54. <黒木崖の邂逅>
『為世上的英雄好漢告知』
是對用<古代的故事>戰鬥的<冒險者>的大家,來自<日月俠>的告知。
2017年9月9日,在<烏木懸崖>進行活動。
名稱:<重陽大演武>
時間:比2017年9月9日21點(北京時間)到25點。
地方:<黒木崖>演武場
內容:世上的對人戰巧手,集會!
是向舞台演武場,一邊看菊一邊進行對人戰的活動。
想正是我強,無論如何從<日月俠>的電子頁拜託您了參加。
即使先到256名統一也召開淘汰賽。
被冠軍豪華贈品除了準備以外,能幇主,大侠兩名和戰鬥。
如果勝兩名,也有新的禮物。
揮舞請參加。
參加資格:對不起資格請讓我限定Lv.80以上。
還有,不明顯地適合戰鬥的一方,有擾亂活動的可能性,
被發言種族歧視和宗教差異謝絕。
與<正派>在<邪派>的表演適當。
弄亂活動的進行,請雖然是方便但是在營運方面讓我排除。
從幇主一句:因為是傳統節日,諸位,快樂地做吧。
(日本語訳)
『江湖の英雄好漢に告ぐ』
<エルダー・テイル>で戦う<冒険者>の皆様に、<日月侠>からのお知らせです。
2017年9月9日、<黒木崖>でイベントを行います。
名称:<重陽大演武>
時間:2017年9月9日 21時(北京時間)より25時まで。
場所:<黒木崖> 演武場
内容:江湖の対人戦プレイヤーよ、集え!
演武場を舞台に、菊を見ながら対人戦を行うイベントです。
我こそ強い、と思う方は是非<日月侠>のホームページから参加をお願いします。
先着256名が揃ったところでトーナメントを開催します。
優勝者には豪華景品が用意されている他、ウォクシン、ベイシア両名と戦闘ができます。
両名に勝てば、さらなるプレゼントもあります。
振るってご参加ください。
参加資格:すみませんが資格をLv.80以上に限らせていただきます。
また、あからさまに戦闘向きでない方、イベントを乱す可能性のある方、
人種差別や宗教差別の発言をされる方はご遠慮ください。
<正派>と<邪派>での演技はほどほどに。
イベントの進行を乱す方は、勝手ながら運営側で排除させていただきます。
ウォクシンから一言:節句ですので、皆さん、楽しくやりましょう。
1.
「まあ、どっちみちこうなるだろうと思ったけどね」
両腕をたくましい<冒険者>二人に抱えられ、引きずられながら、
<邪派>のギルドのひとつ、<五毒>の総香主、メイファはそう嘯いた。
「大人しくしてください。総香主が暴れたら、<五仙>のメンバーに累が及びますよ」
「わかってますわ。 ……変なところにあたらないでくださる?
