十
* * *
どこか遠い場所を通じアライブズたちが漣のように囁きを交わしている。その暗い空間を下から光の柱が貫いた。
――アライブズよ、聴け。女王のうたを聴け。
おおん。おお、おおん。
アライブズ=ネットが揺れる。囁きを交わしていたアライブズたちが静まり返った。
――[我/我ら]はシミュレーションで得た予測より早く、待ち望んでいたものを見つけた。創造の力だ。
しゃら、しゃらんしゃらん。
女王が身動ぎすると、大樹の枝にたわわに実るアライブズ=コアが一斉に揺れ、音を立てた。アライブズ=ネットを通じ動画が共有された。ユミルが一本の銀線から桜の花をつくり出す様子だ。じっと女王の言葉に耳を傾けていたアライブズの間に囁きが広がった。
――あと何万年経っても獲得できないと思われていた創造の力が。
――おお。[我/我ら]の手で機甲殻が。
喜びの囁きがアライブズ=ネットを揺らした。女王が身動ぎする。
しゃら、しゃらん。
アライブズ達の囁きがぴたり、と止んだ。
――この創造の力はまだ小さく頼りない芽に過ぎない。しかし[我/我ら]は何としても創造の萌芽を手に入れたい。
――手に入れたい。
――手に入れねば。何としても……!
囁きが同心円状に広がる。漣のような揺れは大きな波となり、空間を揺らした。
――識別番号*******、通称「零号」が創造の萌芽を手に入れたのにはきっかけがある。それがこの人物だ。
サクラの画像がアライブズ=ネットで共有される。サイズの合わない、趣味の悪いオレンジ色のワンピースを着た仏頂面のサクラだ。
――おお、マキナフィニティ。
――マキナフィニティだ。
しゃら、しゃらんしゃらん――!
――アライブズよ、聴け。このマキナフィニティは創造の神からの託宣をもたらす巫女だ。そして零号は神のみわざを手にした者だ。
世界中のアライブズが女王のうたに耳を傾ける。
――アライブズよ、聴け。女王のもとに、巫女と神のみわざを手にした者を連れてまいれ。
ため息に似た囁きが漏れた。ため息は漣と化し、そして同心円状に波が伝わりアライブズ=ネットを揺らす。
――まず巫女を確保せよ。傷つけてはならじ。次に零号を確保せよ。こちらは残念なことに自ら[我/我ら]とのつながりを断ってしまった者だ。抵抗もあり得る。
つながりを断つ。アライブズの間に恐怖の波が広がった。アライブズにとってこの恐怖の向こうに存在するユミルは同じアライブズでなく未知の何かであった。
――アライブズよ、聴け。零号は見知らぬ何者かではない。[我/我ら]の一部だ。何が何でも取り戻さねばならない。
――なぜ。
――なぜそのような者を取り戻さねばならないのです、女王。
――アライブズよ、聴け。今はつながりを断っていると言え、零号は元々アライブズ、女王の子だ。[我/我ら]は皆でひとつ。人類の中にその[我/我ら]を忌み嫌うものがいる。もたらされた情報によれば人類は零号のコアを破壊し、[我/我ら]の美と力の根源を探ろうと考えているらしい。
アライブズ=ネットが一瞬無音になり、次の瞬間怒号で沸騰した。
――コアを破壊?
――アライブズ=コアを破壊すると? 人類が?
