55. <恐怖の矢>
「ゆうしゃよ たのみがあります」
「おおせならば なんなりと」
「なかま と ともに じゃあくな まじょ を たいじ なさい」
「まじょ の くびをとるまで かえって きてはなりません」
「さあ はやく!」
たびに でかけますか?
⇒はい
いいえ
ちょっと まて!
1.
時間は少し遡る。
牢を出たフーチュンは、晴れ晴れとした顔で天を見上げた。
この時期、特に風によって運ばれた砂漠地方の砂によって、空はどことなく黄色みがかっており、
見上げた午前の太陽の色も淡い。
それでも、フーチュンの気分は晴れ晴れとしていた。
(少なくとも、自分の潔白を自分で晴らせるんだからな。それに……)
正面をぎり、と見据える。
目に浮かぶのは、共に旅をした黒髪の日本人<暗殺者>の涼やかな顔だ。
緑と青、二つの光を放つ刀を縦横に振り、華麗に戦う異国の武器攻撃職。
決して長いといえない付き合いだが、彼女の老成した為人や、決闘を重んじる価値観は理解したつもりだ。
そして、フーチュンにとって重要な少女、レンインに対する友情も。
(俺はあいつに問い質さねばならぬ)
なぜ、レンインと共にいないのか。
なぜ、姿をさらしてモンスターと共に戦っているのか。
決意をみなぎらせて歩くフーチュンの肩を、後ろから誰かがぽんと叩いた。
カシウスだ。
義侠に厚い<第二軍団>の騎士は、気負う年少の友人の血気を覚ますように
気楽な口調でなだめた。
「まあ、旅は長くなるだろう。今からあまり気張るなよ。
それに、まずはこんな場所から出ることを喜ぼうじゃないか」
皮肉っぽい彼の目は、周囲の人々に向けられている。
華国の普通の旅装をしているフーチュンはともかく、白銀の鎧に身を包み、ヘルメットを手に白いマントを翻すカシウスの姿は、華国風の民衆の中では目立つ。
彼らの蔑みと怒りの視線を受け流すように、カシウスはいつものように肩をすくめて苦笑した。
「ま、連中としては事情を知らないんだから憎んでも仕方ないと思うがね」
「しかし……ほかのメンバーも同じだったら困るな」
フーチュンは返事を返しながら、不安な気持ちがよぎるのを感じた。
<少林派>のファン大師をはじめ、本当の意味でフーチュンたちに友好的な<冒険者>はこの<嵩山>にはいないとみてよい。
それだけならいいが、ひとつのパーティとなれば命を預けあう可能性も高い以上、パーティでの不和は時に致命的な状況に自分たちを追い込む危険性すらある。
2人はいつしか口数も少なく、黙って歩き続けた。
「琉璃の鍾
琥珀を濃し
小槽酒滴って眞珠紅なり
龍を烹、鳳を炮き玉脂泣く
羅屏繍幕、香風囲む
龍笛吹き
鼉鼓撃ち
皓歯歌い
細腰舞う
況んや是れ青春なる。 日將ち暮れんとし
桃花乱落紅雨の如し
君に勧む 終日酩酊して酔え
酒は到らず 劉伶墳上の土」
不意にフーチュンが歌う。
カシウスは歩きながら、いつしか目を閉じて聞き入っていた。
同じ詩を何度も重ねる友に、その詩の意味は、と問い質すほど野暮はしない。
歩き続ける2人の向こうに、<嵩山>の誇る巨大な正門と、高い望楼がシルエットとなって見えた。
◇
「君らが最後のメンバーか」
門を挟むように立つ二つの楼閣、その一方のたもとで談笑していた4人は、やってきた二人の男を見て一斉にその視線を向けた。
値踏みするような視線だ。
何しろ、これから生死をともにしなければならない仲間なのだ。
力量や人格を見誤ることは、即任務の失敗、ひいては死に繋がる。
そう思い、また4人の顔に警戒はあっても敵意や侮蔑が見られなかったことから、フーチュンはあえて軽やかに挨拶した。
「よう。あんたらが俺たちの仲間か?」
「ああ。俺は<古墓派>のムオチョウ。<道士>だよ。こっちは……」
よほど喋ることが好きなのだろう。
髪を短いポニーテールのようにまとめ、ローブ姿に眼鏡をかけたその<道士>は、フーチュンたちが何かを聞く前にさっさと仲間の紹介を済ませていた。
<恒山派>の<方士>、イーリン。
同じく<恒山派>の<刺客>、ヴォーガン。
<少林派>の<召喚士>であるイェンイ。
そして、<古墓派>の<道士>、ムオチョウ。
いずれも大手の幇に属する使い手だった。
「ああ、俺は……」
名乗ろうとしたフーチュンを、笑いながらヴォーガンが遮る。
「いや、自己紹介はいい。いや、ステータス画面を見ればとかじゃなくてな。
あんたらはこの<嵩山>じゃ有名だからね。
<邪派>と手を結んだ、<崋山派>のフーチュンと、カシウスだろう?
