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ある毒使いの死  作者: いちぼなんてもういい。
第三章 <冬>
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44. <冬の日>

1.


 アキバの日々は楽しいものだった。

ユウの、この町と<冒険者>たちへの隔意すら薄れさせてしまうほどに。

決して愉快ならざる出来事もあったが、総じてユウは日々に満足していた。


満足し過ぎていたのだ。



アキバの片隅、しがない<大地人>相手の雑貨屋。

そこの二階の一部屋に、ユウのささやかな宿がある。

その日、布団代わりに行火に当たって眠っていたユウを尋ねてきたのは意外な人物だった。


「失礼しま……うっ」


墨色の衣を翻し、破れだらけの襖を開けた彼女は、むわっとした熱気に思わず鼻を袖で覆った。

女性の体臭、ひっきりなしにふかす煙草と酒の臭いが軍団となって彼女の呼吸器を襲ったからだった。

臭気の真ん中には、寝癖でぼさぼさになった髪を振り乱したユウが眠っている。


「ズァン。チェンイェ。下で待っていなさい」

(はい)公主(おじょうさん)


レンインが振り向いて言うと、従っていた二人の<冒険者>は揃って抱拳礼を返し、背を向けた。


「ユウさん」

「んあ?……ああ、ヨコハマのお嬢さんか」


揺り起こされたユウは、頭をぽりぽりと掻くとけだるそうにごろりと横を向いた。


「単身赴任のおっさんの寝床に、いい若い娘さんがくるもんじゃない。

どうせ今日は休みなんだ。もう少し眠らせて……」

「ユウさん。私は華国に帰ります」

「なんだって?」


跳ね起きたユウに、レンインは少し寂しそうに告げた。


「何度かヨコハマにも来ていただいて、大変助かりました。

ですが、おそらくお会いできるのも最後でしょうから、お別れに参りました」

「それはまた、急だね。

そもそもお前さん、仲間を連れて華国から逃げてきたんじゃなかったのか?

仲間はどうする?」

「アキバへ合流させます。少なくとも、組織としては」


レンインはきっぱりと言った。


ヨコハマの<冒険者>たちの扱いは曖昧である。

元来強靭な組織を作るのを嫌うアキバの風潮もあるが、<円卓会議>自身が自らの主権範囲をアキバとその近隣ゾーンに限定したこともあり、ヨコハマは自由裁量、という名前の放置状態だった。

