66. <聖域の闇> (後編)
1.
「あれは、なんだ」
ユウの声は、自分でも意外なほどに狼狽えていた。
自分でもそれなりに修羅場をくぐってきたと自負している。
あのテイルロードの街の<腐った水死体>は無論のこと、
悲惨な死体や惨劇も見慣れていると思っていた。
だが、そこにいたのは。
低い音がする。
ユウには意味もよく取れない、かすかな呟きだ。
彼女が覗き込んだ部屋の奥、広間らしい広い空間の中央に円状に立つ十数人の人影から、それは流されていた。
そして、フードをすっぽりとかぶった彼らの中央。
そこには、ひとつの檻があった。
猛獣を閉じ込めるような、鉄で出来た広く厳重な檻だ。
そこにも十数人の人影がいる。
いずれも豪奢な服をまとい、さぞかし地位の高い人々だったのだろう。
だが、今は。
「GUAAAOOO」
「OOOOOOOOOOOOOOUUUUUUUUUUUUUUU」
どこか物悲しい叫びとともに、崩れかけた腕が檻の外の男たちを掴もうと伸ばされる。
手を伸ばす女性らしい人影の目は、溶け出した眼球により涙を流しているようだ。
ととん、と足音を立て、いやいやをするように振られる首は、皮がはじけ、肉は腐り、なにより変わり果てる原因となった恐ろしいほどの苦痛のあとを、濃厚にとどめていた。
その足元でよちよちと歩く赤ん坊らしい腐った肉体が、母を恋しがるかのように啼く。
何も映すことがなくなった目が、うつろに広間のあちこちを彷徨った。
この国の、王族たちだ。
かつてそうだったものだ。
その声は、まさしく彼岸からの呼びかけのように、周囲を囲む人影に投げられる。
かつて家臣だった、自分達の看守に。
伸ばされる手は届かない。
やがて、周囲の人影の詠唱がひときわ高まる。
すると、中央の檻のゾンビたちが一人、また一人と倒れ、断末魔のように全身を痙攣させた。
同時に、不可視の力の流れがゾンビたちから、部屋そのものへと流れ込んでいく。
死んではいないようだが、ひくひくと痙攣するゾンビたちが動かなくなり、異様な光景は終わった。
ユウの目には、王族たちのステータスのMPが赤く染まっているのが見えている。
それは人影も同じらしく、数人を残して彼らーと言ってもフード姿では性別すら定かではないがーも広間の奥へと去って行った。
一連の異様な寸劇が終わり、ユウは目を離した。
月の光に朧に浮かぶ異国の宮殿の中で、目にしたものは奇妙なほどに現実感を喪失している。
まるで都市伝説の悪夢のようで、しかしこれが現実であることを突き刺さる寒さと、標高によるものだけではない息苦しさが告げていた。
「ヤンガイジ、おまえ、これを、一体……」
「お前にみてもらいたかった」
喘ぐユウは、ヤンガイジの顔を見る。
その顔は奇妙に、表情だけが月影の後ろに隠れ、見えなかった。
なんとはなしの不気味さに、ユウが数歩後退った時だった。
唐突に、囁き声が彼女の耳朶を打つ。
「この国がどうやって成立していると思う」
「な、なんだと?」
「ゲームだった頃は、この町は<サンガニカ・クァラ>の入り口として設定されていた。
そして周辺が強力なモンスターの生息地域だったから、<竜の軛>なんて設定ができた。
……それだけの、ことだったよな」
「何を……言っている」
ユウは軽く腰を落とし、かすかな光でヤンガイジを見た。
先ほど鞄に収められたヤンガイジ自身の剣は抜かれていないが、油断はできない。
それがユウの油断を誘う擬態でない証拠など、無いのだから。
「俺たちは、『ゲームでもそうだったから』という理由で得てして納得してしまうところがある。
ユウ。例えば、この町の由来がそうだ。
マヒシャパーラは、<竜の軛>が凶悪なモンスターを排除することで成立する。
では、誰が、一体どうやってこのシステムを作り上げたのだ?