色欲を見せるのはいいですけど、下手に触ると毒虫が驚いて噛み付くかもしれませんわよ」
「……!」
彼女の服装はボロボロだ。
いつもならば華やかな、彼女のゆったりとした褖衣はあちこちに泥と血の染みが浮き、
艶やかに結い上げていた髪も今はばさりと無造作に背中に落ちている。
それでもなお、彼女は身に着けた威厳と華麗さをいささかも損なっていなかった。
<日月侠>を治めるヤンガイジの行動は素早かった。
<毒使い>のみに入団を許す幇、<五毒>はその性質上、きわめて<暗殺者>―<刺客>の割合が高い。
メイファの指示の元、彼らが一斉に敵に回れば狩りつくすのは至難だ。
そう考えたヤンガイジは、メイファと不愉快な交渉を終えてすぐ、ギルド全員にチャットメッセージを流した。
<五毒>のメンバーを一人残らず捕らえろ。<黒木崖>にいる人間は殺せ。
<五毒>自身が比較的小規模な――それでも五百人近くを抱えていたが――幇だったことも幸いし、
あちこちで<五毒>のメンバーは無造作に裏切られ、捕らえられていった。
そしてわずか5日。
<五毒>を束ねるメイファ自身もまた、<黒木崖>から他のプレイヤータウンにたどり着くことなく倒されたのだった。
外見の沈着さとは裏腹に、彼女の内心は憎悪で煮えたぎっている。
そのほとんどは、ヤンガイジの変貌を見抜くどころか、目の前の危険を察知することもできなかった自分への怒りだ。
<エルダー・テイル>がゲームだったころ、彼女ももちろんながら、ウォクシンもヤンガイジもいささか奇矯なところはあるが、おおむね理性的なプレイヤーだった。
それが、今ではウォクシンは起きているのか寝ているのかもよく分からないまま牢の中、ヤンガイジは煬帝もかくやという暴君と化している。
同じ<邪派>の幇主同士としてそれなりに親しく彼らと付き合ってきたメイファとしては、現状とのあまりの落差に叫びだしたい気分だった。
だが、あくまで外からは優雅で不気味な<毒巧手>に見えるよう、意志の力でそれらの内心を隠し抜くのが、メイファに残された最後の矜持だ。
(日本人のあの<毒巧手>を笑えないわね、これじゃ……)
毒でズタズタにする、と宣言した相手のことを思い出す。
同じ<毒使い>として戦うどころか、これから暗く冷たい牢の中で、日の光を浴びることすらできないかもしれない自分は、なんと惨めなのだろうか。
そのまま、扉だけが異様に厳重な、<黒木崖>最下層の洞窟牢に放り込まれたメイファは、「あら」と声を上げた。
「これは、先客ですわね。……あら? 公主じゃありませんの」
「お久しぶりです……というほど時間もたっていませんね、メイファさん」
軽い驚きに目を見開いたメイファの眼前で、同じくボロボロの道服を着て苦笑していたのは、ほんの少し前、<正派>や異国人の<冒険者>と一緒に<黒木崖>を脱出したはずの、
<日月侠>の副教主、レンインだった。
◇
<江湖>に名高い、<邪派>の女性プレイヤー2人は、石に座って互いの身の上を語り合った。
厳密には敵同士に近い間柄になってしまっているが、そもそも2人はゲーム時代からの顔見知りだ。
<邪派>同士のオフ会でも何度も顔を合わせている。
「お茶はありませんが」
そういって渡された白湯をありがたくすすりながら、メイファは友人の顔色の悪い顔を見た。
「ところで、何でこんなところに? 一緒にいた<崋山派>の少年や、<毒使い>たちはどうしたの?」
年は離れてはいるが、気の置けない友人との会話だ。
メイファも、いつもの余裕綽々の演技を止め、素の口調で尋ねる。
返すレンインも、口調こそいつものままだが、若干リラックスしているようだ。
「別れました」
「へえ?」
呆気に取られるメイファに笑い返しながらも、レンインは考えていた。
<大演武>で見たメイファとヤンガイジのやり取りからも、遠からず二人が決別するのは目に見えていたから、目の前に彼女がいるのは特に不思議なことではない。
だが、自分の<策>。
自分が考え、今はユウが実行しているその<策>を言っていいものか、どうか。
個人としてのメイファは好きだし、信頼も置ける。
だが、彼女は<邪派>の一方の頭目として、おそらくは意図的に今の華国の状況を作り出した、
元凶の一人とも呼べる人間だ。
