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ある毒使いの死  作者: いちぼなんてもういい。
第四章 <侠の天地>
71/245

53. <江湖争乱>

<網絡DE太極拳宣傳活動>

  做著個人電腦的話肩膀酸痛。但是早上從很早與老人一起太極拳苦。

 對煩惱的電子青年<古代的故事>怎樣呢。

 在那裡地球的二分之一廣大的大地,挑戰開始溢出的怪物的世上的英雄好漢等候著。

 你也簡單地對英雄熱熟!

 並且,是我<武當幫>募集中新入門者!

 <少林拳>也好,<獨孤九劍>也相當。但是,正是<武當幫>是太極拳的源流。

 一邊玩不是健康運動,真貨的太極拳的精髓一邊告訴!

 好容易沒有。疲勞也不做。但是不知什麼時候你在身體上(裡)也能裹太極拳最純的內功!?

 有興趣的人是「<古代的故事> 武當幫」檢索!


(日本語訳)

<ネットDE太極拳キャンペーン>

  パソコンをしていると肩が凝る。でも朝早くから年寄りと一緒に太極拳はつらい。

 悩む電子青年に<エルダー・テイル>はどうだろう。

 そこには地球の二分の一の広大な大地、溢れ出す怪物に挑む江湖の英雄好漢が待っている。

 君も簡単に英雄になれるのだ!

 そして、わが<武当幇>では新規入門者を募集中だ!

 <少林拳>もいい、<独孤九剣>もなかなかだ。だが、<武当幇>こそは太極拳の源流だ。

 健康運動ではない、本物の太極拳の真髄を遊びながら教えてくれるぞ!

 辛くもない。疲れもしない。でもいつのまにか君も太極拳の至純の内功を身にまとえるかも!?

 興味のある人は「<エルダー・テイル> 武当幇」で検索!


 2017年<正派>合同新規入会キャンペーンの一環、<武当幇>キャンペーンホームページ より。




1.


 その噂は、武林の<冒険者>たちの間を、ひたひたと波のように伝わっていった。



「何だと?」


 その日。

いつものように葡萄酒(ワイン)を片手に、詰まらなさそうに書類を見ていた<日月侠>の教主代行(サブマスター)、ヤンガイジは、報告に来たギルドメンバーを横目でちらりと見、直後に興味なさそうに目をそらした。

その酷薄な目線に、報告にやってきたそのメンバーだけでなく、周囲の<日月侠>の幹部たちがそろって顔色を青くする。

レンインが脱出した日から数えて、ほぼ一ヶ月。

その間に、教主ウォクシンを地下牢に放り込んだヤンガイジは、名実ともに<日月侠>のトップとして振舞うようになっていた。

冷酷で専制的な絶対君主だ。

その酷主の視線を浴びた若い<守護戦士>は、震える声で途切れた報告の続きを口に出した。


「……は、はい。噂によれば<西域>から北辺の草原の亜人ども、<灰斑犬鬼(ノール)>や<小牙竜鬼(コボルド)>ども、それにダークエルフや遊牧民、華人の山賊どもまで、大挙して長城を越え、華国北部になだれ込んだそうにございます」

「ふうん。で?」

「き、北の<大地人>たちは瞬く間に襲われ、田畑を焼かれ逃げておるとか」

「それで?」

「わ、我らも<江湖の義侠>なれば、挙兵してやつらを追い落とすべきかと……もしかすると、<ノウアスフィアの開墾>のパッチが当たって、新しいクエストが出てきたのかと……はぐ」


