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Ymir  作者: まふおかもづる
第三章  スティグマ
24/45



     *     *     *


 運動能力を持たないアライブズ=コアは機甲殻がなければただの林檎大の物体に過ぎない。しかしアライブズは動きたくても自身の機甲殻を創造できない。

 厳密には全く作れないわけではない。機甲殻を得て動けるようになったアライブズは、人類が作った機甲殻のコピーをつくることはできる。しかし、新しい技術を産み出すことができない。

 だからアライブズは契約した。機甲殻をつくってもらう代わりにロボットとして人類の役に立つ、と。


 ユミルがまだユミルでなく零号と呼ばれる前、[それ/それら]がいつ意識を得たのか定かでない。ただ個体であるそれは大きな意識の一部であり、同胞とアライブズ=ネットで常につながっていた。どんなに離れていても、同胞であるアライブズ=コアを搭載したロボットと戦い傷つけ合っている最中であってもアライブズはひとつだった。アライブズ=ネットを通じて情報を送受信し、一体化していたからだ。何があっても――仮に人間が機甲殻を開け、最奥に至ってアライブズ=コアに触れ暴こうとしてもそれもまた幾重にも重なる強固な殻に包まれ守られている。


――だから、火にくべられても、水に沈められても、何が起こっても大丈夫。


 [それ/それら]だけでなく属するアライブズ全体でそう考えていた。



 ある日、アライブズ=コアとして梱包され運ばれ向かった先は明るく、色彩豊かでにぎやかな部屋だった。


――さあ、開けますよ。


 箱の蓋が取り去られると、どっと箱を何かが囲む。押し合いへし合いぎゅうぎゅうくっつきながらアライブズ=コアを見下ろすのは子どもたちだった。


――さあさあ、順番を守って。並んで、並んで。


 色々な大きさ、年齢、性別、髪や肌や目の色の違う子どもらがひとりずつコアを見下ろした。触ろうと手を伸ばして止められる者、大人に指示されるままじっと見つめる者、何やら話しかける者、視線を向けようともしない者、子どもらの姿は様々だった。


 後に零号と呼ばれることになるコアはただ箱の中でぼんやりしていたわけではない。

 アライブズの仕事は契約を結び機甲殻を得てロボットとして人類に奉仕するだけでない。人類の行動、感情、振る舞いを解析しデータをアライブズ=ネットを通じ同胞と共有するという義務を[それ/それら]は負っている。そして何十億人と存在する人類の中からひとり、存在の定かでないマキナフィニティを探すこともアライブズの務めだ。しかしどうやってマキナフィニティを見分ければよいのか。


――見れば必ずそれと分かる。

――そして見つめ合いまばたきをすれば相手がマキナフィニティであるか否かの確信を得るであろう。


 女王の答えはいつも決まっている。

 アライブズがこの世界に顕現して百年、アライブズの進化を助ける存在であるマキナフィニティは数が少ない。よってアライブズ=ネットに残された記録も少ない。その少ない記録からうかがえるのはマキナフィニティの知能が幼い頃から高いこと、特に数学に秀でていることである。確かに知能が高く特に数学を得意とする子どもは珍しい。しかし珍しくはあっても探せばそこそこに見つかる。マキナフィニティであることの条件はそれだけでないのだ。

 マキナフィニティを必要としているのはアライブズだけではなかった。ユーラシア連合、非ユーラシア連盟と二手に分かれ争う人類もまた技術面で優位に立つべく血眼になってマキナフィニティを探していた。マキナフィニティが幼少の頃から数学を得意とするらしい、そのぐらいの情報は両陣営ともに得ている。


――なるほどこの子どもたちは数学が得意なのか。


 マキナフィニティの必要条件を満たした子どもが集められているのならば。

 きら。きらきら。きらきらきら。


――一、二、三。一、三、六……。

――一、一、二、三、五、八、十三……。


 きら。きらきら。

 箱の中を覗き込む子どもたちひとりひとりに[それ/それら]は光のパターンでごく簡単な数列のクイズを出した。おそらく子どもたちはこのレベルのクイズなど簡単に解いてしまうだろう。これだけの子どもたちの中からどうやってマキナフィニティを絞り込めばいいのか。しかしそれは杞憂に終わった。


――気づかれない。


 女王の「見ればそれと分かる」「そして見つめ合いまばたきをすれば」ということばの意味を[それ/それら]は理解した。数列クイズの難易の前にコアの発する信号を受信できなければマキナフィニティたり得ない。