いや、そもそもなぜ、この場所に人はいるのだ?」
ヤンガイジの投げかけた疑問に、ユウは今更に思い出す。
この世界は、<半分の地球>、現実の物や出来事がファンタジー風に再現された異世界だ。
現実の秋葉原の位置に<アキバ>があり、ニューヨークの位置に<ビッグ・アップル>がある。
それは、地球をベースにしたMMORPGである以上、きわめて当たり前のことだと思っていた。
ここ、マヒシャパーラがモンスターの巣窟のど真ん中にあることも、
『現実のカトマンズが同じ位置にあるから』
『危険ゾーン、<サンガニカ・クァラ>に向かうためのベースキャンプの機能が必要だから』
それだけの理由で、納得してしまっていた。
だが、しかし。
この世界は既に<現実>と化している。
<大地人>たちが<現実>に生きている以上、そこには元の地球とはまったく無関係に、
この世界でしか成り立たない理由があったはずではないか。
ゲーム上でマヒシャパーラを安全地帯にするために設定された単なる設定である<竜の軛>にも、それ相応の設置背景と設置理由があるはずではないか?
ヤンガイジは、ユウが理解したことを察したのか、ゆっくりと口を開いて続けた。
「俺は、この町に逃げてきて数日して、そうした疑問に気がついた。
俺なりにこの町を調査したのもそれからのことだ。
そうして得た情報がある。 お前に聞かせよう。
そして重ねて言う。俺の行動の動機は先ほど告げたとおりだ。
その上で、聞いてくれ」
「………」
「この国の建国説話は、こういったものだ。
昔、竜国で<付与術師>の一門だか教団だかが排斥された。
彼らは王の追及を逃れ、人里はなれたこの地域にまで逃げ延びた。
そこで彼らは学んだ魔術を用いて結界を張った。
魔力を増幅、集約し、周囲のモンスターを排除する結界だ。
詳しい原理までは誰も知らない。 もしかしたらアルヴ族のものかもしれない。
だが、彼らはそうやって安全地帯を手に入れ、国を作った。
一門の門主を王とし、有力な弟子を貴族としてな」
「そんな設定、聞いたことがない」
「そりゃそうさ。俺も初耳さ」
ヤンガイジが苦笑する。
闇の中の白い歯だけが妙にくっきりと浮き上がって見えた。
「そうしてできたシステムだったが、どこかの時点でそれは一度破綻した。
何だったのかは知らないが、従来の供給ソースが使えなくなったのさ。
ここの連中にとって、<竜の軛>の機能停止は死活問題だ。
そのために連中は次善の策を考えた。
魔力―MPの高い連中を供給ソースにしたんだ。それが王族であり、貴族であり、魔術師だった。
ここの王の仕事は、まずもって<竜の軛>システム維持のための生きた燃料電池だったんだよ」
「……それが、さっきの光景か」
老若男女問わず、王族たちがゾンビとなってもがく光景を思い出し、ユウが吐き捨てる。
ただのゾンビではないことに、ユウも気がついていた。
あれは<死せる魔術師の屍>だ。
魔術系のダンジョンでたまに見かけるモンスターで、自意識や知能はないが、生前に倍するMPをもって
広範囲呪文を繰り出す嫌らしい敵だった。
「違う。当初はそうではなかった」
「……というと」
「この町に入る前、いくつかの遺跡があったのを見たか?