まあ、いろいろ思うところはあるだろうが、仲良くしてくれ」
「あ、俺は……」
「大丈夫よ、この場にあなたたちに敵意がある人間はいないから」
<方士>のイーリンがにこりと微笑んだ。
その邪気のない顔立ちは、知らずフーチュンたちに浮かんだ警戒の色を解くに足るものだ。
彼女の言葉を支持するように、他の3人にも緊張感はない。
「いや、俺たちのことを何で疑ったりしないんだ?他の連中みたいに」
実際、周囲にいる<冒険者>や<大地人>はもちろん、道すがらすれ違う人々のいずれからも、2人はすさまじいまでの敵意を向けられている。
フーチュンはまだしも、カシウスの西洋騎士然とした格好は、いかにも目立つのだ。
それに対し、初対面のはずの4人の異様に友好的な雰囲気に、思わずフーチュンは尋ねていた。
「なんだ、蔑んでほしいのか? そういう性癖か?」
ヴォーガンがおどけて返すと、ムオチョウが言葉をつなげた。
「いや、実際任務を与えられるまでは俺たちも大して変わらなかったよ。
悪いが、君たちを信じているわけじゃない」
「それは」
問い返すフーチュンに、ムオチョウは苦笑して肩をすくめた。
「単に俺たちは俺たちの幇主を信じているだけさ。
幇主が君らを敵じゃない、一緒に戦う仲間だといえば、わだかまりなんかない。
だとすれば、できることは同じパーティとして向き合うことくらいだろ?」
「そう。パーティなんだから、いがみ合ってても無駄」
イェンイが補足すると、ようやく屈託が晴れたフーチュンとカシウスは、ため息をついて顔を見交わした。
「よかったよ。正直、いきなり敵意満々で接せられたらどうしようかと思っていた」
「いいの? そんなことを言って寝首を掻く気かもよ」
「だったら<嵩山>に戻るだけだ」
カシウスの軽口に、ははは、と残りの5人が笑う。
ひとしきり笑い声が重なったところで、ムオチョウは腰の<魔法の鞄>の口を開いた。
出てきたのは地図だ。
<筆写師>の手によるらしく、華国全土の縮図が記されたそれは、きわめて精密だった。
「じゃあ、早速作戦会議と行きたいんだが、どうかな。フーチュン、カシウス」
「ああ、いいぜ」
応じたフーチュンをいざなって、ムオチョウは望楼に続く扉を開けた。
◇
「まず、情報を整理する前に、大まかな目的を整理しよう」
ムオチョウはその場にいる5人を見回すと、地図を手に静かに告げた。
「ここにいる6人は、それぞれの幇主、あるいはそれに準ずる相手から指令を受けてこの場にいる。
あくまで目的は個人より幇、つまりは謎の襲撃の事実確認と行きたいところなんだが、俺たちも自分の意志のある<冒険者>だ。大目的に沿う形で、個人的な目的があれば聞いておきたい」
