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ある毒使いの死  作者: いちぼなんてもういい。
第四章 <侠の天地>
69/245

番外5. <おっさん都へ行く> (中篇)

原作キャラ、そして手をつけていなかった原作の主人公殿を出してしまいました。

作者様ご本人は無論のこと、もし『これはおかしい!』という箇所があれば、どうかご指摘くださいませ。

1.


「ここが……アキバか!?」

「あ、ああ……」


 ナインテイルからシブヤを経てアキバへ。

レディ・イースタルのかつての仲間たちに迎えられたレディ・イースタルとクニヒコの二人は、

クニヒコにとっては数ヶ月ぶり、レディ・イースタルにいたっては一年近く見なかった景色に驚きを隠せなかった。


 大まかなレイアウトはゲーム時代と変わっていない。

彼らが住むムナカタやユフ=インと違い、神代の建造物が木々と互いに絡み合いながら立ち並ぶその光景も、2人が見慣れた<アキバの街>そのままだ。

だが、<大災害>から半年以上が経過した街は、もはやゲーム時代のそれとは別物だった。

あちこちにゴミが落ち、屋台からはじゅうじゅうと、脂ぎった煙が立ち上っている。

アドバルーンらしき風船が空に浮かび、その下には『<海洋機構>放出装備特売セール』などと書いた垂れ幕がかかっていた。

せかせかと道を歩く人々も、ファンタジー風の鎧や派手な衣服を着ているのは7割弱といったところで、現実の学生やオフの社会人めいたカジュアルな服も多い。

中には、スーツ―甲冑(スーツ)ではなく―を着た男女もちらほらといる。

何か念話で連絡しながら書類に目をやる彼らは、多少の違いこそあれ、現実世界の多忙なサラリーマンそのものだ。


「なんつーか……やっぱり東京ってのはいつの時代でもせわしないな」

「ファンタジー世界にしては夢なさすぎだろ……」


真っ黒の甲冑に背中の大剣、というクニヒコと、

貴族の乗馬服じみたすらっとしたブーツスタイルに、上から羽衣めいた布を羽織ったレディ・イースタルを、迷惑そうに一人の<冒険者>が避けて歩き去った。


「……チッ!邪魔してんじゃねえよ!ああ、いえいえ。こっちのことです。主任、それでビーハイ村からの物資は一旦イワフネに集めて……ええ。傭兵団の手配も必要ですね。確かあの辺りには<折剣>とかいう腕のいい<大地人>傭兵団がありまして……はい」


歩き去る彼の背中を未ながら、ぼそぼそと2人は言葉を続けた。


「なんだありゃ。全くもって地球(リアル)の営業サラリーマンだな」

「人は幻想のみにて生きるにあらず、ってことだね」


首を振った2人に、明るい声がかかった。


「じゃあ、我々のギルドホールへ、とりあえず行きましょうか!」

「分かったよ、ジオ」


苦笑したレディ・イースタルの瞳に映っているのは、精悍な顔立ちの男性<妖術師>だ。

よほど楽しいのか、まるで飛び跳ねる子犬のような彼に、2人はかすかに笑う。

そのジオという<妖術師>は、かつてのレディ・イースタルのギルド<グレンディット・リゾネス>の第三席であり、そして紆余曲折あって3つに分かれたギルドのうち、アキバに向かった一団の指揮者だった。

