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ある毒使いの死  作者: いちぼなんてもういい。
第四章 <侠の天地>
83/245

63. <それぞれの天地> (後編)

1.


 不思議な相手だ。


異邦からの来客に椅子を勧めながら、ムオチョウはユーリアスと名乗った<冒険者>に感じた第一印象はそのようなものだった。

容姿が特異というわけではない。

総髪に撫で付けられた黒髪は、現実世界の黄色人種(モンゴロイド)の面影を強く残している。

ぱっちりとした二重瞼は華国人を見慣れたムオチョウには奇異に移るが、取り立てて目を引く程でもない。


彼を印象付けていたのは、外見の要素と言うより醸し出される雰囲気だった。

端的に言えば、ムオチョウの祖国でも時折見る公安警察や軍、その一部を構成する人々特有の、どこか茫洋としたつかみどころの無い雰囲気だ。

決して信頼しているわけではないのに、気付けば必要以上のことまで喋ってしまいそうになる、独特の印象が、ユーリアスからも強く感じられていた。

ムオチョウは別に、地球にいた頃そうした人々と接点があったわけではないが、決して無知であったわけではない。

インターネットに触れ、それなりの資産も知識もあった階級として、彼らとの付き合い方を学ぶことは生活の一部だったのだ。


「で……夜も遅い。本題をお聞きしましょうか」


置いてあった花茶を一口、うまそうに飲むと、ユーリアスはおもむろに口を開いた。


「我々はヤマトでこの<大災害>に遭遇し、あなた方同様にこの世界で生き続けております。

本拠地はミナミ―そこでヤマトの既存<大地人>国家と共生する形で生活しています」

「ミナミ……大阪(オーサカ)ですな」

「ええ。良くご存知で。 ……自分たちの生活基盤を整えてから我々は、周辺地域の調査を始めました。

他の地域、プレイヤータウンの様子はどうか。他のサーバにおける<大地人>と<冒険者>の動きはどうか……そのようなものです。

同時に、<冒険者>が放置しているであろう様々なクエスト―危機や、<冒険者>がこの世界でどのように暮らしているかも調べています」

「なるほど」


話を聞きながらムオチョウは内心舌を巻いた。

<大災害>から既に一年近くの年月が経っている。

一年と言うと長く聞こえるが、しかし所詮は一年だ。

自らの生活基盤はおろか、アイデンティティが一度に崩された、顔も知らない数万人、数十万人の生活を保障し、治安を確立し、他地域の調査にまで目を向ける。

そうした行動に出るには、あまりに短いといわざるを得ない。

だが、そこはある意味広域災害に慣れ、いざと言うときの公益心に定評がある日本人である。

他国人からは時に排他的に見えるほどの文化的同質性の高さもあり、早々に治安を再確立したのだろう。


(わが華国とは偉い違いだな)


そう、内心でムオチョウがため息をついたとき、ユーリアスは口を唐突に閉じた。

それにムオチョウが疑問を持つ前に、イェンイが静かに口を開く。


「私に彼が接触してきたのは半月ほど前、大戦の直前だった。彼は、話を理解することが出来る誰かを紹介して欲しい、といった。

自分の幇にはなすことも考えたけど、前一緒にパーティを組んだあなたの論理性を信じた。

ムオチョウ。私たちは帰れる、元の世界に」

「元の世界か」


ムオチョウは直接答えず、頭の中で思い出す。

年老いた父母、仕事仲間たち、友人たち。

懐かしい、又会いたいという思いがないとは言わないが、一度セルデシアで自由な武侠生活をしてみれば、元の共和国(かれのくに)はいささか息苦しい。

ふと、イェンイの目を見た。彼女は感情のこもりづらい目に、真剣な色を湛えて彼を見ている。


(そういえば、彼女の生まれ育ちを知らないな)


ムオチョウの独白は、考えてみれば当たり前だ。彼女と彼との付き合いは、大戦直前の一時期共にパーティを組んだ、と言うだけなのだから。

むしろ、なぜイェンイがこのような重要な案件に、わざわざ任地も放り出して自分に会いに来たのか、

ムオチョウにはそちらのほうが不思議だった。


「元の世界ね。帰れるなら帰りたいですが……しかし、どうやって帰るのです?

