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ある毒使いの死  作者: いちぼなんてもういい。
第四章 <侠の天地>
65/245

49. <脱出> (後編)

2.


「おやめなさい」


静かな、しかし凛とした声に、思わずユウは頭上を見上げた。

無数に翻る旗の中、ひときわ目立つ壮麗な道服の女性が立っている。

殺気立っていた男たちの視線が徐々に萎え、声が静かになったころを見計らってその女性―レンインは告げた。

その視線は冷ややかだ。


「我らが教主は戦い、敗北しました。

それは教主の戦いです。皆、教主の戦いを蔑ろにするつもりか」

「しかし、公主(おじょうさん)。あの女は<毒巧手(どくつかい)>です。

正々堂々と戦って勝つならともかく、毒を用いて勝つような卑怯な日本人だ」

「ナンベイ。毒は手段に過ぎません。あなたは<五毒>を蔑んでおられるのか」


隣の背の高い武将風の男―ズァンに似ていたが、彼ではない―に、レンインが返す。

ぐ、と唸ったその側近の肩に手を置き、剣を左手に持ったまま、中性的な顔の男がにこやかに代わった。


「まあまあ、成徳新たな教主閣下(ギルドマスター)が、たかが日本人の流れ者に倒されたとあっては、教主だけでなく<日月侠>全体の名折れです。

公主の、義父上(ちちうえ)の名誉を思う気持ちはわかりますが、われら<日月侠>の者どもの気持ちも考えて頂きたい。

あの者を教主に這い蹲らせなければ、この場は収まりませぬ」

「ですが、ヤンガイジ。教主は挑戦され、それを受けました。

天運、利なくあの者に倒されましたが、それ以外の全員を倒しております。

教主の武威は、いささかも損なわれてはいません。

今彼女たちを殺せば、損なわれるのは<日月侠>の度量です」


言い返すレンインに、ヤンガイジと呼ばれた青年はうっすらと笑った。


「ところで公主。ヨコハマであの娘と何をしゃべってきたのですかな?」

「!!」

「わかっておるのですよ。ギルドから逃げ出し、ついこの間戻った『元』サブギルドマスター風情が、何を偉そうに我々に指示できると思っているのですか?」

「ヤンガイジ!!」


とっさに飛びのくレンインのいた場所を、躊躇いもなく振られたヤンガイジの刃が通り抜けた。


「<天剣勢>」


一瞬のうちに返された刃が、真空の衝撃となってレンインを襲う。

切り裂かれた彼女に、呆然と事態の成り行きを見ていた観客たちから悲鳴が上がった。


「<道士>に呪文を唱える暇は与えぬ。斬られよ」

「ヤンガイジ!気でも狂ったか!」


とっさに飛び込んだウォクシンの側近の一人を、ヤンガイジの剣が切り捨てる。

血煙をあげてのけぞる彼を押しのけ、別の<侠客>が前に出ようとした。

その脇腹から赤い三角形が突き出る。

ヤンガイジの側近が、後ろからその<侠客>に剣を突き刺したのだった。


「なにが……」


ユウは上を見つめ続けた。

失われたMPのせいで頭は朦朧とし、失血のせいか意識も危うい。

それでも片手だけで<暗殺者の石>を取り出し、地面に置いて霊薬(ポーション)を探る。


「何がどうなっているのかわからんが、好機だろう」


意識を取り戻したフーチュンが、横になったまま呻いた。

2人と、いまだ目を覚まさない<第二軍団(レギオ・アウグスタ)>所属の<守護戦士(ガーディアン)>、カシウス以外、<正派>の仲間はすでに全員が<大神殿>送りだ。

可能であれば助けたいが、現状ではまず生き残るのが先決だった。


幸いなことに、観客のほとんどの目は貴賓席の乱戦に目が向いている。

それだけではない。観客席のあちこちで戦闘が始まっていた。

潜んでいたヤンガイジ派の<冒険者(ぼうけんしゃ)>たちと、そうでない者との間で争っている。


「霊薬はあるか」

「ああ」


HPとMPがある程度まで回復したユウが片手で器用に渡した瓶を呷り、フーチュンは立ち上がる。