彼は、そのままアキバにおいて再結成された<グレンディット・リゾネス>のギルドマスターを勤めている。

つい先日までは自分を「ギルドマスター代行」と呼んでいたほどに、彼にとってレディ・イースタルの存在は重く、その彼女との再会に浮かれるのも無理はなかった。


しかし。


「もっと飲んでくらさいよぉ」

「いやね、あのね、ジオ君。俺たちはおっさんであるからして、そんな学生ノリで来られてもね」


ここは、新しい<グレンディット・リゾネス>が、アキバのギルド会館に持つ部屋である。

半ば拉致するように二人を連れてきたジオたちは、そのまま間髪入れることなく歓迎の宴を開いていた。

彼らの好意を無にするのも気が引けた二人は、やむを得ず既に半日以上に渡り、宴会につき合わされているのだった。

ジオの台詞も、もう何度聞いたか数え切れない。

仕方なく杯を掲げた二人に、乾杯の声とともにメンバーたちの杯が打ち合わされた。


「あのな。歓待してくれるのはありがたいが、俺たちも事情があるんだ。のんびりしているわけにはいかないんだから」

「まあまあ! それより飲みましょう!肴も色々と……」

「聞けよ! 人の話!」


ついに切れて叫ぶレディ・イースタルの声も、出来上がったジオたちには届かない。

そんな時だった。


「ジオ、いるかい?」


唐突にギルド会館と部屋を結ぶ扉が開かれた。

顔を覘かせた、ボーイッシュな顔立ちの女性<冒険者>が、乱痴気騒ぎを見てう、と呻く。


「酒臭い……」

「お、シオドリじゃないか。どうしたんだ?」

「あ、ああ」


ジオの代わりに答えたメンバーの一人に軽く頷くと、呆れたような顔でシオドリと呼ばれた<冒険者>は周囲を見回した。

さして広くもない部屋のあちこちには空の酒瓶が転がり、そこかしこで撃沈した<グレンディット・リゾネス>のメンバーが倒れている。


「何の騒ぎなんだ?」

「うちのギルマスが戻ってきたんだよ。それよりシオドリ、何かあったのか?」

「ああ。<海洋機構(うち)>に<円卓会議>から連絡が来てね。そのあんたらの元ギルマスとその連れを連れてきてくれ、って。

そっちのジオにも何度も呼び出しが着ているはずなんだけど、その調子じゃ気づいてないね」

「<円卓会議>が?」


<グレンディット・リゾネス>の面々が流石に酔いも覚めて驚き、クニヒコとレディ・イースタルはようやく来たかという調子でため息を付いた。


「そういうわけで、すまんな、みんな。この礼はまた必ずするから」


がしゃりとクニヒコが立ち上がる。

隣ではレディ・イースタルが酔い潰れて抱きつくジオの顎をしたたかに蹴り飛ばした。


「ええい、くっつくな!貴様はホモか!?」

「まあまあ、ジオも大変だったんだから」

「そうれすよ。こんな状況でみんなをまとめて。

それをミナミでやっへひた、レディ・イースタルは大変らたんれすね……」


しみじみとジオが呟いた。

彼自身、縁のないアキバで仲間をまとめる苦労は並大抵ではないのだろう。

彼は彼であり、レディ・イースタルのリーダーシップも、第二席だったユーリアスの智略もないのだから。

遂に撃沈した彼に毛布を掛けつつ、クニヒコが笑う。


「ジオはいいギルドマスターだな」


レディ・イースタルも嬉しそうに応じた。


「あったりまえだ。こいつは<グレンディット・リゾネス>の三番手だったんだからな」



 ◇


 <円卓会議>の施設は、彼らが飲んでいた場所と同じアキバのギルド会館の上層部にある。

その一角にある客用の応接室に案内された二人は、緊張した面持ちでソファに座っていた。

<草原鹿(エルク)>の毛皮で作られたソファはもこもことして柔らかく、既に相当量の酒を飲んでいた彼らにとっては、眠り込むかどうかという瀬戸際に立たせるだけの心地よさがある。

二人がついにうとうととし始めたとき。 不意にばたん、と扉が開かれた。


「よう、クニヒコ。久しぶりだな」


豪放磊落な声が、寝ぼけたクニヒコの脳髄に響く。

<円卓会議>の関係者の中で、彼にここまでざっくばらんに話しかける人物は一人しかいない。


「アイザックか」

「どうした? 眠そうにして」


そういって、ギルド<黒剣騎士団>団長にして、現在では<円卓会議>の実質的な代表代行を務めている男、<黒剣>のアイザックは、かつての部下に鷹揚に片手を上げて見せたのだった。



「で、用件はざっくりと聞いちゃいるが、一体何がどうなんだ?