そもそもユーリアス(あなた)が名乗ったオデッセイア騎士団というのはどういう組織ですか?

あなたのステータス画面のギルドタグとは、名前が違うようですが?」

「オデッセイア騎士団とはギルドではありません。ギルドを超えた、特定の派閥のようなものです。

目的はただ一つ、現実への帰還」

漂流者(オデュッセウス)に準えるとは、洒落が効いていますね」


皮肉めいたムオチョウに、ユーリアスも苦笑する。


「考えたのは私ではないもので。単に『オデュッセイア』を読んでいない物知らずか、それとも読んで理解したうえでどれほどの苦難を越えてでも帰ろうという覚悟を表したものなのか……さて、私には分かりかねます」

「ふむ。あなた方には船を助けるアテナはいるのですかね」

「さて……ですがポセイドンはどこかにいたかと」

「ポセイドンがいるのなら、キルケーもいるかもしれませんよ」

「キルケーがいるのであればどこかにナウシカもいるでしょうね」

「アテナの導きを受け、ナウシカに背中を押してもらうとして、アイオロスの風で船を戻す船員はどうします?」

「……船をかの焼け落ちた都に戻そうとする人は、決して少なくはないようですね」

「貴方がたは神々の怒りを買ってでもイタカに帰ると?」

「まさか。人は神々には勝てぬものです。出し抜いたとしても、いずれ報復が来る」

「では、それまで黙って海原を彷徨うと?」

「我々はペーネロペーが求婚者に屈する前に、島に戻らないといけない。そう考える者は多い」

「船を操るあなた方はどうやって、神々の許しを得るつもりなのですか?」


ずばりとムオチョウが尋ねた。

暗示的な会話を楽しむように、ユーリアスは自分の顎に手を当てる。


「……<冒険者>の、血と魂の犠牲を供犠として」

「……」


唐突に会話が途切れる。

ムオチョウは、自分が放った<魔法の明かり(バグズライト)>の輝きが、急に翳ったように思えた。


「ユーリアスさん。私にはどうも、あなたがアイオロスの風の袋の口を開いた船員の、少なくともその仲間であるように思えるのですがね」


ユーリアスは答えない。

捉えどころのない目でムオチョウを見ているだけだ。

いや、口がわずかに動いた。

ムオチョウの質問の答えではない。


「神々の許しを得る方法を教えましょう」



魔術のように囁きかける日本人と、隣で彼を一心に見つめるイェンイの姿に、ムオチョウは思わず緊張した。




2.


 華国がいわゆる乱世であることは、前に述べた。

各地で、かつて華王によって任じられた官僚や地方長官、あるいは貴族や在地の豪族、

またあるいはそれらを実力で打ち倒した野盗あがりの群雄など、様々な出自の有力者たちがしのぎを削っている。

無論、彼らは恒常的に集合離散を繰り返しており、部隊を派遣しての戦争も日常茶飯事だ。

では、そういった中で、一般庶民は移動の自由を制限され、流通が滞っているかと言うと、そうではなかった。


ユウが<大地人>にまぎれて旅をしている街道―洛陽から長安を通り、西域に至る古代中国以来の大動脈だ―には、様々な人が行き来していた。


荷物を背負った行商人。

空腹に腹をさする子供を抱えて歩く、ボロボロの男女はおそらく難民だろう。

かと思えば、装甲車のような馬車を連ね、他の旅人をおしのけて進む商隊がいる。

先導する標客(パイロット)が手にした鞭を振り回す横で、馬が嫌そうに首をすくめていた。

ガラガラ、と回る車輪がもたらす砂煙は、まるで砂漠の砂嵐のようだ。


(すごいものだな)


