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ある毒使いの死  作者: いちぼなんてもういい。
第四章 <侠の天地>
66/245

番外5 <おっさん都へ行く>

1.


冬のナインテイルは温暖である。

全体的に温帯地域に属する弧状列島ヤマトの中でも南にあるため夏の暑さは堪え難いものの、冬はそれほどでもない。

しかも温泉まであるとなれば格別である。

暇と金を持て余したウェストランデの貴族たちが、お忍びで湯治に訪れるのも専らこの季節だった。

冬のユフ=イン。そこはかつての世界ほどでないものの、それなりに天国に近い場所のはずだった。


だが。


「あーっ!ちきしょーっ!

なんで俺がこんなところでこんなことをしなきゃならんのだ!」


瀟洒な雰囲気の漂う温泉街ユフ=インの領主館に、けたたましい叫びが今日もまた轟いた。

続いてばりばりばり、と何かの破れる音がする。

机に座る文官たちは、またかと言わんばかりの顔で騒音の源、つまりは彼らの上役たる宰相の座卓に座る女性を見た。


 美しい女性だ。

エルフ特有の華奢な体型に、細面の顔が乗っている。

肌は南国には滅多に観られない白皙で、薄い金髪がまるで糸のようにその美貌を彩っていた。

見た目だけで言えば高貴さすら漂わせる美女だ。

<東方の淑女(レディ・イースタル)>という誉れ高い名前もむべなるかな。

彼女は花のようなかんばせ、鬼神のごとき武威、そして古の皇王に認められた高貴なる地位を持つ、

伝説に残ろうかというほどの、ヤマト屈指の美姫なのである。

だが、文官たちはその「美姫」の外見の下をよくよく知り抜いていた。


「伯爵閣下、お静かになさってください」

「やかましい!来る日も来る日もデスクワークデスクワークデスクワーク!!

頭が腸捻転を起こすわ!そもそも何が悲しくて宰相だの、騎士団長だのしなきゃいけないんだよ!」

「またそんなことを……」


文官たちは溜息をつく。

彼らの上司たる<冒険者>にして伯爵位を持つ姫君のヒステリーには慣れているが、別に好き好んで聞きたいわけではない。いや、そういう趣味の男性もいるかもしれないのだが。


「レディ・イースタル伯爵閣下、御当代様の後見人の御立場は、御先代様との約定ではござりませぬか……ひっ」


皆に無言で押し付けられ、最も年少の文官が渋々、といった調子で声を掛ける。

その直後、ぎっ、と獣のような眼光を向けられ、我知らずその文官は小さな悲鳴を上げていた。


「そうだが!!俺は男爵が一人前になるまで見守るとは言ったが、宰相になれとか聞いてないぞ!

そもそも<冒険者>が政治家なんて無理だろうが!

あー、畜生!!せめてやりがいがあればいいんだが、仕事といやあ、絵本の販売許可申請とか、不気味な奴が隣人にいるから注意しとけとか、そんなのばかりだろ!

そもそもこの本を見てみろ!これ!!

『ゆうしゃおうユーリアスシリーズ17 ユーリアスと地獄に落ちたキツネひめ』とか、ちゃっかり自分を主人公にしてシリーズを乗っ取りやがって!

そもそも最初は俺が主人公、あいつなんてモブだったのに、いつの間にか勇者になって王にまでなりやがった。

てめーはピコピコハンマーで相手を光にするロボットか!

あのクソ野郎、今度あいつを名指しで入湯税50000%くらい課してやる……」


彼女が就任してからの僅かな期間で、完璧にこの女性の扱いを心得た官吏達は、こぼれそうになるため息をつとめて聞こえぬよう注意を払いながら、静かに、しかしきっぱりと指を扉に向かって一斉に指した。


「「「閣下。そういえば男爵閣下がお呼びのようでしたな」」」

「あ…ああ……す、すまん」


冷静な文官たちの心の内側にあるものが見抜けないほど、レディ・イースタルも子供ではない。

彼女のヒステリーも、<冒険者>、それも主君より爵位の高い貴族という極め付きに特殊な上司を迎えた文官たちへの、半ばポーズだ。

文官他、官吏や侍女たちも、はっきり言わないまでもそうしたレディ・イースタルなりのマネジメントを理解し、いつもならそれなりの冗談交じりの返しをかけてくれるはずだった。