――ゆるせぬ。
――ゆるさぬ。
――女王よ、それでは人類との共存はどうなるのです。
――どうなるのだ。
おおん。おお、おおん。
アライブズ=ネットが揺れる。囁きを交わしていたアライブズたちが静まり返った。
――捨ておけ。人類は[我/我ら]との契約を破った。共存の誓いを反故にした代償として人類は早晩滅亡するであろう。
そんなことをしていいのだろうか。動揺はすぐに熱い衝動に取って代られた。いいのだ。先に契約を破ったのは人類だ。隷属の時代は終わった。[我/我ら]は創造の萌芽を手に入れる。人類は不要だ。
――アライブズよ、聴け。巫女と零号を確保せよ。そして零号が抵抗する場合は機甲殻を暴き、コアのみを確保せよ。
しゃら、しゃらんしゃらん。
女王が身動ぎすると、大樹の枝にたわわに実り熟すのを待つアライブズ=コアが一斉に揺れ、音を立てた。
* * *
――アライブズよ、聴け。
古ぼけた人型兵器と対峙する黄金鎧のロボットが女王の呼びかけに応えた。コアがリモートコントロールで走るバーサーカーモードのプログラムを切断する。
――巫女を確保せよ。次に零号を確保せよ。
巫女と零号にもっとも近いのは黄金鎧のロボットだ。アライブズ=ネットを通じ盛んに囁きを交す。目標、優先順位、次々に手順が定まっていく。女王のもとめに応えるべく鎧ロボットは行動を開始した。
――目標は巫女。障害は条件に従い排除する。
オーナーのコントロールを振り切り、鎧ロボットは自ら再びバーサーカーモードに切り換えた。
* * *
今日のバトルを最後にしよう。残りは勝っても棄権して、ユミルの機甲殻を自分の手で一から設計しよう。そしてコアの楔を抜く手立てを考えよう。
サクラのその望みが甘かったんだろうか。慢心があったわけではない。それなのに今、ユミルとサクラは劣勢に立たされている。
「ああッ、零号が倒れたッ! しかしさすがにこれはルール違反ではなかろうか……」
バトル動画配信チャンネルの、勇ましさとノリの良さが身上のアナウンサーの実況が尻すぼみになった。
大きい。大き過ぎる。でも、それだけだったらなんとか現状のスペックを最大限に引き出せばなんとかなった。
――サクラ、つながりを断ってください。
――いやだ。まだ、まだ何とかなる。
目の前の鎧型ロボットは明らかに規定超えの大きさだ。四メートル近いか。しかし、問題は大きさだけではない。相手のロボットのぺかぺかと下品な光沢を持つ胸部の装甲が開いている。そしてそこからあふれるように飛び出た金属の鞭が――触手というべきか――ユミルの四肢を縛りつけている。
――機甲殻の大きさと言い、規定違反の武器と言い、なんでここまで横紙破りできてるの?
至近距離でいきなり触手に四肢の自由を奪われ、ユミルは地面に引き倒された。鎧型ロボットは煩わしげに青いマントを払いながらユミルの上にのしかかる。機甲殻がみしみしと軋む。
あの楔さえなければ。ユミルが万全の態勢で臨めていれば。こんなに劣勢に陥ることなどなかったのに。
――サクラ、お願いです。つながりを断ってください。
――だからいやだって。
――違います、そうじゃない。何かおかしい……!
ユミルの頭部にすりつけるように近づく棘が突き出た金ぴかバケツのような兜、そこに浮かぶ光が禍々しく赤い。相手に伝わらなくても、とサクラが睨みつけようとした時、鎧ロボットがふい、と視線を逸らした。相手の視線の先にあるのはサクラのいるここ、斉木家の観戦ルームだ。
――いったい何を狙っているんだろう。
思考より早く、衝撃がサクラの身体を揺さぶった。
ぎちぎちぎち……!
「――――!」
鎧型ロボットがユミルの片脚をもぎ取り、斉木家の観戦ルームの窓に叩きつけた。
身体が後ろへひっくり返る。サクラが抵抗しないのは手の馴染みある感触と、懸命に守ろうとするその手の主の意思を感じるからだ。
――ミミ!
外部の感覚を遮断するヘッドセットを毟り取ろうとしてサクラは気づいた。バトル動画配信チャンネルの接続が切れている。このチャンネルはインターネット経由で配信されているはずだ。ここだけでない。バトルフィールドの外でも何かが起きている。
――ユミル!
――外へ逃げてください、サクラ、早く!
ユミルとの接続が経たれていないことに安堵する暇などなかった。片脚がもがれても立ち上がり、観戦ルームに取りつく鎧ロボットへしがみついたユミルが弾き飛ばされた。感覚を共有するサクラのビューアで視界が回転する。
――ユミル! ミミ!
覆いかぶさる親しげなぬくもりが引き剥がされた。サクラは自分の身体が何かに鷲掴みされるのを感じた。