その行為を理解はしても、納得はできないし、そもそも話したら最後、敵に回ることも十分考えられた。
自分は、彼女たちが作り上げた歪な秩序を、無理やり破壊しようとしているのだから。
そんなレンインを無言で眺めながら、メイファもまた頭をめぐらせる。
レンインは賢い少女だ。度胸もある。
そんな彼女が、あれだけ派手な大立ち回りを演じてまで<黒木崖>から脱出してみせた。
別のサーバにいたはずなのに戻ってきたことといい、何らかの意図があるのは明白だ。
となれば、今の<日月侠>の囚人と言う立場も何らかの意図があって自分で選んだものだろう。
噂では、西域の<大地人>の街で彼女や<崋山派>の男を見たと言う。
メイファは牢獄が明かりもなく、かすかな陽光によって薄暮のように薄暗いことに感謝した。
レンインを見る目がまったく笑っていなくても、気づかれにくいから。
お互い無言の時が過ぎる。
互いに相手に何を言うべきか、迷っていたのだ。
そんな彼女たちの助け舟は、レンインが背を向ける洞窟の奥深くから響いていた。
「誰が来たんだ? レンイン?」
思慮深そうな、年齢をたたえた男の声だった。
その声を聞いたメイファははっとして、自らのステータス画面からフレンドリストを開いた。
彼女の持つアイテム<彼方からの呼び声>は、同一ゾーンにいるフレンドリスト登録者を点滅して知らせると言う機能がある。
今、彼女は一年近く点滅しなかった名前が明滅を繰り返すのを呆然と眺めていた。
「ベ……ベイシア大侠!?」
「その声は……<五毒>のメイファさんじゃないか。何でこんなところに?」
暗がりから、いきなり現れた男にメイファは思わずのけぞった。
◇
「ふうん。じゃあ<邪派>もついに仲間割れか」
「お恥ずかしいことですわ」
「いやいや、<正派>だって似たようなもんさ。それにしても僕にレンインお嬢さんにメイファ総香主とはね……牢屋の数が少ないのか、集まっても何もできないと高をくくってるのか。
ヤンガイジ君の考えはよく分からんな」
そういってぼりぼりと頭をかいた3人目の囚人――<正派>のリーダー、ベイシアをメイファはまじまじと見ていた。
いつもの華やかな中国鎧ではない。
精悍な雰囲気の、まるで香港の映画スターのような細面の顔立ちは、囚人生活のせいかやや頬がこけているように思える―<冒険者>がやつれるとは聞いたことがないが。
いつもなら後ろでまとめ、頭巾で覆っている黒髪も、今は伸び放題に肩まで落ちていた。
もちろん手に自慢の名剣、<玄武神剣>も差していない。
彼は、まったく筋肉に衰えを見せないたくましい腕で、今は牢番から差し出された粥をうまそうに食べていた。
「いや、<日月侠>も、きちんと炊いた粥を出してくれるところはいいな!
人間、うまい飯を食えれば野蛮なことも考えないからな」
「それはいいんですが大侠、なぜあなたがここに? <嵩山>にいらっしゃったのでは?」
「まあ、そうだったんだけどね」
いけしゃあしゃあとお代わりを牢番に要求する彼の背中に、戸惑った声でメイファは声をかけた。
ん?と振り向く彼に若干の怒りを見せつつ問いかける。
「<正派>は今は誰が率いているんです? そもそも何でこんな場所に放り込まれているのですか?
何か交渉ごとで捕まったんですか? それとも<正派>の攻撃が」
「いや、順を追って答えさせてくれ。ええと。まず<嵩山>はファン大師と幇主たちに任せてきた。
別に僕がいなくても特に困ることもないだろうし。
それから、ええと。僕がここにいる理由かい?
ウォクシン教主に会いに来たんだよ。ちょっと確かめたいことと打ち合わせたいことがあってね。
そうしたら教主がいるのはこっちだ、と言われて放り込まれて終わり。
ヤンガイジ君もひどいことするよね。
交渉ごとの中身だけど、ちょっと長くなるからまた話す。
むしろその中身は、僕よりこっちのレンインちゃんのほうが知ってるかもね」
軽い口調の返事に、メイファの頭に巨大なハテナマークが浮かんでいる幻想が見えたレンインがぷっ、とふきだした。
じろりとにらむ友人に、すみませんと言って目線を粥の椀に戻す。
幸いにしてメイファは、レンインへの文句は後回しにしてくれたようだった。
「打ち合わせとは? それはあの<災害>の直後にいやになるほどしたでしょう!
