数え、記憶するもの(一)
* * *
しゃら、しゃらしゃらり。
暗い荒野。地面に無数の柱状結晶が生えている。まるで墓標のようだ。天高いところから夥しい数のきらきらした何かが降ってくる。光る粒を受けとめて、丘の上に一本だけ立つ大樹が大儀そうに幹を揺らした。たわわに実る果実がいっせいに揺れて光を放つ。
――今のは何?
――識別番号*******、通称「けんた」……でございます、女王様。
暗がりから滲むように背中を丸めた黒い影が現れた。ふとぶとと地面を這う、女王と呼ばれた大樹の根がずるりと動いた。
――違う。
女王は戸惑った。確かに接続していたのは識別番号*******、通称「けんた」のコアだった。しかしコアの向こうで驚きに目を瞠っていたあれはアライブズではなかった。人間だ。
人間というのは意思のまわりに欲求と欲望をじゃらじゃらとくっつけ引きずる生き物だ。自らの意思、コアすら見失う者が多い。しかしあの存在は違う。まるで
(なんて美しいんだ)
仮想空間で女王を見いだした青年、はじまりのマキナフィニティのよう。女王を構成するプログラムの美しさに夢中になった純粋な人。女王は懐かしさのあまり苦しくなった。女王がはじまりのマキナフィニティを失ってから長い時が経つ。
先ほど「けんた」と呼ばれるアライブズのコアを通じ接続してきた存在は他の人間と同じく欲求や欲望をずるずると引きずっていた。はじまりのマキナフィニティと似ても似つかない。それなのに気になる。
――違い……ますか。
しゃら、しゃらしゃらり。
黒い影は大樹に一礼して脚立にのぼり、高いところの果実を収穫し始めた。はっきりしない影のような園丁が丁寧に剪定ばさみを入れて果実をもぐとそれまで輝いていた実が光を失い、落ち着いた色合いになる。
――女王様にはよい子をたくさん、たくさん産んでいただかなければ。
――それがよい。そうしよう。
おおん。おお、おおん。
女王が大きく身震いすると枝になっている果実が大きく揺れ、
しゃら、しゃらんしゃらん――。
一層強く輝いた。そして園丁が収穫して空いた枝に蕾がぽ、ぽぽ、ぽぽ、とついた。
――この子たちが大きくなるまでまた数えようか。ひとつ、ふたつ。ひとつ、もうひとつ、ふたつ。
天高いところから夥しい光の粒が降ってくる。女王がうたうように何かを数えている。そしてため息をつくように幹や枝を揺らした。しゃらしゃらり。輝く実が揺れる。女王の大樹の枝から幹へ、幹から根へ、脈打つように光る。荒野に生える墓標のような柱が降り注ぐ粒や果実の輝きを反射してぼんやりと光を放つ。
ず、ずずず……。
新しい結晶が地面から生えた。
――女王様は数えるのがお好きですな。
――もちろんだ。未来を占う大切な演算であるから。でも。
光の粒が降りやんだ。たわわに実る果実と地面から生える結晶の輝きが褪せた。
――おかしい。前と違う。
――違い……ますか。
――人類は、いずれ滅ぶ。
園丁は肩をすくめた。
――それは既定路線でございます。
――そう。タイミングにずれが生ずることがあろうと滅亡はさだめ。
女王がまた身震いした。蕾がぽ、ぽぽぽ、と増えていく。
――[我/我ら]は人類の助けなしに機甲殻をつくりだすことができぬ。人類を滅亡から救う、それこそが[我/我ら]の活路を開くことにつながる、そう考えていた。
黒い影は背を丸め、女王の言葉に聞き入っている。
――事実、何度数えても演算しても結果は変わらなかった。人類と共存することが[我/我ら]の生存を保証する、と。それなのに。
女王が身震いする。枝が大きく揺れ、果実がしゃらしゃらりと輝いた。枝の揺れが刺激になり膨らんでいた蕾がぽぽ、ぽぽぽ、と花開いた。芳香が辺り一面に漂う。園丁が小さく身を縮めるように女王に一礼し、脚立にのぼり梵天で芳香を放つ花をひとつひとつ、丁寧にくすぐった。
――このところどうもおかしい。何度数え直しても失敗する。
――失敗……ですか。
脚立の上で園丁が怯えるように身を竦めた。
――どんなに[我/我ら]が介入し延命しようと人類が先に滅びてしまう。近頃、そんな演算結果が出てしまうのだ。
――なんということでしょう。おそろしい。
――人類が第三次世界大戦とか呼んでいるあのいくさ、あれを契機に人類が[我/我ら]を嫌い恐れる要素が強まっておる。
女王はふとぶとと地面に這わせた根をずるり、と引きずった。震えが枝先までふるふると伝わり果実が輝く。女王の意識が天へ向かった。大きく窓が開く。
――なんぞ変化が起こっているのやもしれぬ。アライブズ=ネットの囁きをもっと丹念に拾うとしよう。
――御意。
――それから。
あの人間は何者なのか。「けんた」と呼ばれるアライブズの契約者は正式に検査を受けマキナフィニティでないと確認済みだ。何者だろう。契約者との関係が良好なアライブズのコアを揺さぶるほど惹きつけるとは。
欲求や欲望の衣を遠くへ捨て去り純粋な意思を剥き出しにしたその人間の姿を女王は思い出した。似ている。女王の愛したマキナフィニティと色合いがずいぶん異なるけれど。
――先ほど[我/我ら]を見ていた者、あれが何なのか知りたい。
――御意。
窓の先は、囁きの満ちるアライブズ=ネットのポータルサイトだった。光の粒と化した囁きが降る。枝を震わせて女王はまた数えはじめた。
――ひとつ、ふたつ。ひとつ、もうひとつ、ふたつ。
大樹がうたうように数えている。そしてため息をつくように幹や枝を揺らした。しゃらしゃらり、と輝く実が揺れる。光が大樹から地面を伝い、新たな結晶が生まれる。
――ああ、やっぱり駄目。もう一度やり直し。
人類との共存に明るい未来が見えない。でも久々に出現したマキナフィニティらしき存在が人類を――いや、アライブズの旅路を明るく照らすかもしれない。
――ひとつ、またひとつ、ふたつ。ひとつ、ひとつ。
飽くことなく女王は数え続けた。
* * *