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ある毒使いの死  作者: いちぼなんてもういい。
第四章 <侠の天地>
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47. <魔侠>

1.


 水の音が聞こえる。

それが滝の音だと気づいたとき、ユウの意識は覚醒していた。


薄暗い部屋だ。

それが何を意味するのか、厳重な金属でできた扉と、窓にすえつけられた鉄格子を見れば小児(こども)でも分かる。


(捕まったのか)


ルーシウやフーチュンたち、<崋山派>の姿はない。

ユウと同じく捕らえられたのか、それとも無事逃げることができたのか、ユウには皆目見当もつかなかった。

とりあえず、自分の命は無事のようだ。

ヤマトに戻っていないところを見れば、ギリギリで命だけは助けられたのだろう。

武器はない。

荷物は、と指を見れば、地味な指輪が輝くこともなくそこにある。

<邪派>の連中も、さすがに<暗殺者の石>などという古いアイテムは知らないようだった。


このアイテムがわざわざ<暗殺者の>などという物騒な形容詞をつけられているのは伊達ではない。

持ち主か<鑑定士>のサブ職業を持っていない限り、このアイテムはただの<石の指輪>という名前でしか表示されないのだ。

メジャーであったころはその特性を知るプレイヤーも多かったが、<ダザネックの魔法の鞄>が普及してかなり経った現在では、そもそも知っているものもいないはずだった。


念のため股間を調べ、陵辱されていないことにほっとすると、ユウは指輪をはずし、体に隠す。

刀はいつか取り戻せるが、このアイテムを奪われればユウは無一文なのだ。


結局、何事も起きないまま、2日が過ぎた。

その間目にするものといえば、味のない、懐かしささえ感じさせる料理と差し出す棒だけ。

ユウは<毒使い>だが、大陸の<毒使い>の中には素手で毒を叩き込む技もあるという。


呆れながらもユウが水の味すらしないスープに口をつけたとき、不意にギイ、と重々しく扉が開いた。


「<毒巧手(どくつかい)>。出ろ。余計な真似をすると仲間が死ぬぞ」

「ふん。偉そうに」


ユウの返事に青筋を立てる男は、それでも黙って背を向ける。

短剣を突き刺そうとした彼女の目の端に、矢をつがえて其処此処に隠れた<日月侠>の姿が見えた。

不審なことをすると蜂の巣であることに、ユウが気づいて顔を強張らせる。

そんな彼女に、首から上だけをぐるりと回して案内役の男は笑った。


「レベルの差が絶対の優劣だと思うなよ。ふざけた真似をすれば殺す」


 ◇


「天上天下、文成武徳、星天君公、恩愛無尽、教主閣下のおなり!」


がぁん、と銅鑼が鳴り、居並ぶ<侠者>たちがそろって平伏した。

後手に縄を打たれたユウやフーチュンたちも、再会を喜び合う間もなく頭を押さえつけられる。

誰もがしわぶきひとつ漏らさない静寂の中で、どしどしと重量級の足音が響き、

やがてどかりと何かに座った音がした。


「面を上げよ」


銅鑼が再び鳴り、ざっと一斉に衣が擦れる音がユウたちの耳に入る。

ユウたちも、押さえつける手に逆らって正面を見た。


男がいた。


金銀や宝石で飾り立てられた玉座にゆったりと腰を下ろし、意外に粗末な着物をまとって足を組み、引き据えられたユウたちを冷然と見下ろしている。

その目にはいかなる感情も浮かんでいない。

太い筋骨は、元来細面であろう<華人>としての容貌を魁偉な印象へと変えており、

伸び放題の髭と四方八方に散らばった蓬髪が、なおさら不気味さを助長していた。


この男が<日月侠>の幇主、ウォクシンか。


そう思って見つめるユウの目の前で、不意に男は口を開いた。


「<崋山派>の男どもは縛って土牢に放り込み、朝晩に拷問を施せ。

