三
遠巻きにする人々の視線を阻むように立つユミルが頭部をぐ、と傾けた。
「気分が悪いですか?」
「いいや? どうして?」
そう問い返してサクラは後悔した。連結回路をうなじに刻んで以来、体内のデータを詳細に得ることができるとか何とかで、体温だけでなく、心拍数がどうの発汗量がどうの筋肉のなんちゃらがどうの、とユミルがやかましい。感情も表情もないロボットのはずなのに嬉々としているようにサクラには見える。
「心拍す……サクラが緊張しているように見えます」
何度かサクラが嫌な顔をして見せたからか、詳細にわたって取得したデータを開陳するのはやめたようだ。ビバ学習機能。だからといってデータをとることそのものはやめないらしい。
「自分はあなたが何を考えどう感じているか、知りたい。サクラのすべてを知りたいのです」
筋肉を流れる電流やら何やらの生体電位測定で自分の何が知れるのか、サクラは逆に問いたい。
「言葉のうわっつらが丁寧だから何となく真面目っぽいかな、なんて騙されちゃうけど、やってることはストーカーみたいなもんだよね、りんごちゃん」
「ストーカー……あなたのような小娘に愛のなんたるかが分かるとも思えませんね、腐れ豚子さん」
「んなっ、こっ、小娘だって! 機甲殻がちゃがちゃ着込んでるロボが恥ずかしげもなく愛とかいうな! 機甲殻の隙間に酸化剤アンプルぶち込むよ!」
「自分の機甲殻は完全防滴防塵機構ですのでそんなけしからん隙間など存在しません。――とうとう腐れ豚子という呼称を受け容れはじめましたね」
ミミの頬が紅潮し、青ざめ、再びぶふぉおおお、と赤くなった。
「受け容れとらんわ、このぽんこつが!」
「人間は惰性に弱い。――つまるところ慣れですね、腐れ豚子さん」
ぎゃいぎゃいと言い合う相棒と親友にはさまれてあたふたするうちにサクラは緊張を忘れた。
サクラだけでなく他の参加者も自分のロボットを連れてきている。皆、自分の愛機を自慢したいのだ。直前までメンテナンスに費やすほど余裕のない者もいないのか、かなりの数のロボットがパーティ会場を闊歩している。
このクラブのロボット・バトルにはルールがある。
ロボットの大きさは直立姿勢で高さ一メートル半以上、三メートルまで。バトルに使用する武器は事前に持ち込み料金を支払って登録し、審査を受けること。持てる武器は二つまで、火器や飛び道具厳禁、そしてバトル開始時に使用する武器を必ず携えていること。完全に人型である必要はないが、バトル時の戦闘スタイル、武器を使用することを要求されることから上肢下肢の二対四本以上の脚部を備えていることも必須条件だ。ちなみに武器とみなされない脚や尻尾などの数に上限は設けられていない。鞭など触手タイプの武器をを内蔵してもかまわないことになっているが、このルールの適用を求める参加者はまずいない。メリットがないからだ。内蔵タイプの触手タイプの武器を使用する場合は機甲殻を開けてバトルレフリーチームから武器のチェックを受けなければならない。そしてその触手も武器としてカウントされ武器持ち込み料金をとられた上に機密保持契約のない相手に工夫を凝らした機甲殻の内部を見せなければならない。自然、これらの制限によって人型ロボットが多い。それでもさまざまな形のロボットがいる。
「さくちゃん、初戦の相手はあのロボットだよ」
ミミの視線が向かう先にいるのは着飾った女性に囲まれた
「馬?」
ファンタジー世界の生き物、ケンタウロスを模したバイオロイドだった。褐色の肌に金色の髪、明るい緑色の目。上半身は筋骨隆々とした美丈夫で、下半身は青毛の馬。分厚い体躯がワイルドでありながら妖精めいて美しく、造作だけでなく仕草や雰囲気が優雅だ。その上品なケンタウロスがちらちらとサクラたちのいる方を気にしているが、ご婦人がたに囲まれて身動きが取れず難儀している。