「乱戦といってもあの人妖(ウォクシン)がくれば収まるだろう。

その前に逃げよう」

「しかし、どうやってだ?さすがに正面突破は今は無理だ」


普段に似合わず弱気なユウに、フーチュンは笑い声を上げた。


「いつものあんたらしくないな、ユウ。こんな修羅場くらい何度もくぐったんじゃないのか?」

「無茶を言わないでくれ。片腕もないんだぞ」


付け根から引きちぎられた腕は、痛みや失血こそないものの、依然として戻っていない。

見ようによってはおいしそうにすら見える赤い肉面を見ながら、フーチュンは楽しそうに笑った。

その彼は、ウォクシンから受けた傷もほとんどが癒え、好調とまではいかないものの無傷に近い。

憮然としたユウと、ようやく意識を取り戻したカシウスの前で、フーチュンは悪戯を仕掛ける子供のような顔を残したまま、大きく地面を蹴っていた。



 ◇


 レンインは恐怖に目を閉じそうになる自分を必死で押さえつつ、ヤンガイジの剛剣をかわしていた。

既に自分を守るべき義父(ウォクシン)の側近たちは斃れて消え、またある者はヤンガイジの命令に従い自分に剣を向けている。

他の<冒険者>たちは遠く、ウォクシンはいまだ演武場には顔を見せず、念話にすら応じてこない。


(もう……死ぬしか)


「公主。申し訳ありませんが<大神殿>には既に手の者を配置しております。教主は助けにこられませんし、あなたもよみがえればその場で捕縛する用意をしています」


口を噛むレンインに、考えを読み取ったかのように告げたヤンガイジが笑った。


「あなたを逃がしはしません。義親娘(おやこ)共々捕まえて、黒木崖の最下層に放り込んで差し上げましょう。

その後は悲劇の王家を気取るなり、ロールプレイを忘れて傷を舐めあうなり、どうぞご自由に」

「なぜ裏切ったのか? <正派>につく気なのか?」

「<正派>? はっ!」


嘲る声が刃の代わりにレンインを打つ。

ヤンガイジは、心から嬉しそうに笑った。

だがその目だけは、激情が抑えきれないように強く光っている。


「いや何、<エルダー・テイル>だったころは我々は仲のいい仲間でしたね。

ネットだけの関係でしたが、友人といっても私は頷いたでしょう。

ウォクシンは気のいい幇主(ギルドマスター)で、あなたは<日月侠>の頼れる公主(おじょうさん)だった。

ですがね。

<大災害>以降のあなたたちには私は心底失望したんですよ」

「失望ですって?」

「そうです。変な技を使うようになったと思ったら、ロボットのようになってしまったウォクシン。

そんなギルドマスターと仲間をさっさと見捨ててヤマトで日本人と仲良くしていたレンイン(あなた)

誰もが必死で生きているこの世界にあって、自分勝手なあなた方はいささか目に余りました」

「必死で生きている?」


弾劾を続けるヤンガイジを黙って聞いていたレンインだったが、不意に彼女の声が彼の長広舌に割り込んだ。

話の腰を折られ、表情を固まらせたヤンガイジに、鋭くレンインが問いただす。


「必死で生きているって、何をです?

仲間を集めて、<大地人>の女を侍らせた王朝ごっこのことですか?

それとも、今の華国でやっている、この馬鹿げた正邪の争いのこと?

そんなことに仲間を巻き込んで血道をあげることが、あなたの言う『必死で生きる』ということですか?」

「お嬢さん。あまり口が過ぎるのは感心しませんがね」


一瞬で無表情になったヤンガイジの声が低く窄まった。

だが、そんな彼のあからさまな恫喝を、レンインは持ち前の高慢な微笑で跳ね返す。

続いて出てきた口調は、見せ掛けの敬意すら遠くに放り投げたものだった。


「そうね。<エルダー・テイル>にいたときは、あなたは自称『ロールプレイヤー』だったわね。

単なるプレイヤーじゃなく、この<日月侠>の副幇主(サブギルドマスター)として振舞うのが好きだった。

で、今度はどこかの小説のように、反乱を起こして自分が教主になるってこと?