そう言ったムオチョウにまず手を上げたのはイーリンとヴォーガンだった。
二人で軽く目配せをすると、代表するようにヴォーガンが口を開いた。
「俺はヴォーガン。一応<万里独行>なんて名前がある<追跡者>だ。
俺、というより俺とイーリンは<恒山派>だ。目的はただひとつ、幇主たちの救出だ」
「幇の敵、黒髪の<暗殺者>を捕まえて裁く。それが私たちの目的です」
イーリンも告げる。その目は真摯なまでの殺意に溢れていた。
「了解。君には何かあるか?<少林派>のイェンイ」
「特には」
視線を向けられた小柄な<召喚士>は一言つぶやく。
さすがにそれだけでは無愛想だと感じたのか、もう一言だけ口を開けた。
「……わたしは<大災害>以来、<嵩山>から外に出たことがありません。
よって、特にこの旅で気にすることも、目的もありません」
「わかった。俺、ムオチョウも今のところ、特にない。
しいて言えば、旅が短いものであればいいと思っているよ。
君らは? フーチュン」
望楼の会議室を覆う空気がぴんと張り詰めた。
彼らも、幇主たちや噂話から、フーチュンの目的については知っているだろう。
だが、その詳細を知らない。
周囲の期待に満ちた視線に応じるように、フーチュンは言葉を発した。
「……幇主がた、ご先輩がたの目的には従う。
だが……もしできるなら、ユウ……黒髪の<暗殺者>を追いたい。
俺にとって大事な人を守っていた人なんだ。何がおきたのか、知りたい」
「失礼なことを聞くようだが、その『大事な人』というのは、<邪派>の魔教に属するレンインお嬢さんのこと?」
「……ああ」
「参ったね、そうはっきり言われちゃあ、ね」
質問をしたムオチョウ自身が面食らったように手を上げた。
そのまましばらく自問自答をしていたが、やがて顔を再び正面に向ける。
「君も<崋山派>だ。君が言った一言は、<正派>全体を敵に回す裏切り、ととられるかもしれないが……撤回する気はないんだろ?」
「ああ。あんたたちの気分を害したことは謝るが」
「質問を変えるよ? そのユウ……黒髪の<暗殺者>も<邪派>なのか?」
「いや。彼女は<黒木崖>でウォクシンを倒したし、今の華国のいがみ合いにまったく理解がなかった。
多分だが、<邪派>に加盟したわけではない」
「そいつはお前の友人なのか?」
腕を組み、真剣な顔で問いかけたのはヴォーガンだった。
敵意すら漂う視線を、フーチュンは首を振って撥ねる。
「前は……友人だと思っていた。今はわからない」
「では?」
「彼女がまだ友人なのか、それを知りたい」
しばらくの沈黙。
一人、言葉を発しなかったカシウスを含め、全員が押し黙る中、再びフーチュンは断言した。
「……俺はユウを追う。そのために、旅に出るんだ」
2.
