを立ち上げ、零号の動きを録画して解析する。

 零号の振りおろした斧が避けられる。床に火花が散った。


――やっぱり遅い。


 ほんの少しの遅れ、瞬きより短い空白であっても連続した動作、フレーズ単位で見渡すとブレが増幅する。それがはっきりとした動きの淀みとして表れる。

 零号の腕の装甲に傷が走る。大きく振った盾がバイオロイドのかざす大剣とこすれ合い、火花が散った。


――私だったら……。


 こんな無駄な動きなどさせない。そう思い、サクラが唇を噛んだその時、軽やかにステップを踏んだバイオロイドが零号の背後にまわった。けばけばしい塗装の剥げかけた大剣で零号の脚、人間で言えば膝の裏にあたる関節を強打した。


「あっ……」


 片脚をもぎ取られ、動きを封じられた零号が倒れる。

 ずず……ん。

 身を乗り出したサクラには、零号のモノアイがこちらを見つめ揺れたように思われた。



「あれが……欲しいかえ?」

「ええ。――あ、でも」

「よいのじゃよ。――ちょうど我がむすめへプレゼントを、と思っておったところじゃ」


 斉木の細められた目はにこやかなようでいて感情の色を見せない。


「何も遠慮することはない。バトルドローンのような原始的な機械でなくアライブズ=コア搭載の、たとえばあのごつい機甲殻の塊を、好きに改造したいのではないかえ?」


 確かにサクラはアライブズ=コア搭載のマシンを改造したことはない。憧れの機甲殻だ。欲しい。でも危ない。きっと何か裏がある。でも――。

 フィールドでくずおれる零号の巨体、その頭部からゆっくりと赤い光が失われてゆく。


――どうしても見たい。目を、見たい。


 サクラはぎゅ、と両手を握りしめた。




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