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Ymir  作者: まふおかもづる
第四章  巨人と巫女

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 丁寧に刈り込まれた芝生がなだらかな起伏をなし長閑に広がる。大きなテントやコテージが点々と配された美しいリゾートホテルでロボット・バトルのトーナメントが催されている。ぴりりと細く裂いた薄い絹のような雲が一片、濃い青空に浮かんでいる。金木犀がほのかに香る。高原にあるこのリゾートホテルでは平地より早く秋が深まっていた。

 トーナメントの準決勝が行われるその日、ゆったりとスケジュールが組まれていることもあり昼過ぎから立食パーティが開催されている。ロボットのオーナーだけでなく、観戦者、機甲殻メーカーの関係者など、バトル会場は祭りのようなにぎわいを見せていた。

 トレーラーのドアが開き、斉木家の令嬢が降りてきた。華奢な身体のラインに沿った黒いハイネックのニット、同じく黒いが素材違いでふわりと風を含んで広がるスカート、と黒一色のコーディネートの胸もとに銀色のブローチをあしらったシックな装いだ。続いて杖をついて姿を現した養父へ手を差し伸べる。年の離れた血のつながらない親子の微笑み合う姿が飲みものを手に歓談に興じていた人々の注目を集めた。

 ヤシロ青年もその一人だ。今日も褐色の肌に明るい金髪、輝く緑色の目をした美丈夫に青毛の馬体のケンタウロス型バイオロイド、ふくふくと丸っこい双子の天使型バイオロイドを従えている。セレブリティの奥方や令嬢など着飾ったご婦人がたがどっと集まってくる。文楽の早変わりのように営業スマイルを貼りつけた天使たちに対し、ケンタウロスはヤシロ青年を気にしておろおろするうちにご婦人がたにもみくちゃにされている。三体のバイオロイドの動向に構わず青年がじっと据える視線の先には黒衣の令嬢と、続いて現れた無骨な金属筐体に赤いモノアイの人型兵器があった。胸もとの銀色のブローチにそっと指で触れて、令嬢はぴったりと寄り添い自分を守るロボットを見上げて微笑んだ。


「雰囲気、変わったよね」


 独りごちるヤシロ青年にケンタウロスが応えた。


「主従の仲が前よりさらによくなったように我には見える」

「あれ、けんたくん、営業は?」

「あるじ、我の仕事は営業でなくあるじの護衛」

「でも営業成績はけんたくんがダントツだよ」

「我、不本意なり」


 一度()いたご婦人がたが再びどっと押し寄せるのをケンタウロスに委ね、ヤシロ青年は首をかしげた。


「主従の仲もそうだけど気になるのは家族仲、かな。これは何らか動きがありそうだ」


 視線は斉木老人一行に据えられている。黒のスーツに身を包んだ二人、美少女とたくましい女も加わった。あるじ親子に上着を着せたり、飲みものを持たせたり、和やかに世話を焼いている。幸せそうな家族の様子に頬を緩ませ、黒衣の令嬢が視線に気づき振り返る前にヤシロ青年は背を向けた。



     *     *     *



 斉木老人が侍のような秘書をともないゆったりと観戦ルームから出て行った。ドアが閉まるのを待たず、青い瞳の老女が叫ぶ。


「いったいどうなってるのよ!」


 褐色の肌をした大柄な老人も、物腰の柔らかな小柄な老人も冷ややかな表情のまま黙り込んでいる。老女がテーブルをだん、と強く叩いても動じない。


「最年少でユーラシア連合軍技術本部トップに登りつめたこのわたしの貢献を――」


 ずっと黙り込んでいた小柄な老人が口を開いた。


「マダム。あなたの言う貢献はすでに解体された旧敗戦国連合軍に対するものです。児童疎開と称し子どもを家庭から取り上げ、合意も得ずに人工的マキナフィニティ開発実験の被験者とした戦争犯罪、これをあなたはまだ償っていません」

「でも……でも……!」


 誰も老女を責めなかった。むしろ敗戦国から提供できる有意義なデータとして研究の資料は歓迎されていた。


「マキナフィニティが新しく見つかったからわたしは不要というわけね……」


 老女の青い目に怒りが燃える。


「マダム」


 大柄な老人が遮った。


「そもそもあなたが関わった人工的マキナフィニティ開発実験は成功していない。それなのにあなたはマキナフィニティがいくらでも湧いてくるものだと思っているのか。サイキから聞いたぞ。戦後初めて発見されたマキナフィニティであるサイキ家の令嬢をアライブズ=コアを破壊するのに利用しようだなんて。そんなことをしてアライブズ=テクノロジー社がどう出るか分かりもしないのに、貴重な人材を使いつぶすつもりだったのか」

「そ、それは……、でも、サイキだって賛成していたのよ」

「マダム、彼はユウコクノシとかいう日本再生を願う政治団体に属する人物ですよ。アライブズ=テクノロジーの本社を再誘致するためにマキナフィニティの安定供給を本気でもくろむグループの重鎮じゃないですか。そんなサイキが養女をそんな危険な賭けに投入するわけがない」

「たかだか子どもひとりよ? ちょっと優秀なくらいで別に珍しくもなんともないわ。似たような子ども、いくらでもいるわよ」

「マダム。あなたにはがっかりした」


 老女のビューアに大柄な老人から画像がいくつか送られてきた。赤、黄色、ピンク、白、紫。色も大きさも香りも様々な薔薇に囲まれた四阿(あずまや)。白いシャツにベージュのパンツ、と揃いのいでたちで肩を寄せ合う老女とケネス・ゼロワンの姿が写されていた。無表情なバイオロイドを見上げ微笑む老女の姿は、美しい青年に媚を売っているように見えなくもない。


「賢人会議はマダムのこの行為に問題があると結論づけた」

「まさかバイオロイドに情を移して情報漏洩に手を染めてしまわれるとは……。マダム、残念ながらあなたにはいずれ賢人会議から処分が伝えられるでしょう」

「情報漏洩? このわたしが? 冗談じゃないわ」


 嵌められた。戦争犯罪をうやむやにしてやっとここまでのし上がってきたのに。賢人会議本部の連中、姿の見えないアライブズ=テクノロジー社の黒幕、世界を、そしてケネス・ゼロワンを屈服させるはずだったのに。


「あなたたちだって、反対しなかったじゃない……」


 老女は血の気の失せた唇を噛んだ。


     *     *     *


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