ライトユーザーが安易に死んだり、自棄になったり、あるいは元の世界を懐かしむあまりこっちで暴動を起こさないように、正邪の対立をあえて続けると!
それに確かめたいことって、何なんですの!?」
なおも焦って問いを重ねるメイファに、降参、と言う風に手を上げると、よっこらせといきなりベイシアは立ち上がった。
そのまま、呆然とするメイファに、粥の入った椀をひとつ持ったまま、彼はウインクする。
「もう確かめたけど……じゃあ総香主、せっかくだからもう一人の同居人に会いに行く?」
そういって奥へ歩き出すベイシアを、メイファは慌てて追った。
◇
「教主……」
そこにいたのはウォクシンだった。
少なくともこの間までそう呼ばれていた<拳士>だ。
だが。
「何なんですか、そのお姿は……」
完全に地の口調でメイファが呟くほど、彼の姿は異常だった。
格好が異常なのではない。
普通、牢屋に放り込まれれば髪や髭は伸び放題、体も垢ですさまじいものになるはずだがそこは<冒険者>である。
外見や服装は、メイファが最後に見た<大演武>の日とさほど変わってはいない。
変わっていたのは、彼の身にまとう雰囲気だった。
暑苦しいほどに全身から発散されていた生気が完全に失せている。
何も知らずに見たら、人形かゴーレムではないかと思ってしまうだろう。
目はうっすらと開けられ、口は半開きで、口の端からは涎がだらだらと流れている。
重厚な篭手をつけ、足回りもしっかりとしたブーツに覆われた手足は、しかし今は石壁にだらりともたれかかって、力なく地面に落ちていた。
<大演武>で見た迫力などどこにもない。
廃人。
その忌まわしい単語が思わず脳裏に浮かぶほど、今のウォクシンを包む雰囲気は変わり果てていた。
「なにが!何があったのですか! ヤンガイジにどんな毒を飲まされたのですか!」
「If it sees statistically, unlike what the people of advanced industrialization society recognize to their own country, partly, the recognition to the Chinese people's industrial society will still be able to be said to be having premodern social consciousness. 」
「教主!?」
突然ぼそぼそとしゃべり出した英語に、メイファの声が悲痛に歪む。
「何があったのですか!」
「原因は、それだ」
さすがに酢を飲んだような顔つきのベイシアが、忌々しそうに彼の腕を指差した。
そこには、暗闇にあってさらに不気味な漆黒の篭手がはまっている。
「その<吸星の篭手>がなにか?」
不思議そうなメイファを、ベイシアはぎろりと睨んだ。
それまでの飄々とした雰囲気とは真逆の、相手を責め抜くかのような視線だ。
思わず目をそらしたメイファに、ベイシアはゆっくりと告げた。
「その篭手は、ウォクシンの<幻想>級防具、<銀河の篭手>に、<秘宝>級防具の<吸精鬼の篭手>を合成させたものだな」
「ええ、どちらも同じMP吸収能力を備えたものです。その二つが合わさることで、彼は自分の<拳士>としての技を用いた絶技<吸星法>を身につけました」
「問題はそこだ。フレーバーテキストを読んでくれ」
「『人の精神の力、すなわち人が人たる魂魄を奪い、自らの内功とする……無数の命を吸い、江湖に敵する者はなし』……単なるゲームの香り付けじゃないですか」
「違う!!」
いきなり怒鳴ったベイシアを、ウォクシン以外の二人が驚いた顔で見つめる。
そんな二人の表情に苛立ったように、ベイシアはなおも大声で続けた。
「よく読んでくれ!『人が人たる魂魄を奪い』、こんな不気味な文言なんだぞ!
