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Ymir  作者: まふおかもづる
第四章  巨人と巫女
37/45

     *     *     *


 きんきらに塗られた猫足のソファやらフリンジが盛大にぶら下がったカーテンやら、相変わらずこの部屋は趣味が悪い。観戦ルームに足を踏み入れてヤシロ青年はわずかに眉を顰めた。しかし相手が振り返る前に元の食えない糸目に戻る。


「遅かったじゃねえか。――なんだ、ロボット全員連れまわしてんのか」


 目の血走った中年男が青年とともに入室したケンタウロスと双子の天使に目をやり、嫌みを言った。このリゾートホテルのオーナーが特に目をかけるこの男は、一族の男たちの中でもひときわぼんくらだとヤシロ青年は思う。


「ええ、留守番をさせると寂しがりますから。――それに近頃僕のラボには泥棒が入るんですよ」

――あんたの送りつけてきた産業スパイは返り討ちにしてやったがな。僕じゃなくて僕のロボットたちが、だけど。


 ヤシロ青年はにこにこと目を糸のように細めながら腹の中で毒づいた。柄の悪い親戚に隠れるように貧相な男がいたたまれない様子でもじもじしている。確か親戚の会社の新しい技術部長ではなかったか。もしかしたら産業スパイのうち幾人かはこの男が放ったのかもしれない。


「へええ、泥棒。そりゃあ災難だったな。マキナフィニティ最有力候補者サマの開発した未発表機甲殻技術がまわりまわってウチの『オーディン』に使われていてもおかしくないってわけか」


 ぎゃはははは。

 血走った目をした男は大笑いした。


「オーディン?」

「ウチの会社の技術の粋、俺の愛機よ」


 トーナメント中にロボットを変更することは禁止されているはずだ。ヤシロ青年が眉を顰める。だぶだぶのスーツの中で身体が泳いでいるように見える技術部長がおずおずと口をはさんだ。


「あの、コアは今までと一緒なんです。その、機甲殻もだいたいは――いえ、その、ちょっと外側が変わっただけでほぼ以前と同じでして。名前はその、変更できなかったんですけど……」

「ああ? お前、ちゃんと登録しとけっつったろうがよ!」

「ひいいいい」


 身を竦める技術部長に覆いかぶさるようにして怒鳴りつける親戚をヤシロ青年は制した。


「失礼。僕をお呼びになったのは『オーディン』のご自慢のためですか?」

「へっ、可愛げがねえな。まあいい。お前、あの斉木とかいうジジイの養女に興味があるみたいじゃねえか。あのクソ生意気な小娘がロボットといっしょにめちゃくちゃに壊れるところをVIPルームで見せてやろうと思ってよ」


 柄が悪いだけでなく頭も悪いと知っているがあんまりと言えばあんまりだ。目の前の男がいくら張り合おうと例の令嬢にかないはしない。ロボットに対する愛情や機械工学への情熱だけでは決して辿(たど)り着かない高みにあの少女はいる。ヤシロ青年はため息をついた。

 ぎゃはははは。ぎゃは、ぎゃははははは。

 血走った目をした男が不愉快な声を立て腹を抱えて大笑いした。技術部長がおずおずと口を挟んだ。


「お、『オーディン』の機甲殻にヤシロさまの技術は、つ、使われていません」

「――なんだと? 話が違うじゃねえか」

「ヤシロさまの周辺は物理的にもソーシャル面でもガードが固くて……情報を盗めませんでした」

「なにいいいい? じゃあ、オーディンに俺が言った通りのアップデートをしたってのは嘘か」

「う、嘘じゃありません。――他社製品を利用しています。ヤシロさまの技術じゃないと言うだけで」

「なんだ、じゃあ構わねえよ。あの小娘がめちゃくちゃになるんだったらそれでいいんだよ」


 ころり、と機嫌を直した親戚の男に対し、技術部長は顔色を失い身体をがくがくと震わせている。


「――こうして、こう」

 親戚の男がうすら笑いを浮かべながら両手を宙で動かした。ヘッドマウントディスプレイのビューア上で何か操作しているらしい。目の前のカーテンが左右に開いた。眼下の戸が滑るように開き、何かが出てくる。腰を落とし重々しく一歩、さらに一歩(にじ)り出る。いにしえの最高神オーディンを模したというロボットが戸の向こうの空間からその姿を現した。


「なんてこった……」


 ヤシロ青年は頭を抱えた。

 バトルの邪魔になりこそすれ決して役に立たなそうなマントは暗がりにあっても目立つ青。プレートアーマーはぺかぺかぎらぎらした黄金一色に塗りこめられている。中世ヨーロッパをイメージしたつもりなのだろうが、バケツ型の兜はプレートアーマーと年代が合わないちぐはぐな組み合わせだ。この兜もぺかぺかの黄金色。無意味な(とげ)がついた装飾過多なデザインと言い、カラーリングと言い、呆れるほど下品だ。オーディンが知ったら泣きながら「この鎧だけはご勘弁を」と土下座するに違いない。そのくらい趣味が悪い。

 へらへらと笑み崩れながら手を動かしていた親戚の男が


「――よし、ぽちっと、な」


 何かの操作を終えた。すると、男の動きに呼応して鎧ロボットが棘のたくさん突き出た頭部を(もた)げた。兜のスリットに浮かぶ光の色が緑から赤に変わる。


「よしよし。バーサーカーモードだ」

「なんですか、それは」


 親戚がヤシロ青年を冷ややかに見遣った。視線に軽蔑の情が込められている。


「機甲殻ばっかりいじりやがって教養のないヤツはこれだから困るな。バーサーカーってのは狂戦士よ」


 そのぐらい知っている。応えようとしてかなわなかった。

 (うずくま)っていた鎧ロボットが立ち上がる。大きい。大き過ぎる。規定の三メートルを確実に超えている。ヤシロ青年が視線を向けると、親戚の隣で控えていた技術部長が「ひいいい」と妙な声をあげ身を(すく)めた。


「大きさだけじゃないぜ。細工は流々ってな。楽しみにしてろよ。あのぽんこつの脚を引きちぎって、小娘の観戦ルームにたたき込んでやる。あの小生意気な顔だけじゃなくて世界的に貴重だとかいう頭脳もめちゃくちゃになっちゃうかもな!」


 ぎゃは、ぎゃははははははッ! 目を血走らせた男の耳障りな哄笑が部屋の空気を揺する。


「けんたくん、マイエンジェルズ、サクラさんに知らせなきゃ――」


 振り返ったヤシロ青年の目が驚愕に大きく開き、凍りついた。愛機の様子がおかしい。マスターであるヤシロ青年の言葉に反応がない。フィールドでは黄金鎧の狂戦士と古ぼけた人型兵器のバトルが始まっている。


     *     *     *


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