言葉が不自然に途切れる。

驚いた幹部が見ると、報告を続けていた若いメンバーの喉元に小さな短刀が突き刺さっていた。

相手を見ることもなく、ヤンガイジが投げたのだ。

哀れなそのメンバーが口から泡を吹き、あっという間に光に包まれるのを見て、ヤンガイジは小さく嗤った。


「メイファの置き土産もなかなかのものだ。もう少し買っておくとしよう」

「それは、気に入っていただけて恐悦至極」


ビロードの帳の向こうから出てきた妖艶な雰囲気の女<冒険者>が嘲るように言う。


「メイファか」

「日月神侠文成武徳、江湖に覇を唱えられる偉大なる教主『代行』閣下におかれては、私ごときの手慰みを気に入っていただき、感謝の念にたえませんわ」


そういって大仰に腰を曲げるメイファに、音もなく二本目の短刀が飛ぶ。

ふわりと、首をかすかに動かしたメイファの背後で、別の誰かが「ぐはっ」と断末魔の声を上げるのが聞こえた。


「わざわざ当てこすりにきたか?」


詰まらなさそうに目も向けずに言うヤンガイジに、メイファも婉然と笑った。


「いいえ。偉大なる教主代行閣下には周知のことでしょうが、先ほどの哀れなあなたの部下の言葉を補足しにやって参りましたの」

「言え」

「先ほどの報告は事実ですわ。江湖に散らばっている私たち<五仙>の密偵からも、同様の報告があがっています。

すでに華北地域の多くに奴らは出没しているとか」

「それで? 兵を挙げよと?」

「別に。伝えに来ただけですわ。我々は同じ<邪派>を名乗っていてもあくまで対等、<日月侠>と<五仙>は同盟関係でしかない。

あなた方はあなたの好きになさればいいでしょうから」

「ならばなぜ言いにくる」

「別に。ただウォクシン教主やレンインお嬢さんなら、一も二もなく挙兵していたでしょうから」

「……!」


ヤンガイジがぎり、と歯を鳴らし、初めて真正面からメイファを見た。

気の弱い者ならそれだけで気絶するような凶暴な目線を、しかしメイファは微笑みすら浮かべて受け止める。

対峙は一瞬。

再びヤンガイジは目をそらし、気だるそうに口を開いた。


「<五毒>は好きにすればよい。モンスター退治に精を出すなり、<正派>の連中と一緒に戦うなり、何とでもせよ。

<日月侠>は動かぬ」

「では、好きにさせていただきますわ」


ふわりとドレスの裾を翻し、メイファが背を向ける。

別れの礼のように、ヤンガイジが自然な動作で手にした書類を持ち上げた。

その瞬間、カカカ、というかすかな音が周囲の男女の耳に響いた。


「毒針とは。これは宣戦布告と見てよいのかな?」


楽しそうに呟くヤンガイジを、周囲の<日月侠>の幹部たちは絶句して見つめるしかなかった。



 ◇


 モンスター、襲来す。

その報は、江湖全体を激震させたといってよい。

<正派>も<邪派>も、あるいは<大都>を舞台に飽きずに争いあっているギルドにとっても、その報がもたらす事実の深刻さが明らかになるにつれ、それは彼らに顔色なからしめるに十分なものとなっていった。