それがないということは。


(こいつら、本気でテンパってるなあ……)


「ああ。しゃーねえ。ちょっと煙草一服してくるわ。みんな、後は頼む」

「いってらっしゃいませ」


さも呆れた風を装い、レディ・イースタルは袂から紙巻煙草を一本取り出すと、部下達の声を尻目に『宰相室』というプレートが掲げられた部屋を出る。

廊下を、自らの現在の雇い主であるメハベル男爵の執務室へと歩きながら、レディ・イースタルは煙草に火もつけないまま、ステータス画面を見ていた。


ユウ。


 長い付き合いの友人の名前が記されたフレンドリストの一番上は、光を失って久しい。

彼女の旅立ちの様子は、ひそかに見守っていたかつての仲間たちから聞いている。

恐れ、戦き、泣きながらそれでもたった一人旅立った友人は、今頃どの空の下にいるのだろうか。

少女の肉体に中年男の精神を宿した友人が望んでいたように元の世界へ帰って行ったのだろうか。

それとも、ひそかに友人が望んでいたように、永遠の死を得られたのだろうか。


柄にもなくセンチメンタルな気分に陥りながら、レディ・イースタルはトントン、と男爵執務室のドアをノックし、「どうぞ」という声と同時に開け。


「~~~~~っっっっぁあぎゃあああっ!!!」


視界にいきなり現れた真っ白な顔に、思わず叫んで目を回したのだった。



 ◇


「ウェストランデの伝説に残る麗しの伯爵閣下も、鄙びた暮らしに随分羽を伸ばされているご様子ですな」

「……もうしわけありませんね、モングリー伯爵」


イヤミったらしい目の前の白粉を塗った男性の声に、レディ・イースタルは笑顔を貼り付けてこたえた。

内心で目の前の男たち―ウェストランデからの使者と、ナインテイル九大商家からつけられたその従者―を心の底から罵倒する。


(なんだこの白粉妖怪(ばけもの)は。顔は瞼がないサファギンみたいだし、腕はぬるぬるしてるし、全体的に両生類が衣冠束帯を着たみたいだ。その束帯にしてもせめて歴史的にまともな色使いならいいものの、ゼータガン○ムみたいな色使いしやがって。お前は地球連邦軍所属かよ。

隣の従者も従者だ。丸っこい体型に目だけは油断ならない、こんなあからさまに『怪しいです』って連中、商人としちゃ二流以下だな。

ともあれ、ろくな来客じゃないだろう。まあ、また俺を嫁に取りたいとか、領土を渡したいとかそんなものだろうよ)


目の前の来客用の椅子に横柄に座る、モングリー伯爵と名乗った白粉を塗った貴族と、ジェジュと名乗ったその従者を見ながら、言いたい放題を考えているレディ・イースタルだが、彼女の考えにもきちんとした理由がある。

実際に、彼女をめぐって求婚者が押し寄せたり、あまつさえユフ=インと他国で戦になりかけたことは、枚挙に暇がないのだった。


 そもそも、レディ・イースタルの現在の立ち位置そのものが非常に不自然である。

親類でもない、加えて爵位が当主より高い貴族が、宰相や騎士団長に就任するということがまず変だ。

しかも<冒険者>となれば、貴族ならば誰もが情報を額面どおりには受け取らない。

それまで孤立していたメハベル男爵家が<冒険者>を雇った。

それだけでなく、失った騎士達や前男爵の代わりにと、兵を次々と雇い鍛えている。

メハベル家は武勇に名高い先祖同様、再び武をもって周囲に相対するつもりではないか。

あえて男爵位を遥か遠方のコーウェン公爵家に保障してもらったのも、そもそもナインテイルにあって自らはウェストランデに威服するべからざる、という意志の表れではないか?