そもそも、なんでスリーリバーなんぞの使者で、ナインテイルにいるお前がしゃしゃり出て来たんだ」


向かいに座るや否や、アイザックは出て来た茶を勧めることもなくいきなり本題に入った。

この辺り、人柄も昔どおりだな、とクニヒコはちらりと苦笑する。

周囲に座り、あるいは立っている<円卓会議>の関係者たちも似たような感想を抱いているらしく、

大なり小なり、自分たちのリーダーに好意的な笑みを向けていた。

聞かれたクニヒコが答えるより先に、アイザックの斜め後ろに控えていた杖を持った青年が眼鏡を片手で上げ、口を開いた。


「スリーリバー貴族としては、ウェストランデにいる貴族の中で最もイースタルに近く、かつ我々<冒険者>の援助も得られる可能性がある人材として、レディ・イースタル伯爵を選んだだけでしょう。

この場合、クニヒコさんは単なる護衛、というより<黒剣騎士団>とのパイプ役を期待されていると思います」

「あんたは?」


前置きもなく、滔々と喋り始めたローブ姿の青年に、レディ・イースタルが胡乱な目を向けた。

その、あまり好意的とはいえない視線に、あわてて青年が一礼した。


「これは、失礼をお詫びします。僕は<記録の地平線(ログ・ホライズン)>のシロエ。<円卓会議>の末席に椅子を置かせていただいています」

「あんたが、シロエか」


クニヒコがほう、と言うように目の前に立つ青年を見る。

<円卓>設立の立役者、アキバの誇る軍師、<放蕩者の茶会(デポーチェリ・ティーパーティ)>の不敗の参謀。

数々の異名に彩られたその<付与術師(エンチャンター)>はしかし、見てみるとどこにでもいるような、細身の青年だった。

ただ、怜悧に輝く目だけが、青年の内に秘める知性と情熱を僅かに覗かせている。

シロエは、振り向いたアイザックに苦笑すると、二人の来客に笑みを浮かべた。


「お二人のことは覚えていますよ。お忘れかもしれませんが、中国サーバの<蛇神の廃神殿>の大規模戦闘(レイドクエスト)でご一緒していただきました」

「ああ。そういえばいたなあ」


レディ・イースタルの返答に、笑みを苦笑に変えつつ、シロエが答える。


「ええ。僕も海外遠征は当時経験が浅くて。色々お世話になりました」

「いや、あんたの指揮のおかげでレイドも、その後のPK襲撃も乗り切れたんだ。

あの時は助かりました」


律儀に頭を下げたクニヒコとレディ・イースタルに、シロエの苦笑も深くなる。


「まあ、前の話は程々にしましょうか。アイザックさんたちも置いてきぼりになっていますし……それより本題に入りましょう。 ……お茶をどうぞ」


立っているメンバーも含め、全員が熱い茶の湯気で口を暖めたのを確認し、<円卓>の頭脳たる青年は、再び口を開いた。


 ◇


「スリーリバーの情勢ですが、おおむねレディ・イースタルがモングリー伯爵から聞いた情勢と一致しています。

即ち、スリーリバー地区の中央部近くに位置する<不死の町トヨタ>や、その周辺のモンスターが活発化し、周囲の<大地人>集落や城を襲っている。

ウェストランデ神聖皇国、並びにミナミは、それに対し有効な手を打てていません」

「ミナミは退治する気がないのか? あそこは一応、ウェストランデの勢力圏だろう」

「どうでしょうね……連絡路が途絶することは、伊勢湾を用いた海路や、濃尾平野を走る旧東海道がある限りありえませんから、救援が不可能という事はありません。

となるとやはり、救援する気がないと見るべきでしょう」

「どうしてだ? ウェストランデは連中の主君じゃないのか?」


アイザックの疑問に、答えを上げたのはレディ・イースタルだった。

思慮するように顎に手を置きながら、呟く。


「俺が知る限り、連中の組織は貴族社会と官僚機構の巨大で複雑な複合体(ハイブリッド)だ。

その中では時に、現実の政治的状況よりも彼らの内部の力関係が重視される。

あの偉ぶった白塗り(モングリー)が言っていたように、スリーリバーの貴族は他の地域の貴族に比べて貴族社会での地位が低いんだろう。

要は、助ける価値があると思われていないのさ」

「そうだと思います。 確かに濃尾地域は穀倉地帯ですが、そうした政治的状況が足枷になって発展していませんからね」


シロエが補足する。

うーむ、と腕を組んだアイザックが首を捻った。


「なるほど……それで<円卓会議(おれたち)>が何ができるか、だが。

おい、リーゼ。戦力の抽出は可能か?」


将軍(ジェネラル)の問いかけに、リーゼと呼ばれた少女が手元の書類をぱらぱらとめくって答えた。


「……今のところ、アキバからあまり纏まった戦力を出したくないのが現状ね。

オウウの戦役を終えた<冒険者>は、暫く休息させた方がいいと思うし、場所が場所だけにあまり大軍を動かすと、ミナミを不用意に刺激することになる」

「少数の<冒険者>パーティは?」

「一つ二つのパーティだと返り討ちにあうだけだわ。

かといって大量に送り込むのは派兵と一緒だし……出来るのは、強いて言えば隠密性の高いパーティでの強行偵察、一部<冒険者>によるトヨタ侵入とボスの排除、このくらいかしらね」