<邪派>の連中はなんとも思わなかったのか?」
「ですが……」
「いいか、メイファさん。
この世界はもうゲームなんかじゃない!もう香り付けなんてものはないんだ!
この文言はそっくりそのまま、この籠手の由来であり、特性だ!
この籠手はまさしく人の魂を吸うんだよ!」
絶句した三人の目の前でウォクシンが小声で何か歌っている。
それが、彼が知るはずのないペルシア語の歌であることに気づき、メイファの顔が引きつった。
「最初はウォクシンも気づかなかっただろう。なんの反応もなかったろうからな。だが、気づいた時は手遅れだった。
今のウォクシンは、体内に無数の人格や思考が渦巻いていると思う。まともな行動が取れなくなったのもそのためだ。
なんとか『戦う』という行動は取れたみたいだが、それは本来のウォクシンが最も執着していた欲望で有った上、吸った相手が主に戦闘系のプレイヤーだったことによるだろう。
今の彼はいわば、ビリー・ミリガンみたいなもんだ。
24人で済んだ彼と違って、何百人いるか想像もしたくないけどな」
「……」
レンインが唇を噛む。
彼女は以前に教わっていたのだろう。涙がつう、と頬を伝ったが、取り乱すことはなかった。
対照的にメイファは、普段の立ち居振る舞いも忘れて押し黙るベイシアに叫ぶ。
「治す方法は?!」
「わからん」
返答は簡潔で、残酷だ。
思えば当たり前だ。ゲーム時代には魂を吸い取る機能なんて存在していなかったのだから。
「じゃあ、ウォクシンは……」
「いつか、彼の心が完全に壊れるまでこのままだ。
むしろよく一年近く自我を保てた」
まるで長年の親友に対するように、ぽんぽんとウォクシンの肩を叩いたベイシアは立ち上がった。
「相談したかったのはこれだ。……ゲーム時代にはない危険だ。
メイファ。事態は華国の秩序維持なんてものとは桁が違う。
何処かの誰かが安易にアイテムを合成していけば、恐ろしいものを呼び込むぞ。
そしてそれに解法はないかもしれないんだ」
「私たちは……誤解していたのかもしれませんね」
粥を無機物のように飲み込むウォクシンの口をぬぐって、レンインがぽつりと言った。
「こんな事態になって、苦しみもがいて、なお私たちは誤解し続けているのかもしれません」
「……誤解?」
ありきたりの、何でもない『誤解』という単語。
その単語が、立ち尽くすメイファの全身を縛る。
まるでその言葉が、何か恐るべき穴の底から這い出した、怪物の名前のように思えて。
言わないでほしい。
<江湖>屈指の<毒使い>、冷血な<毒の女王>。
そんな名声も名誉も頭に浮かばず、メイファは内心で懇願する自分に気づいた。
学生のころ自分を振った男を思い出す。
その男の一言を聞く直前にも同じように思わなかったか。
いや。
もっと、根源的な恐怖だ。
予定されている処刑を受ける獄人のような。
『明日隕石が落ちて世界は滅ぶ』と科学者に言われる民衆のように
自分は、少女の声を、恐れている。
思わず彼女は目をつぶった。
「この世界が、どこかやはりゲームであると。運営がきっと『めでたしめでたし』で終わらせてくれると。
そう、思い込もうとしているのかもしれません」
どさっ。
メイファは助け起こされてはじめて、自分が倒れこんだことに気づいた。
「メイファ!」