あれは第一の破綻の際、放棄された旧マヒシャパーラの跡だ。
ゲーム時代は<古代の砦>なんて名前だったがな。
さっきまでの話と重ねると、これがマヒシャパーラの<竜の軛>が一度縮小したことを意味すると分かる」
「……」
ユウは黙って聞くことにした。
少なくとも目の前の<剣士>は、何かを知り、その知識をユウに伝えようとしている。
まずはそれを理解すべきと考えたのだ。
「第二の破綻は、昨年のことだ。<5月の災害>によって、この世界はゲームから現実になった。
その時、あのデブの布告人、ラヴィと、カトマンドゥ公との間で内戦が勃発したのさ。
時を同じくして、徐々に<竜の軛>が再び縮小しつつあることが判明した。
それに嫌気が差したんだろうな。
多くの魔術師がこの国を捨て、華国や竜国に逃げたんだと。
供給ソースを失った<竜の軛>は更なる縮小を開始し、喫緊の対策が必要になった。
敵同士であるラヴィとカトマンドゥ公アンシュは協議し、ひとつの結論に達した」
ユウは、突然悟った。
その結論の中身を。
「……当時、王族は政治を長いことラヴィとアンシュ公に委ね、ただ安逸を貪るだけの存在となっていた。
内戦に対しても、確たる指導力を発揮できていなかった。
だが、腐っても王族。連中のMPは<付与術師>の血を引くものにふさわしい量だった。
だから、ラヴィとアンシュ公は取り決めたんだ。
王たちを<レッサー・リッチ>にしよう。生前に倍するMPを誇るリッチであれば、当座の電池には最適だ。
幸い、魔術師である王族や貴族の反逆者を捕らえるため、呪文を使用させなくする檻も存在した。
二人は、王族たちを襲い、魔力のある連中をすべからく捕らえて、檻に入れ、そして」
「生きながら不死の怪物にした、というわけか……!」
それは、聞くだにおぞましい経緯だった。
国を守るため、王とその家族を生きながら怪物にする。
その怪物の生気を奪い、国を生きながらえさせる。
そもそもが、第二の破綻の原因は、ラヴィとカトマンドゥ公の内戦によるではないか。
あまりの理不尽、あまりの無慈悲。
そう思ったユウが怒声を抑えきれなくなったとき。
彼女の声をねじ伏せるように、ヤンガイジは最後の言葉を放った。
「俺は、今、そのカトマンドゥ公の手先となって働いている」
◇
「どういうことだ!」
もはや姿を隠すことも忘れ、ユウが怒鳴る。
静寂の宮殿に、その声は奇妙に陰々と響いて消えていく。
「貴様、やはり性根の腐った<冒険者>だったのか!
そこまでやっている連中になぜ加担する! なぜあのゾンビどもをそのままにしておく!」
「……ユウ。俺はこの話を、ほかならぬカトマンドゥ公から聞いた。
俺も、今のお前のようにあいつを殺そうと思ったよ。
俺たち<冒険者>であればそれは簡単なことだからな。
だが、あいつは言った。
『わしやラヴィを殺してどうなる』と。
あいつらを殺せば、この町は無政府状態だ。
そして、リッチは町に放たれ、無辜の民を大勢殺すだろう。
何より、既にリッチになった王族を救うすべはない。
少なくとも、ラヴィかアンシュ、どちらかに与し、王族の犠牲を生かして民を守るのが
もっとも犠牲が少ないんだ」
「そのためには王族を地獄に落とすことも許されると!? 子供もいたんだぞ!!」
「ユウ。お前の国にも王―天皇だったか?―がいるだろう。
連中は国の顔であり、国のために生き、国のために人生を捧げる。
少なくとも王や王族のために国があるわけじゃない」
「だからって……」
「王族に生まれたのは幸運であり、不運だ。連中を救い、<竜の軛>が停止すれば、
王たちが見守ってきた民もまた死ぬんだぞ!」
「……だが」
「お前が華国でやったことと同じだ、ユウ!! お前が、亜人やエルフに殺される少数の民を捨てて
武林の<冒険者>に救われる、より多くの<大地人>の命を選んだように!
俺はカトマンドゥ公アンシュが権力欲の亡者と分かってなお、少数の王族の犠牲で多くのマヒシャパーラの民が生きることを選んだ!!
だから俺はお前を誘っているんだ、ユウ。
……俺とともに来い、ユウ。
この町がどうなるかは分からん。 <竜の軛>が維持できるかもな。
だが、これ以上はどうにもならんのだ!
