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ある毒使いの死  作者: いちぼなんてもういい。
第五章 <天の峻嶺>
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64. <勝算なき挑戦>

1.


 ユウという人物、ひいては彼女と同一人物である鈴木雄一と言う人間には、いくつかのいささか、という性癖がある。

そのうちのひとつが、他人の無償の好意に対して懐疑的だという点だ。

ある意味で、人はどのように年を重ねても根本の性格は変わらないといういい証左かもしれない。

その夜。ユウは<第二軍団>軍団長(ギルドマスター)、ティトゥスの


「ユウに加勢して<サンガニカ・クァラ>に挑む」


という衝撃的な提案に右往左往する<第二軍団>のメンバーを呆然と見ていた。


 何を言い出すのだ、こいつは。


たった一度、対人戦(デュエル)をこなしただけ。

極論を言えば、ユウとティトゥスの縁はそれだけだ。

また、天涯孤独のユウと違って、ティトゥスにははぐれている仲間を含めれば60人以上のギルドメンバーを新天地にたどり着かせるという、指揮者としての義務がある。

<サンガニカ・クァラ>は、歴戦の大規模戦闘(レギオンレイド)専門ギルドですら手もなく敗退するほどの危険地帯だ。

その辺の有象無象のダンジョンのように「挑む」といってクリアできる場所とは訳が違うのだ。

さらに言えば、ユウは華国において紛れもないお尋ね者である。

彼女と親しくし、あまつさえ共にダンジョンに挑んだとあれば、それを見た華国人プレイヤーは<第二軍団>をユウの仲間だと思うだろう。

そうなってしまえば、華国を無事通り抜けられるかどうかも怪しい。


であるのに、そうした諸々の問題点があってなお、ティトゥスはユウに加勢するという。

正直、ユウにはティトゥスの考えがさっぱりわからなかった。


「ちょっと待ってくれ。話を聞いていたのか? 私と一緒に挑む必要はない。

どうせ死ぬだけだ。無駄死にだぞ。ヤマトへ行く時期も大きく遅れる。

ギルドメンバーの言うとおりだ。 ここで別れよう」


だが、ユウの真情をこめた説得に、ティトゥスは頑固に首を振った。


「俺は決めたぞ、ユウ。お前と一緒に雪の地獄に挑む」

「だからなんで!」

「この世界からみんなを脱出させたいからだ!!」


ティトゥスの怒鳴り声は、呆気にとられるユウと、言葉少なに議論するギルドメンバー、両方の耳に天雷の様に響いた。


「俺の目的はただひとつ、この世界から、望まずにここへ来た仲間を帰還させる。

ヤマトへの脱出はあくまで中間目標に過ぎん。

この世界から脱出できるかもしれない。その手がかりがあるかもしれない。そういう場所が<サンガニカ・クァラ>であれば俺は挑む。

そういうことだ」

「そんな、無茶な……」


ため息をつくユウに、別のギルドメンバーが苦笑して声をかけた。


「ま、こうなってしまえば軍団長はてこでも動きませんよ。あきらめるこってすな」

「そうそう。頑固だからね、うちの将軍(インペラトール)は」

「とはいっても、手がかりがあるかどうかすら分からないんだぞ。それに命を懸けるのか?」

「ま、軍団長はそのつもりでしょう。まあ、しばらく付き合ってください」

「俺たちが付き合うかどうかは別にしてね」


見れば、ギルドメンバーは誰もがしょうがない、という顔でユウとティトゥスを見ている。

その視線を受け、ティトゥスはやおら立ち上がると、背中の剣を抜いて素振りをし始めた。

轟、轟という、人の手で起きたと思えないほどの刃音に、ユウはふと同じ<守護戦士>たちを思い出す。


ヤマトにいるクニヒコであれば。

<黒木崖>にいるカシウスであれば。

あるいは<守護戦士>ではなく<武士>だが、テイルザーンであれば。

きっと、一も二もなくユウと同行する道を選んだだろう。彼らとはそういう絆がある、と自惚れてもいい。

だが、ティトゥスは違う。彼との縁はごくわずかなのだ。

それでも同行するということは、徹頭徹尾、彼が自分で明言したように、『仲間を地球に帰す』ことに、無限の命を懸けているからなのだろう。

ユウは、説得が不可能なことを悟った。

もし、自分が。

ティトゥスと同じように、仲間を率い、仲間に襲い掛かる苦しみを必死で跳ね除ける立場だったのであれば。

