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Ymir  作者: まふおかもづる
第三章  スティグマ
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密会

 白いシャツにベージュのパンツ、サングラス型のヘッドマウントディスプレイを装着し、老女はカートに乗り込んだ。ゆったりとシートに身を委ね、口もとにやわらかく笑みを浮かべる老女を載せたカートが自動的に発進した。丁寧に刈り込まれた芝生の丘をカートはゆるゆると上り、下ってゆく。途中、すれ違うカートに乗る人々と笑顔で会釈を交わす。


――気楽なものね。


 戦勝国、戦敗国の隔てなく人々がこうしてバカンスを楽しめる世の中にするために身を粉にして働いてきたくせに老女は時々、笑顔の裏でシニカルな気持ちになるのを抑えられない。すれ違うカートや散歩者の姿も見えなくなってしばらく経った頃、ようやく目的の場所が見えてきた。老女が背筋を伸ばし、短く切り揃えられた銀髪を手ぐしで整える。カートはゆっくりと薔薇のアーチをくぐった。そこは静かで美しい庭園だった。赤、黄色、ピンク、白、紫、色も大きさも香りも様々な薔薇に囲まれた四阿(あずまや)の前でカートが停まった。


「待たせたかしら」

「いっこうに」


 白いシャツにコットンパンツというリゾートスタイルに身を包んだ細身の青年が老女の手を取った。表情のない冴えた美貌に生気のない瞳、ケネス・ゼロワンだ。四阿のベンチに腰を落ち着けて老女は辺りをゆったりと眺めた。


「薔薇の庭とは意外にロマンチストね」

「気に入らないか」

「まさか」


 薔薇の香気を思うさま楽しみ、老女は微笑んだ。



 共有したビューア上に老女が次々に画像ファイルを開く。


「確かにこの連中に会ったし、彼らがアライブズ=テクノロジー社に招聘されるタイミングと近かったかもしれないが偶然にすぎない」


 画像には現在行方不明になっているアライブズ=テクノロジー社幹部とケネス・ゼロワンが会話する様子や交わした文書などが映っている。ケネス・ゼロワンは小首をかしげた。整った顔ではあるものの無表情のままなので意図を読みとれない。老女は胸の奥に苛立ちというより小さな焦りのようなものが生じるのを感じた。表情に出ないよう慎重に隠す。


「そんなもののために厳重な人払いをしたのか。これに写っているバイオロイドが他のケネスシリーズだと思わないのか」


 思わないわけがない。内心に抱える焦りや緊張を悟られないようことさらゆったりと老女は構えた。


「私が他のバイオロイドとあなたを間違えるわけがないでしょう、ケン」

「顔は全く同じなのだがな」


 ケネス・ゼロワンは暗に老女の言い分を認めた。老女は若いころからケネスシリーズの初号機であるケネス・ゼロワンを同シリーズの他の機体と取り違えないと思われてきた。見た目は青年でも百年前に作られた老獪なバイオロイドにそのはったりが通用するうちはそれで通すつもりでいる。


「それでこの画像がどうしたというのだ」

「全員を無事に帰せなくなってしまったわ」

「ああ――」


 無表情のままケネス・ゼロワンが呻いた。


「傷つけ合ったり、殺し合ったり。放っておいてもどうせ寿命を迎え死ぬというのに。ヒトはなぜこうも不可解なのだ」

「もうやめさせるわ。――その代わり教えてほしいことがあるの」


 老女は隣りに座る美形バイオロイドをじっと見上げた。


「アライブズ=テクノロジー社の黒幕は人間じゃないわね」

「何人も捕まえただろう。あの会社を経営しているのは人間だ。きみたち賢人会議がいいかげんに尋問や拷問をやめないと経営する人間がいなくなってしまう」

「そういうことを聞きたいんじゃないわ。金でも権力でも保身でもない。アライブズ=テクノロジー、いいえ、アライブズの望みは何? 何を企んでいるの?」


 老女の青い瞳に隠しきれない苛立ちと怒りの色がちらりと見えた。


「俺には関係ないことだ。関係ないことは話せない」


 ケネス・ゼロワンは顔を背けた。その人間臭い仕草に求める答えを見つけたのか、老女の表情に喜色がよぎった。ケネス・ゼロワンの背けた顔に表情はない。



「話はそれだけか」

「いいえ」


 老女は垣根を這い上る蔓薔薇に目を遣った。明るく鮮やかで赤い小ぶりな一重の花が群れるように咲いている。


「ロボット・バトルの件、――アライブズ=テクノロジー社は何と言っているのかしら」

「ぼんやりした質問だな。公式見解が欲しければ直接あの会社へ申し入れればよい」

「違う。そういうことを聞きたいんじゃないわ」


 老女がうつむいた。


「非合法賭博の件ならあの会社は問題にしていない。戦争にもコアを提供したんだ。最終的にレンタル契約の切れたコアが非破壊状態で回収できれば問題にしないはずだ。非合法と言うが、ここ日本国の法律に抵触するだけで合法的に賭博をしたいならほかの国へ行けばよい」

「そう。アライブズは問題にしないのね」

「アライブズ=テクノロジー社は問題にしない」


 二人はしばらく黙りこんだ。


「――開催しようと思っているの、ロボットのトーナメント・バトルを」

「そうか」

「零号も出るわ」

「――そうか。俺には関係のないことだ。しかしアライブズ=テクノロジー社の新幹部に伝えてもいい。きみが望むなら」


 老女はケネス・ゼロワンの表情のない顔をじっと見つめた。ひぐらしの鳴く声が遠くから聞こえてくる。


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