リーゼの答えに、その場にいる<冒険者>がううむ、と唸る。

彼女の指摘は最もだ。

いくらイースタルへの援助がウェストランデの執政公爵家の消極的な同意を得ていたとしても、自国領に大量の<冒険者>部隊を送り込まれて愉快に思うはずもない。

ゴブリンの大軍を真っ正面から撃破したことからも分かるとおり、百人規模で編制された<冒険者>部隊は、大地人で言えば数万人規模の大軍に匹敵する戦力だ。

その気になれば、イコマを超えてキョウに進軍することすら可能な軍事力を、キョウもミナミもそのままにしておくはずもなかった。

一方で、少数精鋭によるトヨタ攻略も問題がある。

<大災害>以降、冒険者が放置したクエストの数は多岐に渡るが、<不死の街(トヨタ)>関連のクエストもまた然りだった。

一年近く放っておいたトヨタに、どんな化け物が巣食っているのかアキバですら読み切れない。

しかも、大隊規模編制(レギオンレイド)を行わずに完璧を期するとなると、熟練の大規模戦闘経験者(レイダー)による奇襲しかないが、アイザックやシロエといった一枚看板(トップ)レベルでなければ、例えば<D.D.D.>のリーゼや<黒剣騎士団>のレザリック、伊庭八郎のような部隊長クラスの人材を持って来るしかない。

そして、そうしたレベルの人間をウェストランデの勢力圏内で動かすことそのものがミナミ、つまりは<Plant hwyaden>を刺激する可能性があった。

良くも悪くも、高レベルプレイヤーという存在は敵味方の注目を集めすぎているのだ。


「どのみち、直接的に我々が出来ることはあまりありません。

やれるとすれば、<Plant hwyaden>と連絡を取りつつ可能な部分から各町に<冒険者>の護衛を配する、それらをクエストとして継続的に派遣する、くらいでしょうね。

むしろ状況の打開策は生産ギルド側にあると思います。

……シオドリさん。あなたがたの総支配人(ミチタカさん)はなんと?」


シロエが目を向けた先にいた、<海洋機構>の女<冒険者>は突然振られた質問に戸惑いながらも律儀に答えた。


「<海洋機構>は、既に支援用の補給物資を港の倉庫に分けて入れております。

ご指示があれば直ぐに、船でナゴヤやスリーリバーまで持ち込みます」

「さすがミチタカさんだ。支援物資の内訳は?」

「携帯型の保存食料、衣料品、霊薬(ポーション)、インゴットなどの素材、それから魔杖(ワンド)