もしかしたら、同じことをするかもしれなかったから。


ユウはいきなり立ち上がった。


「わかった」


いいざま、すらりと腰の二刀を抜く。

そのまま、素振りをするティトゥスの、<女王の拘束>―かつて対峙した<幻想>級の大剣に<疾刀・風切丸>を合わせた。


「!?」


驚くティトゥスと仲間たちに、ユウは静かに告げた。


「なら、ちょっと賭けをしよう。対人戦(デュエル)をして、私が負ければティトゥス。あんたと行く。

勝ったら仲間を連れてヤマトへ行ってくれ」

「ほう」


うっすら汗をかいたティトゥスが、にやりと笑うのを見て、ユウは刀を構えた。



2.



 先ほどの宿営地からさらに森の奥に入ったところにある、小さな広場。

そこが決闘の舞台だった。


「約束だ。俺が勝ったらお前と行く。俺が負ければ、俺たちはヤマトへ行く。いいな?」

「ああ」


頷くユウに、ティトゥスは嬉しそうに大剣を構えた。


「ならば、行くぞ。以前お前に負けたときの俺と同じと思うなよ」

「その言葉、そっくりそのまま返してやる」


その言葉がゴングだった。


 ユウは一気に踏み込んだ。

ティトゥスは以前もそうであったように、重武装のいかにも<守護戦士>といういでたちだ。

その姿は、古代ローマの将軍というより、中世イタリアの騎士武官を思わせる。

大理石色の大剣が、夜目にも鮮やかに光を放つ中、ユウはかつてをはるかに超えるスピードで飛び込んだ。

大理石色の大剣は、まだ、振られていない。


「<アクセル・ファング>!」

「<タウンティングブロウ>!」

「甘い!」


振り下ろされる一撃は、ユウの目にはスローモーションだ。

余裕を持って避け、そのまま後ろへ回り込む。


「うおおっ!」


腰から下のひねりを使って、強引に大剣の軌道を変えてくるティトゥスに、ユウは最初から手加減する気などなかった。


「<パラライジングブロウ>!」

「うっ!」


<麻痺>の状態異常(バッドステータス)は、<大災害>以降、ある意味で凶悪なまでに変わった。

単に動きを止めるのではなく、被攻撃者を文字通り麻痺させるのだ。

全身を覆う脱力感は、重量のある大剣を手から一瞬とはいえ離させる。

その一瞬だけでいい。

ユウはとんとん、と大股に数歩下がると、動きを鈍らせたティトゥスに致命の毒を叩き込もうとした。

しかし。


「<ヘヴィアンカー・スタンス>!」


ティトゥスの叫びに合わせ、非実体の鎖がユウの全身を絡めとった。


「う!?」


ティトゥスの奥の手ともいえる、<幻想>級大剣、<女王の拘束>の特殊能力が、

あたかもエチオピアの王女のごとくユウの全身を縛り上げ、引き据える。


「二度同じ手を食うか!」

「同じ手のつもりはないっ!」


騎士へ向かって引き寄せられる強大な引力に逆らわず、むしろそのまま毒を突き込もうとしたユウに、ティトゥスが答えた瞬間、鎖が一瞬で消えた。

いきなり失われた引力に、思わずユウがたたらを踏んだ、その刹那。


「<オンスロート>!」


<守護戦士>最大級の特技が、無防備なユウの顔面に炸裂した。



ズドガッ。

グチャッ。


聞く者を総毛だたせるような粘着質の音と共に、ユウが吹き飛ばされる。

しかし、ティトゥスはそれで終わらなかった。

入切(トグル)式の特技である<ヘヴィアンカー・スタンス>、しかも<女王の拘束>の効果によりその効果範囲は通常より遥かに広い。

再び発動した<ヘヴィアンカー・スタンス>に引っ張られ、ディスクの巻き戻しのごとくユウが飛んでくる。

そこへ<クロス・スラッシュ>。

直撃の直前に切られた鎖は、特技の衝撃力を阻害することなく、再びユウを木々の向こうへ跳ね飛ばした。

そして再び<ヘヴィアンカー・スタンス>。

さらに攻撃。


いかに屈強な<冒険者>とはいえ、頭蓋を割られかけるほどの衝撃を受け、さらに自分の意思と無関係に横方向に吹き飛ばされ続ければたまったものではない。

なまじユウが軽装であったことが、さらに彼女への衝撃を強め、意識を混濁させる。

もはや彼女はまともな思考すらできなくなっていた。


ユウが思い違いをしていたのは、最早現実と化した対人戦における、大剣の衝撃力だった。

音速に近い程の速度で叩きつけられる金属の塊が当たった時の威力を、ユウは知らず識らず甘く見ていたのだ。


「おおっ!」


見ていたギルドメンバーたちが思わず叫ぶほど、状況は一方的だった。


(まずい)


