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ある毒使いの死  作者: いちぼなんてもういい。
第三章 <冬>
56/245

42. <音色>

先に謝ります。

レオ丸法師のキャラをぶち壊してしまったかもしれません。

1.



 マイハマの都で<大地人>の騎士、カルスとその母シャーリアを降ろし、

ユウたちがアキバに戻ったのは夕暮れ時に近い時刻だった。


竜の翼で飛べば1時間にも満たないほどの距離を移動するのにほぼ1日を使った理由は、

当たり前といえば当たり前のことだが、<大地人>貴族たちの歓迎ともてなしが待っていたからだ。



カルスはウェストランデの貴族出身である。

ヤマトの西と東が事実上別の国といってもよい現在においては、いわばその立場は亡命者に近い。

つまり、遠い親戚ならいざ知らず、頼れる縁故も東方にはないことを意味する。

加えて、母たるシャーリアは貴族とはいえ名ばかりの家の娘だった。

(無論、<鏡像>ではなく洞穴で死んだ<本物>のほうが、だが)

カルスが並みの人物であれば、うだつのあがらない下級騎士として、何のとりえもない一生を送ったことだろう。

だが彼はそうではなかった。

頼るべき血の縁を持たなかったからこそ、彼は実力で近衛騎士を勤めるまでに出世していたのだ。

騎士団として組織され、強力な武装集団として時に戦場に立つ騎士たちは、一面で現代のキャリア官僚すら顔色を変えるほどの縁故社会でもある。

閨閥や門閥、有力な後援者の有無、上級騎士になればなるほどそれらのしがらみは増えてゆく。

そのような中に西の騎士の名を名乗り、身一つで飛び込むほどの男が、只者であるはずもなかった。

考えてみれば、一介の無名の騎士風情が、スワ湖畔長から領内通行の自由を与えられるはずもなかったのだ。


ユウたちはマイハマで意外な人物が出迎えたのを見て、一様に吃驚した。

現マイハマ公の婿にして次期公爵の父、フェーネル・コーウェン伯爵である。

聞けば、門閥を持たない文官貴族から公爵家の中枢に成り上がった彼もまた、旧来の譜代門閥貴族たちの敵意を買っており、むしろそのためにカルスのような非主流の家臣たちを集めているのだという。

ユウ、レオ丸、バイカルと、よく言えば個性的な面々も、さすがに彼の昼食を断ることはできなかった。


「よくカルス卿と母君を助けてくださった。礼を言います」


ゆったりとした旋律―かつてゲームだったころのマイハマのテーマ―が、管弦楽団によってゆったりと演奏されている小ぢんまりとした客間で、そういってフェーネル伯は手のワインに口をつけた。