戦乱の華国。ユウは漠然と、三国志のような世界をイメージしていたが、目にした光景は何度見ても彼女にそうした印象の修正を迫っていた。


 乱世、街道や野原は真の意味での無法地帯だ。

そもそもその土地がだれの所有なのか、それすら曖昧な土地も数多い。

ではそこには例外なく山賊や無法者が巣食っているかと言うと、実はそうではない。

領主が積極的にそれを駆り立て、街道を修復し、時には敵対する群雄同士が兵を出し合って街道の治安を確立することすらある。

勿論人道的な理由からではない。


この時代、人々の行き来は平和な時代より寧ろ活発だ。

理由は簡単で、平和な時代なら定住して生きているはずの社会階層の人々が、重税や山賊の襲撃、飢饉や戦乱の為に故郷を離れざるを得なくなるからだ。

彼らは放置すれば治安の悪化要因だが、うまく領内に定住してくれれば税収の増大、そして兵士の供給先となってくれるということで、各地の目端の利く群雄は、積極的な難民の懐柔策をとっていた。


商人の存在も大きい。

平時に比べ、戦時の商人は商隊を組み、傭兵を雇い、財産を重武装化した馬車で守り、使用人や護衛を何百人も引き連れて旅をする。

当然ながら一度の取引量、取引額は膨大になり、それらが町にもたらす影響額は莫大にのぼる。

さらには商隊ひとつが町に滞在することによる娯楽産業の活発化などで、領主もまた税収以外でも大きく潤うのだ。

商人側も、戦時と言うことで寸断された物流が各地の相場にギャップを生じさせていることから、長引く戦乱というのは大きく儲けるチャンスでもあった。

加えて、戦時の商人には形ある商品以外に、もうひとつ取引を行うべき商品がある。

情報だ。

彼らは各地で積極的に見聞を広め、得た経験を分析し、情報と言う形に結晶化して他国へ売りさばく。

個人で組織的な諜報網など持ちようの無いこの時代、旅人がもたらす情報は貴重だ。


そうした事情もあって、商人、難民、技術者といった人々は街道をせわしなく往復するのだった。


「おい、お嬢さん。一人旅かい?」

「いや、連れが道の先で待ってるんだよ」

「なんなら馬車に乗せてやろうか?」

「気持ちだけ戴くよ」


か弱い娘の一人旅と見て声をかけてくる流しの商人や旅人たちにあたりさわりなく返しながら、ユウは道を急いでいた。

今の彼女の服装は、目立つ<上忍の忍び装束>の上からだぶだぶの貫頭衣を着込み、厳重に足ごしらえをし、頭から帽子を目深にかぶっているというものだ。

かつてハダノに向かう道中に着込んだそれと似たようなものだったが、さすがにマントはなかった。

だからか、体格で女性と見て声をかけてくる人間は数多い。

同じ男だった者としては男たちの下心がわからないでもないだけに余計に不愉快だったが、騒ぎを起こして周囲の注目を集めでもしたら大変だ。

仕方なく、ユウは難民の集団に付かず離れず、傍目からは難民の一団の仲間と見られるように、当人たちには意識されないように、気を使って歩き続けていた。


ふう、と内心で息を吐く。

現実の地球で言えば蜀と呼ばれた四川省の西方、青海地方を目指す彼女の旅はまだ序盤だ。

街道を外れ、道なき山を越えて高山地帯にでなければいけない。

もちろん、そこは巨人やその他の高レベルモンスターが闊歩する、人外の魔境だ。

歴戦のユウでさえ、いや、大規模戦闘に慣れたプレイヤーでも単独で向かおうとはとても思わないほどの危険地帯だった。


人の列は進んでいく。


ユウが比較的安全なユーレッド大陸の大動脈―現実で言う絹の道(シルクロード)を使わないのは理由がある。

ひとつは、単純に追っ手を巻くためだ。

華国の東西をつなぐ幹線であるシルク・ロードには、当然ながら行き来する<冒険者>も多い。