ユウは、華国の<冒険者>たちを侮っていたと言えるだろう。
あるいは、むしろ報告を持ってきたクリアキン族の騎士を責めるべきと言うべきかもしれない。
軍列を襲った<正派>の<冒険者>の数は、ユウたちが想定していた『数十人』よりも、はるかに多かったのだ。
ファン大師をはじめ、<正派>の<冒険者>たちが、ゆっくりと<泰山>へ進む敵軍を邀撃するために派遣した<冒険者>の、その数は1,500人。
15個大隊という、巨大な軍だった。
古来、大軍を寡兵で破るのは至難の技と言われている。
大軍のもっとも鋭利な武器は、その人数そのものだ。
いみじくもユウ自身が言ったように、『大軍に区々たる戦術は不要』という言葉の真意もそこにある。
だが。
それはあくまで、きちんと陣形を整えての戦いに限られる。
戦は陣立てで9割決まる、というのも、逆を言えばそうした陣形を構えないとどのような軍でもまともに戦うことができないという証左でもある。
今。
ザハルス大族長が率いている、というより歩かせている兵士たちは、行軍隊形だった。
人数から横にこそ長いが、おおむね巨大な長方形に過ぎない。
その隙を15個の大規模戦闘用大隊陣形で<冒険者>たちは突いたのだった。
「大族長の旗を降ろせ!!<冒険者>に狙われるぞ!!」
叫ぶ騎士たちの頭上がいきなり薄闇に沈んだ。
見上げてみれば、風船のような巨体が空を悠々と漂っている。
一匹だけではない。数十匹の海月が群れを成して泳ぐ姿は幻想的なまでに美しい。
「あれは……うおっ!?」
いぶかしげに見上げた騎士たちは、誰一人生き残れなかった。
天空に舞う巨獣――召喚獣、<天空海月>のもたらす雷光の雨に全身を打たれたのだ。
ぷすぷすと焼け焦げる死体が、まるで長方形に開いた丸い穴のようにぽっかりと空白地帯を作り出す。
さらにその穴を、無数の雷光、火炎、そして<召喚士>たちの呼び出した召喚獣が押し広げていく。
「千人規模とは、思い切ったな、<冒険者>」
最初の報告を信じた自分を内心で軽蔑しつつ、ユウは呻いた。
すぐ後ろにはわずかな近衛騎士に守られ、必死の形相のザハルスがいる。
その振る舞いは見ようによっては滑稽だが、彼も必死だ。
「ユウ!后妃!どうするのだ!」
「まずは、あやつらの対処は前軍で致しましょう」
前軍は捨てる。
浮き足立つザハルスに口早に言いながら、ユウは瞬時に切り捨てるべき部隊を思案した。
こういうこともあろうかと、この軍の前方を占める兵の多くは、邪悪な亜人部族だ。
元々、統制された行動など期待するのも無駄という連中だけに、ユウはあえて前衛に彼らを集め、逃げ散らないよう後方から威圧しつつ、好きにさせていた。
そして今。
亜人たちはザハルスとユウがいる、クリアキン族の本陣のはるか前方で、一部の不幸な<大地人>兵もろとも、まるで農薬を吹きかけられた虫の群れのごとく塵殺されている。
彼らの周囲を、華やかな旗を掲げた正方形が取り囲むのをユウは見た。
かつてザントリーフでユウ自身もその一角を担った、大隊規模戦闘特有の攻撃陣形、方陣だった。
その方陣は、まるで氷河に打ち当てられた炎の塊のごとく、前軍をズタズタにしつつある。
「トゥリアナ王、戦死!」
「<緑小鬼>のタップ王、チュンガ王、ミアック王たちを向かわせなさい」
いずれも<緑小鬼の将軍>クラスの将帥たちを死地に放り込むよう指示するユウに後ろから声が響いた。
「楽しそうだな、わが后妃よ」
「楽しいですね。どのみち連中は戦が終われば御身の治世の障り。今のうちに<冒険者>ともども間引いておきませぬと」
「ふん。ならば他の、俺に従わぬ華人貴族どもも向かわせるか」
「前軍が崩れたあとにでも」
言い捨てて、ユウは再び戦況を眺め始めた。
そう。
こちらは数十万の大軍なのだ。
待てばよい。
だが。
それだけでは勝てない。
ユウの本当の目的のためにはもう一押し必要だ。
彼女は、艶やかな声で自らの「夫」に一言、頼んだ。
「陛下。恐れ多いことでございますが、陛下の藩屏たる騎士どもを十人ほど、お借りしてもよろしいでしょうか?」
◇
「ユオシェン、戦死!」
「第13軍列が崩れるぞ!12軍列、8軍列は支援しろ!」
広大な平原での戦いを挑んだのは失敗だった。
徐々に押し包まれつつある<冒険者>の中、軍を率いる<嵩山派>総帥、ランシャンは唇を噛んだ。
だが、<泰山>までの道のりの中で、1,500人もの<冒険者>が戦える場所といえばそうはない。
時に巨大な魔法を放ち、召喚獣を指揮する<冒険者>に必要な戦闘地域は、その人数以上にはるかに広大なのだ。
「<武林>の絶技にこだわるな! 連携して戦え!」
自らも愛剣である<幻想>級の長剣、青龍神武剣を颯颯颯と三手、それだけでホブゴブリンを地に這わせながらランシャンは叫ぶ。
総指揮官たる彼すら既に敵兵と渡り合っているのだ。
(だが、既に泰山からの脱出は完了している。次に連中が狙うのは大都か、あるいはわれら<嵩山>か。
どちらにしても好きにはさせぬ!)