面白いわね。でもね、ヤンガイジ。

役割演技(ロールプレイ)は遊びだから許されるのであって、演技(プレイ)を忘れたそれは単なる気持ち悪い現実のカリカチュアに過ぎないわ。

王朝時代の暴君の、その尻尾の先みたいなことで満足して、今度は奸雄の真似事(ロールプレイ)

それともどこかの武侠小説の登場人物の真似事かしら。

いっそ、小説に倣ってその下半身の一部を切り落としたら?

きっと強くなれるわよ」


流れるような悪罵に、涼しげだったヤンガイジの顔が青く、ついで赤く染まった。

口を閉じたレンインに、抜く手も見せずヤンガイジの剣が振り下ろされる。

だが、それは肉にたどり着く前に、もっと硬い何かによって跳ね、

続いて沸き起こった爆発によって大きく吹き飛んでいた。


「あれは!」


ユウは彼方で起きた爆発に驚いた。

上空に消えたフーチュンの影を見失い、回復したカシウスを介抱しながら出口を探っていたのだ。

ちょうど彼女は先ほど<毒使い>のヤンフォンが出てきた出口の向こうに、演武場の外に出る道を見つけたところだった。


フーチュンをどうやって呼び戻すか、それを考えていた矢先のことだ。

だが、そうした思考を爆発の光が一瞬で塗り替える。

自作したアイテムを見間違う製作者はいない。

あれは、


「私の<爆発>の毒……」

「お前の? フーチュンに渡したのか?」

「いや、あいつには渡す暇がなかった。私の知る限り、あれを持つ人間は華国に一人だけだ」


まさか戻っているとは思わなかった。

ウォクシンとの最初の対面のときにもいなかったし、そもそも彼女は船旅だ。

どれほど足の速い船に乗っても、帆船である以上時間は相応にかかる。

そこからさらに華国を横断すると聞き、無意識に彼女はいないものとして考えていたのだ。

だが。


「レンイン……」


呟くユウを、カシウスが不思議そうな目で眺めていた。



 ◇



 フーチュンの体は、まるで重力など存在しないかのようにふわり、ふわりと飛び上がる。

元々<剣士(スワッシュバックラー)>は、<暗殺者(アサシン)>に並ぶほどに素早さへの補正が高い職業だ。

同じ剣を用いる職業、たとえば<侠客(サムライ)>のように大型の重武器こそ使えないものの、技と身ごなしの速度では遥かに上を行く。

まして、今の彼はボロボロの道服を着込んだだけの軽装だった。

すり鉢状になった観客席を飛ぶように<剣士>が飛ぶ。

さすがに目の前に来られた<邪派>の<冒険者>が剣を向けるが、彼らが反応する前に既にフーチュンは離れていた。

彼らが入り乱れて戦っていたことも幸いした。

広範囲攻撃を持ちながら、<道士(ソーサラー)>や<召喚術師(サモナー)>は有効な呪文を唱えられない。

それでも時折襲う炎や雷をかわし、あるいは霊薬を飲んで回復しながら、まるでアスレチックを上るようにフーチュンは桟敷席についていた。

その足が豪華そうな椅子に着いたとたん、爆発が衝撃を撒き散らす。

危うく落ちそうになる体をもんどりを打って耐えたフーチュンは、爆心地近くに立つ二人の<冒険者(プレイヤー)>を目に留めた。


男女―ヤンガイジとレンインは、ともに素手のままで対峙している。

爆発に煤けた髪を振り乱すレンインに負けず劣らず、ヤンガイジの顔も凶暴だ。

先ほどまでの見せ掛けの柔和さもかなぐり捨て、視線だけで殺しかねない目でレンインを睨み付けていた。


(どうする? どっちも<日月侠>だが……)