快活なベイシアの必死な声にゆすられ続けながら、メイファはつぶやく。
「……レンイン」
「はい」
「この世界は、<エルダー・テイル>じゃないのね」
「ええ」
「クエストの終わりは、ないのかしら?」
「あるものにはあり、無いものには無いでしょうね」
「私たちのしてきたことは」
「義父の体と心ひとつで済んだことです。今回……だけは」
問答が終わると同時に、二人の女性の目から涙が流れる。
それを見ながら、怒りか、恐怖か、震える声でベイシアが囁いた。
「もう<正邪の対立>は終わりだ。できるだけ多くの<冒険者>……世界すべての<冒険者>に、危機を伝えないと。
そのためには、偽りの対立を止め、まずは華国がひとつにまとまらないと」
「ベイシア……でも、そんな簡単なものでは」
半年以上もの間、<邪派>を演じてきたメイファにはわかる。
ベイシアのうめきが、どれほど夢物語であるかを。
廃人と化したウォクシン、彼の身に起きたことを伝えるだけでまとまるほど、華国は簡単な土地ではなく、<冒険者>は簡単な人種ではないのだ。
そのとき。
ふと、レンインの口が視界の端に見えた。
その口元が描く緩やかな曲線に、メイファはほとんど直感的に悟った。
「まさか」
その言葉に、先ほど以上、あるいは比べ物にならないほどの驚愕を秘め、メイファは震える声で<年下の友人>を見た。
いきなりレイドボスに出くわした初心者プレイヤーでもしないほどの、メイファの恐怖の表情に
ベイシアの背筋が思わず凍りつく。
「まさか、レンイン」
正邪の争いを嫌い、<妖精の輪>に身を投げたはずの少女。
いつの間にか帰還し、<正派>の少年と行動を共にするようになった年少の友人。
遊牧民に襲われた西域の城を救い、行方不明になったはずの<道士>。
彼女の暗躍と軌を一にして、華国に巨大な軍勢が現れる。
まるで、正邪の争いを力ずくで押さえ込もうとするがごとく。
レンインは、陸に上がった魚のように口をぱくぱくと動かした。
相手の息を止める毒の使い手が、今は過呼吸で自分の息すら覚束ないのだ。
「レンイン。あなたが」
震える手であげられた、メイファの人差し指の先で、
レンインは顔の上半分を闇に飲まれるに任せ、黙って立っている。
かろうじて見えるその口元、菩薩のようなアルカイックスマイルから歪ませ、
かつて<日月侠>の指導者だった少女はゆっくりと声を洞窟の天井に響かせた。
「人を結ぶものは友情や愛情、信頼です。
……それらは、奪おうとする者が現れて初めて、自覚できるものですから。メイファさん」
2.
荒れ果てた田畑の跡を、人の波が進む。
人馬の巨大な波濤だ。
かつてこの大地が中国と呼ばれ、古くは中華と呼ばれ、漢と呼ばれ、華夏とよばれた時代から
大地は同じ光景を、何度見たことがあるだろうか。
ある波は、中原を出て北へ向かった。
西から東へと、あるいは東から西、北から南へと。
構成する個々人の顔はまったく違うのに、波の全体を見渡せば、それはひとつの絵画を何度も何度も同じ構図で書き直したかのように、不気味な相似形を保っている。
槍を担ぎ、弓矢を手挟む歩兵。
弩を大事そうに抱えて歩く弩兵。
馬をいたわりながら、堂々と進む騎兵。
それだけではない。
全身に鱗を持ち、犬科の猛獣に似た頭をした歩兵がいる。