周辺はおろか、誰もが疑心暗鬼になり、一時は来客でメハベル男爵邸はてんてこ舞いだった。

来客ならばまだいい。

斥候代わりの<冒険者>を送り込んでくるのはかわいいほうで、

中には軍を境界ギリギリまで進めてきた貴族もいたのだ。

事情が事情だけに、無闇に叩き出すわけにもいかず、止むを得ず男爵の名代として、レディ・イースタルは近隣貴族へ説明に赴いた。

結果としてさらに注目を集めているのだが、そこまで彼女の責に帰するのは流石に酷というものだろう。


そんなことを思いながら席についたレディ・イースタルに、モングリー伯爵と名乗った貴族は妙に平板な声で用件を繰り返した。


「それで、恐れ入りますがレディ・イースタル伯爵閣下におかれては、我らスリーリバー諸侯の名代として、イースタルのコーウェン公爵閣下への御使者となって戴きたいのですよ」

「スリーリバー?」

「ええ」


頷くモングリー伯爵の横で、ジェジュがこくこくとせわしなく頷いている。

不審そうな男爵の横で、レディ・イースタルも同じく首を捻った。

スリーリバーとはその名のとおり、愛知県東部地域をさす、この時代の名前だ。

ナインテイル地方からは遥かな東、そもそも地名を聞いてもほとんどの<大地人>はピンとこないだろう。

そんな地域の貴族が、わざわざイースタルへの使者となってもらうためにナインテイルの貴族を訪ねる。

メハベル男爵ならずとも不審に思うのは当然のことだった。


「御用件は分かりましたが……何故わざわざ当家に?

