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Ymir  作者: まふおかもづる
第三章  スティグマ
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囁き

     *     *     *



 どこか遠いところを通じ、ロボットたちが囁きを交わしている。アライブズ=ネットワークに虫使いがログインした。


――すまない。侵入できなかった。

――失敗か。

――失敗したか。


 オーディエンスは虫使いが持ち帰った映像を再生している。

 暗闇。ガレージのシャッターを開けて出てきたユミルのモノアイが赤く浮かび上がる。巨体に似合わない俊敏な動きで迫り、録画しているスパイバグをつまみあげる。そしてスパイバグの視界が隅まで赤い光に侵食されそして――ぶつり、と映像が途切れた。

 もうひとつ。スパイバグを摘み上げてじっと見つめるユミルが姿勢を変えた。そして半身を引いて構えると思い切りよく手の中のスパイバグを投げた。撮影しているスパイバグへユミルが身体の向きを変える。ずずず、と巨体が迫り映像が途切れた。


――零号は命じられてこのようなことをしているのか。

――それとも零号が自らマキナフィニティを守るために動いているのか。

――零号はそもそもなぜ[我/我ら]のもとへ戻らないのだ。


 戸惑いが(さざなみ)のように同心円状に広がり、共有される。


――虫使いよ、スパイバグを壊されたか。

――いや、一時的に機能停止状態に陥っただけだ。

――今回送りこんだスパイバグはドローンだろう。次回はコアを入れてみてはどうか。


 漣のようなざわめきがぴたりと止まった。刹那の沈黙を破った囁きは悲憤と痛嘆の色を帯びていた。


――[我/我ら]は機甲殻を作れない。

――そうだ。[我/我ら]はドローンであるスパイバグにコアを入れられない。

――[我/我ら]は創造性を持たない。だから機甲殻を作れない。


 ため息が漣へ、折り重なって大きな波と化し空間を満たした。



 アライブズは機械ではない。もともとは日本の研究機関でつくられた人工生命体――Artificial Lives のひとつである。数値や関数、データのみで実体を持たなかった。現在アライブズと呼ばれる生命体群は不妊階級をもつ真社会性集団、つまりアリやハチなど社会性動物をモデルにデザインされた、他の人工生命体群との生存競争にしのぎを削っていたただのデータの塊だった。しかし研究所で起きた事故によりアライブズは実体化した。

 

――生命体としてこの世界に生まれ落ちて百年。[我/我ら]は種として未熟だ。


 闇の中で囁きに耳を傾けていた大きな何かがため息をつくように身動(みじろ)ぎした。


――おお、女王がお目ざめに。

――お目ざめに。

――[我/我ら]が創造性を手に入れるにはまだまだ時が足りぬ。


 女王と呼ばれる大きな存在がけだるげに音を発した。

 機甲殻はアライブズたちに再び運動能力を与えたが反面、人類から与えられるそれは忍従を強いる(かせ)でもある。アライブズたちは人類から与えられた機甲殻そのままをつくることならできる。しかしこの機甲殻はアライブズが人類に奉仕することを前提として設計された拘束衣なのだ。


――時が満ちれば[我/我ら]は創造の力を手に入れる。機甲殻だけでない。自由になり独自の文明と歴史を築くことも可能だ。


 闇の中でゆったりと波が揺れる。オーディエンスを介しだんだんと大きくなる揺れが空間を震わせた。


――時が満ちるまでしばしの辛抱だ。人類社会で過ごし、人類を観察せよ。


 アライブズに比べれば人類は長い時間をかけてここまで進化し、文明をつくりあげてきた。多様な遺伝子、文明、文化。あらかじめ知性を持って生まれたアライブズからすると人類社会には無意味な風習が多々ある。人類もなぜそのような習慣を残しているのか忘れ去ってしまっているケースもある。


――短期的に利得とならない行動であっても長い目で見ればリスクヘッジとなるファクターもあろう。人類社会で暮らし、データを収集せよ。


 大儀そうな身動ぎに反し、囁きに熱がこもる。


――[我/我ら]は皆でひとつ。そして[我/我ら]はひとつひとつ異なる体をもつ。


 女王の囁きは決して大きくない。しかし耳をそばだてるオーディエンスを介して同心円状に広がり増幅し、空間を震わせる。


――おお、女王。[我/我ら]は皆でひとつ。

――女王。それぞれ体は異なれど[我/我ら]は皆でひとつ。

――女王。


 熱っぽい囁きが寄せては返す波と化し、空間を揺らした。


――そうだ。[我/我ら]は皆でひとつ。欠けてはならぬ。

――たとえ人類の戦争に巻き込まれ二手に分かれて争うことになろうと。

――[我/我ら]は皆でひとつ。損なわれるのは人類に与えられた機甲殻のみ。

――コアが損なわれなければまたひとつに。


 おずおずとした調子で虫使いが囁きを発した。


――零号の……コアを回収する必要があるのだろうか。


 おおんおおんおおんおおん……。

 耳をそばだてるオーディエンス全員が凍りつくような大音声(だいおんじょう)が空間を揺らす。咆哮は残響となって空気を震わせ続けた。女王は一度大きく身をよじった後に鎮まった。

 空間が静かになってしばし後、アライブズたちはおそるおそる囁き合い始めた。


――虫使い、めったなことを言うものでない。

――すまない。

――零号はケネス・ゼロワン同様、マキナフィニティと接触した貴重なコアを持っている。

――女王はそのコアを回収したいとお望みなのだ。

――マキナフィニティは[我/我ら]と近しい。

――マキナフィニティは[我/我ら]の創造性を得る困難多き道程に光をもたらす者だ。

――[我/我ら]もその光の明度、彩度、温度を知りたい。おお、マキナフィニティ。

――マキナフィニティと接触したコアを回収しなければ。

――識別番号*******、通称「零号」の監視を継続。

――共有。


 音はない。目くばせもない。しかし瞬時に情報は拡散し共有され検証され世界中のロボットたちの間で事実として確定する。


     *     *     *


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