フーチュンは、誰からもほとんど目に留まっていないことをいいことに、内心で自問した。

フーチュンの策とは、こうだ。

上で戦っている誰かの片方に加勢する。できれば不利なほうだ。

可能であれば、その誰かを捕まえ、人質にして逃げる。

あるいは両方を倒し、誰もが<大神殿>に注意を向けた瞬間を狙って退く。

ユウを馬鹿にする資格などない。

彼の立てた脱出計画も実に杜撰なものだ。

だが、それでもフーチュンの中には勝算があった。

そして何より、仲間を次々と殺し、自分をも倒したウォクシンがユウに倒された以上、

彼の腹心なり部下なりをできるだけ倒して鬱憤を晴らしたかったのだ。

そして、目の前にはおそらく<日月侠>の幹部であろう二人が睨み合っている。

片方の男のステータス画面には『ヤンガイジ』と見事な筆記調の簡体字が浮いていた。

であれば、彼は<日月侠>の副教主、<侠客>のヤンガイジに違いない。

同時に、怒りと軽蔑のない混ざった笑みを向ける女の正体も知れた。


その瞬間、フーチュンは無意識にどちらに味方するか決めてしまっていた。



「レンイン公主(おじょうさん)!助太刀するぞ!!」


叫びざま放たれた<連声血梅花(ブラッディ・ピアッシング)>が、注意を向け遅れたヤンガイジの肩を突き刺す。

奥伝に達していた彼の技から、カードのような追加ダメージマーカーが描かれ、それは瞬く間にヤンガイジの背中を覆った。


「ガキ、がぁっ!!」


何度目かの攻撃に、振り向いたヤンガイジの剣が鞘走る。予備の剣、というよりこちらが主力なのだろう。

ウォクシンの七星宝剣にも匹敵する<幻想>級の一撃に、思わずフーチュンはよろめいた。

そのまま膝をついた彼に、嗜虐的な笑みを浮かべてヤンガイジが剣を振り上げる。

フーチュンは片手を床に着いていた。

だが、その瞬間にヤンガイジの背後から凛々と声が轟いた。


「<穴道開放(エンハンスコード)>……<炎快矢(フレアアロー)>!」

「ふぐっ!?」


一瞬で生きた松明と化したヤンガイジだが、数秒のうちにその炎は掻き消える。

彼の武器か鎧か、何かの効果が彼にかけられた状態異常(デバフ)を解いたのだ。

だが、その数秒だけでフーチュンには十分だった。


「<絶命剣(ダンスマカブル)>!」


まるで意思を持つかのように剣筋を遮ろうとするヤンガイジの剣をすり抜け、

フーチュンの剣が<剣士>最大の技を繰り出す。

<暗殺者>の<アサシネイト>、その<盗剣士>版とも呼べる特技は、本来の剣に比べれば大きく性能の劣る、今のフーチュンの剣でも無視できないダメージをたたき出していた。


「お、おのれ……!」


そういうヤンガイジが、自らの体に貼り付けられた追加ダメージマーカーに、思わず顔を強張らせた。

<絶命剣>によって打たれた、ひときわ大きなマーカーの塊に、にやりと笑ってフーチュンは剣を叩きつけた。


「<流常防勢(クールディフェンス)>!!」

「<起爆(ブレイクトリガー)>!」


二人の叫びが同時に上がり、叩きつけた剣を中心にマーカーが連鎖的に爆発する。

花火のような閃光と轟音がとどろく中、フーチュンは呪文を唱えようとしていたレンインの手を思いきり引っ張った。


「お嬢さん!こっちだ!」

「あなたは!味方なのですか!」

「そうだ!」

「ユウさんの味方なのですね!?」

「ああ!!」

「なら、信じます!!」


言いざま、ヤンガイジの横をすり抜け、レンインは信じがたい行動に出た。

いきなりフーチュンに抱きついたのだ。

人間花火と化したヤンガイジと同じように、フーチュンの体が瞬間、硬直する。

だが、それは苛立たしげに背中を叩いたレンインの拳によって瞬時に溶けた。


レンインを横抱きにしたフーチュンが素早く桟敷席の端に近寄った。

下を見れば、あちこちで呪文が飛び交い、特技が打ち合わされる混沌とした観客席の遥か先に、小さく二人の人影が見える。

白と黒、その二つの影に向かってフーチュンは再び飛んだ。


その瞬間。

ドガ、とすさまじい衝撃が、彼を襲った。


「ぐぶ!!?」

「許さん」


振り仰ぐ桟敷席に、剣を振りぬいた姿勢のヤンガイジがいる。

どんどん遠くなるその光景を見ながら、フーチュンは自分が飛んでいるのではなく、落ちていることに気づいた。

足が大地を離れる刹那、ヤンガイジの振るった剣がフーチュンの背中を砕いたのだ。

その技は、おそらくヤマトで<一刀両断>と言われる―当然フーチュンはその名前を知らないが―技に違いない。

一撃だけならユウの<絶命閃(アサシネイト)>や、自分(フーチュン)の<絶命剣(ダンスマカブル)>にも匹敵するその技は、ダメージがなかったはずのフーチュンのHPを、再び真っ赤に塗り替えていた。