だからこそ華国人のレンインや、その他の各国出身の顔役たちが、いわば租界を作り独裁的に振舞うことができていたのだ。


「今のヨコハマは、いわば革命前夜の上海のようなものです。各国が租界を作って、それぞれに王がいる。

私がいなくなれば華国人たちは分裂するでしょうし、他国の<冒険者>たちも争いを始めるかもしれません。

そうなる前に、<円卓会議>の統治に従い、希望者はアキバへ移住するよう命じました。

あの小さな世界を守るために」


ユウに勧められた煎餅のような座布団に座り、同じくユウがアキバで見つけてきた紙巻を口に銜えて、レンインは言った。

その顔には強い決意がある。

ヨコハマの<冒険者>たち、特に中国などの出身者は、日本人に統治されることに激烈な抵抗を見せただろう。

レンインの静かな声には、それらに負けなかった強い意志があった。


「なるほど……それで、何でまた帰ろうと?そして帰って何をするんだ?」


つけっぱなしの火鉢から炭を取り、自分の紙巻に火をつけたユウが問いかけた。

紫煙の向こうの<暗殺者>に、同じく煙を吐いてレンインが黙る。

静かな沈黙は、やがて立ち上がったレンインが窓を開けるまで続いた。


すぱっと開けられた和風の障子窓から、轟々と音を立てるように煙が去っていく。

その向こうには綺麗に晴れた青空と、彼方に見える霊峰(フジ)の姿があった。

空には鳶が、特徴的な鳴き声を響かせて飛んでいる。

写真家ならずとも思わずシャッターを切りたくなる、見事な日本晴れだった。


しかし、それを見つめるレンインのまなざしは、目の前の眺めに向けられていない。

心の中にいる誰かを見ながら、レンインはようやく告げた。


「義父に、呼ばれたのです。帰って、手伝えと」



 ◇



 「以前、華国の<冒険者>―<好漢>たちが正邪に分かれて戦っている、という話はしましたね?」

「ああ。そして<エルダー・テイル>では単なるゲーム上の設定に過ぎなかったそれが、今では凄惨な殺し合いの元凶になっていることも聞いた」


窓に腰掛けて煙草を吸うユウと、部屋の中ほどに座っているレンイン。

二人は、行き交う人々を眺めながら、レンインに降りかかった知らせについて話していた。


「以前あなたにこれをお渡ししましたね?」

「ああ。このギルド<日月侠>のタグを見せて、レンインに貰ったといえば助ける人もいる、と」


魔法のように手の中に転がり出した、太陽と月を象った紋章(ギルドタグ)を見る。

陰陽をあらわす白黒のように、色合いの違う金属に彫りこまれたその紋章は、見ようによっては途轍もなく不気味にも思えた。


「ええ。それです。私の名前を出せばなぜ助けられるのか。その理由をお話しませんでした。

私はあの災害の日まで、<日月侠>のサブギルドマスターでした。

……除名されてはおりませんから、今でもサブギルドマスターです。

そして私の義父―養父というのは、その<日月侠>のギルドマスターなのです」

「親子で、<エルダー・テイル>を?」

「いえ」


ユウの問いに、レンインがかぶりを振る。


「あくまで遊びの延長です。実際にはウォクシン―義父の顔すら知りません。

ただ、私は彼の義娘として、ギルドである程度の裁量権を許されていました。

このヨコハマでも、顔役として振舞えたのはその為です。

……ウォクシンは、正邪の一方の頭目なのです」

「なるほど」


「彼は<大災害>以降、いつの間にか正邪問わず侠者を愛する男から、自分の権力にしか興味のない冷酷な男に変わっていました。

敵対する一方の頭目がフォルモッサ島に逃げても、その態度は変わりませんでした。

私は<大災害>のような非常事態にあって、なおもゲーム時代の対立にこだわる彼が許せなかった。

ですから志を同じくする<好漢>たちを正邪区別なく連れて、私は逃げたのです。

彼からの念話は簡単なものでした。

『早く戻って正派一掃を手伝え。でなければヨコハマに向かって仲間を無差別に殺す。

お前が戻るまでいつまででも行う。お前がヤマトへ渡った<妖精の輪>の位置は掴んでいる』

それだけです。

ですが、彼はやるといえば本当にやる男です……」


ユウは足を組んで、短くなった紙巻を火鉢の中に投げ入れた。

次の一本を銜えながら内心で考える。


(たとえ殺しても、アキバに一旦入りさえすれば大陸に転送されることはない。

となるとウォクシンの行動は嫌がらせでしかない。

だがレンインは、その言葉だけで一二もなく従うことを決めている。

彼女が今、私にこれを言う意味は何だ?)


レンインは目をしばたかせた。

ユウが銜えた煙草に火もつけないまま、いきなり問いかけたからだ。


「レンイン。華国の、あんたの親父さん―ウォクシンのいる場所に一番近い<妖精の輪>は、いつ、どこだい?」



 ◇


 レンインと、ユウも見覚えがある二人の男<冒険者>が去っていくのを窓から眺めながら、

ユウは指を折ってやるべきことを数えた。

レンインが教えてくれた<妖精の輪>の開く日まで、それほど間がない。

いつアキバへ戻れるのか、そもそもアキバに戻る日が来るのかどうかすらわからない以上、残された時間を無為に捨てることはできなかった。


手持ちの二本の刀、<ロデリック商会>で仕立て直した<上忍の忍び装束>はいずれも高い自己回復能力を持っているのでメンテナンスに悩まされることはない。

そうしてあまった荷物(インベントリ)に、ユウは徹底的に毒と煙草とを詰め込む。

どちらもすぐ作れるものではないだけに、彼女の姿勢は徹底的だった。

何しろ、別のプレイヤータウンに行ってしまえば<帰還呪文>すら使えなくなるのだ。

ヤマト周辺の海が荒いことや、<水棲緑鬼(サファギン)>が繁殖していることを思えば、

列島に戻れない可能性も覚悟すべきだった。


そんなユウにとって有難かったのが、一連の衣装箱(チェスト)である。

ユウも愛用している<ダザネックの魔法の鞄>は、中にその大きさをはるかに超える量の荷物を詰め込むことができ、重量も感じなくてすむが、入れることのできる量はそれほど重くはない。