その情報に、さらに衝撃を増す報告が加わったのは、噂が流れ始めて一週間前後のことだった。


「いくらなんでも動きが早すぎる!」


プレイヤータウンのひとつ、<嵩山>にある<林の神殿>の大議場。

その場にある円卓に、数人のプレイヤーが腰掛けていた。

<嵩山派>、<武当幇>、<少林派>、<全真幇>など、<正派>の名だたる大幇(おおてギルド)の幇主たちだ。

彼らの視線の先に、見るからにボロボロの鎧をまとった女<冒険者>がへたり込んでいる。


「しかし、<恒山>が落とされたなどと……!」


<天地幇>の幇主が呻くと、隣にいた<全真幇>の幇長が宥めるように言う。


「しかし目の前の彼女の姿は事実だ。……何があったのか、詳しく話してみてくれ」

「はい……私たち<恒山派>は、周囲の街や村にモンスターが現れているという急報を受け、ほとんどのメンバーが山を降りていました。

連中が仕掛けてきたのはその隙をついてです。

人も少なく、生産者を多く抱えた状況では、守りきるのは無理でした。

われらの幇主(ギルドマスター)の指示で、私たちは男性プレイヤーを殿に山を脱出しました。

おかげで女性プレイヤーのほとんどは逃げ延びましたが……幇主や多くのプレイヤーが…っ!」


喋るうちに感極まったのか、その女<冒険者>は泣き崩れる。

その姿を見ながら、幇主たちは目と目を見交わしていた。


「敵の首領は見たか? まさかとは思うが……<邪派>だったりはせなんだか?」

「いえ……遊牧民族のような鎧のエルフの将軍でした。ですが兵士はコボルドやノール、ゴブリン、それからエルフや<大地人>の山賊らしい人影もいました。

それから……一瞬でしたからしかとは分かりませんでしたが、<冒険者>らしい女もいました」

「<冒険者>だと?」


議場が騒ぎたち、議長役の<少林派>の幇主が「静かに!」と手にした扇をたんたん、と叩く。

再び静まった議場で、<古墓幇>の幇主が女性らしく柔らかな口調で問いかけた。


「もう一度聞きます。その女は<冒険者>だったのですか?ステータス画面は見ましたか?容姿は?」

「容姿は……黒い服を着ていたようでした。それからステータス画面は一瞬でしたが、中国語ではなかったようでした。

もしかしたらレイドボスか、あるいは……<古来種>かもしれません」

「そう思う根拠は?」

「レベル表示がおかしかったんです。94だったように思えました」

「94……ならば<冒険者>ではないな。人型のレイドボスか?」

「いや……カークスを呼んできなさい」


首をかしげる<嵩山派>の幇主の言葉を、<少林派>の幇主が遮る。

なぜわざわざ日本人の傭兵を?と周囲の幇主たちがいぶかしむ中、「失礼します」という声とともに扉が開けられる。

やってきた<ヤマト傭兵団>のギルドマスター、カークスに、<少林派>の幇主は静かに問いかけた。


「一月ほど前、<崋山派>の若者と、<日月侠>のお嬢さんと一緒に、日本人プレイヤーが来ましたね」

「ええ。ユウのことですか?」


なぜ今頃、と首をかしげたカークスに、<少林派>の幇主は重ねて問いかけた。


「彼女のレベルと服装は?」

「確かあいつは93レベルです。ヤマトサーバにいましたから。それからあいつは<暗殺者>なので、服装は黒い忍び装束です」

「……!」


声にならないどよめきが議場全体を覆った。

息を呑む幇主たちの中で、唯一カークスだけが、自分の発言のどこが彼らを驚かせたのか分からず黙って立ち尽くす。

やがて、かすれた声で<少林派>の幇主が声をかけた。


「ありがとう、カークス。礼を言います。戻ってよい」

「はあ……では、失礼します」


一礼してカークスが立ち去ると、待っていたように<嵩山派>の幇主が怒鳴った。


「日本人か!! その女、<冒険者>をやめてモンスターに鞍替えしたのか!?」


<天地幇>の幇主も続けて喚く。


「その女! そこまで中国人が憎いか! いいだろう! 見つけ次第ぶちのめしてやる!!」

「……フーチュンだ!! あの若造を呼べ! あいつはその女の仲間だった! <邪派>とつながりもある!あいつが裏切り者に違いない!」



 ◇


 フーチュンはぼんやりと、手持ちの<砂塵剣>を磨いていた。

隣ではカシウスが、ようやく修理のかなった自分の鎧をためつすがめつしながら、満足そうな吐息を漏らしている。


「楽しそうだな、カシウス」

「あ? ああ、何しろ思い出の詰まった装備だからな! 中国風の鎧もいいが、やはり騎士はこの鎧だ」


うきうきしたカシウスに返事をする気にもなれず、フーチュンはため息をひとつ吐くと、再び剣に布をこすりつけた。


「どうした? 折角<嵩山>に迎えてもらったんだ、もう少しうれしそうな顔をしろよ」

「とはいってもなあ……レンインとユウは相変わらず行方どころか念話にも出ないし、ベイシア大侠には会えずじまいだし、ルーシウたちは俺たちが帰る前に出て行ったきり戻ってこないし……」

「……まあな」


カシウスもフーチュンの落胆は分かる。

西域、高昌から中原に戻るよう、レンインからの言伝を受けて戻ってみたはいいものの、数日前にたどり着いた<嵩山>の空気はお世辞にも居心地がいいとはいえなかった。

誰もがフーチュンたちから顔を背け、人によってはあからさまに舌打ちしたり、「裏切り者」と聞こえよがしに言っている者もいたのだ。

カシウスの制止と、<少林派>はじめいくつかの<正派>の幇主が口添えをしてくれなければ、今頃良くて追放、悪ければ裏切り者として問答無用で捕まえられていた可能性すらあった。