そして、数秒後に入るはずの落下によるダメージを加えると、HPが尽きる、とフーチュンは半ばあきらめと共に思う。


(思い切りよく飛んだおかげで、観客席に落下せずにすみそうなのがせめてもの幸いだが)


フーチュンは先ほどのヤンガイジに<大神殿>で捕まる自分の姿が幻のように見えた。


(まあ、どうせ元から考えなしだったからなあ)


<正派>の中では若手の下っ端だった自分が、<日月侠>の教主ウォクシン、副教主のヤンガイジと、二人の強敵に一太刀浴びせられただけでも良しとすべきだ。


そう思ってフーチュンが気絶しようとしたとき。

彼は、自分の口に何か暖かいものが押し当てられ、そこから液体が流れ込むのを感じていた。



 ◇


 ぐじゃ。


 聞くだけで痛々しい音が響き、周囲の<冒険者>たちは思わず音のしたほうを振り返った。

再び訪れた奇妙な沈黙の中で、壊れた人形のように手足を変な方向に曲げた青年の横で、女性が頭を振って立ち上がる。


「お、公主(おじょうさん)……」


誰かが呟いた。


「お嬢さんだ」

「お嬢さんが、なぜ?」

「ヤンガイジ様が取り逃がしたのか?」

「おい待て。お嬢さんの周りのあの3人、<正派>じゃないか!?」


誰かの叫びに、一瞬で演武場が狂騒に包まれる。


「お嬢さんを討ち取れ!」

「お嬢さんを守れ!!」

「いや、敵は<正派>だ! まずあの3人を殺せ!」

「待ちなさい!!」


<日月侠>もそれ以外のギルドも、レンインの敵も味方も誰もが、その声に動きを止めた。

自らを襲おうとする敵でさえも、清冽なその声は金縛りにしたのだ。

再び動く者のいなくなった演武場で、レンインの声だけが朗々と響く。


「あなた方はなぜ戦っているのですか? <正派>や目の前の相手が憎いからですか?」

「文成武徳、天地驍名たる教主閣下の槍となるためです!!お嬢さん!!」

「なぜ教主閣下の槍となるのです? 槍となって何をするのです?」


誰かの声に、負けじとレンインが叫び返す。

返事が返ってこないことを確認し、レンインはやや声を落として言った。


「私たちが教主閣下の下に集うのは、元の世界に帰るためです!! 

ですが、それはすぐには適わない!! だから今は侠の本義に立ち戻るべきです!

それは<冒険者>同士の戦いではない!」

「では何をすりゃあいいってんですか、お嬢さん!!」


怒り交じりの誰かの叫びに、レンインは怒鳴った。


「民を、<大地人>を救いなさい!」


すう、と息を継ぎ、再び出てきたレンインの声は絶叫だ。


「義侠の心を持って民を助け、(すく)うのが私たち華国の(ぼうけんしゃ)であったはず!

それを忘れて<正派><邪派>などと下らないことをいつまで続けるのですか!

もう一度聞きます! そのあなた方の剣や拳は何のためにあるんですか!!」

「<正派>に寝返った公主を討ち取るためですよ」


必死の叫びに、嘲りの声が降った。

見上げれば、受けたダメージを回復したのか、ヤンガイジが顔を下に向けている。

手にした剣をまっすぐレンインに向け、ヤンガイジは叫んだ。


「私に味方する者も、そうでない者も! 見なさい!

あそこで<正派>に助けられ、今も共にいるのが我らの公主の真の姿です!

薄汚い裏切り者だ!

あまつさえ、自分を棚に上げてわれらの義気を貶めるとは、許せないとは思いませんか!?