彼らの、少なくともいくばくかは、目を皿のようにしてユウを探し回っているはずだった。

さらに、彼女の目的地もある。


<サンガニカ・クァラ>。


セルデシア世界最高難度を誇る、まさに世界随一の高レベルダンジョンエリアだ。

それは洞窟ではない。

かつて<世界の屋根>と謳われ、幾千人もの命を奪っていった峻烈なる白銀の山々。

ヒマラヤ山脈だ。

さすがのユウも、20年近い<エルダー・テイル>の冒険の中で、三度しか挑戦したことがない。

もちろん、結果はどれも無残な敗北だった。


(だからこそ、挑戦する価値がある)


このエリアの中でも最大、最難関と称される神峰デヴギリ、死峰クルラータ、雪峰ニディ・ヒマのうち、神峰デヴギリは<神々の山嶺>と呼ばれ、クリアはおろか、頂上までたどり着いた者すらいない。

ダンジョンのラストボスは何なのか、何が得られるのか、それすら知られていなかった。

ただ世界中のプレイヤーに語られる噂はある。


『デヴギリの山頂には、いまだ誰にも知られていない高位精霊がいる』

『デヴギリを踏破したとき、<エルダー・テイル>の真のエンディングを見られる』

『神々のひと柱が、神の手による装備をくれる』


いずれも噂に過ぎない。

ただ、ユウが目を向けた噂がひとつだけあった。


『全世界規模のアップデートである<ノウアスフィアの開墾>は、いきなり通常エリアから実装されるわけではない。まず全世界の主要なダンジョン、重要クエストを先に実装し、その封印が解かれるのがエリアへのアップデート実装である。

デヴギリやいくつかの重要ダンジョンには、既に<ノウアスフィアの開墾>の秘密に迫るクエストが実装されている』


というものだ。


あまりに高難度でありながら、主要なクエストの舞台になることもなく、ただ挑み甲斐のあるダンジョンでしかなかった<サンガニカ・クァラ>には、

<大災害>に迫る何かがあるのではないか。

ユウは、その噂を頼りに、このダンジョンに踏み込むために、華国に降り立ったのだった。


(……なんだ?)


 自分の思考に沈みながら、ひたすら歩を進めるユウは、ふと顔を上げた。

前方で何かの騒ぎが起きている。

戸惑いの声、怒号、そして、泣き叫ぶ声。


「な、なんだよ」


ユウの周囲を取り巻きよろしく歩いていた男たちが一斉に不安そうに顔を見合わせた。

何が起きているかわからないが、見に行って、助けるべきであれば助けたほうがいいだろう。

そう思って足を速めたユウの鼓膜に、別の声が響き渡った。


「貴様ら! 何をしている!!」


聞き覚えのある声だ。

ずっと昔、遥かな、と形容できるほどに前、ユウはこの声を聞いたことがあった。

そう思って人ごみを遠慮がちに掻き分けたユウに、ついこの間まで見慣れていた、異国風の白銀の鎧が、鮮やかに目に焼きついた。



 ◇


「何をしていると聞いている!」


50人以上の騎士―馬に乗り、鎧に身を包んだ一団はまさしくファンタジーの騎士そのものだった―の中から、ひときわ大きな剣を背負った騎士が怒鳴った。

怒鳴られたほうはというと、<大地人>の男たちが難民らしい女性を手当たり次第に捕まえようとした、その格好のままで固まっている。

騎士たちには及ばないが、男たちの軍装も整っており、どこかの群雄の兵なのだろう。

ただ、その美々しい軍装に似合わない下卑た表情が印象的な男たちだった。


咄嗟に何も言えなくなった兵士たちの前で、叫んだ騎士は背の大剣をずらりと抜いた。

鞘ではなく、留め金がぱちりと外され、大理石のような剣身が露になる。

リーダーらしいその男に従うように、居並ぶ騎士たちが揃ってそれぞれの武器を抜く。

あるものは長剣。あるものは、長槍。そしてあるものは、馬上槍(ランス)