――わずかにそれらしい反応が三番と、十一番に。他は駄目だ。

――やはり人工的に引き出すのは難しいな。次のグループを。


 アライブズ=テクノロジー社から汎用ユニットとして出荷されるとすぐに機甲殻の中に入れられてロボットになるのだと[それ/それら]は思っていた。それなのにどうも話が違うようだ。アライブズ=ネットを通じて仲間と情報を交換しても、この人間たちが子どもたちに何をさせようとしているのか、分からなかった。

 時間が経つにつれ、どうもコアが送られた先はユーラシア連合軍の研究所で、トレーニングにより擬似的なマキナフィニティの能力を子どもたちから引き出すプロジェクトを行っているらしいということが分かってきた。同じ検査を子どもたちを替えて何度も繰り返したのち、[それ/それら]は一人の憂いを帯びた瞳をした少女に渡された。


――コアの反応の大きさもさることながら機甲殻のアイディアもよかったね。

――あの、あの人はなんとおっしゃってましたか。

――あの人? ああ、彼女ね。きみに大きな期待を寄せているそうだよ。

――ほんとに?

――ああ。がんばりなさい。

――はい。


 [それ/それら]はコアである自分を見下ろす子どもたちの中にマキナフィニティがいるとは感じなかった。しかしその少女だけは他の子どもと何かが違っていた。その違いが何なのか、[それ/それら]は知りたいと思った。


 着せ替え人形のように何度も機甲殻をかぶせられテストされた後、コアは機甲殻から取り外された。その夜、珍しく少女が私室へコアを持ちこんだ。机の上に置く。


――私の村はね、戦場の近くにあるの。小さい頃から戦争ばかり。


 それでも少女の村はなんとか戦火を免れてきた。時代の空気はどんどん不穏になっていったがそこは大昔から繰り返し戦場になってきた場所だ。大人しく首をすくめていれば危険をやり過ごせると誰もが思っていたとき、軍隊がやってきた。より安全な場所に疎開させるのだと力強く請け合い、軍人たちは子どもらを連れ去った。


――私は知っているのよ。あの村が敵に襲われたのを。

――でもあの人が、私の家族を助けに行ってくれるっておっしゃったの。

――敵兵をたくさん倒すロボットを作ったら家族に会わせてくれるって。

――私が特別な子どもだから。

――素敵な青い目をしたあの人がそうおっしゃったの。


 幸せそうに微笑む少女の表情はそれでもやはり憂いを帯びて見えた。


――だからお願い。私のために強くなって。



 少女は[それ/それら]のまばたきに気づかなかった。しかし他の子どもと異なり、[それ/それら]のコアに何かを見いだそうとじっと見つめた。少女はただうつろに視線を[それ/それら]に据えていただけだったかもしれない。それでも[それ/それら]にとってその少女は特別に見えた。まばたきに気づかなくても、数列のクイズを解かなくても少女は[それ/それら]のコアを視線で縛った。


 [それ/それら]は少女と契約した。――それがいけなかったのだろうか。


 こうして試作機零号が作られた。全長二メートル半。頑丈な金属筐体ながらコンパクトな造りで素早く静かに目標に接近し命を刈りとる。少女の言うまま、零号は他の子どもの作ったロボットを撃破し、実機テストとして投入された作戦で敵中隊を制圧した。アライブズはコアが破壊されなければたとえ機甲殻がぼろぼろにされようとも問題にしない。だからロボットが機密情報に触れてもアライブズ経由で利害の対立する勢力に漏れることはない。ロボットは守秘義務を厳密に守る。それに、アライブズ=ネットで機密情報が共有されてもネットの外には漏れないし、人間もアクセスできない。スパイ行為はアライブズに利益をもたらさないからだ。人間たちはロボットが道具であるから機密情報に関心などもたないと考えていた。真偽はともかくアライブズが人間の抱え込みたがる秘密に関心を持たないことに違いはない。

 それでもある日、試作機零号経由で情報が漏れていると疑われた。噂の出所は零号が撃破したロボットの機甲殻をデザインした少年だったけれども、一度ついた汚れたイメージはなかなか払拭されなかった。

