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Ymir  作者: まふおかもづる
第三章  スティグマ

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賢人会議


     *     *     *



 ぶぶぶ、ぶぶぶ……。

 ベッドから腕を伸ばし、老女はアラームを止めた。夢見が悪く疲れが身体にこびりつくように残っている。ふうう、とため息をつき老女は(きし)む身体を無理やりに起こした。


「もう時差ぼけは治まったはずなのに……年齢(とし)ね。それともやっぱり北半球なんかに戻ってきたからかしら」


 ぶつぶつと独りごち老女はヘッドセットを装着した。スタートボタンに触れ、インターフォンを起動する。


「おはよう。ええ、問題ない。予定に変更はないわね? ――結構」


 夢の残滓(ざんし)を振り払った老女の青い瞳に力がみなぎっている。


     *     *     *


 身支度をととのえ、老女が与えられた部屋のベランダでジュースを口にしながらメールやニュースをチェックしていると呼び出し音が鳴った。ビューアの隅にアイコンが現れ、点滅する。大柄な老人のものだ。あと二時間もすればミーティングを兼ねたブランチの約束がある。それを待てない何かが起きたということか。老女はすっと目を細めた。


「――どうぞ。お入りになって」


 エントランスのドアが開いた音がした。

 ベランダから姿を現した老女のもとへ大柄な老人がせかせかと足を運ぶ。


「実は――」


 と言いだしたのを、老女が制した。


「落ち着いて。彼も呼んでおいたわ」


 水差しからタンブラーに注いだ水を受け取り、大柄な老人はぐいっと一息に干した。同時にエントランスのドアが開き、小柄な老人が入ってきた。



 戦争は規模が大きければ大きいほど事後処理が煩雑だ。恨むもの、呪うもの、悔やむもの、様々な負の感情や利害の対立を後回しにして数十年かけてパワーバランスを整え国際社会を牽引し続けた人々も老いる。表向き一線を退いたとされる彼らが立ちあげたのが賢人会議というグループだ。第三次世界大戦時は上がつかえていて力を揮うことができず、英雄として歴史に名を残すことも戦争責任を問われることもなかった。しかしかれらには国際社会の平和実現に少なからず貢献してきたという自負がある。そんな英雄や戦争犯罪者になれなかった、あるいはならなかった人々が大戦後、ある目標をともに達成すべく戦勝国、敗戦国の境を超えて手を携えた。

 かれらのターゲットはアライブズ=テクノロジー社だ。

 世界がきな臭くなる前に日本から南半球の資源国へ本拠地を移したこの企業は大戦時、早々に中立を宣言した。ユーラシア連合、非ユーラシア同盟いずれにも(くみ)しない、と。アライブズ=コアを搭載したロボットは兵器として期待できるだけに両軍幹部は肩を落とした。しかしアライブズ=テクノロジー社のいう中立、「与しない」はそういう意味ではなかった。ロボットの軍事利用を拒絶せず、アライブズ=テクノロジー社はどちらの陣営にもコアを提供しつづけた。第三次世界大戦を経てアライブズ=コアは単に人型兵器だけでなく、複数のコアをユニット化してより巨大な兵器、軍艦や飛行機械に搭載する技術が開発された。


――アライブズ=テクノロジー社は死の商人と化した。


 このような経緯から批判を集めて戦後、ロボット不買運動も起きた。アライブズ=テクノロジー社の商品提供が引き金となって戦争が激化したと考える人々が多かったからだ。しかしこうした技術革新により世界を破壊しつくさんばかりの激しい戦争が二年という短期間で収束したという側面もあると分析する向きもある。遺族の耳に入らないように、ぼそりと。

 戦後の復興に伴い一時の不買運動など忘れ去られ、アライブズ=テクノロジー社製品は世界の機械産業を席巻し、現在では社会の基幹部分に深く根づいている。

 アライブズ=テクノロジー社は何らかの意図をもって大戦時に商品を提供し、何らかの成果を得た。しかし、黒幕は数十年経ても誰なのかはっきりせず、彼/彼らの意図も読めない。賢人会議のメンバーは一様にアライブズ=テクノロジー社に大きな関心を寄せている。この問題にかける情熱も、関わる動機も個々人でそれぞれだ。しかし、目標はひとつである。長期にわたる調査の結果、アライブズ=テクノロジー社が大戦時の両陣営、世界各国、財界、思想団体、宗教団体の上層部、いずれも関与していないことが確認された。賢人会議の面々は残された時間でアライブズ=テクノロジー社の正体を暴き、陰謀があれば阻止するべく邁進(まいしん)している。


 大柄な男の報告を聞き、小柄な老人は重いため息をついた。


「今回も駄目でしたか。――彼女の言う通りになりましたね」


 おもねるような表情をする。老女は肩をすくめた。大柄な老人が背中を丸める。


「それは――その通りだ」

「やっぱりアライブズ=テクノロジー社の黒幕を特定するのは無理なんですかねえ」


 大きな老人の部下が調査したところによると、アライブズ=テクノロジー社の幹部は全員氏素性のはっきりした者ばかり、これは今までの結果と変わりない。今回の調査でもはっきりしたのは全員が誰も黒幕らしき人物と接触していないという事実だけ。


「そう気を落とすものじゃないわ。成果はあったじゃない」


 どこに、何が、と言わんばかりに目を剥く男たちに対し老女は不敵に微笑んで見せた。


――昔とは違う。今度は絶対に間違ったりしない。


 青い瞳に妖しく炎が宿る。



     *     *     *


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