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ある毒使いの死  作者: いちぼなんてもういい。
第四章 <侠の天地>
64/245

49. <脱出> (改稿版)

1.


 何百人もの<江湖の冒険者(きょうじゃ)>たちが黙って目の前の光景を見つめている。

誰もが、堂々と演武場に立つ女<刺客(アサシン)>と、自らの盟主とにせわしなく視線を揺らせていた。

剣を突きつけ微動だにしないユウと、冷たい目で遥か下の彼女を見下ろすウォクシン。

いつの間にか演武場に出てきていたフーチュンたち<正派>の面々が、彼方のウォクシンの冷たい眼差しから互いを守るように、自然と身を寄せ合った。


「ユウ。あのウォクシンは、<大災害>後も含め、江湖に敵なしと称されたほどの人妖(ばけもの)だ」


用心深く周囲を見ながらも、フーチュンの仲間の一人が告げた。

その声には、隠れもしない怯えが色濃く流れている。


「あいつはどんな奴も一撃で沈める技を持っている。

あいつだけの絶招(ひっさつわざ)だ。

ユウ。お前があいつに蹴りを入れたときに使った、相手のMPを一瞬で奪う技、あれのことだ」

「なるほど。分かった。だが」


ユウは怒りに満ちた顔で自分達を見下ろす無数の目を観察した。

自分達の心酔する教主を真っ向から否定したのだ。

その目には怒りと憎悪が色濃く宿っているはずであった。


だが、人々の目は違った。


(これは、恐怖と……期待?)