「ま、待て。俺たちは」

「民を虐げる輩に問答は無用」


ここに至って、目の前の異様な集団がまぎれもなく殺気を漂わせていることに気づいた兵士たちの一人が、震える声で弁明しようとした―遅かった。


「おれはぶ」


一撃。

斬られたというより叩き潰されたように、兵士の一人がぐしゃぐしゃの肉へと変わる。

周囲の<大地人>たちから悲鳴が漏れた。

ぶん、と大きく剣を振って血のりを払うと、リーダーの男はよく通る声で叫んだ。


「<第二軍団(レギオ・アウグスタ)>、野良犬どもを始末せよ」


わずか30秒。生存者は、いない。

それだけの時間が流れた後、そこには圧倒的なまでの暴力で叩き潰された、

かつて誰かの兵士だった人間の骸が転がっていた。

周囲に生き残りがいないことを確認し、顔を兜の奥に隠したまま、男たちは馬上から<大地人>を見下ろす。

そんな<冒険者>を見上げる目は、悪漢を退治した英雄に対するそれではなかった。

騎士たちも分かっているのか、無言のままに隊列を組みなおし、ユウとは真逆の方向へ向かおうとする。

そんな彼らに、思わずユウは声をかけていた。


「ティトゥス!」


隊列が止まる。

やがて、一群の騎士の中の一人がぐるりと振り向いた。


「誰だ、私の名を呼んだのは」

「わたしだ」


進み出たユウの全身を上から下まで眺め渡し、ティトゥスが鼻を鳴らす。

次の瞬間、その目線がユウの顔にとどまった。


「見覚えがあるぞ。そのステータス画面、お前、<冒険者>か」

「ユウだ。久しぶりだな、ティトゥス。七丘都市(セブンヒル)での決闘を忘れたか?」

「ユウか!」


リーダー格の騎士―西欧サーバの対人ギルド、<第二軍団>の軍団長(ギルドマスター)、ティトゥスは、そういって顔を覆う面貌を跳ね上げて、懐かしそうに笑ったのだった。


 ◇


 街道から離れた森の中の広場に、<第二軍団>は宿営地(キャンプ)を張っていた。

簡易的ではあるが、木を切って塀にし、空掘まで備えた豪勢なものだ。


「宿営地作りは慣れているからな」 とは、<第二軍団>の<妖術師(ソーサラー)>の言葉である。

そんな中、ユウはティトゥスたちとともに塩気の利いたワインで乾杯していた。


「名誉なき勝利に」

「名誉なき勝利に!」


カン、と木の杯が打ち合わされ、鎧を脱いだ男たちが車座になって笑いあう。

その中でひとしきり久闊を叙した後、ユウは隣に座るティトゥスに声をかけた。

さすがに寒いのか、彼はセブンヒルで見せた長衣(トガ)ではなく、チュニックの上からマントを重ねて羽織っている。


「それにしても、なんでここへ?」

「セブンヒルは住みよい町ではないのでね。いくつか斥候を出して旅をしてきたんだ。

噂によれば、ヤマトは平和だというじゃないか」


機嫌よくティトゥスが返事をする。

その目には、先ほど<大地人>の兵士を虐殺した屈託は見受けられない。

また、ユウも取り立ててそれを指摘しようとは思わなかった。

かつて剣を交え、この間までは同じく<第二軍団>に所属していた<守護戦士>、カシウスから聞いたティトゥスの人柄であれば、意味もなく<大地人>を手にかけることはないだろうからだ。

