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Ymir  作者: まふおかもづる
第四章  巨人と巫女
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賢人会議

     *     *     *


 斉木老人が侍のような秘書をともない足早に観戦ルームから出て行った。気配が遠ざかるのを待ちかねたように老人たちがしゃべりはじめた。


「それにしても見ごたえのあるバトルだった――」

「ええ、あのヤシロとかいう青年はアライブズ=テクノロジー社のマキナフィニティ検査に最後まで残った唯一の候補者だったそうですよ。例の少女が現れるまでは世界でもっともマキナフィニティに近い人物と目されていたはず」

「そのヤシロに勝利したのだ、さすがマキナフィニティのつくる機甲殻は違うな」


 手放しにサクラを称賛する男二人に温度を感じさせない視線を向け、老女は手の中のグラスをもてあそんだ。から、からり。氷が音を立てる。


「零号の機甲殻はあの令嬢がつくったんじゃないわ。私のかつての部下がつくったものよ」


 意図したより尖った声を上げてしまったらしい。困惑した表情を隠しもしない老人たちを見やり、老女は肩を(すく)めた。


「ああ、失礼。確かに機甲殻の元の状態では到達しえない速度と反応だったわね。すばらしいわ」

「おお、マダムもそう思われますか」

「やはりな」


 老人たちがにこやかな表情を取り戻し、楽しげにバトル動画に見入った。グラスの中身を干して老女は不満げにため息をついた。



 他の二人の機嫌がよいのも当然かもしれない。

 今回斉木老人を呼びだしたのは、賢人会議の他のメンバーからの強い要請によるものだ。その要請とは


「日本に集中してマキナフィニティが誕生する理由を解明すべきだ。よって詳細なデータをとるために斉木家の令嬢を賢人会議本部のあるN国に招待したい」


 というものだった。老女はそもそもこの話を斉木家に持ちかけること自体反対だった。当然養父である斉木老人がきっぱり断るものと思っていた。老女だけでなく他の二人、賢人会議本部のメンバーですらそう考えていた。

 老女はしぶしぶといった態で賢人会議の提案について話し、


「サイキ、いやでしょう、こんな話。もちろん断っていいのよ? お嬢さんのために」


 いかにも理解ある様子で微笑みかけた。すると意外なことに


「――すぐには返答しかねますな。養女(むすめ)本人と一緒に検討したい」


 たっぷりと間をおいて斉木老人は答えた。賢人会議側としては意外だったが、身内にとってもそうであったらしい。常にあるじ第一に動く、物静かで賢く屈強な秘書が慌てる様子を見せた。


「旦那様」

「何じゃ」

「――いいえ、何でもありません。失礼いたしました」

「うむ。よい」


 斉木老人たちは賢人会議の観戦ルームから退出した。



 老女は不満だ。斉木老人はちゃんと理解しているのだろうか。

 賢人会議の申し出は表向き「詳細なデータをとる」となっているが、通り一遍のペーパーテストや身体測定だけではすまない。今回のマキナフィニティは女性だ。しかも彼女はこれから出産適齢期を迎える。通常のマキナフィニティに期待されるエポックメイキングな新技術の開発だけでなく、交配実験への参加を求められるだろう。生涯、一挙手一頭足を監視され続けるだろう。

 斉木老人は養女がそんな目に遭ってもかまわないと考えているのだろうか。自身のもくろみを棚に上げ老女は憤慨した。

 マキナフィニティにアライブズ=コアを破壊させる、そのどたばたに乗じてアライブズ=テクノロジー社の黒幕を引きずりだす――もくろみの成功まであと少しのところまで来ている。交配実験なんぞで時間をかけて貴重なマキナフィニティを潰すのでなく、手っ取り早くアライブズ=テクノロジー社を従えてしまえばいいのに。


「何のためにこんな国に長期滞在してると思ってるのかしら」


 腹の中で毒づいたつもりで口に出てしまったようだ。背後の離れたところにいる男たち二人がひそひそと「やっぱり女だからな」「そっとしておきましょう」などと言い合っている。


――聞こえてるわよ。


 老女は観戦ルームのバーカウンターでグラスに氷を足し、デカンタのキャップを外すとウィスキーをどぼどぼと注いだ。行儀が悪いが構わない。老女は勢いよくグラスの中身を干し拳で濡れた口もとを乱暴に拭う。手の甲に口紅がべっとりとうつった。鮮やかな色彩が物思いを誘う。


――そういえばあのときの薔薇は美しかった。


 赤、黄色、ピンク、白、紫、色も大きさも香りも様々な薔薇に囲まれた四阿(あずまや)。表情のない冷たい美貌に生気のない瞳、何十年経っても若く美しい姿のままのバイオロイド、ケネス・ゼロワン。


「まあ、いいわ」


 斉木老人は賢人会議の提案をはねつけなかったが、受け容れたわけでもない。斉木家の養女はまだ十五歳、子どもだ。養父の言うなりに違いない。その養父を意のままにできれば自動的にマキナフィニティを手中に収めたも同然だ。その斉木老人もああして賢人会議の提案に興味を示すくらいなのだから


「きっとサイキの属するユウコクノシとやらも一枚岩でないのね」


 老女は微笑んだ。曖昧な言葉の端を掴んで追い詰めて、意のままにしてやる。


――本部の連中だけじゃないわ。私だって賢人会議のメンバーなのよ。


 老女は忘れている。斉木老人の思惑が読めないと感じたことが一度ならずあることを。

 手の甲にべっとりとついた薔薇色の口紅を拭いながら老女の思いは未だ正体の知れないアライブズ=テクノロジー社の黒幕にうつった。


――アライブズ=テクノロジー社は人間でなくロボットが経営している。


 老女の中で輪郭のぼやけた憶測が確信に変わりつつある。このことが明らかになればきっと大問題になる。世界中の機械産業を席巻するアライブズ=テクノロジー社が人類でない、得体のしれない者どもに牛耳られているとなれば。たとえロボットどもが恭順であっても一度その正体を知れば人類は無邪気にアライブズ=テクノロジー社を信用しなくなる。


――きっと憎悪が世界中で嵐のように吹き荒れるわね。


 ロボットの廃棄。不買運動による企業価値の暴落。いったん第三次世界大戦後に起きたもののあっという間に鎮火したロボットへのヘイト。すぐにおさまったからといって人々の憎悪の火種が消し去られたわけではない。丹念に(おこ)してやればすぐに赤々と燃え上がるだろう。


――火種を見せつけてロボットどもを慌てさせてやる。


 今まで通り人類との密接な関わりをやつらは維持したがるだろう。アライブズ=テクノロジー社を代表するのは、老女がまだ若かった頃から密かに慕い続けてきたケネス・ゼロワンだ。人類を代表する調停者として美しいバイオロイドと対峙する自分の姿を老女はうっとりと思い浮かべた。


――本部の連中の鼻を明かしてやるわ。そしてアライブズ=テクノロジー社も。


 斉木家の養女を使ってアライブズ=テクノロジー社の正体をあぶり出し首根っこを掴んでみせる。そして世界を屈服させてやる。老女の青い瞳が野心に燃えた。鼻先を薔薇の馥郁(ふくいく)とした香りが掠めた。


     *     *     *


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