逃げた魔術師、貴族たちを追うか? 華国や竜国で魔術師の移住を募るか?
いずれも、やってる間にこの国は滅ぶぞ!」
ユウは思わず両手の刀を抜いた。
ヤンガイジも、一旦は仕舞っていた自らの<玄鉄剣>を引き抜く。
絶叫してもなお、周囲に人影はない。
二人の<冒険者>は、円を描いてぐるぐると回りながらも、互いになおも言葉をぶつけ合った。
「ユウ! この世界は綺麗事だけではうまくいかん!
こんな場所に暮らす以上、峻厳に人の命を選別しなければならん!
お前も華国やヤマトで見てきたのではないのか!?」
「だが、他の方法もあった!
なぜ王族をリッチにまでする必要がある! ラヴィやカトマンドゥ公自身もMPがあるだろう!
人を集め、魔力を束ねれば王を殺さずとも何とかなったはずだ!
ましてや、子供までを殺して!!」
「もはや為されたのだ! お前がいかに言おうとも、死んだ命は戻ってはこん!
ならば手持ちのソースで最も効率的に行動するのが最善ではないか!」
「いいや、そうは思わないね」
ユウの口調が音程ひとつ下がった。
冷たい、激怒を通り越した口調にヤンガイジの全身がぞわっと総毛だつ。
目の前の<暗殺者>に負けるとは思わないが、口調にこめられたすさまじい憤怒が、ヤンガイジの全身をなお青ざめさせる。
「わたしも、確かに罪人だ。無数の子供や無抵抗の民衆の命を奪った私にお前を裁く資格はない。
……だが、わたしはわたしの過ちを、二度と繰り返すつもりはない!!」
一瞬。
わずか一足で、トップスピードにまで駆け上ったユウの神速の脚力が、一瞬にしてヤンガイジの目の前に彼女の体を運んだ。
ぐぅっと、上体をかがめ、吹き抜ける<玄鉄剣>の暴風をかわす。
無数のターゲットマーカーを払い落とすように、ユウの二つの刃がヤンガイジの体を狙う。
一太刀は、右脇を斬りぬけて上方へ。
もう一太刀は、横から腕を叩き折るように胴体へ。
「<ヴェノムストライク>……<アサシネイト>」
「……っ!!」
最後にぽつりと呟くユウの声がトリガーとなったかのように、血を吹いてヤンガイジの右腕が<玄鉄剣>ごと落ちた。
戦意と覚悟の差。
最後まで対話を続けようとしたヤンガイジと、全力の一撃を放ったユウとの差が、
本来ほぼ同じ速度であるはずの<剣士>と<暗殺者>の明暗を分けたのだ。
くず折れるヤンガイジに、ユウは冷たく告げる。
「お前は結局、民を守るといいながら、していることは華国のわたしと同じだ。
それが過ちであることを、私自身が知っている。
ヤンガイジ。もう一度言うぞ。
わたしは二度と過ちを繰り返す気はない。
あのゾンビを開放し、ふざけた内戦を行うラヴィも、カトマンドゥ公も切り倒す。
それがわたしの、この国における役目だ」
「……それで、マヒシャパーラの民衆が結界を失い、竜に食い殺される末路をたどってもか。
ここから竜国、あるいは華国まで、お前はこの国の民全員を守って逃げられるのか。
逃げた先でこいつらが難民として辛酸を舐めてもいいのか!」
「それは考える。何かをな。
だが、考えることをやめたお前に言われる筋合いはない!!」
ユウはきっぱりと告げると、上に鈍く輝く天窓を蹴って飛び出した。
向こうには朧にかすむ月がある。
このおぞましい牢獄をも照らす、その静かな姿に、ユウは思わず祈っていた。
せめてこの国では、重ねてきた過ちに新しい一挿話を加えなくてすむようにと。
2.