運びやすさを考慮して、出来るだけかさばらないものを中心に集めています」

「いいと思います。他には?」

「交易品も少々」


頷いたシロエに、思わずといった調子でクニヒコが声をかけた。


「すまない。連中は攻め落とされるかどうかの瀬戸際なんだろう? 交易品なんて何の役に立つんだ?」

「クニヒコ。お前シロエ(こいつ)より年上なんだろう? 分からんのか?」


アイザックの茶々に、クニヒコがイラっとした顔を見せるより先に、シロエが視線を向けた。

そのまま言う。


「クニヒコさん。 先ほど言ったように、直接的な支援は<Plant hwyaden>を刺激しすぎます。

一方でイースタル諸侯の援助も現状では得られない。そもそも彼らに自領防衛以上の余剰戦力は殆どありませんし、殆ど通商もないスリーリバーに兵を出す名目がありません。

よって、直接的にスリーリバーを助ける方法は、イースタル都市同盟にもアキバにも、無い」

「ならどうしろと? キョウの援軍を呼び込むか?いっそ」

「その通りです」


あてずっぽうのクニヒコの言葉にシロエが頷いたのと、レディ・イースタルがぽんと手を打ったのはほぼ同時だった。


「そうか! 現在のスリーリバーに援助する価値がないのなら、価値を作ってやればいいということだな」

「その通りです」


シロエも破願する。 状況が良く分かっていないクニヒコだけが頭に巨大なハテナマークをつけていた。

そんな彼に、笑いながらレディ・イースタルが問いかける。


「お前さ、地球じゃ商社マンだったろ。商社の機能ってのはなんだ?」

「そりゃ、商売のないところに商流を作り、投資してビジネスを構築して……あ」

「そうです。兵士を送れなければ、金を送ればいい。

経済圏として無価値であるがゆえに放置されている場所ならば、経済価値をつければいい。

決して即座の効果が出るものではありませんが、十分援助に値するものだと思いますよ」


答えるシロエに、心底感心した調子でクニヒコが目を向けた。


「なるほど。 あんた本当に何歳だ? 俺なんかよりよほど商社マンだよ」



 簡単に言えば、シロエの策というのは経済振興によるスリーリバーの価値向上である。

元々、政治的状況、そして<竜たちの巣>や<不死の町>といったレイド規模の危険ゾーンに溢れていることから、スリーリバー地域はウェストランデの後進地域たるを余儀なくされていた。

イースタルにしても、域内で経済がある程度完結していることもあり、海上交易の風待ちの港としてナゴヤや周辺の港を使うことはあっても、スリーリバーそのものを相手とした取引をしようという考えはなかった。

それが、結果としてスリーリバーを、東西双方からの政治的孤立と言う立場に追いやったのだ。


シロエはその現状を破壊すればよい、と言っている。

具体的にはアキバとスリーリバー地域との直接交易の開始だ。

勿論、現時点でモンスターの襲撃を受けている場所については、順次<冒険者>を<円卓会議>のクエストとして派遣する。

レベルがそれほど高くなくても、都市や村落の防衛ならばそこまで凄腕でなくてよい。

そうして当面の安全を確保しつつ、徐々にアキバの文物をスリーリバーに流していく。

本来、ポーションにしても武器や防具にしても、アキバの作るそれは<大地人>の間で流通しているものに比べて圧倒的なまでの品質優位性を保っているのだ。

それが適正な価格でスリーリバーという市場に流れれば、東西双方の<大地人>が飛びつくことは目に見えていた。

あくまでアキバが、スリーリバーを交易の主要相手として重んじる姿勢をとることで、スリーリバーの安全は保証される。

最初は、おそらくナゴヤのような大都市か、清水(ピュリファイド)のような港だけがその恩恵を被ることになるだろうが、策を立てたシロエも、聞いたレディ・イースタルたちも、その辺りは心配していなかった。

スリーリバー近辺の貴族は旗頭を中心に団結している。

であれば、先に恩恵を受けた貴族は、他の貴族を助ける行動に出るはずだった。

その行き着くところは、市場の崩壊を嫌う東西双方の商人貴族たちの後押しを受けた援軍である。

<冒険者>を派遣して鎧袖一触、というほど簡単でもなく、おそらくは死者の数も遥かに多いだろうが、その分誰の顔も立つと共に、将来的なスリーリバーの地位向上にも役立つ。


 それに――おそらくモングリー伯爵たち、スリーリバーの貴族も、単純な援軍よりも喜ぶだろうな、とクニヒコは思った。

彼らは、自分たちが中央貴族とは違う、最前線の武人貴族であることに誇りを持っている。

そんな彼らにとって、<冒険者>の援軍はやむを得ないとはいえ、決して望むものではないだろう。

迂遠ではあるが、将来的に自分たちが反撃の主力となるのであれば、それは子々孫々に伝わる武勲となる。

人的犠牲という面からすれば決して正しいことではないだろうが、<Plant hwyaden>の敵対的な介入や、<大地人>たちの間でのしこりを作らずに進めるには最善に近い案だ。


そして、自らの武力介入を避け、価値を創造することで他人に安全を保証させる――この方法こそ、クニヒコたち日本の商社マンが編み出し、戦後70年以上をかけて洗練してきたやり方なのだった。