何かが、起きると思っているのか。

それともユウたちが何かを変えられると、思っているのか。


ウォクシンが、ゆっくりと立ち上がる。

奇妙にもどかしい動きで、彼は数歩歩きだし、不意に飛ぶ。

次の瞬間、ユウたちの目の前に降り立っていた。


「!!」

「では、やるとしようか」


鬼が笑った。



 ◇


 ユウはウォクシンという<冒険者>と、実は直接戦ったことが一度だけある。

10年以上前の<大演武>において、彼はユウと本選で戦った。

その頃の、若く猛々しいウォクシンと、今目の前にいる男はまるで別人だ。

腰の剣、中国サーバ(こうこ)に名高い<幻想>級の長剣、<七星宝剣>を抜きもせず、

彼は悠然と立っていた。


「どうした。来ないならこちらから仕掛けようか」

「ふざけるなあっ!」


余裕綽々のウォクシンが面憎いのか、一人の<崋山派>の男が切りかかった。

<盗剣士>――<剣士>ならではの速攻で、彼の体が旋風へと変わる。


「<蜂刺(クイックアサルト)>!!」

「ぬるい」


全力の刺突は届く前に腕ごと掴み止められた。


「<吸星>」


次の瞬間、MPの全てを失い、その男が力なく倒れる。

大地に接吻したその男の後頭部が音を立てて爆ぜた。

踏みしめたウォクシンの足によって、一瞬で頭蓋骨を粉砕されたのだ。

どのような技が、行動が、無傷の<冒険者>を一瞬で殺すことを可能にするのか。

息を呑むユウの前で、足元から光を立ち上らせて、ウォクシンは歩き出す。


「どうした。所詮口だけか」


その瞬間、ウォクシンの体がユウに突き刺さった。


「<翼竜絶蹴(ワイヴァーンキック)>」

「……っふっ!!」


みぞおちに突き刺さる爪先は、数日前の自分とウォクシンの光景の逆だ。

爪先が内蔵を蹴り砕く嫌な音を聞きながら、それでもユウは霞む目で、自分に向かって伸びるウォクシンの太い腕を見ていた。


「……<ヴェノムストライク>!」

「……!?」


その腕が自らに触れる寸前、ユウはその指を斬り飛ばす。

ぱらぱらと舞った指の隙間から体内に入った毒に、ウォクシンは初めて目を見開いた。

その口からたらりと血が一筋の風となって流れるのを、周囲の男女は信じられないような目で見ている。

そのまま、蹴ったウォクシンと蹴られたユウは、弾丸に勝る速度で演武場の壁に激突した。


土煙が、舞った。


演武場の壁の一角が、爆撃を受けたかのように崩れていた。

誰もが固唾を呑むうちに、一人の男が瓦礫を吹き飛ばし、姿を見せる。

口からボタボタと血を流し、しかしそんなものなどどうでもよいと言わんばかりに男は無造作に歩いてきた。

ステータス画面のHPバーは緑に染まり、急激な毒でHPが減り続けているにもかかわらず

その男―ウォクシンは気にもしない。

彼は、片手から滝のように血を流しながら、ぽいともう片方の腕に持っていたものを投げ出す。

それは、蒼い光を放つ刀を握り締めたままの、ユウの細い腕だった。


「次」


ウォクシンが言った。

それを合図にしたかのように、フーチュンが吼える。


「やらせん!お前だけは!!」

「フーチュン!突出するな!ヘイト稼げ!<守護戦士(タンク)>!」

「おうっ!」


仲間の声に、正気に戻ったカシウスが答える。


「<アンカーハウル(グリーディ・デ・アンコーラ)>!」


十分なヘイトを稼いだか、ウォクシンの体の向きが変わる。

盾を構えたカシウスの両手に、凄まじい衝撃が走る。

一瞬で愛用の盾がひび割れ、カシウスは舌打ちをして剣を振った。

当てようと思ったのではない。

ウォクシンを跳ね除けるための一撃だ。


「こいつは腕で触るとMPを奪うぞ!注意しろ!」

「裡門頂肘」

「ふあがっ!」


仲間が叫んだのと、ウォクシンの声、そきてカシウスの意識が吹き飛ぶのは同時だった。

頭を肘で殴り飛ばされ、崩れる騎士の頭に手を向けたウォクシンに、弾丸のようにフーチュンが走る。

そのまま、円を描くように彼の足が教主の顔面を狙った。

ウォクシンが手でつかもうとすると、フーチュンのもう片足が跳ね飛び、腕の軌道を強引に変える。

さればと、ウォクシンが後ろに倒れるように前蹴りをすれば、

フーチュンがウォクシンの両肩を衝き、爆転して背後に飛ぶ。

刹那の攻防は互いに凄まじい疲労を残したのか、飛び違ったウォクシンとフーチュンは共に息を荒がせた。

やがて、ウォクシンが言う。


「やるな。<吸星>を避けるとは」

「……そっちこそ、俺の技は<エルダー・テイル>にあった特技じゃない。学んだ拳法の技だったのに」

「内家拳の<擒拿法>だろう。知っている」

「そういうあんたは拳士だったのか」

「以前」


ウォクシンの蹴りが伸び、避けたフーチュンの剣が伸びる。

腕を限界まで伸ばしたフーチュンの刃を交わし、手を振り回すウォクシンに


「<連声血梅花(ブラッディピアッシング)>!!」


ストトト、と


応酬を交わすウォクシンとフーチュンの間から軽い音が響く。

う、とうなってウォクシンが足を止めた。

押さえた手からじわりと血が流れ出すのを見て、観衆から悲鳴が上がり、演武場からは歓声が上がる。

しかしフーチュンは厳しい顔のまま、足を止めずにウォクシンの周囲を走り始めた。

円はたちまちに豪風となり、中央のウォクシンの周囲を飛び回る。

左右、上下、ななめ。

<剣士(スワッシュバックラー)>の身の軽さを駆使して、フーチュンは剣を突きこむ。

梅花風剣、武公招塵、禅門請来、墜魂奪命。

それらは絶技(とくぎ)だけではない。異世界においても失われなかった彼自身の鍛錬によるものだ。

元の世界で磨きぬかれた体裁きがウォクシンを削る。

ウォクシンもまた、負けてはいない。

冲捶(ちゅうすい)向捶(こうすい)梱鎖歩(こんさほ)