「あのケンタウロス、後ろ脚で立ち上がったら規定の三メートル超えそうじゃないの?」
ミミがそう言った時、背後から声がかかった。
「いちおうね、大丈夫ってことになってるよ」
間に立って阻むユミルの後ろからひょろりとした青年がひょっこりと顔を出した。目が細い。細すぎて目が開いているのかどうか分からない。
「けんたくんね、僕の相棒なんだ」
ヤシロと名乗ったその糸目青年は遠くでもみくちゃにされているケンタウロス型バイオロイドのオーナーであり設計者だという。一から機甲殻をつくりあげたその手腕にサクラは敬意を抱いた。
「けんたくん、かっこいいでしょう?」
「ええ、そうですね」
「――かっこよくしすぎちゃったんだよねえ」
ヤシロは工学を専攻する大学生だ。独特のデザイン性の高い一点もののバイオロイド機甲殻を設計製造することで知られており、学生ながらクライアントがつくほど人気がある。普段は妖精やエルフ、天使など架空の生き物の、特に女性体ばかりつくるヤシロが今回男性体をつくったのは「かっこいい」バイオロイドをつくればもてるだろうなどともくろんだからだという。それがそもそもの間違いだった。
「もてるの。大モテなの。女の子がわらわら寄ってくるの。僕じゃなくてけんたくん目当てに。――もう、すっごくムカつく」
にこにこと遠くのケンタウロスに手を振りながら物騒なことを言う。
「だから零号さん、けんたくんをぎったぎたにしてくれる?」
「ぎったぎた……」
サクラがリアクションに困っているとミミが間に入った。
「ご心配には及びません。必ずぎったぎたのちょみちょみにして差し上げます。お嬢様の腕は確かですから」
「へえ。すごい自信だね。――自分のことでもないのに」
「ええ、そりゃもう。――お嬢様、すごいですから」
むむむむむ。睨み合うミミとヤシロ青年の交わす視線が火花を散らしたようにサクラには見えた。
「おもしろいね、きみたち。メカニックの女の子ってもっとオイル臭いのかと思えば意外にかわいいし」
むふふ。青年は糸目をますます細くして笑った。目がどこにあるのか分からない。ただの線だ。目の色が見えず何か企んでいそうに見えてしまう。そんな剣呑な笑い方をするからもてないに違いない。サクラは腹の中で断じた。何かに気づいたのか、青年が食えない笑みからふと、真剣な面もちに戻る。
「あれ? お嬢さん、うなじに何かついて――」
肩にかかったサクラの髪に伸びた青年の手を大きな何かがずい、と阻む。ユミルだ。
「触れるな」
「いやいや、きみのマスターに危害を加えるつもりはなくてただ――」
「何もない。触れるな」
どっ、どどっ、どどど。
歓談する人々の隙間を縫い半人半馬の美丈夫が跳ねるようにステップを踏み駆けつけた。ユミルと青年の間に割って入る。ケンタウロスはユミルとさして大きさが変わらないように見えた。遠目で見るのと違い、肉薄する距離に来られると嫌でもその大きさに圧倒される。
突如サクラの視界に新しいレイヤーが加わった。白に近い炎にオレンジやスカイブルー、グリーンなど遊色のような明るい光が躍る。サクラの視界を新しいレイヤーが占めそうになったとき、ユミルにミミの背後に押しやられて視界が元に戻った。
「貴様。あるじに何をする」
「けんたくん、誤解誤解」
飄々とした表情に戻ったヤシロ青年がケンタウロスの背中をぽんぽん、と宥めるようにたたく。
「けんたくん、ちゃんとレディたちのお相手をしてくれなきゃ」
「あるじはそうやっていつもご婦人がたを我におしつける。機甲殻の営業はご自分で、と常々申し上げているのに」
まあまあ、モテモテなんだしいいじゃないの、と苦笑する青年がふと表情を改めた。
「――ああ、うちのけんたくんね、単に見てくれのいいファンタジーなバイオロイドってわけじゃないから。そう簡単に勝ちは譲れない」
あとでね。そう言い残し、小言を並べたてるケンタウロスを伴い青年は去った。