何度目か分からない木々への激突で脳震盪を起こしながら、ユウはかすかに残った意識で呻いた。

このままでは、さながら壁相手のテニスにおけるボールのように、ユウは気絶しておしまいだ。

再び鎖が自分を縛り上げるのを感じながら、ユウはかろうじて握っていた<蛇刀・毒薙>を腕の前に構えた。

手に力が入らず、先ほどのティトゥス同様、まともな攻撃ができない。

もう一本の<疾刀・風切丸>は既に広場の隅に落としている。

そのまま引き寄せられ、さながらホームランバットのごとく振るわれる大剣で片目を抉られながら、ユウは覚悟を決めた。


「<毒薙>!取り落とす前に!」


そのまま右手の掌に、ユウは刀を突き刺した。

さすがに激痛が彼女の神経を駆け上り、肉を刺した感触を喜ぶように刀が緑の光を明滅させる。

瞬く間にその光が手から右腕全体を包み込むのを、むしろ安堵と共に眺めつつ、ユウは再び引き寄せられた。

目の前に、八双に構えられた<女王の拘束>がある。

勝機は、一度。


ユウは、頬にかかる刃風と、自分の全身から消える鎖の重い感触を感じながら、震える足を一瞬地面につけた。


「<ガストステップ>!」


ユウが、消えた。

いや、消えたのではない。

彼女の頭蓋が爆発したように横に傾ぐ。<女王の拘束>の精緻な浮彫の施された鍔で、顎の骨をへし折られたのだ。

だが、その代わりに彼女は一瞬の時を手に入れた。

ティトゥスに刃を届かせる時間を。


「<ヴェノムストライク>!」


その言葉は、折れ切った歯ではうまく言えなかった。

だが、特技の発動と言葉は無関係だ。

ユウの挙動によって発動した毒の一撃は、狙い過たずティトゥスの首を貫く筈だった。

だが。


「<キャッスル・オブ・ストーン>」


轟、と閃光のようにティトゥスの全身が光に包まれる。

その中で、自分の刀の放つ緑の光が悔しげに消えていくのを見送りつつ、ユウはついに気絶した。



 ◇



 翌日。

結局、ティトゥスについていくことを決めた<第二軍団>の<冒険者>は16人だった。

残りはサブマスターに率いられ、当初の予定通り<燕都(イェンドン)>を目指す。

傷を霊薬(ポーション)で癒したユウは、別れの挨拶をする<燕都>組に一言言付けた。


「<燕都>に行く前に、<黒木崖>か<嵩山>にいるレンインという<道士>を訪ねてみてくれ。

彼女はヤマト行きの<妖精の輪>を知っている。それに彼女の部下にカシウスもいる。

彼女ならあんたたちを助けてくれるはずだ。仲間の風体も教えておけば、保護してくれるだろう」

「わかった。……軍団長を頼むぜ。 それから、少しでも元の世界に帰る手がかりが見つかったら、ぜひ教えてくれ」

「約束しよう」


そういって握手するユウに、力強く<第二軍団>のサブマスターは答えると、最後に手を振って背を向ける。

彼の責任は重い。

正邪の戦いがあったころに比べればマシとはいえ、華国はいまだ戦乱の時代だ。

物見遊山で旅ができるほど甘い世界ではなかった。


そうしたことを分かっているのか、ティトゥスの顔も厳しく引き締まり、去っていく仲間たちを見つめている。

彼らの最後尾が木々の向こうに消えたのを確認して、ティトゥスはようやくユウを振り向いた。


「で、どうやって<サンガニカ・クァラ>に行くんだ」

「偉大なる英国の先人の轍を踏んでいくとしよう」

「『そこに山があるから』か」


問いかけたティトゥスに、ユウは悪戯っぽく微笑んだ。


「いいや。『そこに出口があるから』だよ」


見上げた彼女の目に、遠く雪をかぶった山嶺の姿が映っていた。



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