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ある毒使いの死  作者: いちぼなんてもういい。
第四章 <侠の天地>
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46. <崋山派>

1.


 ジャッ、ジャッ、と食欲をそそる音と、炭水化物が油で焼かれていく香ばしい匂いが廃城に漂い流れている。

ユウはあっという間に火をおこし、鍋を取り出し米を焼き始めたフーチュンの魔法のような手さばきをうっとりと眺めていた。

その目に浮かんでいるのは、食欲のみ。


手際よく米を洗い、焼き色をつけ、適当な野菜と肉を放り込み、塩を振る。

米が茶色になってきたところで、フーチュンは小瓶を取り出し、ぱらぱらと鍋に振りかけた。

一瞬火がぼう、と燃え上がり、脂がぱちぱちと爆ぜる。

やがて皿代わりの木椀に盛られて差し出された炒飯を、ユウは手にとって口に入れた。


この熱!

舌どころか、口の中が燃え上がりそうな熱と共に、絶妙な味わいがユウの味覚を刺激する。

熱々の米が、肉と野菜と共に踊り狂っているかのようだ。

塩と香辛料だけの淡白な味付けが、むしろ素材の良さを盛り上げ、ユウは無心で食べ続けた。

時折飲む水筒の生ぬるい水がまた心地よい。


「口にあった?ユウ」


嬉しそうに訊ねたフーチュンに、ユウは思わず顔をほころばせた。

本場中国料理を食べたことは過去の地球で何度もあるが、ここまで旨い飯はそうそう経験したことがない。

結局、ユウは三杯もお代わりを要求し、フーチュンを呆れさせたのだった。


その夜。


<冒険者>は根本的に寝具を必要としない。体感温度もそれほど変化しないし、病気とも縁遠い。

それでも二人は寝袋代わりの毛布に包まっていた。

風と砂が、さすがの<冒険者>の体力も奪うからだ。


「なあ」


廃城の片隅に、フーチュンから距離を置いて寝転がっていたユウは、背中から聞こえる遠慮がちな声に目を覚ました。


「なんだ?」

「ヤマトって、どんなところなんだ?」

「大して変わらん。2分の1の日本列島だよ。<冒険者>がそこここで喧嘩をしているのも変わらない」

「だが……新パッチがあたったんだろう?あんたのレベルを見る限りでは。

何か変わったのか?俺たちがこうなった、手がかりとかはあったか?」

「ない。レベルは上がっていたし、知らないクエストもあったがそれだけだよ。

だから、私は旅に出たんだ」


暗闇に包まれ見えないが、フーチュンはゆっくりと身を起こしたようだった。


「というと?」

「ヤマトになければ、この世界のどこかに手がかりがあるかもしれないと思ってね。

いくつかの候補地を回ろうと出てきたんだ」

「華国にもそうした場所があるのか?」

「さあね……」


ユウはあいまいに言葉を濁した。

実際、華国でも大規模なレイドクエストの舞台になった場所はある。

ユウが<堕ちたる蛇の牙>を得た蛇神の廃神殿もそうだし、有名なところでは<神々の峰(デヴギリ)>や<テケリの廃城>などがそうだ。

そのあたりには、いまだ発見されていない新しいダンジョン、ひいては新しい手がかりがある可能性は、十分にある。

だが、ユウが華国へ行こうとするのは、そうした理由だけではないのだ。

ヨコハマで知り合ったあの少女が属する陣営と、目の前のフーチュンが属する陣営が敵なのか味方なのかわからない以上、軽々しく目的を告げられるものではない。


「そういうお前さんは、何の為に旅をしているんだ?」

「……」


今度はフーチュンが口を閉じる番だった。

頑ななその沈黙は、彼自身に行きずりの異国人に話せない理由があることを告げている。

やがて、震えるような小さな声がユウの耳朶をかすかに打った。


「あんたは……華国の現状を知っているか?」

「ああ。ヤマトにも華国人はいたからね。さわり程度なら知っている」

「なら……俺についてきてくれないか?ここから数日行った村に仲間がいるんだ。

今、俺はあんたに目的を話すことができないが、仲間に許可をもらえば話せる。

いいか?」

「……いいだろう」


ユウはそれだけ告げると、大きく寝返りを打った。

闇の向こうでも、フーチュンが静かに横になる音がし、夜は静かに更けていった。



2.


