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Ymir  作者: まふおかもづる
第二章  オーバーホール

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 いつからミミと親しくなったか、サクラはもう覚えていない。ミミのお母さんが病気で亡くなって、お父さんがどこかへ行ってしまって、幸い街の孤児院に空きがあり引き取ってもらえたからよかったけれど、どうやって生きていこうか悩んだことがあった。大好きなミミを放っておけず、かと言って何ができるわけでもないのにサクラも一緒に悩んだ。二人ともまだ小学生の頃だ。つまりそれよりもずっと前からミミはサクラの親友だった。


 かつての首都のど真ん中に広大なごみ処分場がある。山手からどんどん運ばれるごみは分別されることなく処分場で山積みされている。海面上昇により広がった東京湾から浚渫(しゅんせつ)されたごみも運ばれてくる。スラムはこの処分場に寄り添うように点在している。

 肩を寄せ合うように暮らし、というと聞こえはよいが実のところそう心温まるものではない。いつ崩れてもおかしくない廃墟、廃材で立てられ傾いだバラック。少しでも条件のいいところにと押し合いへしあいして暮らす。海のヘドロ。ごみ処分場の廃液。不衛生な環境で人は長生きできない。しかし経済破綻により職を失い無宿となった人々が流れ込み、スラムは常に人口過密である。


 サクラとミミの住んでいたNK地区も処分場近くのスラムだ。歓楽街で生き延びるには、あるいはスラムを侵食する海で小船を操り働くには幼い、そんな年頃の子どもたちの収入源のひとつが廃材、廃部品のリユースであった。子どもらはごみの山から再利用できそうな部品を掘り出して洗浄し、ジャンクパーツ屋で買い取ってもらう。金をためていつかスラムの外へ。その願いはいつかすり減って行く。ある者は歓楽街で、あるものは船に乗り、それぞれにその日その日をしのぎスラムの外で暮らす夢を忘れ老いる前に死ぬ。スラムに暮らす老人がいないわけではない。彼らはよその地で老い、行き場を失い流れてきた人々だ。


 子どもの頃からサクラはミミとともにスラムの外へ出るための計画を練ってきた。そのために外からやってくるボランティアの営む学校で好成績をあげ奨学金を得てスラムの外の公立校へ通った。合間にジャンクパーツ屋でドローン修理のアルバイトをし、さらに地域の子どもたちといっしょに処分場の機械部品を効率よくリユースする仕組みを作った。


 ドローン・バトルはもともとゴミ処分場における子どもたちの縄張り争いが発端だ。サクラやミミたちNK地区の子どもたちの稼ぎがよくなったことに気づいた隣のSB地区のグループが真似をはじめ、より実入りのよいゴミの山を巡って始まった紛争がドローン・バトルへ、さらにジャンクパーツ屋へのプロモーションを兼ねたショーとなり、現在では非合法賭博にまで発展している。ファイトマネーが入るようになって子どもたちの収入は以前と比べると格段に良くなったけれど、そうなればそうなったで問題が出てくる。非合法賭博の摘発、親や保護者のしめつけ、香具師(やし)の横槍。そして収入減のごみ処分場へのリサイクル業者の参入。知っていた。飢えた野犬のように大人たちが旨みに群がるであろうことをサクラだけでなく子どもたち全員が知っていた。


「勝手に抜けたみたいでなんか、悪いなって思う」

「あー、そこはさ、もともとみんなもそのつもりだったんだし、気にしなくていいと思うけどね。さくちゃんは大学入るまでって話になってたじゃん。――それよりさ」


 ミミが俯いた。


「おばちゃん――さくちゃんちのママ、助けてあげられなくてごめん」


 父親が命を落とした原因となった病魔が母親をも襲った。ミミの母親も同じ病に侵されて死んだ。逃げ出したミミの父もきっと早晩同じ運命をたどったに違いない。


「――ミミのせいじゃないし」


 知っていた。いつかその日が来ることを。今、サクラの母親は斉木老人の手配により病院で治療を受けている。手を尽くしてもできるのはわずかな延命だけだと聞いている。最高の医療、看護。サクラがどんなにドローン・バトルで稼いだとしても追いつかないその医療費で母親は生きながらえている。斉木老人は恩着せがましいことを口にしない。しかしサクラは知っている。母親の命を握っているのは斉木の財力である、と。


――おかあさん。


 母親だけではない。今は斉木屋敷のメイドとして安定した身分を得たミミの分も。サクラはぎゅ、と両手を握りしめた。



     *     *     *



 初日こそ「ドローンと違って部品と工程が多過ぎる」と目を白黒させていたミミだが、すぐに作業に慣れた。もともとミミはジャンクパーツ屋でも店番とサクラのアシスタントを兼ねていた。部品の管理だけでなく、ねじやボルトの錆落としやばねの焼き戻しなど、リユース目的の加工にミミは長けている。しかし斉木屋敷に来た今は得意とする仕事がなくて


「部品がぜーんぶ新品でどきどきするね。もったいない感じがする」


 とぼやきながらガレージの隅、サクラが作業する机の傍らのソファに寝そべり雑誌か何かを眺めている。数日かけて行ったパーツの分類整理や発注が終わったらしい。


「ねーねー、こういうの、どう?」


 ん? と顔を上げるサクラのバイザーのビューアに画像が数点送られてきた。作業をいったん休憩にしてビューア上の画像をスワイプしながらチェックする。


「ミミ、機甲殻カタログ見てたの?」

「うん。りんごちゃんの機甲殻」


 ミミは零号の外殻が気に入らないらしい。


――なんつうの? ドドメ色って感じ?


