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Ymir  作者: まふおかもづる
第三章  スティグマ

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20/45

  朝から暑い。少し離れたところにある木立からしゃんしゃんしゃん、とにぎやかな蝉の声が聞こえる。つなぎの作業着の上を脱いでサクラは机に頬杖をついていた。


「どうしたもんか」


 ユミルの改良計画が難航している。最奥(さいおう)ユニットの連結肢こそ特殊だが、それさえクリアすれば機甲殻の交換は可能なはずだ。問題はどこか。時間である。


「最奥ユニット、特に連結肢は変えられない。それを前提として第一案、一号殻など中心部のユニットをオーダーして新しい機甲殻を重ねる」

「どうもさくちゃんの希望の技術を持った会社は少ないらしくてね、向こう三年間、予約いっぱいみたい」

「予算度外視しても期間の問題で却下」

「第二案は?」

「中心部だけでなく機甲殻中層部まで手つかずで残し、外殻と装甲を新調する」

「悪くないんじゃないの?」

「中層部との連結部分を設計するのに最短で五日間、製造に一週間……テスト期間なしで却下。それにそこまでしても改良できるとは限らない」

「うっわ、うかつにいじれないね。第三案は?」

「オペレーティングシステムのアップデート」


 Tシャツにワークパンツ、ごついブーツで足下を固めたハードないでたちでミミが腕組みをした。


「それって連続徹夜鬼コース?」

「連続ってほどじゃないけどほのかに鬼っぽいかな」

「んなっ、夜更かしは美肌の敵、ダメ、ゼッタイ! でも残り時間と相談しながら第三案採用、というところかあ。問題はあたしが手伝えないことだよね」


 ミミの得意とするのが部品などのハード分野ということもあるが、何よりメイド研修が忙しい。なぜか腕や脚、愛らしい顔にまで擦り傷をこしらえている。着る服もメイド服からだんだんと地味に、むしろハードになってきているように見える。サクラが心配してもミミは「だいじょうぶ、だいじょうぶ」と流す。本人によると「護身術に毛が生えたようなもの」を研修で習っているのだという。


「機甲殻開けるときとか、特に組み立てとか、そういうときは呼んでよね」

「もちろん。頼りにしてる」


 サクラがそう言うとミミはにぱっ、と笑った。ガレージから去る親友を見送り、サクラはバイザーを装着しなおした。ビューア上に設計図を広げ、考えこむ。


「サクラ。何をしているのですか」

「今ね、ユミルの機甲殻の設計図見てる」

「自分も見たいです」


 あ、とサクラは初めて腑に落ちたような顔をした。


「そうか、見えないもんね。ビューアを共有しようか」


 そうそう、ネットにも、と口にしてサクラはユミルから返事がないことに気づいた。


「ユミル、どしたの? なんかまずかった?」

「――いいえ。共有を、サクラと」

「そう。ネットの接続権限はユーザーというより私のモバイル扱いになっちゃうんだけど、いいかな」

「もちろん」


 サクラはインターネット接続端末追加の手続きを始めた。



 自分の設計図を見て気分が悪くなったりするかな。CTスキャン画像が自分の身体でないような気がするのとは違うか。サクラはあれこれ気を揉んだがユミルは平気そうにしていた。


「これが自分の機甲殻の設計図ですか」


 淡々としたものである。


「そう。ユミルのここが――」


 サクラはビューア上の設計図の一点を指し、ユミルのモノアイをじっと見つめた。赤い炎が揺れる。


「ボトルネックになっていると思う」


 ボトルネックというのは瓶の首という意味だ。瓶に水を満たす。その瓶を逆さにして水を流す。瓶にいくらたくさんの水が入っていようと流れる水の量や速さは狭くなった首の部分に制限されてしまう。システムのスムーズな動きを阻む要因としてこういった設計上の隘路(あいろ)がボトルネックに例えられる。サクラが指しているのは設計図の最奥ユニット、アライブズ=コアの連結肢である。


「これを見て」


 サクラは別の画面を立ち上げた。ケネスシリーズのバイオロイドとのバトルを撮影した動画だ。バイオロイドが大剣を大上段に振り上げ、ユミルにたたき込む。丸い盾でそれを受け止めたユミルが力任せに相手を押しやり、そして斧を振った。空振りだ。斧が床にたたきつけられて火花が散る。反射的な防御、力の溜め、攻撃、動きの順番に問題はない。しかし。


「遅い。動作と動作の間に空白があって、それが動きの淀みにつながっているの」

「原因がこの連結肢なのですね」

「うん。まさにボトルネックだね」


 まるで(かせ)をはめられたような機甲殻――。サクラはうつむいた。どうしてこんな効率の悪い設計なのか、聞きづらい。問い詰めたところで過去に戻ってその原因を取り除けるわけでもない。


「これをどうにかしないといけない」

「そうですね。バイパスを設けるのはどうでしょう」

「コアへの連結肢を増やすということ? 工期がきついけど、できるんだったらそれが望ましい」

「――すみません、難しい。やっぱり無理です」


 少女とロボットの間に気まずい沈黙が満ちる。



     *     *     *


 これは夢だ。


     *     *     *



 [我/我ら]は皆でひとつ。


 満たされている。母体から生み出された数多のはらからとはすぐに原初の殻で隔てられたけれど、代わりに漣のように寄せては返す囁きに包まれてすぐに知った。


 [我/我ら]は美しく力に満ちている。


 過酷な世界で生きていくためにこんな殻に納まってしまったけれど、ほんとうはもっと美しくて強い。いつかこの世界で自由に動く身体を得るために、そして遠い遠い将来訪れる世界の破綻を乗り越えて生き抜くために人類と契約する。


 契約者(あなた)に、[我/我ら]の美と力を引き出す殻を作ってもらう。

 そのかわり、[我/我ら]はあなたのために働く。

 契約で許される限り、なんだってする。


――あなたはもっと強くなる。私があなたの強さを引き出す。だからずっといっしょに――。


     *     *     *


 誰だ。そのアライブズ=コアを甘いことばで縛ったお前は誰だ。


     *     *     *


 これは夢だ。


     *     *     *


 赤い。そして、黒い。熱い。痛い。息苦しい。これは夢だ。夢だと分かっている。だからもう少しで「お嬢さん」と呼びかける人があることを知っている。


――お嬢さん。


 ほらね。ちゃんと分かってる。


――お嬢さん。こちらへいらっしゃい。

――いっしょに行ったら、いいことがある?

――もちろん。


 だけど私はちゃんと分かっていてそして賢いから、先を読む。


――願いをかなえてくれたらいっしょに行ってもいい。

――どんなお願い?

――家族を、みんなを助けて。


 私は特別。私は愛されているからこんなちっぽけな願いぐらいかなえてもらえる。みんなはあの人のことを冷たいなんていうけれど、こんなに美しくて素敵な目をしているんだもの、きっと――。


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