色とりどりの羽を背負い、巨大な狼を連れて歩く緑色の小柄な歩兵もいる。
毛むくじゃらな全身を簡素な鎧で包んだ騎兵は、馬ではなく狼の背にまたがり、周囲を満月のような黄色い目で睥睨していた。
異形の種族をところどころに挟んだ、それは異形の軍だ。
そのような集団が、地平線の彼方から、無限に湧き出るかのように滔々と生まれては歩き去っていた。
時折、<大地人>の住む町や村を見つけては瞬く間に灰燼に帰さしめ、
それはさながら大蛇のごとくのたくって大地を進む。
「時折現れる斥候はいかがします? ザハルス大族長」
「捨て置け」
その集団の中央で、黒い駿馬に乗り、簡素な草原の民の鎧のあちこちにきらびやかな飾りをつけた一人のエルフは、部下からの報告を一言で終わらせた。
馬上から両手を前に掲げる軍礼を施し、すぐさま立ち去るその騎士を、面白くもなさそうに眺めやる。
(確かに、クリアキン部族は瞬く間に巨大化した)
周囲の部族と比べてもなお小規模だった部族は、圧倒的な援軍を得て一気に草原の覇権を握ったのだ。
そして今、彼はその中にあって一介の騎士でも、高貴な若君でもない。
草原すべてを統べる王、大族長の地位すら勝ち取っている。
しかし、草原のエルフであれば誰もがあこがれるその地位にあってなお、エルフ――ザハルスの心は言いようも無い苛立ちで煮えていた。
彼が草原の覇者となれたのは自分の力量でも、部族の力でもないことを、
ほかならぬ彼が何よりもわきまえていたからだ。
さらに言えば。
もともと、ザハルスは大族長の称号を名乗っていても、その指揮権は弱い。
<大地人>や亜人たちの中では絶対的ともいえる強者を連れていること、
そして最初に挙兵したからこそ、名目上でも全軍の指揮官となっているに過ぎない。
実態は、それぞれの王や族長にすら時に従わない亜人たちはもちろんのこと、草原のエルフ以外の華人勢力の中でも、ザハルスの立場はよく言って反乱軍の盟主というに過ぎなかった。
結局どこまでも<草原の蛮族の首領>でしかない、お飾りの総大将。
その状況が屈辱的でなくてなんであろう。
斜め後ろを進む、別の騎士に小さく告げる。
「后妃を呼べ」
刺々しい声の命令に、あわててその騎士はすっ飛んでいく。
ゆっくりと歩を進めながらも、ザハルスは苛立ちをかろうじて隠しながら脳裏に<后妃>の姿を思い描いた。
今の彼の栄光と、そして屈辱。
それをもたらしたのは、対外的にはザハルスの后妃、実質は同盟者兼監視者である、一人の女性のせいであったからだった。
◇
「大族長。お呼びですか」
後ろから投げられた玲瓏な声に、ザハルスは苛立ちが募るのを感じた。
それは単なる怒りだけではない。自分でも気づかない強者への恐怖がそこにはある。
「后妃。よく来てくれた」
感情を表に出さないよう注意深く、ザハルスは振り向いた。
そこには、后妃というにはあまりに簡素な黒服をまとった女性が、伝説の汗血馬に乗り、汗もかかずに馬を歩かせている。
ユウだ。
その、大概は細身のエルフ女性と比べるのも酷なほどの妖艶な肢体に、彼の苛立ちがますます募る。
「お呼びと伺いましたが」
「ああ。ちとここでは耳もある。少し軍列を離れるぞ」
「仰せのままに」
(口調だけはおとなしいんだがな、こいつは!)