「ここで何をしろってんだ、レンインは……ああクソっ!」


力をこめた拍子に刃で指を切ってしまい、フーチュンは苛立ちまぎれに<砂塵剣>を床に投げつけた。

カァン、という音が響く。

その音にまぎれたため、フーチュンは与えられた一室の扉が開かれたことに気づくのが遅れた。


「ん? ……ふぐっ!?」

「フーチュン! きさまら、何のつもりだ!」

「おとなしくしろ! 裏切り者が!! 幇主がたがお待ちだ!」


突然襲い掛かり、フーチュンを高手小手に縛り上げた男たちにカシウスが叫ぶが、その<嵩山派>の男たちは有無を言わさずカシウスも縛ると、腰縄を引っ立てて議場へと向かった。

状況がまったく分からないまでも、危地に放り込まれたことを悟り、カシウスが叫ぶ。


「お前ら!! 何の罪があっておれたちを捕らえる!」

「罪だと? そんなもの、自分の胸に聞いてみろ」


男たちの目には、今まで無数に浴びてきた侮蔑ではない、本物の敵意と殺意があった。

これ以上暴れれば、容赦なく斬るつもりだと判断し、カシウスの動きが止まる。

そんな彼らに「ふん」と嘲りの笑いを向け、男たちはまるで逃げた豚を引きずるようにフーチュンとカシウスを引き立てていった。


 ◇


 この風景、見覚えがあるな。

議場の扉を開けたとたん、フーチュンが感じたのはその印象だった。

高昌の城で、最初に王に会ったときと同じか、それ以上の敵意だ。

それが、今まで自分をかばってくれていた<正派>の幇主たちから放たれるものだと気づき、フーチュンは思わずぞっとした。


「フーチュン。カシウス」


中央に座る<少林派>の幇主が静かに声をかける。

その声には今まで何度かの会話にあった温かみが微塵もない。

淡々と、事務的な口調で幇主は声をかけた。


「フーチュン。あなたの仲間、<日月侠>のレンインと、日本人のユウはどこにいます?」

「二人が見つかったのか?」

「聞いているのはこちらだ!! 余計なことをしゃべるな!!」


<少林派>の隣に座る<嵩山派>の幇主が怒鳴り、<少林派>の幇主が再び口を開いた。


「答えなさい。今二人はどこにいます?」

「し……知りません。幇主閣下」

「やはり隠しているな!」

「静かにしなさい。 ……もう一度、今度は質問を変えましょう。彼女たちを最後に見たのは高昌城外だといいましたね」

「ええ。あの時、クリアキン族の襲撃に対する反撃で、二人は族長を追いました。

族長を倒して合流する予定でしたが、二人は戻ってきませんでした。それから俺たちは中原に戻ったんです」

「二人の行き先を事前に何か聞きましたか?」

「いえ……何も」

「あなたは? セブンヒルの騎士どの」

「俺も聞いていません。 ……ただ、出撃の時の二人は、妙に思いつめた顔をしていました。

そして、自分たちが戻らなかった場合の指示を事細かにしていました。

まるで……戻らないことを分かっていたかのように」

「どういうことなんだ!? 二人の居場所が分かったのか? なら……教えてください!お願いします!」


カシウスの言葉にかぶせるようにフーチュンがもがきながら叫ぶ。

後ろの<冒険者>がその顔を張り飛ばすが、それでもフーチュンはそちらを見もせずにじっと<少林派>の幇主から視線をはずさなかった。

その目をじっと見返した幇主は、ふう、と息を吐いて、静かに口を開いた。


「何も知らないのは事実のようですね」

「そんなことはない! 連中はとぼけているだけだ! 口で言って喋らなければ、体に聞くべし!」

「いいえ。<嵩山派>のランシャン。聞いても無駄でしょう」

「だが!」


なおも叫ぶランシャンを、<少林派>の幇主はもはや一顧だにせず言った。


「レンインお嬢さんの居場所はわかりません。ですが、日本人のユウ、彼女の居場所はおそらく分かりました」

「どこだ!?」


次に幇主が投げかけた言葉に、フーチュンとカシウスは目の前が真っ暗になった気がした。


「今、華国を襲うモンスターや山賊の集団。その一隊の中です」



 ◇


 じめじめと薄暗い地下牢の片隅に、蜥蜴が這っている。