 廃城の馬賊たちを破って一週間。

ユウは、とある村にたどり着いていた。

周囲は荒れ果てた岩石砂漠から、冬で枯れ果てているが草が生えそろう草原地帯に移っている。

その片隅、湧き出る泉の周りにわずかな田畑が地力を休ませている村に、フーチュンの仲間たちは待っていた。


「よう、あんたがユウか。……確かにレベルは上限を超えているな」


念話で事前にユウの事を聞かされていたらしい、一行のリーダーらしい男性は、ルーシウと名乗り、豪快に笑って彼女に手を差し出す。

握手に応じながらも、目の前の筋骨隆々の男が何者なのか、ユウは諮りかねていた。

中国の<冒険者>―彼ら自身が呼ぶところの<江湖の好漢>―は、概して軽装を好む。

目の前の男も、明代以前の庶民のような服に、頭に頭巾を被っていた。

頭巾の色が黄色なら、「蒼天已死」などと言い出しかねないような装束だ。

腰には長剣を提げているが、それ以外の武器も特に見当たらない。


「まあ、フーチュンのつれてきた女だ。変な奴ではないだろう。まあ入れ」


そう言って、酒場の卓子にどっかりと腰を下ろしたルーシウは、周囲に居並ぶ仲間たちにも座れと促すと、片隅に座るフーチュンをちらりと見る。

そのまま彼は秘密めかした口調で話し始めた。


「ところであんた。ヨコハマの華国人から事情を聞いたということだが、どんなことを知っている?」

「中国の<冒険者>が正邪に別れていること、大都がいくつかの巨大ギルドの争いの場になっていること、地方で<大地人>や<冒険者>が軍を率いて争っていること……くらいかな」

「なるほど、では質問を変えよう。これに見覚えは?」


す、と無骨な拳を開いた先には、レンインにもらったものと寸分違わぬ太陽と月の掘り込まれた紋章(ギルドタグ)が光っていた。


「いいや、知らないな」


ユウがとぼける。

レンインにもらった、ユウ自身のタグはフーチュンたちに見られないように衣装箱(チェスト)の奥深くに隠し、見破られる心配はない。

確実にレンインの仲間である保証もないし、そもそもレンイン自身、自らのギルドである<日月侠>を捨ててヤマトに逃れてきたのだ。

目の前の男たちが正邪どちらの派閥にいたとしても、安易に見せられないとユウは判断していた。


「そうか。俺たちは実は、このタグをつけている<日月侠>の仲間でな。

ギルドは違うが、この印を持つ仲間だけを探している。あんたは違う、ということは俺たちの敵である可能性が高いんだが、それでもか?」

「ああ」


しれっと答えたユウは内心嘲笑した。

その笑みが顔に出たのか、少し顔を赤くしたルーシウが立ち上がる。


「お前を、たたむぞ」

「やってみるがいい。フーチュンに出会ってからたまたまここへ来ただけの私に随分な歓迎だな」

「本当に、いいんだな」


すらりと剣を抜いたルーシウに、ユウもまた刀の鯉口を切った。

双方の緊張が高まったとき。


「ルーシウ。ユウは魔教の仲間ではないと思う」


フーチュンの声がした。

ルーシウはその彼をぎろりと睨み、しばらく二人の男に視線の火花が交わされる。


先に目をそらしたのは、ルーシウのほうだった。

剣を収め、再びどかりと椅子に座る。

体重にぎい、と椅子が悲鳴を上げるのも気にせず、ルーシウは先ほどまでの殺気が嘘の様ににか、と陽気な笑みを浮かべた。


「すまんすまん。一応、ためさせてもらった。あんたが何も知らずに魔教の手先になっているのでもないと思って、安心したよ」


ルーシウの声に、周囲からもほっとした笑い声が起きる。


「ということは、あんたはその紋章の連中とは敵対しているわけだね」


ユウの問いかけに、うむと大きく頷くとルーシウは答えた。


「ああ。俺たち<崋山派>は連中とは敵対している。奴らは力ずくで江湖の英雄たちを従えようとするろくでもない連中だからな」

「事情を、説明してくれないか?」


ユウの声に、ルーシウは再び頷いた。



 ◇


 華国―中国大陸の<冒険者>は、大きく分けて二つの派閥に分かれている。

ひとつは、衛士のいないプレイヤータウンである五山をはじめ、各地に拳法の流派を構える<正派>。

もうひとつが<日月侠>を中心とし、<毒使い>だけの(ギルド)、<五毒>や、華国北部に拠点を構える<屠龍幇>などが連合した<邪派>。

元々の<エルダー・テイル>では、中国の戦闘系ギルドは大きくこの二派に分かれて争っていた。

そのため対人戦(デュエル)の為の技術も磨かれており、ユウ自身、過去何度も両派の<冒険者>としのぎを削ったこともある。

ルーシウはその中のひとつ、<正派>に属する<崋山派>の侠客であり、フーチュンをはじめユウの目の前にいるメンバーはすべて同じギルドに属しているということだった。


「うちは、幇主(ギルドマスター)が争いに嫌気が差してフォルモッサ島に逃れてからは力もなくし気味でね。<正派>の中でも大きな<武当幇>や<紅花会>なんかにはあごで使われてるのさ。