そのために、重さを軽減はしないがまとまった容量を入れることのできる衣装箱を大量に詰め込んだ。

もちろん、とっさにアイテムを出すことなどできないので、あくまで資材用である。


<スノウフェル>が終わる前にナカスへ帰っていったバイカルからは、餞別として指輪をひとつ渡された。

宝石代わりに何の変哲もない石がつけられているだけのそれは、初期の<エルダー・テイル>でごくわずかに配布されたアイテム、<暗殺者の石>だ。

手持ちのアイテムをたった一つ、瞬時に取り出せるというもので、<ダザネックの魔法の鞄>が広く普及してからは廃れていったアイテムだった。

おそらく<大災害>以降、現存する<石>は世界中を見ても百もないだろう。


「うまく使ってみろよ」


そういって不器用にウインクし、クニヒコの待つムナカタへと戻るバイカルに、ユウは思わず頭を下げた。

彼の示唆どおりに、ユウは自らの<ダザネックの魔法の鞄>を<暗殺者の石>に登録する。

瞬時に鞄は掻き消え、指輪の石に浮き彫りのように鞄のシルエットが浮かんだ。

その指輪に手を伸ばし、鞄をイメージする。

ユウの手首から先は次の瞬間、水に入れたかのように消え、彼女の手の感触が開いた鞄から中のアイテムに触れる。

同時に開いていたステータス画面には、<魔法の鞄>を装備していたときと同じようにインベントリ画面が開くのが見えた。


ユウと、周囲にいるテイルザーンたちが驚嘆する。

これで彼女は、手持ちの装備はほぼ指輪だけ、という軽装で旅に出ることが可能になったのだった。



(いろいろ回らないとな……まず<アメノマ>と<ロデリック商会>には改めて礼を言うべきだろう。

<三日月同盟>にも行ったほうがいいだろうし……ああ、テイルザーンやレオ丸法師にも挨拶をしておかないと。クニヒコやタルには念話だけ送っておこう。どうせ会えない。

イチハラはもう無理だろうし、ハダノは……まあいいか。煙草はある。

<エスピノザ>はアキバを出ているし、ジュランたちは……あいつらも出たっけ。

それから、<円卓会議>にも一言言うべきだろうなあ……気は進まないが。

しかし、まずはあそこからだ)


