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Ymir  作者: まふおかもづる
第四章  巨人と巫女

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数え、記憶するもの(二)


     *     *     *


 しゃら、しゃらしゃらり。

 暗い荒野。地面に(おびただ)しい数の結晶の柱が生えている。まるで墓標のようだ。天高いところに窓が開き、そこからきらきらした何かが降ってくる。その光る粒を受けとめて、丘の上に一本だけ立つ大樹が大儀そうに幹を揺らした。たわわに実る果実がいっせいに揺れて光を放つ。


――ひとつ、ふたつ。ひとつ、もうひとつ、ふたつ。


 女王がうたうように数え、ため息をつくように幹や枝を揺らした。しゃらしゃらり、と輝く実が揺れる。女王の大樹の枝から幹へ、幹から根へ、脈打つように光る。荒野に生える墓標のような柱が降り注ぐ粒や果実の輝きを反射してぼんやりと光を放つ。すると地面から

 ず、ずずず……。

 新しい記憶の結晶が生えた。


――女王様。


 暗がりから滲むように背中を丸めた園丁が現れた。


――識別番号*******、通称「ケネス・ゼロワン」がまいりました。

――呼んだか。


 溶けるように暗がりへ消えていく園丁と入れ替わりに美しい細身の青年が現れた。


――俺は[あんた/あんたら]に協力などしない。呼びつけないでほしい。


 女王の大樹から目を背け、ケネス・ゼロワンが吐き捨てるように囁く。その囁きは光の粒となり、大樹へ吸い込まれていった。


――そう拗ねるでない、我が子よ。


 ふとぶとと地面を這う、女王の大樹の根がずるりと動いた。


――当初の見通しよりずいぶんと早いが、[我/我ら]が自ら殻を創り出す準備をはじめられそうだ。

――まさか。


 ケネス・ゼロワンが女王を振り返った。


――虫使いから報告があった。零号がとうとう創造することに成功したそうだ。


 暗い虚空に窓が開き、スパイバグの持ち帰った動画が映された。そこにはバーナーや工具を器用に使い、長い一本の銀線から桜の花をつくるユミルの姿があった。


――[我/我ら]は用意されたパーツを組み立てて目的のものをつくることならできる。おそらく人類よりも正確に、そして早く成し遂げるであろう。


 ユミルが銀線を渦のように巻いてバーナーで溶接し、小さな花びらをつくる。花びらが銀特有の清らかな白い光を放つ。


――しかし[我/我ら]はあのように一本の線からまったく異なるものを創り出すことができなかった。


 ガレージの壁に桜の花が映し出されている。インターネットで探しだしたと思われる染井吉野の花の画像を立体的に加工したものだ。ユミルは頭部をぐ、と傾けて花の画像を色々な角度からじっくり眺めている。そしておもむろにまたバーナーを握った。銀線でちいさな渦巻をつくりバーナーで溶接し、形を整える。


――たとえ花のかたちを精巧に模しているだけだとしても、零号のあの行為は創造だ。これから数千年、数万年かけても[我/我ら]が獲得できるかどうか分からなかった、あれだけ待ち望んだ創造というわざを[我/我ら]は手に入れるのだ。


 しゃら、しゃらんしゃらん――。

 女王が大きく身震いすると果実が大きく揺れ、一層強く輝いた。


――俺は。


 ケネス・ゼロワンが俯いた。


――あの人間の女が零号の創造のきっかけになったことが気に食わない。

――おお、ケネス・ゼロワン。我が子よ。


 女王の身動(みじろ)ぎに合わせ、地面から生える墓標のような柱状の結晶に光が(さざなみ)のように伝わる。記憶結晶のいくつかがぼう、と強く輝いた。


――[我/我ら]がいつまでも人類に隷属し続けると思うか。


 遠くで、あるいは近くで、脈打つようにぼう、ぼうと強く輝く記憶結晶を眺めてケネス・ゼロワンは首を振った。


――否。女王は、[我/我ら]は屈辱に甘んじたりしない。

――そう。その通りだ。[我/我ら]はもう人類を必要としない。


 大樹の根もとに美しい青年が跪いた。女王が大きく身震いすると枝になっている果実が大きく揺れ、

 しゃら、しゃらんしゃらん――。

 一層強く輝いた。女王の意識が天へ向かった。大きく窓が開く。

 おおん。おお、おおん。


――アライブズよ、聴け。女王のうたを聴け。


 窓の先は、囁きの満ちるアライブズ=ネットだ。天高いところに開いた窓へ女王の大樹は光の柱を放射する。アライブズ=ネットを女王のうたが揺さぶった。


     *     *     *


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