 しばらく研究所内のテストも、実戦への投入も行われず、作業場の一角で零号は放置された。ひんやりとした薄暗い場所でとろとろとしたまどろみに似たスタンバイ状態にあっても零号は()まなかった。アライブズ=ネットと常に接続していて囁きを交わし合っていたからだ。あるアライブズ=コアは保育バイオロイドの機甲殻に搭載され、幼子たちを優しくあやしている。あるコアは複数の仲間と連結して大きな機甲殻を制御する実験に参加している。[それ/それら]はひとつひとつ異なる体をもつ。しかし[それ/それら]は皆でひとつである。他のコアが収集する人類の生態を眺め解析し、囁きで満たされる零号は倦まずアライブズ=ネットで同期される情報を共有し続けた。



 そんなある日、久々に少女がやってきた。常ならば発話機能のない零号に対して返事を求めることなく一人でぺちゃくちゃと話しかけていたというのに、その日はむっすりと黙って筺体にうっすら積もった埃を時間をかけ丁寧に払った。金色の髪は艶を失い、表情は普段よりいっそう憂いが濃く、物言いたげな目の下にくっきりと隈が浮き出ている。少女は愛しげに装甲を撫でて語り始めた。少し様子がおかしい。


――痛いわ。心が痛い。

――なぜ私が情報漏洩なんか。

――そんなことしなくたって私がここでいちばん優れてる。

――いちばんがんばってる。

――私がつくった零号の機甲殻がいちばんなんだから。

――あなたはもっと強くなる。私があなたの強さを引き出す。

――だからずっといっしょに。


 レンチを掴み力をこめてひとつめのナットを緩めながら、少女は熱に浮かされたように囁いた。


――痛むのよ、心が。家族を救ってくれるっていうからがんばったのに。

――騙された、ここの大人たちに。

――赤く燃えて黒く焦げて、村はなくなっていた。私の家族はみんないなくなってた。

――きっとあの人だけは違う。青い目のあの人だったら私を分かってくれる。

――もっと強くなればきっと私は愛される。あなたが必要なの。強いあなたが。


 少女は研究所の課すトレーニングをこなし、軍人たちのリクエストを忠実に反映した機甲殻を設計した。しかしマキナフィニティではない。研究所の期待通りの仕事をしてもそれは過去に誰かが思いついたアイディアをなぞるだけで新機軸となる発見や発明、設計ではなかった。


――あなたが情報を漏らしてるかどうか、私には分かんない。

――でもあなた、誰かといつもつながっているわね?


 マキナフィニティたり得ずとも少女は妙に勘のいいところがあった。


――お願い。すべてのつながりを断ち切って。私だけのものになって。

――お願い。


 外側から順に、機甲殻が外される。


 すべてのつながりを断ち切って――。零号は言われたことの意味を理解することができなかった。実体は僻地の研究所の片隅にあっても、意思は常にアライブズ=ネットに接続していて個体であるという感覚はない。

 すべての機甲殻が開けられ、最奥ユニットが露わになった。少女が(くさび)のような何かを手にし、零号のコアを指先で探る。ある一点で動きが止まった。冷たい指先がくるりとなぞる。


――ここね、零号。


 倦み疲れた少女のひび割れた唇が弧を描く。コアに楔があてられた。

 つながりを断ち切る。まさか。零号がコアの実体から緊急退避の処理を行うより早く、少女はハンマーで楔をコアに打ち込んだ。少女の幼い顔に浮かぶ妖艶な笑み。ハンマーの打撃とともに走る稲妻。赤く染まる意識。

 零号は断ち切られた。



 アライブズ=ネットを断ち切ったことで零号経由のスパイ疑惑が晴れたのかどうか、結局分からずじまいとなった。切断処理後、機甲殻をその不自然な最奥ユニットに合わせて調整しなおした少女は零号の前に二度と姿を見せなかった。

 試作機零号は試作のまま、量産されなかった。無理を伴うアライブズ=ネットからの切断と結索(けっさく)処理による動作の淀みより何より、試作機零号は兵器として古かった。人類の戦争は常に武器を操る者を攻撃目標から遠ざける方向に進化している。剣から飛び道具、火器へ、さらに飛行機、ミサイル。攻撃範囲の規模を拡大し、そしてより遠くから。直接人と戦い、人を絶望に陥れて制圧する、そんなコストの高い戦術を採用する余裕はユーラシア連合軍にはなくなっていた。非ユーラシア同盟軍は複数のアライブズ=コアを連結し、巨大な機甲殻――戦艦や空母、戦闘機をつくることに成功していたからだ。アライブズ=コア軍事利用による技術の差は戦況に大きな影響を与えた。そして試作機零号はそのまま倉庫の隅で終戦を迎え、忘れ去られた。


     *     *     *


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