崩壊しつつある方陣を立て直し、ランシャンはそれでもにやりと笑った。
「総帥?」
「われらの勝ちだな」
訝しそうな同じ<嵩山派>の<守護戦士>に、ランシャンは疲れた顔で笑った。
意味を理解できない彼に、説いて聞かせるように言葉を続ける。
「わからぬか。われらの強みとは何だ」
「それは……あ」
理解した風の部下にもう一度にやりと笑って見せる。
「そうだ。われらは<冒険者>、何度も戦っても死ねば戻れる。
われらに実質上の損害はない。
何度も挑み、連中に出欠を強いることができるのだ」
部下が喜色満面で頷いた、その瞬間。
戦場に似つかわしくない涼やかな声が響き渡った。
「江湖の英雄豪傑たちに告ぐ」
◇
戦場に場違いに涼しい風が吹き抜ける。
その風は軍の中央を割るように馬を進めた一人の女<冒険者>から吹いていた。
「何者だ」
誰かがそう呟いたとき、その女性は言葉を紡いだ。
「武林の豪傑たち、さすがは名高い勇者たちです。
よく戦ってきました。
あなたたちは勝つでしょう。この戦には破れても、次の戦いでは、あるいは次の次の戦いでは。
……そう、思っていることでしょうね」
小さく笑う。
その不吉さに、彼女を見たものは一様に背筋が凍りつくのを感じた。
「誰だ!お前!」
「そんなあなた方にいいお知らせを、ひとつ。
<冒険者>に死はない。あたかも仙人のごとく死しても蘇る。仮初の死にリスクはない。
……そう、思ってはいませんか?」
戦場が、静まった。
<冒険者>だけではない。モンスターたちすらその動きを止める。
女性の手が掲げられる。
その手に握られたのは、小さな手鏡。
<追憶の鏡>の表面が波打ち、空中に巨大なスクリーンが映し出された。
「皆さんにひとつ、情報を差し上げましょう」
女性が口を閉じると、銀色のスクリーンが何かの風景を映し出す。
華国ではない。
別の国の、どこかの会議室の中だ。
何人かの<冒険者>が、華国のそれではない言葉を言い交わしている。
「何だ?」
『……ということは、死にはやはりリスクがあるというのか!』
スクリーンに映った一人の男が絶叫する。
その顔に映るのは、ただ、絶望。
『そうです。先日<円卓>が発表したように、死によって記憶が一部なくなっていくことは事実です。
ですが、その度合いはたとえば数日前の夕食がなんだったかとか、知り合いの顔だとか、
たいしたものではない、というのが通説でした。
ですがそうではない。『そうとは限らない』。
特に死が惨たらしいものであればあるほど、記憶の欠損は拡大する』
『そんな、ことが……』
『おそらく、惨死というきわめてショッキングな出来事に対する無意識の防衛衝動でしょう。
モンスターになぶり殺しにされたプレイヤー、PKに追われて暴行の上殺された女性プレイヤー。
あるいは、自殺を選んだプレイヤー。
彼らの欠損はただ死んだだけのプレイヤーより明らかに多いという事実が見受けられました』
『その度合いは?』
『それも、人によりけりです。元の精神力や勇気の量にも関係するでしょうね。
ですが……場合によれば、『自分がプレイヤーだった』ということすら忘れてしまうかも』
『そんな……』
スクリーンの中の男女が例外なく絶望的な顔をしたところで、唐突に映像が途切れる。
パチリ、と手鏡の蓋を閉めた女性――ユウは、静かに<冒険者>たちを睥睨した。
「さて。
皆さんの中には既に記憶の欠損を何度も経験した人もいることでしょう。
希望に満ち、明日のための礎になることを喜んで死んだならば、いいでしょうね。
ですが……乱戦の中で串刺しにされるのは?
