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Ymir  作者: まふおかもづる
第二章  オーバーホール

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 長いこと放置されていた、そう聞かされていたとおり外殻のスリットに頑固な埃が詰まっていたけれど、中はきれいなものだった。オーバーホールしながらパーツをもとに機甲殻の設計図を作り、慎重に組み立てなおした。ちぎられた片脚だけは破壊された部分だけ新しいパーツに取り換えたけれど、ねじ一個に至るまで不備のないことを確認している。それなのに。


「りんごちゃん、なんで動かないの?」

「なんでだろうね、まいった。――ちょっと時間ちょうだい」


 再戦までの残り日数を考えるとあまりゆっくりもしていられない。しかし、こんなときに焦ってもろくなことにならない。


「今日はおしまいにしよう」


 夕方まだ早い時刻、その日の作業を終えることにしたサクラとミミはガレージを出て母屋へ戻った。



 未明。ふと目覚めてサクラは水差しからグラスに水を注いだ。淡い常夜灯の光をグラスに刻まれた精緻なカットが複雑に反射する。一息に飲みほしサクラはぐい、と口もとをぬぐった。

 早めに就寝したからか、妙な時刻に目覚めてしまった。気になるのは零号のことだ。いったん作業から離れたところで新しいアイディアが浮かぶ、そんな幸運がそうあるはずもない。やみくもに機甲殻を開けて組み立て直して、を繰り返すのは無駄だ。


――やっぱり壊された脚のパーツが合わないのかも。


 サンダルをつっかけてサクラはガレージへ向かった。


 熱帯夜だ。気温が下がらない。それでも内藤の小言を思い出し、ネグリジェの上に薄いガウンをはおった。生地が薄くてもタックだのドレープだのフリルだの、複雑な造りをした寝巻は空気を含んで熱がこもる。肌にまとわりつくねっとりした暑気にサクラはうんざりと顔をしかめた。金持ちの習慣はなにかと面倒くさい。

 ガレージの鍵を開けて中へ入る。明かりとりから月の光が射しこみ、横たわる零号をひんやりと照らしている。零号へ歩み寄りまず修理した脚をチェックした。問題はないように見える。


「何がいけないんだろう」


 新しいパーツの入った脚の装甲はもちろん、他の部分も塗装し直した。とんちきなカラーリングを提案するミミの主張を退けてカーキ色にしたのだけれど、塗料がいけなかったのだろうか。


「それともミミがいうとおり、ピンクがよかった?」


 何気なく問いかけてみると、脚の装甲にあてた掌に微かにざわめきが伝わってきた。顔を上げ、頭部に目をやった。暗いままだ。起動していることを示すあの赤い光はない。


――これは駆動音じゃない。あのきらきらだ。


 ざわめきのもとをたどり、サクラは目の前の人型の戦闘兵器によじのぼった。脚から腹部、さらに上へ四つん這いになって進む。サンダルが脱げ、肩にはおっていたガウンが落ちた。誰が見ているわけでもない。構わずサクラはざわめきのもとをたどることに集中した。


――ここだ。


 一度通り過ぎようとして戻った胸部、アライブズ=コアの真上あたりだろうか。ここがいちばんざわめきに近い。零号のコアから振動とは違う何かの波が掌に伝わってくる。


「何が言いたいの? 伝えたいことがあるの?」


 コアの発するざわめきに近づきたくてサクラは零号の外殻にうつ伏せになり、装甲に頬をあてた。ひんやりして気持ちいい。


「あなたの言いたいことが分かるといいのだけれど」


 サクラは目を閉じた。コアが発するざわめきがまぶたの裏で光のパターンをなす。

 きらきら。きら、きらきら。


――きっと、すごくおしゃべりなんだろうな。


 いろんな話を聞きたい。初めて起動したとき、どんな気分だったのか。どんな景色を見てきたのか。アライブズ=コアと機甲殻が結びつくとき、どんな感覚なのか。そして、アライブズ=コアが何なのか。


――いや。こちらの聞きたい、知りたいことだけでなくて。


 どんなことでもいい。オイルの不満でもいいし、オペレーティングシステムの改善案でもいい。塗料の話でもいい。なんでも。


「私、あなたのことを知りたい」


 きらきら。きらきらきら。光のパターンの明滅が早まった。


「新しい養父はあなたをまた戦わせると言っている」


 ぴたり、と光の明滅が止まった。光のパターンの意味も分からなければ、沈黙の意味するところもサクラには理解できない。こちらが言うことを零号が理解するのか、それも分からない。装甲に頬をあてたままサクラは語り続けた。


「機体の起動がうまくいかなくて養父の設けた期限に間に合わなくても私は構わない。ただ、言いたいこと、伝えたいことがあるのなら、教えてほしい。――あなたのことを知りたいから」


 きらり。きら。きらり。

 光のパターンが戻ってきた。ふと、唐突にある思いつきがサクラの心に浮かんできた。


「名前。名前をあげるのはどうかな」


 きらきら。きら、きらきら。きらきら。きら、きらきら。

 肯定されているような気がする。そういえばミミが「ゼロゴウなんてさ、名前じゃないじゃん番号じゃん」と唇を尖らせていた。この点についてはサクラも賛成だ。


「ただね、『りんごちゃん』って名前はどうかなって思う。――もしかして『りんごちゃん』がいい?」


 きらきらきらきら。きらきらきらきら。

 光のパターンが目まぐるしく変わる。嫌がっているのだろうか。無理もない。サクラは苦笑いした。「りんごちゃん」はない。似合わない。サクラの身体の下にある金属製の分厚い巨体。頑丈な装甲。戦うために存在する無骨なフォルム。零号の本体であるアライブズ=コアと、対人兵器の機能を担う機甲殻とは別物であって、同一視するのは理屈に合わない。分かっているけれど、サクラの中で零号のイメージは分厚く無骨で堅固で偉大な何かなのだ。だからりんごちゃんじゃなくてもっと重々しくて、かっこいい名前がいい。どんなのがかっこいいだろうか。昔見た映画とか。ううん。もっと古くて由来がありそうな名前がいい。記憶を探っているうちにサクラは眠くなってきた。睡魔が意識を連れ去る直前、思考の海の深みからわき上がってきた思いつきがあった。


「そうだ。ユミル。――ユミルという名前はどう?」


 きらきら。きら、きらきら。きらきら。きら、きらきら。

 にぎやかというのとは違う。弾ける泡のようで、輝きのような。そして抑えがたい歓喜の調べが光となったような。


「――じゃあ、あなたの名前はユミル」

 無骨な人型兵器の頭部に赤く丸い火の玉が一つ浮かび上がった。安らかに寝息を立てるサクラはそれに気づかない。

 暗闇に浮かぶモノアイの赤い光が揺れる。零号、いや、ユミルの指がぴく、と動いた。脚部に引っかかっていた薄いガウンをロボットの無骨な指がつまみ上げる。ゆっくりとガウンを持ちあげるとユミルは胴体にうつ伏せになって眠るサクラの身体にそっと掛ける。少女の口もとに笑みが浮かぶのを確かめたかのようにユミルのモノアイから光が消えた。


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