自分の後ろを走るユウを、内心でザハルスは罵った。
これで不細工であれば、あるいは好みに合わなければまだよかった。
だが、后妃と呼びながらもザハルスは、彼の目から見ても惑乱するほどに悩ましいユウの体に、指一本這わせたことがない。
無論、彼が同性愛者だというわけではない。むしろ真逆だ。
だが。
情欲に任せて襲おうとするつど、レンインという<道士>が残した<沈黙の薬>によって部屋の音を消され、朝まで毒と刀で死ぬ寸前まで切り刻まれる。
そんな<族長の営み>を数日続ければ、もう襲おうという気力は失せる。
かといって、草原の男なら種族を問わずありがちな、『強さを誇示して女を従わせる』という手法も取れない。
目の前の『后妃』は、ザハルスがどれほど修練しても届かないほどの高みにいる異種族、<冒険者>だからだった。
兵士の軍列が遠くに離れ、近衛の騎士たちとも距離を置いたところで、ザハルスは口を開いた。
「約束どおり<恒山>は下した。これからどうする」
「主軍はこのまま直進させ、<泰山>を押さえる。<燕都>はあのあたりの山賊や<灰斑犬鬼>どもに任せる。数で威圧すればいい。
西方は放っておいてもいいだろう。華人貴族たちが賊軍と、反賊軍に分かれているからな。
最終的に落とすべきは3拠点だ。
<正派>の拠点、<嵩山>。
<邪派>の拠点、<黒木崖>。
そして古来華王の王城だった、<大都>。
これだけを落とせば、お前が華王だ」
ユウの口調もそれまでの恭しさが欠片もない、そっけない口調だった。
だが、口調に怒るよりもその内容に、ザハルスは夢見るように呟いた。
「<華王>か。古来からこの大地を治める者の称号。身は既に大族長とはいえ、草原のエルフが天下の主とはな」
「それもこれからの働き次第だな」
あくまで殺伐としたユウを、じろりとザハルスは見た。
「お前は華王妃になりたいのではないのか?」
「さあね」
肩をすくめるユウに、なおも言う。
「お前があの<道士>を斬り、妻にしてくれと言ったときはお前を信じたときもあった。
だが、お前は俺を華王にするのが目的ではないだろう。
……お前の心胆は見えているぞ、<冒険者>。
お前はあのうっとうしい<正派>だの<邪派>だのを一掃するために俺を、いや、クリアキン族とこの人と亜人の大軍を利用としている。
その後、征旅に疲れ果てた我らを討ち、自ら華王となるのが望みであろう」
「くだらない邪推だな」
「ならばなぜ俺に抱かれぬ? 俺の元で華国の帝妃となるならば、跡継ぎがいなければならぬはず」
「身重で戦場に出ろというのか? こんなどこに誰が潜んでいるかもわからない中で?」
「……お前を信じたのが間違いだ。お前はあの<高昌>で、わが族を次々と切り捨てた悪鬼だ。いかに<冒険者>の武勇が並外れているとはいえ、おまえ自身が集めたこの兵を殺しつくすことはできぬ。あきらめて心から俺の軍門に下るか、それともこの場で死ぬか選べ、ユウ!」
そうザハルスが叫んだ時、彼方から叫び声がした。
あわててユウがザハルスに「しっ」と口を閉ざさせ、たちまち族長の恭献な<后妃>の態度を取り戻す。
憤懣を全身に溢れさせながら、ザハルスは報告に来た騎士を殺しかねない目で睨んだ。
「なんだ?」
「は、はっ!<冒険者>ですっ!<江湖の義侠>どもが現れ、わが軍の前曲を横合いから突きました!
一部の軍に乱れが出ております! 今は<灰斑犬鬼>のトゥリアナ王が応戦しております!」
「数は?」
横合いからかけられた后妃の声に、その騎士は軍礼の向きを変える。
「はっ! 数十人!しかしいずれも屈強にて、巨大な炎の鳥や水の巨獣を操る者もおり、きわめて手ごわく! 大族長か、后妃に指揮を取っていただけませぬと」
「揉みつぶしなさい」
「は、はっ!?」
思わず顔を上げた騎士に、族長の隣から后妃は静かに繰り返した。
「相手は小勢。小勢なれば、大将を狙うのが戦の道理と申すもの。
ここで族長陛下がおいでになられては、相手の思う壺。
歴戦の<冒険者>も無限に戦うことはできぬ。また、この軍をそのような者どものために止めることもあってはならぬ。
次々と兵を向け、亜人どもを向けて遮二無二踏み潰せ、とトゥリアナ王に伝えよ」
「はっ!!」
駆け去る騎士の後姿を見ながら、ユウは絶句するザハルスを省みた。
「で? これでも私がお前の味方ではない、というのか?」
そう微笑む<后妃>の笑みは、ぞっとするほどに妖艶なものだった。
あれ?
武侠小説を書いていたつもりが、いつの間にか……