そこの女はわしの閨に連れてこい。日本人は淫乱だというからな」


まるで食事の注文のようにあっさりというと、ウォクシンが立ち上がる。

再び銅鑼が鳴った。

絶望的な顔を見合わせるフーチュンたちを尻目に、ユウはやおら立ち上がった。


「おい」

「貴様!教主に向かって無礼な!」


押さえつけようとした<侠者>の一人を蹴り足一発で黙らせると、ユウはゆっくりと動きを止めたウォクシンに向かって猫のように身構えた。

縛られた手足は使えず、武器もない。

頼みの毒も手が縛られ、<暗殺者の石>も隠している今遣いようがない。

だが、ユウは怒りに我を忘れかけていた。

淡い繋がりの中でも友情を感じ始めていたレンイン、その義父にして絶対の命令者である男への反感が、湯気となって彼女の全身から立ち上る。


「ヤマトにもお前みたいな奴がごろごろいたよ。どいつもこいつも、人を人とも思わないロクデナシだった。

文明社会に生まれて、サルのボスをやってる感想はどうだ? ウォクシン」

「……死にたいのか? それともここで生き延びる勝算があるのか?」

「人として生きながら、貴様のようなゴリラに抱かれるなんて真っ平だ。

その下種面を碁盤刻みにしてやる」


ウォクシンの声に、ユウは縛られた手を握り締めると叫び返した。

そして次の瞬間、彼女が飛ぶ。

まだ<上忍の忍び装束>を着ていたことが幸いした。

<疾刀・風切丸>を手にしていたときに比べれば遅いが、それでも旋風のようにユウの爪先がウォクシンの体を狙う。

その足先は鋭く尖った靴に覆われており、いかな<冒険者>の剛強な肉体とて耐えられるものではない。

ユウは賭けに出た。

ウォクシンの喉を蹴り砕き、彼を足で抑える。

そして彼の剣で手の縄を切る。

教主を人質にとられては、どれほど<冒険者>がいようと意味はない。


思っているうちに、ユウの伸ばされた足はウォクシンの胸板に音を立てて突き刺さった。

その場の<冒険者>たちから悲鳴が上がる。

ユウは一撃で戦闘不能に追い込めなかったことを悟り、片足をウォクシンに突き刺したまま足を軽やかに曲げた。

円舞のような優雅さで、足がウォクシンの側頭部を砕こうと伸びた。

瞬間。


「弱い」


ウォクシンの疲れたような言葉とともに、巨大な何かにユウの踝が覆われた。

その「何か」は瞬時に圧力を増し、細い足首の骨を粉微塵に砕く。

声もなく叫んだユウをしっかりと掴み締めたまま、ウォクシンは呟いた。


「<吸星(スターサッキング)>」


ユウの全身から、瞬時に力が抜けた。



 ◇



 ユウは、自分の目が信じられなかった。

つい先ほどまで満タンの青を示していた自分のMP,それが一瞬で赤色へと変じたからだ。

減る、とか吸われる、といった生易しいものではない。

1万を超えるユウのMPが、瞬時に0に変わったのである。


「な!?」


HPと異なり、MPは失われても即座に死ぬわけではない。

しかし疲労感と倦怠感は強烈だ。

思わず力が抜けたユウを、まるで玩具を手にしているように逆さに吊り上げ、ウォクシンは初めてにやり、と笑みらしきものを見せた。


「残念だったな」


呆然と見守るフーチュンたち<崋山派>や、殺気を露わにしている<邪派>の侠客たちの前で、ウォクシンは笑ったまま手をひらめかせる。

瞬間、ユウの胃腸が逆転した。

彼女のふくよかな胸の下、水月(みぞおち)を正確にウォクシンの拳が射抜いたのだ。

全身に流れる激痛に、ユウは脂汗をたらしながら何かを叫ぼうとした。

その視界が不意に回転する。


ウォクシンに投げ飛ばされたのだ、と思う前にユウの意識は再び消失していた。


「こやつらを<大演武>に出せ。閨も拷問もその後で構わん」


夢うつつに、ユウはそう告げるウォクシンの声を聞いたような気がした。



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