自分が誰に殺されたかわからないまま、武器の乱打の中で息絶えるのは?
ただ戦場から逃げるためだけに自らの命を投げ捨てるのは?
果たして、どれほどの記憶を対価として得られるものなのでしょうか……?」
「嘘だ!!」
呆然と聞いていたランファンの鼓膜を絶叫が打った。
先ほど諭したばかりの<嵩山派>の<守護戦士>の声だ。
「プレイヤーが、プレイヤーであった記憶すら失った事例なんて聞いたこともない!
お前のそれはまやかしだ!
お前の言葉など、信じるに値しない!」
「信じなければ、それでも結構。何度も死んで体感なさいませ。
少なくとも。今。この場において、私はあなた方に最上級の死を差し上げるつもりです。
地球の記憶どころか、二度とどんな記憶も思い出したくないと思うほどの、苦しみに満ちた死の記憶を」
ユウは絶叫に、いかなる道具によってか戦場隅々に響くほどの笑いで返すと、片手を振り上げた。
そのしぐさにきわめて危険なものを感じたランシャンが周囲を振り向いて叫ぶ。
「みな!!身を守れ!!」
その指示はあまりに遅かった。
「撃て」
女性の命令と同時に、無数の矢が宙を飛ぶ。
彼女の後ろで何万人もの弓兵が一斉に放った矢は、全天を暗く覆いつくすような密度で、<冒険者>に殺到した。
たちまち無数の矢を突き立てられた<冒険者>たちが倒れこむ。
特に軽装の魔法攻撃職を中心に、戦場にいくつもの光が散った。
もちろん、<冒険者>だけではない。
戦っていた味方のはずの亜人たちにも容赦なく矢は降り注ぐ。
殺戮の為の豪雨が一段落したとき、砕けた盾を掲げて矢を防ぎ抜いたランシャンは見た。
再び振り下ろされた彼女の手の向こう、突進してくる無数の騎兵たちの姿を。
地軸が揺れる。
「殺!!」
華人風の鎧。草原の皮鎧。
様々な鎧を着込み、さながらモザイク模様のようになった騎兵たちが一斉に突進するさまは、
あたかも巻き上げる砂埃で太陽を覆いつくすほどだった。
「ザハルス陛下。これで終わりです」
自分の下に戻ってきた后妃を、ザハルスは怪物を見るような目で見つめた。
そんな夫の視線など気にもせず、ユウは背中を振り返る。
その向こうで繰り広げられていたのは一方的な殺戮だった。
先ほどまであれほどに剛勇を誇っていた<冒険者>たちが、あっさりと破られていく。
泣き叫び、命乞いをしながら、それでも容赦なく槍を突き立てられ、剣で首を刎ねられていく。
完勝だった。
だが、憎い<冒険者>に痛撃を与えたというのに、ザハルスの顔は晴れる気配もない。
そうした主君夫妻を、ただおろおろと見ていた家臣の元に、一騎の早馬がたどり着く。
「后妃陛下。ご指示の者たちがたどり着きました」
「……来ましたか」
そういって馬の首を返すユウに、その家臣はおどおどと尋ねる。
「陛下おん自らお会いになるなどと……連中も<冒険者>ですぞ」
「いいのです。状況は伝えてありますから」
そういって駆け去るユウの背中を、家臣はしばらく見つめ、そして正面を向いた。
惨劇はまだ、終わりそうにない。
その日。
<正派>連合軍は壊滅した。
主将ランシャンはじめ、多くの<冒険者>は、自らの本拠地である<嵩山>で目を覚ます。
生きて帰ったものはわずかに数名。
そしてそのいずれもが、心に巨大な不安と恐怖を抱えての帰還だった。
ちなみに、ユウが見せた手鏡の映像は<円卓会議>に挨拶に行ったときにわざと話題に出して盗撮したもの、という設定がついています。
だんだん適当になってきたような……