殺されるならば、殺されるだけのことをしたのだろう。

その感慨だけで殺人を是認するユウもまた、その死生観は既にかつての鈴木雄一(プレイヤー)とは違っている。


「ヤマトに行く気か?」

「ああ。もちろん、途中ではぐれた仲間を探してからね。

俺たちは一旦<燕都(イェンドン)>に向かおうと思っている。

そこで仲間をしばらく待ち、その後ヤマトに向かう予定だ。

はぐれた仲間とはそのどちらかで会えるだろう」


確かに、かつて闘技場でユウとティトゥスの決闘を見ていた人数より、この場にいる仲間の数は少ない。

50人あまりだ。


「時間が合わなかったのでね。ほとんどの仲間はログインできていない。

この<大災害(グラン・カタストロフェ)>に巻き込まれた仲間は98人。

その後ギルドを変えた仲間が35人。

はぐれたのは12人。

俺を含めて、この場にいるのは51人さ」

「なるほど」

「それにしても、レベル表示が94だと? システムのエラーでなければ、ヤマトにだけ<ノウアスフィアの開墾>が実装されたという噂は本当のようだな」


しげしげとユウの頭上―ステータス表示を眺めてティトゥスが感嘆した。

対してティトゥス自身を含め、その場にいる騎士たちのレベルはすべて90だ。

頷いたユウに、肩をすくめてティトゥスが笑う。


「良かったな。お前ら日本人がいまや世界最強だ。

張り合おうとは思わないが、うらやましい限りだね」

「別に劇的に変わったわけじゃないさ」


ユウも応じるように軽く言うと、ティトゥスに向き直った。


「はぐれた12人の一人、カシウスの消息なら知っているぞ」

「ああ。いつの間にかギルドからも抜けちまって、一度本人に話を聞かなければならんと思っていた。

あいつはこの華国にいるのか? それともヤマトか?」

「華国だ」


応じたユウは、話しだした。

いつの間にか周囲のざわめきが消えている。

誰もが真摯な顔で耳を傾ける中、ユウは華国で起きたことを順に説明していった。


 ◇


「……なるほどな」


カシウスの行動、自分の行動、華国で起きていた争いと、どうやってそれが止まったか。

ひとしきり語り終えたユウに投げかけられたのは、ティトゥスのその一言だった。

乾いた口を湿らせるように塩水入りのワインを一口含み、言葉を続ける。


「ならカシウス(あいつ)は華国でチャイナの姫君の騎士として就職、

お前はあいつを含め華国を敵に回した大罪人……ってわけか」

「まあね」


事実だけを淡々と述べたユウに対し、<第二軍団>は一言も声をかけない。

ユウ自身、自分の所業がどのような言葉を言い繕っても悪業だということは分かっていた。

殺されるかもな、と思ったユウに、かけられたのは意外な言葉だ。


「まあ、いいじゃないか」

「いいのか?」

「ああ。俺たちも、西欧サーバに巨大な敵が現れれば、と思わなくもなかった。

争っていた<冒険者>も<大地人>も、なし崩しで共闘せざるを得なかっただろう。

だが、思いついて実行した奴は初めてだ」

「<大地人>を殺したぞ、何千人も」

「俺たちだって殺した」


ユウの声に重なるように突きつけられた軍団長の声は、重い。


「乱暴を働く盗賊、アイテムを奪おうとした農民、町を攻めてきた騎馬民族。

そいつらも家族がいて、誰かの前ではいい奴で、未来を考えていただろう。

いい奴悪い奴なんてのは、少なくとも人間にはいない。

一人の人間がいいこともするし、悪事もする。その結果殺しあうだけだ」

「ティトゥス」

「ユウ。人間を殺すのは、それがどんな人間であってもつらいものだな」

「……」

「お前はおまえ自身が許せないんだろう。ならば俺たちがどういうことはない」


座が沈む。

誰もが押し黙る中、突然ティトゥスは口調を変えた。


「ところで、お前はどこへ行くつもりだ?」

「あ……ああ、そうだな。西へ向かおうと思っている」

西方(ヨーロッパ)はやめておけ。決していい世界じゃないぞ。

お前のレベルだと目立つし、いいことはない」


断言するティトゥスだったが、その顔が訝しそうに変わった。