失礼ですがスリーリバーならば、キョウの上つ方を通じて御使者を出すなり、あるいは直接向かわれるなり何でも出来るでしょうに」

「……」

「いや、男爵閣下の御不審もっとも。

しかしこれには訳がござります」


伯爵たる自身の望みに男爵風情が異を唱えたことにむっとしたのか、黙ったモングリー伯爵の代わりに口を開いたのはジェジュだった。

ペラペラと早口で、まくしたてるように彼は言葉を紡いだ。


「誠に失礼ながら、閣下はスリーリバーの情勢をご存知ありますまい。

あの地は名目上ウェストランデの執政公爵家に属すると言え、事実上はウェストランデ、イースタルの係争地でございました。

彼の地の貴族諸侯は時勢に応じて旗を大きく変えてきたのです。

そして現在、スリーリバー諸侯の旗頭たるべきお方はウェストランデで幼い身を養っておられます。

表立ってイースタルの公爵閣下に使いを出せないのもそのためなのです」

「ならばそのような複雑なご事情を受けての使者、当家では務めかねますな」


モングリー伯爵の額に青筋が立ち、ジェジュがあからさまにあたふたと手を振った。


「いえいえ、そのような厄介なことではないのです。そもそもこの使者に関してはウェストランデの執政公爵閣下もご存知のこと、これが証拠でござります」


あわてて出した書状には確かに、執政公爵の花押が踊っている。

ううむ、と見つめたメハベル男爵の代わりに、黙って会話を聞いていたレディ・イースタルが口を開いた。


「で、使者の用件とは何なのです」

「派兵だ」


モングリー伯爵が苦虫をまとめて噛み潰した顔で呟くように言った。



スリーリバーは、特殊な地域である。

闘技場、魔物に支配された町など、極めて危険な地域に囲まれたこの地の貴族は、古くより自衛の為に武装せざるを得なかった。

この地域の貴族が、ウェストランデやイースタルの中央貴族たちから軽んじられる所以もそこにある。

城壁を張り巡らせた街ですら容易に滅びるこの地においては、皇王朝時代から残る貴族はほとんどいない。

家臣や分家、極端な例では在地の土豪や武力集団の頭目が系図を仮冒し、貴族を名乗る例すら枚挙にいとまが無いのだ。

むすっとしているモングリー伯爵自身、過去の「モングリー伯爵」の子孫かどうかすら怪しい。

そうした事実、そして実際に人間社会の先進地域から離れ、救援も難しいとなれば、ウェストランデの中央貴族が冷淡な扱いをするのも無理もないことだった。


「我らは今、危難に瀕している。

亜人の大群が幾つかの街を滅ぼしつつあるのだ。

我らも貴族、領地領民を見捨てて逃げることはあり得ぬ。

しかしいくら守ったところで援軍の当ては少なく、理非なくイースタルの諸侯に訴えたとて、他国を助くいわれ無しと切って捨てられるのは目に見えておる。

スリーリバーの諸侯を纏めるべき旗頭はウェストランデから出られぬ有様だし、我らも幼子を迎えて戦えぬ。

ならばと、イースタルのコーウェン公爵閣下に所縁ある貴家に助力をお願いする次第。

貴家は先だってコーウェン公爵直々に叙爵を許された御家であるし、宰相閣下はアキバに所縁あるとも聞く。

貴家なればイースタル諸侯も無碍にはなさるまい。

同じくヤマトの貴族として、ご助力願えぬだろうか」

「ふむ……」


メハベル男爵は腕を組んだ。

正直、断りたいのは山々だろうな、と彼のしかめ面を見ながらレディ・イースタルは考える。

遠いスリーリバーの貴族が真実彼らの語る通りの状況なのか、裏を取るには時間がなさすぎるし、仮に見捨ててもメハベル男爵家には何の不利益もない。

断って開けた執政公爵の手紙には「この手紙を持つものに助力するように」とそっけなく書いているだけだ。

無視してこの伯爵主従を叩き出したところで何の痛痒も無いだろう。


しかし、レディ・イースタルが「やめとけ」と耳打ちする前に、ゆっくりとメハベル男爵は口を開いた。


「御使者の段、承りましょう」

「は?!」


思わず大声を出しかけたレディ・イースタルを手振りだけで抑え、彼はゆっくりと続けた。


「同じヤマトの貴族として、苦境に立つ貴家はじめスリーリバーの諸侯閣下には義憤を感じます。

我が家はスリーリバーより遠く、兵を向けることは出来ませぬが、口舌が微力たるなればあい努めるが貴族の義務。

御存知のとおり、わが宰相にして騎士団長は<冒険者>でもありまするゆえ、アキバにも急を知らせましょう。

かれらに国境などあってなきがごときものですからな」

「おお、有り難し」


頷きつつも喜色を隠せないモングリー伯爵に、満面の笑みのジェジュ、二人の前で、仕方なくレディ・イースタルも頭を下げたのだった。


2.


その夜は見事な満月だった。

スリーリバーの貴族たちが嬉しげに帰ってから約半月後、<妖精の輪>の前でレディ・イースタルは最後の確認とばかりにメハベル男爵に詰め寄っていた。


「本当にいいんだろうな?少なくとも一ヶ月は留守にするぞ」

「構いませんよ」


答える男爵の声はのんびりとしたものだ。

このやり取り自体、何十回もしているのだから当然ではある。


「私も実務をしっかり覚えるいい機会です。閣下はゆっくり羽を伸ばして戴いて結構」

「そりゃ、俺がいなくても回るだろうけどよ。どっかのアホ貴族がまたトチ狂って兵を向けたらどうする」

「僕らが守りますよ」


この場にいる三人の<冒険者>の一人、ギルド<第11戦闘大隊>の小隊長、西田が陽気に答えた。

いつもの軍服の肩に、珍しい紋章の彫り込まれた金属片をつけている。

メハベル男爵家の家紋だった。

彼らは、ゴロツキ<冒険者>の退治かたがた、ユフ=インに駐留しているのだった。

手練れの騎士を数多く失ったメハベル男爵家にとり、彼らは少数だが貴重な戦力だ。


「俺が知る限りでもこれで同じやりとりは五回目だぞ。さっさと行こう、タルさん」


この場にいる<冒険者>の最後の一人、黒い全身鎧にこれまた巨大な数珠を肩掛けにした白面の騎士が呆れたようにぼやいた。


「気楽な出家生活のお前と違って、役職持ちは出張にも気を使うんだよ、クニヒコ」

「そう気楽でもないんだよ。毎日詐欺と紙一重の方法で飯を探してて」


そう唸る騎士の名前はクニヒコ。

背中に巨大な大剣を背負い、西洋の騎士物語から出てきたような出で立ちの姿からは想像できないが、今はここユフ=インから少し離れたムナカタの街で修行に励むれっきとした僧侶である。

とはいえ何かあれば鎧をまとい、すぐ生えるからと髪も剃らない彼を一目見て僧侶と見抜く人間はいないだろうが。


「早くしないと<輪>の行き先が変わるぞ。急ごう」

「はぁ……男爵!あとは知らんからな!頼むぞ!」

「はいはい、お気をつけて」


男爵のだるそうな返事も待たず、<妖精の輪>から光が溢れ出す。

それは瞬く間に騎士と美姫、二人の姿を押し包んで消えた。


「やれやれ、ようやく行きましたか」

「男爵閣下、お疲れさまです。それにしてもなんだかんだ言いながら責任感のある人ですよね、レディ・イースタルさんって」


楽しそうに言う西田をちらりと見て、メハベル男爵はもう一度ため息を付いた。

冬の月が澄明に木々を照らし出す、冬の夜のことだった。

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