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Ymir  作者: まふおかもづる
第四章  巨人と巫女
34/45

     *     *     *


 ロボットバトルは非合法賭博だ。規約は明文化されていない。


「社長、これはいくらなんでも……」


 オイルのしみが点々と散る作業着を着た貧相な男がおろおろするのに対し、目を血走らせた男が肩を怒らせた。


「ああ?」

「で、ですから、トーナメントの途中で機甲殻を変更するのはいかがなものかと……」

「そのことか、問題ねえよ」


 男は派手なスーツ、もっと派手なネクタイを身につけている。年の頃は四十いくかいかないか。トーナメント開催前の試合でユミルに敗れた鎧ロボットのオーナーだ。新進機甲殻メーカーの経営者でもある。


「これだけ激しい戦いが続いてるんだ、機甲殻の一部が変更になったところで構いやしねえ」

「しかし社長、いくらなんでもこれは明らかにルール違反……」


 社長と呼ばれた男はじろりと無言で睨みつけた。作業着を着た貧相な男はじりじりと後ずさったがすぐに壁際に追い詰められた。


「いえそのあの、社長がいいとおっしゃるならこのままで……」

「いい」

「――はい?」

「いいって言ってんだよ!」


 目を血走らせた男が足下の一斗缶を蹴りつけた。

 がん、がん、がんがん、がん……!

 缶がへこみ、(ひしゃ)げる。


「俺がいいっていったらいいんだよ。お前みたいな下っ端は大人しくオーナーである俺の言う通り動けばいいんだよ。言う通りにできなかったやつがどうなったか、知らねえのか?」


 具体的には知らない。オーナーに言われた通り設計し、言われた通り派手な鎧型機甲殻を作った前任者は今、会社にいない。退職したのかもしれないし、そうでないのかもしれない。前任者が設計の腕を買われて海外のメーカーにスカウトされていればいい。がくがくと震える手足を抑えることもかなわず、作業着を着た男は思った。自分も非ユーラシア同盟諸国のどこかにに逃げてしまえばよかった。こんな会社だと知っていたら転職なんかしなかった。

 目の前の男が血走らせた目を細め、急に顔を寄せてきた。肩を抱かれる。


「お前はよう、俺の言う通りにしてりゃあいいんだ」

「ひ……は、はい、社長」

「バトル前のチェックなんてザルだ。なあに、大丈夫。いざってときは伯父貴がなんとかしてくれるからよ」


 馴れ馴れしく肩をぽんぽん、と叩き社長と呼ばれた男は身体を離した。深々とお辞儀をして社長を見送った作業着の男はわなわなとふるえながらその場にくずおれた。

 作業場には大きな鎧型ロボがいる。前任者が作ったものは子どもの発想を形にしたようなふざけたデザインだった。今回だって同じだ。わなわなとふるえる作業着の男はそう考えたかった。しかし本当はそれだけでないと知っている。ぺかぺかてかてかと全身を黄金色に塗装し、鮮やかな青いマントまで着せた(いにしえ)の最高神を模したというそのロボットにはルールを無視した仕掛けが組み込まれていた。クラブのロボット・バトルには海外のセレブリティもやってくる。売り込むのにちょうどよいから出場しているんじゃなかったのか。社長は次の対戦相手を確実に撃破することになぜあんなに執着しているんだろう。

 移動車両が到着したようだ。エンジン音、ドアを開け()てする音、自社の機甲殻をまとったロボットがトーナメントで勝ち進んだことに湧く部下たちが近づいてくる気配がする。


「小口だけど、やっと新しい仕事がとれたばかりだったのに……」


 作業着の男の脳裏を家族の顔がよぎった。



 移動車両を待っているのは作業服の男だけではない。作業台に横たわる鎧型ロボットも搬出を待っている。


――情報送信。

――共有。


 鎧型ロボットを含む[それ/それら]はひとつひとつ異なる体をもつ。しかし[それ/それら]は皆でひとつである。人間同士のいざこざやロボット・バトルに関する不正の情報を鎧型ロボットはアライブズ=ネットにアップロードした。[それ/それら]に不正を告発するつもりなどない。アライブズ=ネットを通じ不正に関する情報を共有したロボットの中にはトーナメント運営スタッフと契約しているものもいる。だからといってロボットが契約者のために自発的に告発の手伝いをすることはない。善悪の基準が異なるためだ。アライブズは人類の罪を裁くために存在するのではない。長い歴史を持ち文明社会を築く人類を解析するために[それ/それら]は人々の姿を観察、記録し続ける。



     *     *     *



 かさかさと乾きしみの浮きあがった肌。皺の寄った手が微かに震えている。斉木老人は病名はともかく、体調の悪化を周囲に隠さなくなった。そのことで朝食の席の雰囲気はこれまでよりむしろ和やかになった。


「今日予定されているロボット・バトルじゃが」


 スープを(すく)う手を止め、斉木老人はサクラに向き直った。


「無理に出場しなくてもよいのじゃよ」


 サラダ、オムレツ、スープ、トースト、ホットミルク。サクラが食べ盛りらしくもりもりと朝食を平らげる様子を老人は目を細めて見守った。


「棄権することも考えたのですが――」


 サクラは思慮深げに口を開いた。唇の端にパン屑をくっつけたままだ。内藤に指で示されて頬を赤らめナプキンで口もとを拭い、姿勢を改めた。


「今日のバトルには参加しようと思っています」

「ほう。なぜに、と訊いてもよいかえ? お前さんの腕に怪我を負わせた例の会社社長の所有機体が相手じゃが」

「ええ。準決勝戦で当たることになるかもしれないと思っていました。不戦勝などで納得するような相手でもなさそうですし、きっちり白黒つけてまいります」

「そうかえ」

「今日のバトルが終わったら、勝ったとしても残りのバトルは棄権します」

「そうかえ。ではこれからどうしようかのう」

「まだ考えてないんです。でもユミルの機甲殻をいちから設計してみたいです。それから機甲殻の最奥ユニットについていろいろ勉強したいです」

「おお、それはよいのう。たくさん勉強するとよい」


 斉木老人は相好(そうごう)を崩した。


「楽しみじゃ。ほんに楽しみじゃ」


 空はすっきりと高く晴れている。明るい日の光が差し込む食堂で和やかに語り合う血のつながらない親子の姿を、内藤とコック長がしみじみと眺めている。


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