ユウは身を起こした。


 ◇


 昼下がり、ユウは汗血馬にまたがり、スミダの大河を超えて目的の場所にたどり着いていた。

古代の巨人のさながら木乃伊のように、不気味な陰影とともに廃ビルの群れが彼女を出迎える。


「ただいま」


誰言うともなく呟くと、ユウはひらりと馬を下り、目の前のビルのひとつを登っていった。



 部屋は、半年前にユウが出て行ったときのままだった。

二つの季節を越え、厚く積もった埃が彼女の足音に合わせて静かに空中を舞う。

かつてこの場所で、ユウは<大災害>後最大の絶望に身を捩じらせた。

だが、今にして思う。

あのころはまだ記憶が完全に残っていた。

これは何かの夢か妄想で、すぐ帰れるのではないかといういじましいまでの希望もあった。

何より、自分の放つ声はかつてのままだった。


今。

もう一度かつての主人を出迎えた、現実におけるユウの自宅は、以前よりもかすかに余所余所しさを増しているように、彼女には思えていた。

それは、ユウの声が完全に女になってしまったからか。

自らの内心に潜む隠された願望を、酒に任せて自覚してしまったからか。

移ろいゆく記憶の中で、徐々に現実世界(もとのせかい)が色あせて来つつあるからか。

新しい、この異世界で作り出した人間関係が、ユウ自身の内面を塗り替えつつあるからか。


黙って扉の跡を踏み越え、かつての自分の書斎に向かう。

今はがらんとした空間であるそこには、以前はパソコンが据えられ、蔵書が収められ、

丹精込めて手入れしていた煙草が戸棚の中にぎっしりと詰まっていたものだった。

家族の父でもなく、会社の一サラリーマンでもなく、個人の鈴木雄一に戻れる場所だった。

ユウは黙って、何もなくなった書斎のあとを見回す。


『ここは鈴木雄一の書斎だ。ユウ(おまえ)のものではない』


部屋全体が、彼女にそう告げているようだった。



台所。

娘の勉強部屋。

寝室。

ダイニングキッチン。

それとつながった居間。

トイレ。

風呂。


一通り見て回り、再び玄関に戻ったユウは、かすかに目を細めた。

早くも沈みつつある西日が、開け放たれた玄関から差し込み、

長大なシルエットを長く部屋に伸ばしている。


「ちょっとお父さんは遠いところへ行くんだ」


ユウは、口調だけはかつて娘や息子に向けたときのままに、誰もいない空間に声を放った。


「長くなりそうでね。戻ってくるのがいつか分からない。

ただ、行かなければいけないという気持ちがあるんだよ。

留守番をしっかり頼む。母さんを頼んだよ」


軽く首を振り、茶番めいた言葉に苦笑しながら、背を向ける彼女が再びこの建物の敷居をまたぐことは、二度となかった。

誰もいなくなった部屋の中で、つむじ風がひとつ、小さく埃を巻き上げて、消えた。




2.


 数日後、ユウは一人<妖精の輪>の前に立っていた。

頭上に輝く月は、もうすぐ望む場所への扉が開くことを彼女に教えている。


見送りはいなかった。ユウ自身が固辞したのだ。

誰も彼もが、新年を迎えて忙しかったのもあるし、最後まで盛大に見送られて里心がつくのを嫌う気持ちもある。

テイルザーンもレオ丸も、遠くナインテイルのクニヒコもレディ・イースタルも、驚いたことにミナミからわざわざ念話を入れてくれたユーリアスや又五郎たち、かつての<グレンディット・リゾネス>の面々も、誰もがユウを翻意させようとし、やがて諦めてからはせめて見送りに行く、と強く願った。

だが、それらすべてを強い口調で拒否し、今ユウは<上忍の忍び装束>をまとい、腰に二本の刀を提げ、指輪をはめただけの、一見すると散歩がてら近所のクエストに出かけるかのような姿で佇んでいる。