 かわいくない、と一刀両断された。零号がミミのいうところのドドメ色、すなわち迷彩色なのは見晴らしの良いところを移動するときに敵に見つかりにくくするためだ。対人兵器である以上当然である。どピンクや蛍光イエローでは戦場で目立って仕方ないだろう、かわいくもないし、とサクラは思う。ちなみにミミは名前も


――駄目。かわいくない。あたしはゼロゴウなんて呼ばない。


 とお気に召さない。赤い球状のアライブズ=コアを目にして以来、ミミは零号のことを「りんごちゃん」と呼んでいる。

 ミミがカタログからピックアップした画像はすべてバイオロイドタイプの機甲殻だ。セールスポイントが記憶形状線維でできていてセット不要の頭髪、ユーザの心を細やかに()み色を変えるエモーショナルな瞳などと書かれている。とてもじゃないが戦闘向きとは思えない。


「いやいや、彼氏がほしいわけじゃないし。こういう感じってミミの好みでもないじゃん。だいたいさ、名前がりんごちゃんなのに機甲殻は男性型なの?」


 どの画像も、線の細いにこにこした若い男を模したバイオロイドばかりだ。歓楽街あたりでナンパを装ってしつこくスカウトする女衒(ぜげん)たちがこんな外見をしていて、ミミはこういう軽薄な男が嫌いだったはずだ。


「りんごちゃん、あのゴツい見た目で女子はない。――じゃあ、こんなんは?」


 次に送られてきたのはケネスシリーズの画像だった。とんでもない。零号の脚をもいだ機体と同じ顔なんて。サクラは顔をしかめそうになるのをぐっとこらえた。大昔の人気俳優を模したというそのバイオロイドの顔は、時代遅れの美形と陰で言われていたミミの父親と少し似ている。幼い娘を置いて逃げ出した行方不明のぼんくらなんぞ、と口では言っていてもこうして父親の面影を追っているのかもしれない。


「んんー、確かに美形だけどもちょっと今回はパスかな。機甲殻全部リユースする」

「残念。――何か理由があるんだね」


 ミミの言葉に、サクラはうなずいてみせた。



 ロボットは、アライブズ=コアに機甲殻を幾重にも重ねて作られたマシンである。機甲殻にはコアから供給されるエネルギーを効率よく導くための工夫がされていて、最奥ユニットは放射状にコアからのエネルギーを受け取るために球体をしている。これが一般的だ。しかし、零号のコアは球体であるにも関わらずエネルギーの通り道が放射状になっていない。


「このコアに刺さった楔、これが機甲殻につながるエネルギーの通り道になっているの」


 百科事典のような最奥ユニットをミミとともに覗きこみ、サクラは説明する。


「この棒みたいなの、外せないの?」

「うん。私も同じこと考えたんだけど――ほら」


 サクラがドライバーでそっとコアに刺さった楔をつつく。零号の赤いコアが輝きを増し、きらきらと光のメッセージを発する。パターンの展開が速すぎてサクラには相変わらず理解できない。なんとなく抗議されているような気がする。


「いやがってるみたいでしょ」

「え? そうなの?」


 ミミは腕を組んだ。


「あたしにはきらきらは見えないけど……さくちゃんがそう言うならきっとそうなんだね」

「うーん、気のせいだったりするかな、このきらきら」

「いや、さくちゃんだから見えるんじゃないかな。マシンに関してさくちゃんは間違わないよ。ドローンだけでなくアライブズのロボットでもそれはきっと変わらない」


 ミミの手放しの賞賛と信頼が面映ゆく、サクラは口もとのゆるみをごまかすために俯いた。


「そうするとこの棒みたいなのって、心臓の大動脈とか上下の大静脈とかがひとつになってるようなもの?」


 腕組みをして小首をかしげるミミにサクラはうなずき返した。


「そう、おおむねそんな感じ。インとアウトがひとつになってるの。――新しい機甲殻をつくりたいけど時間が足りないね」


 コアから最奥ユニットへのエネルギー伝導体のライン数は世界の機甲殻メーカーの統一規格により定まっている。最奥ユニットから順に一号殻、二号殻までは用途に関わらず同一の機構になっている。そのほうが機甲殻の設計を容易にするからだ。これは機甲殻設計の基本中の基本であって例外はないと聞いていたのに、初めてのアライブズ=コアでサクラはレアケースに遭遇したことになる。


――あの天幕で私が零号を見出したと思っていたけれど。


 もしかしたら斉木老人は最初から零号を与えるつもりだったのではないだろうか。サクラは思い至った。斉木老人の背後にどういう勢力があって、何を狙っているのか今の時点では分からない。


――おかあさん。ミミ。


 何を優先し、何を排除するとしても自分にできることは限られている。零号をオーバーホールすること、一度だけ見た戦闘を解析して問題点を洗い出し、解決すること。まずそれからだ。


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