 ◇



 話し合いがまとまったと見るや、シロエは矢継ぎ早に指示を出した。


「アイザックさん。リーゼさん。<円卓会議>でクエストを発行します。タイトルは『スリーリバーの町を守れ』期間は1ヶ月程度で、交代させます。

そして、さっきは強力な面々の投入は拙いといいましたが、相手が<吸血鬼>のような感染型モンスターである以上、本拠地の強襲は必要です。 アイザックさん」

「おう」

「戦力の抽出を。人数は4パーティ、中隊規模戦闘(フルレイド)。人選は<ホネスティ>含む、戦闘系3ギルドに任せます」

「心得た。任せておけ」

「シオドリさん。ミチタカさんに連絡。最初の船はいつピュリファイドの港に着桟できますか?」

「はい……最初の船団3隻は既に出航済み。現地到着は2時間後です」

「うまくいけば今日中に最初の荷卸が出来ますね。 船団とその護衛メンバーは大変でしょうが、お願いします」

「はい。まずは支援物資、その後支援物資にもなるポーションや装備を中心に交易品を輸送します。

ミチタカ総支配人(ギルマス)はとりあえず目星がついたら、通商条約締結の為に自分も現地へ行きたい、と言っておりますが」

「シオドリさん。むしろこっちからお願いします。アキバ(われわれ)の本気度を東西の<大地人>に見せ付けるためにも、<円卓>の11人の誰かが行ったほうがいい。

アキバ最大の生産系ギルドの長であるミチタカさんなら、役者として申し分ありません」

「伝えます」


こうなるとレディ・イースタルとクニヒコは完全に蚊帳の外だ。

出来ることと言えば、シロエたちの会話を邪魔しないように、ソファで縮こまるくらいしかない。


「なあ、クニヒコ」

「なんだい、タルさん」

「こいつら、すげぇな」


ため息は、幾分かの自嘲と、感嘆と、そして憧憬を含んでいた。

目の前で、一つの巨大なモンスターのように、有機的に連携する<冒険者>たちを見る。

それはまさしく怪獣(モンスター)だった。

アキバという、強大な武力と失われた生存目的を抱えて、それでもなお生きるために戦う巨獣。

その頭脳であり、脊椎である男女だ。

レディ・イースタルは、クニヒコにも聞こえない心の中で、ひそかに自問する。


(自分は、こいつらほど真剣に、この世界での政治に取り組んでいたか?)


答えは否だ。

<伯爵>という位階も、宰相兼騎士団長などと言う地位も所詮仮初のものと思うレディ・イースタルに、シロエたちほどの強い思いは無い。

極端に言えば、飽きたら辞めてしまえばよいのだ。

シロエたちのように、アキバが滅びれば自分たちも滅びる、という危機感も無い。

それが、自分が心底蔑んでいたはずの同業者たち――ジャーナリズムの悪弊たる主観意識の欠如――であることに、レディ・イースタルは思わず怖気を奮った。


(色々動いておいて、状況がコントロールできなくなったら『私は知らない』なんて――駄文屋そのものじゃねえか)