虚脱したままそこに放り込まれたフーチュンの脳裏には、先ほど言い渡されたユウの居場所が、雷鳴のように繰り返し繰り返し轟いていた。


『今、華国を北から襲おうとしているモンスターや亜人、ダークエルフや山賊の集団。

彼女はその中にいるようです。

<恒山>を襲い、占領した部隊の指揮官のそばにいた94レベルの黒ずくめの女。

その出で立ち、手練れの<恒山派>剣士を一撃で葬った毒、すべては彼女を指しています』


「嘘だ……」

「嘘だと思いたいのは俺も同じだがな。あそこまで特徴を言い当てられりゃ、信じたくもなる」

「信じてるのか! カシウス! ユウが俺たちの……人間の敵に回ったと!!」

「信じたくないのは俺も同じだ! だが、客観的事実というものはあるだろうが!!」


二人は叫び合うと、雌を狙う雄二匹の獣のように唸り合い、やがて、どちらからともなく座り込んだ。


「やめようぜ。ここで俺たちが喧嘩しても何にもならん」

「そうだな……」


疲れた声で応じたフーチュンは、虫が這う天井をぼんやりと見上げた。


「どこにいるんだよ、レンイン……」


呟きとともに鳴らされる念話に応じる声は、今日も無い。

その時、不意にカシウスが顔を上げた。

ちらり、と不審そうに自分を見るフーチュンに気づくと、慌てたように扉に向かう。


「どうした?」

「あ、すまんね。トイレだ。……おい!衛兵!トイレだ、トイレ!!」


最後は扉の外にいる<冒険者>への叫びだ。

うるさそうに扉を開けたその<冒険者>に、カシウスはすまない、と軽く告げると、外へ出ていった。


「はあ……」


次にギィ、と扉が開いたとき、フーチュンは顔さえ上げなかった。

てっきりカシウスがすっきりと戻ったのかと思った彼に、まったく予期せぬ声がかけられる。


「フーチュン」

「……!? こ、これは幇主!」


落ち着いた声に驚いて目を開ければ、目の前に<少林派>の幇主が立っている。

後ろに立つ何人かの幇主たちが一様に苦々しい顔をしているのを見て、フーチュンは自分が今どんな格好であったか気づいた。


「あ!! すいません、下着一枚で! それに幇主さまが来られたのに立ちもせず」

「言い訳はいいからさっさと着替えろ」


不機嫌そうな<天地幇>の幇主の声に、あわてて服を引っ張り出す。


「こいつ、牢に放り込まれたことを自覚していないのか?」

「いや、わざと無防備な姿をすることで逃亡の意思はないことを表しているのでしょう。

彼なりの誠実さの表れかと」


後ろでぶつぶつと会話する音を半ば無意識に耳から排除しながら、慌ててフーチュンは道着の紐を縛り、寝乱れた髪を手櫛で整えた。

そのままベッドから転げ落ちるように降りると、頭を深々と下げる。


「天地神明、破邪顕正!失礼をいたしました」


そういって顔を上げると、厳しい顔の<少林派>の幇主と目が合った。

普段は落ち着いた物腰の熟練プレイヤーである幇主だが、さすがに目の光は数万人の大幇を束ねる威厳に満ちている。

だが、とフーチュンは思った。

議場で見た、敵を見るような冷たい目を、今はしていない。


「フーチュン」

「はい」

「あなたは誓って、<邪派>にも、あるいはモンスターにも身を売っていないと言えますか」

「はい」

「<江湖>の<冒険者>の仲間であると言えますか」

「もちろんです」

「ならば、依頼があります」

「なんなりと」


本来、別の(ギルド)である幇主が、フーチュンに直接命令や指示をする権利はない。

だが、自分の答え方如何では、<崋山派>すべてが討伐対象になるかもしれないのだ。

フーチュンの力の篭った目に、<少林派>の幇主はちらりと笑った。


「フーチュン。あの七丘都市(セブンヒル)の騎士とともに、黒髪の女<刺客>を追いなさい。

追って、その手で仕留めなさい。

彼女は今の薄氷のような<華国>の秩序を乱す巨大な敵です。

彼女を討つまでは、通常の<邪派>と事を構える必要はありません」

「……わかりました」


唇を噛み切ったらしく、舌に鉄の味がする。

