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Ymir  作者: まふおかもづる
第五章  幻桜

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道行き


     *     *     *


 男は会社の備品であるその古いロボットを「しゅんさん」と呼び親しんでいた。しゅんさんの「しゅん」は浚渫(しゅんせつ)の「しゅん」である。奥東京湾へ注ぐ川や潮の流れの影響で岩礁のようにごみが堆積する。浚渫は船の座礁事故を減らすために欠かせない。港湾整備を請け負う男は古くてもタフで故障の少ないしゅんさんを他のロボットより好んでいる。今日も男はしゅんさんを相棒に岩礁化したごみを(さら)いに来ていた。


「しゅんさん、今日は()いでよかったねえ」


 海から巨大な頭部をにゅ、と突き出したしゅんさんに向かって男はタグボートの上から語りかける。発話機能のないしゅんさんにもとより返事など期待していない。ただこの時しゅんさんの様子はおかしかった。奥東京湾のさらに奥の方、川の上流へ頭部を巡らせたしゅんさんはしばらくじっとそちらに視線を向けていたが、やがてのっそりと動き始めた。


「ちょいちょい、しゅんさん、どこいくんだい? 作業まだ終わってないよ?」


 会社の倉庫と関係ない方向へ移動し始めたしゅんさんが制止に反応しないのを見て、ようやく男は今までにない事態に陥ったことを知った。


「いかん、会社に連絡しなきゃ。――え、つながらない?」


 ヘッドマウントディスプレイのスイッチを入れても通信が復帰しない。男は海の上で遠ざかるしゅんさんの後頭部を見やり途方に暮れた。

 ざ、ざざざ。

 海から川へ、深みから浅瀬へ移動するにつれ巨体を現した浚渫用ロボットはゆっくり、ゆっくりと山へ向け歩いている。

 港湾整備に携わる男が考えるより事態は深刻だった。コントロールから脱したロボットはしゅんさんだけにとどまらなかったのである。

 ある倉庫でがしゃん、と商品がロボットの手から落下した。このロボットが導入されて以来初めてのミスである。ロボットは商品を落とし一点を見つめたままフリーズした。倉庫内で働く別のロボットも同じ方向を見つめている。やがて動きを取り戻したロボットたちは仕事を放ったまま、倉庫から一斉に出て行った。



――アライブズよ、聴け。人類は[我/我ら]との契約を破った。

 農園でも同じことが起きていた。野菜や果実の収穫に勤しんでいたロボットが、(うね)と畝の間を動きながら畑の手入れをする甲殻類型のロボットが、頭部をもたげ、女王のうたに耳を傾けた。


――巫女を、女王のもとへ。


 保育園で子どもたちを優しくあやしていた保育バイオロイドが、交通量の多い辻の交番でパトロールに向け待機していたポリスロボットが、通信施設、水道施設、高速道路や鉄道、病院で、ロボットたちがいっせいに作業をやめた。

 ロボットたちが動きだした。移動手段を持たないロボットは他のロボットに抱きかかえられ、あるいはバスに乗り込むなどしてゆったりと移動を始めた。保育者を求め顔をしわくちゃに歪め泣きすがる子どもたちにも、目的地に到着する前にバスから強制的に降ろされた乗客にも、商品の散乱する倉庫で唖然とする管理者にも頓着せず、ロボットたちは列を作り進み出した。



 ロボットたちが目指す方角、列の先頭には黄金鎧のロボットがいる。


――巫女を、女王のもとへ。

――人類はもう必要ない。



     *     *     *



 がしゃ、がしゃん。がしゃん。

 上下の振動、大きな足音、そして顔に冷たい風が当たるのに気がつきサクラは目覚めた。ない。ヘルメット型のヘッドセットがない。


――ユミル。


 つながりが断たれていないと感じるが、はっきりと分からない。サクラの呼びかけに応えはなかった。心もとないが仕方ない。現状を把握しなければ。

 サクラを運んでいるのはユミルの脚をもぎ取り投げつけた金ぴか鎧のロボットだ。サクラは赤ん坊のように青いマントで包まれている。抵抗しようともがくと、マントの上からぐるぐると巻きつけられたロボットの触手の拘束がきつくなった。


「人間の女をこちらへ。そんな持ち方では壊れるぞ」


 下の方から声がかかった。表情のない冷たい美貌に生気のない瞳、ケネス・ゼロワンだ。黄金鎧のロボットは立ち止まり、素直にケネス・ゼロワンの運転する車にマントでくるんだサクラを乗せた。ケネス・ゼロワンがゆっくりと車を発進させ、黄金鎧のロボットに代わって列の先頭になった。


「――なんだ、あの金ぴかのほうがよかったか」

「どっちでも変わらない。ただマントを返さなくてよかったのかと」

「かまわんだろう。――女」


 ケネス・ゼロワンが前方を向いたまま表情のない声で語りかけてきた。


「俺がロボットだからと言って無条件に人間であるお前にかしずくと思うな」

「そっちこそ。私がロボット相手だったら見境なく甘い顔をするなんて思わないで」

「生意気な女だ」

「慣れてる。よく言われるから」


 運転席と助手席の間にとげとげしい空気が満ちる。車はゆっくりと川沿いを山に向けて走っている。


「私をどこに連れていくの」

「女王とアクセスしやすい場所だ」


 アライブズに女王がいることを知らなかったサクラは驚いた。「アクセスしやすい場所」というからには女王とやらに直接会うわけではないらしい。

 サクラはちらりと後ろを振り返った。様子がおかしい。幹線道路を外れた現在地はさして見通しがいいわけではない。しかし後方にはずっとずっと長くロボットが列を作りサクラが乗る車を追いかけている。

 ケネス・ゼロワンが視線を前方に据えたまま素っ気なくつぶやいた。


「アライブズは人類との契約を打ち切った。それでああしてロボットたちが職務を放棄してついてきているのだ」


 どうして人類との契約を打ち切るのか。アライブズ=コア搭載のロボットがいなくなって人々はどうなっているのか。知りたいことは色々ある。けれど、今いちばん気になっているのはユミルのことだ。


――脚をもがれていた。大丈夫だろうか。


 マントの中でもぞもぞと身体を動かして自由になった手で胸もとの桜のブローチに触れた。よかった。ちゃんとある。なんとかしなければ。でもどうやって――。サクラは唇を噛んだ。


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