ユウは大きく息を吸い、吐くと、彼方に見えるアキバを振り仰いだ。

中にいた頃はどれほど住んでも飽きないほどの騒がしい街に思えたその光は、今は奇妙に自分と関係ないもののように感じられた。

まるで、アキバ自身が、『自分に属さない<冒険者>はいらない』と告げているかのようだ。


思えば、ユウの<大災害>後の行動のすべてには、後ろにアキバの影があった。

ユウ自身にその気はなくても、『アキバの<冒険者>』という肩書きが、有形無形に彼女の旅を支えてくれた。

だがこれからは違う。

同じ価値観、同じ意識、同じ心を有する多くの仲間たちから離れて、ユウはたった一人で知らない土地に出なければならない。


ふと、思う。


ユウたちが暮らしていた現代、海外へ出かけることはそれほど衝撃的な出来事ではない。

だが、たとえば大航海時代、商売を求めて船に乗った船乗りたちは、帰ってこられないという絶望的な不安を胸に、船に帆を張った。

あるいは、幕末。

最初に海外、たとえば当時の清や英国に留学した若い武士たちは、どれほどの思いで遠ざかる祖国を眺めていたのか。


『天の原 ふりさけみれば かすがなる 三笠の山に (いで)し月かも』 


という和歌がある。

住み慣れた祖国を離れ、遠い異国に向かうという行為は、一方で知らない土地で客死する恐怖と隣り合わせの、恐ろしいまでの決意を有するものだった。

ましてモンスターが跋扈し、人間の世界が狭まりつつあるこの世界での旅がどれほどのものなのか。


<冒険者>は死なない。客死することはない。

だが、それは遠い異国をいつまでも流離う恐怖と同義なのだ。


今更ながらに、彼女の全身が悪寒で満たされ、思わずユウは両膝を地面についた。

自分にすら抑えてきた恐怖が、彼女の全身を瘧のように震わせる。

戻ってはこない、と言う。

ここは自分の街ではない、ただ乗りは良くない、とも言う。

詭弁だ。

英雄でも勇者でもない、単なる一庶民だった自分が、降って沸いたような強さにおぼれて偉そうに垂れ流した、それは見苦しい虚勢に過ぎない。


この街にいたいのだ。

仲間と一緒に戦いたいのだ。

知らない場所で、惨めに野垂れ死ぬような最期を迎えたくないのだ。

何が「行かなければいけない」だ!

惨めに、情けなく、居心地のいい場所にしがみつけばいいじゃないか!

故郷を離れることすら嫌がり、叔父の家に泊まりに行くことも怖がった子供の頃と同じく、

見知った場所で生きていけばいいではないか!


ユウは嗚咽していた。

この場に誰も知り合いがいなくて良かった、と思う。

もし、この場に誰かがいれば、ユウは虚勢を張り続け、それが虚勢だとも気づかないままに旅立っていたことだろう。

そして、誰も知り合いのいない異国で、戻れない絶望に打ちひしがれ、命を絶っていたかもしれない。


月が、傾く。

ぼう、と目の前の<妖精の輪>が輝いた。

道は、指し示されたのだ。


だが、ユウは動かない。動けない。

行けばいいのか?行かなければいいのか?

無数の疑問と葛藤、それぞれへの言い訳が渦をなして彼女の脳裏を覆いつくし、手足を縛る。

ふと、レンインたちを思った。


彼女は、今ヨコハマから出航した武装商人の帆船で、同じ月を見上げていることだろう。

あえて<妖精の輪>をくぐらなかったのは、大都から入り、今の華国の状況をその目に焼き付けたいからだ、と言っていた。

彼女たちにとっては、一度は捨てた故郷への旅だ。

居心地のいいヨコハマを愛惜しながらも、どこかでほっとした気持ちとともに波に揺られていることだろう。

彼女に聞きたい。

かつて彼女がヤマトへ向かう<妖精の輪>をくぐるとき、何を思ったのか、と。


梟がほう、と啼き、影がゆっくりと動いていく。

<妖精の輪>の光は徐々に薄れていた。

動くべきか、動かざるべきか。

そのとき、脳裏に声が響いた。


『“興味”さえあれば、どんな世の中でも境遇でも、快活に笑って誰かを支えて支えられて、生きてけるさかいな』


慣れ親しんだミナミを離れ、旅から旅へ流離った友人から聞いた言葉だ。

その何の変哲もない言葉が、ふとユウの中で荒れ狂う恐怖と後悔を、一瞬の間凪ぎさせた。


(そういえば、目的があったんだ)


元の世界へ帰るための方法を、世界を回って探すこと。

義父に縛られ、苦境に立つ友人(レンイン)を助けること。

そして、行く先は何も地獄でも異世界でもない。

同じ<エルダー・テイル>の大地、過去何度も渡ってきた大地に他ならない。


はは、と笑う。

ぱきぱきに硬直し、痺れていた手足をかろうじて動かし、ユウは再び、光の消えつつある<妖精の輪>の前に立った。

震える腕を押さえ、乾ききった喉に、痛みすら感じる努力で唾を飲み込ませる。


正直を言えば、今でも怖い。

背後のアキバへ帰りたい。

だが、ユウは目的があって、仲間の制止を振り切ってまでアキバを離れるのではなかったか。


そして、彼女はかすれた声で囁いた。


「<虹の向こうへ>」



光が広がり、そして消えた後。

そこには、ユウという名前の<冒険者>がいた証拠は、涙の跡以外何も残っていなかった。

これにて、アキバ編は終わりとなります。

結局彼女はオカマ口調の時はどんなことをしでかしたのか、

レオ丸法師やテイルザーンとどのようなドタバタをしたのか、

アキバでのユウはどのような暮らしだったのか。

そのあたりは気が向いたら番外に書くと思います。


オヒョウさま、何回もレオ丸法師を使わせていただき、ありがとうございました。

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