さあ! あの卑劣な小娘を討ち取りなさい!!」

「さて、どっちが卑劣なのかね」


高揚したヤンガイジの言葉に冷や水を浴びせるように、観客席の一方からけだるい声がした。

視線を思わず向けたレンインとヤンガイジの前で、奇妙に退廃的な雰囲気の女性が立ち上がる。

信じがたいことに、周囲で乱戦が繰り広げられる中、一人椅子に座っていたのだった。


「<五仙>のメイファ総香主(ギルドマスター)。何か私に疑問でも?」

「いいえ、ヤンガイジ。 ただ、状況がどうあれ、<邪派(こっち)>は数百人。

対する公主は4人。

それも<正派>はひとりだけ。 残りは色目人(ヨーロッパじん)と日本人だわ。

敵に寝返った、というには、ちょっと根拠が薄くないかしら?」

「<正派>が一人でもいれば、そんなものは関係ない!」


うっすらと笑ったその女性―<毒使い>だけのギルド、<五毒>を束ねる幇主(ギルドマスター)、メイファに、ヤンガイジが怒鳴る。

おお怖、とあからさまにおびえて見せたメイファは、眼下のレンインたちを見下ろしながら楽しそうに続けた。


「それに、お嬢さんが言ったことは疑問を抱く余地があるわ。

私たちは<邪派>なんて名乗っても<冒険者>であることに変わりはない。

華国で<冒険者>でいるということはすなわち<義侠>であるということ。

……まあ、私にはあまり関係ないけど。

むしろ私はあの日本の<毒使い>に興味があるわね。

ヤマトサーバのユウといえば、それなりに名の売れた対人家のはず。

倒されたヤンファンだって、<五毒(うち)>じゃそれなりの手だれだったのに、

あんなあっさりと沈めるなんて面白い。

生憎今は片腕だし、私は全力の彼女と戦ってみたいわ」

「……捕まえてしまえばいいでしょう」

「それじゃ、面白くない」


口を尖らせてメイファがわざとらしく拗ねてみせる。

そして、唇に指を当て、さもおかしそうに笑った。


「だからね。 私たち<五毒>は、今だけはお嬢さんに味方してあげる。

あなたがウォクシンならそう思わなかったけど、あなたはあくまで副教主(ヤンガイジ)であって教主(ウォクシン)じゃない。

私はウォクシンじきじきに招かれた総香主。

副教主に過ぎないあなたに従ういわれはない」

「……<毒香主>め!!」


ヤンガイジが叫んだことと、メイファの指示を受けた観客席の<毒巧手>たちが一斉にヤンガイジ派の<冒険者>たちに襲い掛かったのは同時だった。

まごまごしていた元からのウォクシン派も、<五毒>の支援を受けて再び戦い始める。

先ほど以上の乱戦となった演武場で、メイファが弄ぶようにレンインに声をかけた。


「じゃあ、公主(おじょうさん)。 元気でね」

「メイファ総香主(さん)……ありがとうございました」

「骨が折れたままの<正派>の坊やを早く治して、ここを出て行きなさい。 それに……お礼を言われることは何もしていないわ」

「でも」

「私はね」


言い募るレンインに、一瞥を投げかける。

その目に潜むぞっとするような酷薄な光に、思わずレンインは口の中で悲鳴を噛み殺した。

やがてその目が動き、片腕の<毒使い>に向けられる。

まるで茂みの中から獲物を窺う毒蛇のようなその眼差しを、ユウはしっかりと受け止めた。


「あなたを無数の毒で痛めつけて、地獄にすら逃げ出したくなるほどの苦痛を与えてみたいの。

同じ<毒巧手>のユウさん。 あなたに」

「やってみるといい」


ユウが静かに答える。

しばらくの間、2人の<毒使い>は黙ってお互いを見つめ続けた。

やがて、すっとメイファが目をそらす。

たおやかに伸ばされた手は、出口をしっかりと指差していた。


「再戦の日まで、壮健でいてね」

「お前さんもな、<毒使い>」


出口に向かってカシウスが走り、ついで回復したフーチュンとレンインが互いに肩を寄せ合うように背を向けたあと、ユウはメイファに最後の一瞥を投げる。

そのまま、彼女は暗い出口に向かって走り始めた。

もう謝るのも情けないほどに独自設定だらけです。

二次創作させていただいてる、その看板を下ろしたほうがいいかも。

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