『……という状況だ。ヤンガイジは止めを刺さずおいてきた。だが奴は明確に敵だ。
ティトゥス。マヒシャパーラを簡単には抜けられなくなったようだぞ』
「……ああ。俺たちも今、まさに、そう思っているよ」
『何だと!?』
「<大地人>の軍団に襲われた。恐らくお前の言うカトマンドゥ公の軍だな。
今、全員で王宮に向かって撤退している」
「軍団長!! 反撃しましょう! このままじゃジリ貧です!!」
「駄目だ!! みんな、ユウと合流するまで耐えてくれ!」
ティトゥスは怒鳴り、手にした<秘宝>級の盾をかざした。
周囲には、魔法攻撃職や支援職を中心に、円状になって<第二軍団>の17人が固まっている。
さらに遠巻きに、無数の人影があった。
防御力に加え防寒を考えた厚い皮の鎧に、剣や槍、時には魔杖を携えた人影は
<大地人>による軍団だ。
決してレベルは低くない。
周囲の竜やモンスターを討伐することを任務としてきたためか、彼らの平均レベルは60を超えており、
数の多さもあいまって、決して楽に撤退できる相手ではない。
だが、ティトゥスはあくまで撤退を命じ、一団の最後尾で立て続けに<アンカー・ハウル>を叫んでいた。
不意に、夜目にもきらびやかな甲冑をまとった女騎士が敵陣の中ほどに現れる。
「<剣の乙女>だと!?」
スガガガガガ、と連発される斬撃に、ティトゥスと彼の仲間は盾を構えて耐えた。
◇
彼らが野営地へ向かう途中に事件は起こった。
ユウと別れて一時間弱、もうすぐで市壁を抜けるというところだ。
突如として現れた<大地人>の兵士たちは、誰何する<第二軍団>のメンバーの問いかけを無視し、
有無を言わさず攻撃を仕掛けてきた。
<冒険者>を相手取るとあってか、彼らの表情は一様に必死だ。
しかしその中で、ティトゥスは一団の指揮者と思しき、豪奢な鎧をまとった壮年の武人を見かけた。
ラヴィではない。
であれば、彼に聞いたカトマンドゥ公ではないか。
何の根拠もない憶測に過ぎなかったが、ティトゥスは自分の推測をほとんど確信していた。
「ティトゥースッ!!」
「おお、来たか、ユウ!」
死者こそ出していないものの、<大地人>の追撃は執拗で、しかも王宮に近づくごとにその厚みは巨大になっていきつつあるようだ。
その中で、戦場を貫く玲瓏な叫びにティトゥスは叫び返した。
直後、とんぼを切ってティトゥスの横にユウが着地する。
そのまま、輝く刀を構えた友人に、ティトゥスは盾をはずし、本来の武器たる<女王の拘束>を構えて不敵に笑った。
「ずいぶん手厚い歓迎だが、わざわざ通りすがりの<冒険者>を襲う理由がこいつらにあるのかな?」
「さあな……おい!! カトマンドゥ公アンシュ!! いるなら殺さないでおいてやるから返事をしろ!!」
ユウの叫びに、主君を呼び捨てにされて怒り狂った兵士たちの攻撃が集中する。
「軍団長! もう限界だ! 反撃するぞ!!」
「待て! 攻撃をしかけたらおしまいだ! 待つんだ!!」
「いつまで待てばいいんだ!!」
密度を増す攻撃にいらだつ部下に、そうティトゥスが怒鳴ったとき。
不意に、呪文と弓矢の雨が止んだ。
あわてて回復を始める<第二軍団>の前で、ゆっくりと人垣が割れる。
白馬に乗り、黄金で刻印されたような豪奢な鎧を纏った男が、ゆっくりと進み出た。
その前には、まるで馬丁のように<剣士>ヤンガイジが立っている。
それだけで、男の素性をティトゥスは今度こそ確信していた。
「カトマンドゥ公、アンシュだな」
「いかにも」
出てきた男は、目の前で自分を百回殺しても釣りがくるほどの<冒険者>が睨み付けているにしては奇妙なほど落ち着いた声で、そうユウに答えた。