そのことなのだ。



 一通りの指示を出し終え、部屋からアイザックをはじめ主要なメンバーが立ち去って、シロエはふう、と顔に手を当てた。

その額には薄汗が滲んでいる。

ローブの裾でごしごしと汗を拭いた彼に、レディ・イースタルが深々と頭を下げた。


「すまない。ありがとう」

「いえいえ。やれることしか出来ませんから」

「あんたは、出て行かなくていいのか?」

「もうすぐ行きますよ。でもまあ、少しは休憩もさせてもらいます」


苦笑して手を振る青年の顔はどこまでも誠実だ。

その真摯な眼差しは二人に、期せずして行方不明の共通の友人のことを思い出させた。

そういえば面識があったな。と思い出したクニヒコは、ちらりと隣の友人を横目に見て口を開いた。


「そういえば、俺たちと中国サーバで一緒に戦った時、紹介した<毒使い>を覚えているか?」

「ああ……確か、ユウ……さんですね」


その顔にかすかに影がよぎったことに、クニヒコはなんとなくいたたまれない気持ちになる。

思えば、シロエが知らないわけがないのだ。

彼女は一時期のアキバで悪名高かった人殺しだったのだから。


「彼女が、何か?」

あいつ(ユウ)は、今、海外サーバにいるんだ」

「へえ。何のために?」

「元の世界に戻る手がかりを探すため……だそうだ」

「………なるほど」


クニヒコの声にシロエが返事を返したのは、やや時間がたってからのことだった。


「彼女は、どこかに手がかりになる情報があったと?」

「いや。可能性のある場所に総当りするといっていた。<盟約の石碑>や<何も無い地(ホワイトポイント)>とかね」

「なるほど……」


ソファで背を曲げ、組んだ指を顎に乗せた、シロエの姿勢からは表情のほとんどが隠されている。

何となしに弁明するように、クニヒコは言葉を続けた。


「あいつは考え無しに見えるときもあるが、あいつなりに何かを見て進んでいる結果だ。

それが結果的に、真実への最短経路になるときもある。確かに、あいつのすることは直接的、かつ情け容赦も無いかもしれないが……」


別に目の前のシロエが、ユウに何らかの隔意を持っていると知っているわけではない。

だが、クニヒコはいつしか、ユウのPK行為を釈明する弁護士のような気分で、言葉を重ね続けた。


「……した」

「え?」

「ああ、わかりました。別に私はユウさんに、何らかの先入観があるわけじゃないですよ」


顔を上げてにこりと微笑むシロエに、なぜかほっと安心する。


「……ですが、彼女の探索において、何らかの成果が出るとは、残念ながらあまり思えませんね」

「え?」


言葉そのものより、口調に込められた否定の調子に、思わずクニヒコはぽかんと口を開けた。

レディ・イースタルも、腕を組み口を閉じてはいるが、眉の片方だけがぴく、と跳ねる。


「確かに、<盟約の石碑>はこの世界と元の世界をつなぐ、ある意味で最もシンボリックな場所です。

ですが……この<大災害>という異変の直接的な引き金(トリガー)は、<ノウアスフィアの開墾>の日本サーバへの適用だと推定されます。

で、あれば。

唯一新パッチが当たった日本サーバか……あるいはそれ以前にパッチが当たっていたテストサーバ。

これが問題の核心に近づく場所ではないかと……思えます」

「テストサーバ……」


テストサーバ。

それは、アタルヴァ社が提供している、世界のいずれにも属さないサーバのことだ。

実際の適用より一足早く、新仕様やアイテムをテストできるため、ユウも含めた3人はいずれもテストサーバにキャラクターを作り、置いていた。

ユウは、メインキャラと同じ黒髪のエルフの女<暗殺者>。

クニヒコは髪の毛をポニーテールにした男<武士>。

レディ・イースタルは同じくポニーテールの<妖術師>だ。


「そもそも、<ノウアスフィアの開墾>という名前自体……」


いいさしてシロエは不意に口をつぐんだ。

素早く耳に手を当て、目の焦点が正面のクニヒコたちから外れる。


「ええ……はい。ええ、その通り……はい。では、そのように」

「急用か?」

「ええ。 すみませんが、お二人はこの後は?」

「ああ。ちょっとぶらぶらしてから、酒飲んで飯食って寝るさ。明日はマイハマだからな」


レディ・イースタルが答える。

実質上、スリーリバーを救う策は今日決定したといってよいが、レディ・イースタルの立場があくまでマイハマへの使者である以上、セルジアッド老公には会う必要があった。

勿論、<円卓会議>の決定は今日中にはセルジアッドの耳に伝わるはずだ。

彼も愚鈍とは程遠い人物である。

<円卓会議>の決定を踏まえた返答を、使者たるレディ・イースタルに返すはずだった。


シロエはほっとした顔を向けた。

暗に「気にせず仕事に戻ってくれ」というレディ・イースタルの返答に安心したのだ。


「すみません、お二人とも、大したもてなしも出来なくて」

「いや、ありがとう。本当に助かったよ」


言って頭を下げるレディ・イースタルに、あわててシロエも頭を下げる。


「こっちこそ。またアキバへ来られた時はぜひ訪ねてきてください」

「そっちが暇な時はそうさせてもらうよ」


そういってつかの間の邂逅を終え、立ち去るシロエに、ふとクニヒコが声をかけた。

なぜだか分からないが、今、声をかけなければいけないと思ったのだ。


「なあ、シロエさん」

「はい?」


振り向いて怪訝な顔をした<付与術師>の青年に、クニヒコは尋ねた。


「もし、ユウが戻った時には……こうやって話せないか?

この世界のことや、そう、なんて言ったらいいかな、色々とだが」


返された声は、奇妙にひずんで聞こえた。


「ええ。それは勿論。ですが……私が噂で聞いたり、こうやって聞いた限り、そんな日は、なんとなくですが来ないような気がします」

「なんだって?」

「彼女は、きっと僕たちとは、その最期まで別の道を行くんだと……思います」


そういって扉は静かに閉められた。

原作キャラ、うまく書けたでしょうか。


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