その苦味よりも、心の中の苦さのほうが遥かに強く、フーチュンは微かに俯いた。


「無論二人だけではない。そこまで信用しているわけではないからな。

江湖でもえりすぐりの人材でパーティを組め。見事本懐を成すまで、戻るに及ばず」


<全真幇>の幇長がそう告げる言葉がほとんど聞こえないまま、立ち去ろうとした<少林派>の幇主にフーチュンは声をかけていた。


「幇主。お聞きしたいことがあります」

「差し出がましいぞ!さっさと準備しろ!」

「いいのです。フーチュン。聞きましょう」


怒鳴った一人の幇主を片手をあげて止め、向き直った<少林派>の幇主に、フーチュンは軽く礼をすると、口を開いた。


「二つ、問いがあります。まずひとつ。そのモンスターの集団にいたのは、本当にユウなのですか?

確かモンスターの中に、<冒険者>の姿を写すものがいるとか」

「<鏡像(ドッペルゲンガー)>ですね。確かにそういう者もいます。

フーチュン。しかし、その問いはあなた自身が確かめるべきものではありませんか?」


さらりと言われてフーチュンは思わず赤面した。

言われてみれば、そのとおりだ。黒い<刺客>がユウであるか否か、確かめるための(クエスト)でもあるのだから。

無思慮を愧じ、彼は「もうひとつ」と尋ねた。

<少林派>の幇主は黙って彼らの前に立っている。

この人も内心、ユウが無実でいてほしいのかもしれない、となんとなく思いながら、フーチュンは二番目の問いを口にした。


「ベイシア大侠は、どこにいらっしゃるのですか?」


その声が耳に届いたとたん、<少林派>を除くその場の全員に、無言の激震が走ったように、フーチュンには見えた。



「小僧。大侠の行き先など知ってどうする。お前には関係ないだろう」


恫喝めいた、というよりも恫喝そのものの声で、<武当幇>の幇主が凄んだ。


「ですが、私が<嵩山>を出て西域に向かうまで、大侠はここですべての<正派>のご先輩方を取り仕切っておられました。

大侠はどうなされたのですか? 今、どこにいるのですか?」

「ベイシア大侠(さん)……ですか」


<少林幇>の幇主はため息をつき、ちらりと後ろの幇主たちを振り返った。


「ファン大師! 言う必要などない!幇主クラスのプレイヤーですら知らない者がほとんどなのだ」

「そうですね。ですが、彼には言うべきかも知れない、と思います。

<邪派>と深くかかわってきた彼ならば」

「だが!」


もう、ファンは後ろの同僚たちを一顧だにしなかった。緊張した顔のフーチュンに向き直り、

その人格のすべてを見通すかのような目で彼を見つめる。


痛いほどの沈黙が落ちた。


「大侠は、今はこの<嵩山>にはおられません」

「大師!」

「ご存知のとおり、大侠はいかなる幇の幇主でもなく、また所属もされておられない。

この<エルダー・テイル>の草創期(ベータテスト)から生き抜いた、生粋の<剣士>です。

そんな方が、黙って現状を認めるはずもない。

……フーチュン。

大侠は、今は<黒木崖(クリフ・オブ・ブラックウッド)>にいます。

それ以上のことは、今は何も言えません」



牢を去っていった幇主たちの足音がようやく消えたころ、扉の開く音がした。

幇主たちが戻ったのか?と目を向けたフーチュンの目に、あくび交じりの大男が映る。


「……カシウス」

「どうした? 幽霊に会ったような顔だな。というか、この世界幽霊もいるんだっけ」

「カシウス。任務だ。 ……ユウを追う」


口を閉じ、器用にも片方の眉だけを跳ね上げた彼に、言い聞かせるようにフーチュンは繰り返した。


「ユウを、追う。追って真相を聞く。カシウス。準備をしてくれ」


無言で騎士が背中を向けた。

その背中は、牢屋を照らす蝋燭によって、あたかも悪鬼のようにフーチュンには見えた。

ちなみに、中国語はエキサイト先生に頼りました。

さすがに中国語のHPに行く勇気はなかったので……


なお、<少林幇>のファン大師は男です。どうでもいいことですが。

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