いずれも彼が鍛え抜いてきた技だ。

互いの腕と足はまるで一対の巨獣が地団太を踏むかのように、互いの急所を狙って襲い合う。


命を削りあう応酬は、唐突に途切れた。

くるりと回って振り下ろしたフーチュンの剣が、ウォクシンの剣に止められたのだ。

それだけではない。

パリパリ、という奇妙な音と共に、フーチュンの剣にウォクシンのそれが食い込んでいく。

あまりにあっさりと、フーチュンの剣はへし折れて飛んだ。


「あ」


停止したフーチュンの顔面をウォクシンの巨大な掌が覆った。

そして。<七星宝剣>の柄を返し、一撃。


演武場の時が止まった。

誰もが、人形のように転がったフーチュンを見ている。

仲間たちの目の前で、真っ赤に染め上がったHPバーの一部が青く輝いた。


「フーチュン!」


誰かの悲鳴をスイッチにしたのか、演武場に暴風が舞う。

それが終わった時、佇む教主の他、その場に立つ人間はいなかった。


人妖(ばけもの)……」


かすかな声がひびいた。

それは倒れ伏す敵からではない。

観衆のどこからか聞こえた声だ。

信奉する仲間にさえそう言われるほどに、彼は圧倒的だった。

レベル差のほとんどない高位冒険者同士の対戦となれば、その戦いは互いの特技を注意深く繰り出し、詰将棋のような戦いになるのが<エルダー・テイル>の戦いだ。

だが目の前の男は違う。

まるで90レベルの<冒険者>がゴブリンを捻るように、圧倒的な膂力で同じレベルの<冒険者>集団を討ち取った。

異様だ。

あまりに人の、<冒険者>の戦いからかけ離れている。


咳き一つない演武場の空が曇る。

その時、からりと石が転げる音がし、それは音の無い世界に奇妙にこだまして聞こえた。


「まだだ」


疲れ果てたような声が、ウォクシンの目を振り向かせる。

そこには、片腕をちぎり取られ、白い骨とピンクの肉からだらだらと血を流したユウが立っていた。




ユウは辛うじて立っていた。

HPはほとんど無い。

MPこそ奪い取られずに済んだとはいえ、客観的にみて戦える状況にはない。

それでも、<暗殺者>は不敵に笑ってみせる。

まだまだ余裕、と言わんばかりに。


「死んでもこの<黒木崖>からはヤマトには逃げられぬぞ」

「逃げるつもりはない」


嘲りのかけらすら見せず、淡々と事実を指摘したウォクシンを、ユウはふっと笑って返した。


「ならどうするのだ。降るか」


そう言ったウォクシンの喉を、瞬時にユウの毒刀が切り裂く。

はるかに離れた距離を一瞬で詰めての強襲だ。

もちろん毒を入れることも忘れない。

<激痛>の毒に、さしもの魔侠も呻いて膝を付く。

ユウの鍛えた身体はその隙をほとんど無意識の内に見逃さなかった。


「<アサシネイト>」


すばり、と刀が袈裟懸けにウォクシンを斬り、<七星宝剣>を握ったままのウォクシンの腕ごとユウの腕が大地をころころと転がった。

一足飛びに落ちた<疾刀・風切丸>を拾い腰に差した彼女はニヤリと笑った。

本来の速度のままにユウが飛んだ。

それはフーチュンを暴風とするならば、まるで颶風だ。

人の域を軽々と越えたその速度は、並の<冒険者>なら視界に捉えられないほどに速い。

瞬く間にウォクシンの全身が血煙に舞った。


だが。

一瞬の隙をつき、指の無いウォクシンの拳がユウの喉に入る。

ただでさえ失われたHPが真っ赤に染まった。

飛び退ったユウの目は半ば虚ろだ。

幽冥の境にいる人間特有の、夢見るような瞳がウォクシンを見据えた。


「死なぬか」


全身が激痛と衝撃で悲鳴をあげているだろうに、ウォクシンの声は冷静だった。


「死ねない」


ユウの声も虚ろだ。

その陰々滅々とした声は、その辺のモンスターより余程不吉に響く。


「なぜ戦う」

「勝つため」

「勝てぬとしても?」

「それでも戦いを楽しむため」


いつしか、二人は刃ではなく言葉をかわし始めていた。

不気味で陰惨な問答が、演武場を駆け巡る。


「わが<吸星>法を食らってなお戦うためにここに立つとは」

「暴く、貴様の<口伝>」


そういうユウに、ふっとウォクシンは笑った。

それは今までの空虚なものではない。

好敵手を見つけた喜びの笑顔だ。

互いに腕を失い、戦況は五分。

今、ユウには無表情な仮面の下の、相手の表情すら見える気がした。

ならば。


ユウは走り出した。

その動きは風だ。

全身に負った怪我も彼女の動きを止めない。

それを見て、ウォクシンも残る片手を上げる。迎撃の構えだ。

彼女の足が大地を強く蹴り、<ガストステップ>がさらに女性を加速させる。

もはや一陣の疾風と化したユウは、次の瞬間ウォクシンの胴にめり込んでいた。


「……っふ!」


嬉しそうにウォクシンが呻いた。

体に突き立てられた<蛇刀・毒薙>も気にしない。

そのままウォクシンの、指を失って奇妙に丸っこく見える手が触れ、ほぼ使い切ったユウのMPがかき消える。

しかしユウは止まらない。

刃を捻り、空気を存分に敵の体内に送り込みつつ、先ほどと逆に、彼女は彼を演武場の壁に叩きつけた。


再び、沈黙がその場を覆った。


誰もが、固唾を飲んで成り行きを見守る。

その時。

わあ、と歓声が上がった。

ウォクシンがよろよろと立ち上がったのだ。

しかしその声は次の瞬間悲鳴へと変わる。

腹に空いた大穴からでろりと内蔵を垂れ流し、どう、と朽木が倒れるようにその巨体が横倒しになったからだった。

その体が光に消えて行く。

信じがたい光景に誰もが口を開かぬ中、遅れて現れたユウが肩口を抑えて吠えた。



「おのれ!よくも教主を!」


真っ先に立ち上がったのは玉座のそば近く控えていた、ウォクシンの側近たちだ。

玉座の横に立っていた、すらりとした中性的な印象の男も剣を抜く。

まさに状況は一触即発だった。


「おやめなさい」


殺気立った<冒険者>に、涼やかな声が響いたのはその直後だった。

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