こんな辺境で<邪派>探しなんてのをしてるのもそのせいだよ」


肩をすくめたルーシウに、ユウは思わず訊ねた。


「だが……<邪派>を探して殺したところで、再び<大神殿>で蘇るだけだぞ」

「ああ。わかってるさ」


ルーシウの返事はどこか投げやりだ。


「殺しあったところで意味がない。そんなことは、それなりの<侠客(ぼうけんしゃ)>なら誰でもわかるさ。

でも、誰も止めようと言わない。そんなことを口に出した瞬間、お尋ね者になるからな。

上の幇主(れんちゅう)が権力者でござい、と偉そうにしていても反抗もできん。

笑ってくれていいよ、日本人。

これが今の<華国>なのさ」


はは、と笑うルーシウの表情はぞっとするほど虚無的だ。


「誰もが変化を待ちわびている。だが、<武林(ここ)>は広すぎて、一人の声は届かない。

人を集めて何かしようにも、やがて言い出した奴がいつのまにか腐っていく。

居心地がよくなってしまうのさ。

下っ端に戦争ごっこをさせて、上でのんびり<大地人>や<侠客>の女をはべらせて贅沢ができる、今の華国がね。

かくして何も変わらないまま、いつの間にか権力者がもう一人、っていうことになるんだ」

「なるほどね」

「そういうお前のいたヤマトはどうなんだ?ユウ」


ルーシウの疑問に、ユウは天井を見上げた。

重力に逆らって這いずる百足を見ながら、ゆっくりと答える。


「そうだなあ。西は特にあんたらと変わらないよ。違うのは権力者が一人だけ、ってことだけどね。

東はちょっと違うな。いくつかの大手ギルドが折り合って、<円卓会議>なんてものを立ち上げた」

「それはどういうものだ?」


ユウがアキバの状況を話し終えると、そこかしこから羨望に満ちたため息が漏れた。


「……さすがは日本人、だな。こんな状況で<大地人>とも助け合って折り合いをつけるなんて、よくできたもんだ」


切なそうな顔でルーシウが言う。


「よほどの知恵者がいると見えるな。そんな奴が華国人(おれたち)にもいれば……」

「別にいらないよ」


別の声がした。

はっと立ち上がりかけたルーシウに、無数の矢が降り注ぐ。

<暗殺者(アサシン)>の特技のひとつ、<ラピッドショット>だ。

全身を矢に貫かれて呻くルーシウに、扉を蹴り開けた男は嫌らしく笑った。


「黙って<正派(おまえら)>が<邪派(おれたち)>に従えばいいことだ。そうだろ?

幇主にまで見捨てられた弱小流派が、何を偉そうに講釈を垂れているのやら」

「誰だ」


ユウは誰何したが、名前を聞くまでもなく男の正体は知れていた。

その首元には、レンインと同じ紋章が風に揺れていた。



3.


「はじめまして、日本人。そこの雑魚に何を吹き込まれていた?」


扉から次々に現れた配下―その中にはルーシウを狙撃したとおぼしき<暗殺者>もいた―を従えて、その男はにやにやと笑った。

その苛立たしい笑顔に冷たい視線を返し、ユウは答える。


「特に、何も。だが、どこであってもPKはろくでもないな、とだけ」

「何も知らないなら、黙ってここから立ち去れ。今ならまだ見逃してやる」

「たかが90レベルが、どの面下げて偉そうに抜かす?」


ユウの嗜虐的な部分が、相手の神経を逆撫でする言葉と共に叩きつけられる。

案の定男の顔がどす黒く染まった。

怒りをこめた口調で、男が唸る。


「いい台詞を吐くな、たった一人の<刺客>ごときが。その口を後悔させてやろうよ。やれ」


男が腕をユウに向けたのと、ユウと<崋山派>の面々が動いたのは同時だった。


「<虎豹乗雲>!」


駆け抜けざまに剣を振るった<日月侠>の<侠客>の一人をユウは軽々と飛び越える。

的を見失ったその後頭部をユウは思い切り蹴り上げた。

こか。と頭蓋骨が砕ける音がする。


「<ペインニードル>!」


毒を受けた別の<邪派>がもんどりをうって倒れた。

その口から泡が吹き零れ、HPがみるみるうちに減っていくのを見て、周囲で戦う男たちがぞっとした目でユウを見た。


「その毒……まさか<五毒>の!?」

「あいにくだが、そんなおどろおどろしい名前の連中と知り合いではない」


言いながら両手の刀をひらめかせ、瞬く間に別の一人を削ぎ斬る。

あわてて逃げ出そうとした<日月侠>の<道士>の襟を刀を持ったまま掴むと、ユウは轟然と振り回した。

狭い室内で振り回される肉体に、敵味方が慌てて避けていく。

憎憎しげに睨み付ける<日月侠>のリーダーを、ユウは傲然として見据えた。


その時だった。


とす、とむしろやわらかい音が彼女の脇腹から聞こえた。


「……なに」


HPが一瞬で緑に染まり、高い毒耐性を持つはずのユウの足がもつれる。


「日本人の毒なんて、<五仙>の毒と比較にもならん」


そう嘯くローブ姿の男の顔を見る前に、ユウの意識は途切れていた。


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