「しかし、西へ向かうにしてもお前の行く道は変だ。

東南アジアの山岳地帯を抜けるのか?」

「いや、<サンガニカ・クァラ>に行くつもりなんだ」

「なんだと!?」


断言したユウの後ろを、どこかで吼えた狼の声がすり抜けていった。


「おい、あそこがどんな場所か知っていってるのか?」

「ああ」

「一人で行っても確実に死ぬぞ」

「だが行く」

「何が目的だ?」

「あの山にいるであろう精霊だか神だかに会う。連中がもし本当にこの世界の神なら、

この世界に私たちが来た理由を知っているかもしれないからだ」

「そのためだけに、<サンガニカ・クァラ>に挑むのか?」

「そのつもりだ」


先ほどとは違う静寂が宿営地を包んだ。

誰もが、目の前の<暗殺者>を宇宙人であるかのように見つめている。


「あそこは、氷系モンスターは言うに及ばず、あらゆる高レベルの化け物の巣だ。

その難易度から、ゲーム時代でさえ挑むプレイヤーは少なかった。

各国の名だたる大規模戦闘大隊(レイドレギオン)が20年挑んで、一人としてクリアしていない、

正真正銘この世の果てだ。

そんなところに、<暗殺者>一人で挑んでやれると思うのか?」

「ああ。私の目的はクリアではないからな。デヴギリの山頂にたどり着ければ、それでいい」

「どんなクエストであっても、報酬を得られるのは勝者だけだ。

ただの登山で願いがかなうとは……」

「それでもいいんだ」


ユウの声はあくまで静かだ。

黙る<第二軍団>へ、ユウが訥々と語りかける。


「ヤマトはこの世界で唯一、<ノウアスフィアの開墾>が実装された場所だ。

厳密にはテストサーバもそうだが、あの場所がどこにあるかは分からない。

だが、これだけ大掛かりなアップデートだ。世界各地に<開墾>された場所はあるはず。

アップデート前に流れていた噂は、イタリアにも届いていたか?」

「ああ……たしか、ついに<サンガニカ・クァラ>が真の姿を現すとか何とか。

公式サイトにもったいぶって書かれていた記事だろう」

「あそこは既に真の姿を現しているんじゃないかと思うんだよ。

そして、正式な実装前だから、クエストとしては機能していない可能性がある。

つまり、行くだけで何かが得られる可能性がある」

「なるほどな……」


やがて、ひとつ頷いたティトゥスは、おもむろにユウの顔を見つめる。


「……では、ローマ軍団兵の助力は要らないか?」

「軍団長!」


周囲の部下が悲鳴のような声を上げるのを手で制し、ティトゥスはギルドメンバーに向き直る。


「みんな。ユウの言っていることはかなりの憶測が混じっているが、絵空事ではないぞ。

確かに、あの山は危険だ。俺たちも全滅する可能性が高い。

だが。途中までは同行できるんじゃないか?

少なくとも、ユウができるだけ無傷で進めるようにはできると思う」

「ですが、軍団長! 今死ねばせっかくここまで来たのに!」


一人の<海賊(パイレーツ)>―西欧サーバの<武士(サムライ)>だ―の抗議に、ティトゥスは言い募る。


「聞いてくれ。俺たちはこの世界で様々に苦労した。

その果てにあるのが単なる無限の生であるより、この世界の謎に挑戦してみたいんだ。

もちろん、無理強いはせん。

その場合はほかのリーダーを決めて、予定通り<燕都>に向かってくれ。

俺もユウを助けた後、後を追うから」

「……軍団長」

「俺たちは大規模戦闘(レイド)ギルドじゃない。クリアする見込みは万に一つもないだろうし、

またクリアを目的ともしない。

……みんなは好きに決めてくれ。どちらにしても、俺はユウと行く」

「勝手ですよ……」


誰かがため息をつき、別の誰かが言った。


「一晩、時間をください。それで考えますから」

「わかった」


ティトゥスの了承の声が、決して楽しくなかった宴の終わりの合図だった。

自分で書いておいてなんですが、ティトゥスはかなり勝手でした。

後、なぜ彼の会話はこんなに長いのでしょう。

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