彼の周囲には、重臣と思しき騎士や文官たちが、くつろいだ様子で食事に手を伸ばしている。

故実に詳しいレオ丸以外には意外なことだったが、カルスたちの姿は食事の席には無い。

寵臣とはいえ、一介の騎士に過ぎない彼に、この場に出席する権利は無いのだった。

今頃は別の一室で、フェーネルの心づくしの料理を味わっていることだろう。


「いえ、まあ、依頼を果たすのはアキバの<冒険者>として当然や……ですから」


テイルザーンがコチコチの表情で答えるのを見て、フェーネルは「まあお楽に」といって微笑む。

あたふたと頭を下げるテイルザーンを横目に、彼は今気づいたようにユウを見た。


「おや、あなたは」

「始めて御意を得ます、伯爵閣下」

「あなたは確か、我らの遠い従兄弟殿の言伝を伝えに、娘のもとを訪れた方では?」

「はい、閣下。ナインテイルのユフ=インより参りました、ユウです」


軽く会釈して顔を見れば、確かに美貌の姫君だったレイネシアの面影がある。

娘は男親に似ると言われるが、男女の性別の違いこそあれ、ほっそりとした端正な顔立ちは娘にそっくりだ。

ふと自分の娘を思い出し、切なそうな顔になったユウに、首を軽くかしげながらもフェーネルが告げた。


「あなたのご伝言と手紙は娘より聞きました。既にナインテイルには使者を派遣し、メハベル新男爵の武運長久と家運繁栄を祈念させておりますよ」

「重ね重ねの厚志、恐悦至極です。閣下」


オチを言え、ボケろと小声で伝える隣のバイカルを、<大地人>たちに見えないように蹴りつつユウも慇懃に礼をする。

初めて出会ったフェーネル伯に、内心はどうあれ気遣いのできる人だ、と彼女は好意的に思った。

実際、この程度の気遣いもできないようではイースタルの覇者たるセルジアッド公に娘を与えられるはずも無いのだが。


ほっと、邪気のまるで無い笑みを浮かべたフェーネルが重ねて問う。


「聞けば、ユウどのを初めとする方々は、天竜川(ドラゴンリバー)やウェストランデ、ナインテイルを遍歴された方々とか。

かの地の様子をぜひ伺いたいものですな」


その言葉に、居並ぶ重臣たちがうむうむと頷く。

芝居のような雰囲気に、レオ丸の目がすっと細まり、ユウたちもようやく気づいた。


どうやら、この場は家臣とその母を生きて連れ帰った返礼の宴というだけではないようだった。



 ◇


 楽団が緩やかに次の曲に移る。

<エルダー・テイル>ではフィールドゾーンで流れていた曲だ。

誰にとってもそれは耳慣れた曲だ。

最もプレイ暦がながいバイカルにいたっては、20年聞いてきた旋律である。

円舞曲(ワルツ)風にアレンジされたその曲を聴きながら、沈黙する一座を左右に見回すと、レオ丸が静かに口を開いた。


「せやったら、ワシが。

ワシは西武蔵坊レオ丸という、旅の<召喚術師>でおます。

<大災害>の前は、ミナミを拠点にしとりました」


ワインで口を湿らせ、彼は訥々と、普段の口調からは想像もつかない丁寧な口調で語りだした。

<大災害>直後のミナミ。

<冒険者>たちの混乱。その裏で暗躍する、二人の女性<冒険者>。

ミナミから東へ、<廃都>ヘイアンをとおり、ある一人の女性<神祇官>が守る神域、ハチマンのこと。

そこからあちこちを回り、多くの冒険と出会いを経て、アキバに至ったこと。


「ワシは、西でカルス君の叔父君や、姉君にもお会いしましてん。

西も東も、騎士たるものは斯くあるべし、なんて思いましてんな。

アキバでテイルザーンから事情を聞いて、とるものとりあえず駆けつけたワケですわ」


そう言い終えると、彼はちらりと横を見る。

ひとつ頷いたバイカルは、今度はナインテイルの状況を話し出した。

ミナミから溢れ出した<冒険者>たちと、ナカスに逃げた<冒険者>たちの争い。

ナカスが陥落しても、ナインテイル全土で不正規(ゲリラ)戦を繰り広げる<冒険者>たち。

それらを利用しようとするキョウや各地の<大地人>たち。


「イズモ騎士団もおりませんしね。西(あっち)(こっち)とは別世界ですな」

「そうですか……」


天井を仰いで、フェーネルが嘆息する。

<冒険者>や<大地人>の混乱もさることながら、イズモ騎士団がいないという事実を改めて突きつけられ、彼も次に紡ぐべき言葉が見当たらないようだった。


「豊かで安定したこのマイハマからは見えない未曾有の混乱に、このセルデシアは直面しているようですね」

「然様ですな……」


暗く俯く<大地人>たちのため息に、自然と食器を動かす全員の手も止まっていく。

やがて、ひとつ息をつくと、彼は<冒険者>たちに向き直った。


「我々も調査隊を組織するべきでしょう。各地の<妖精の輪(フェアリーリング)>を介しての調査はアキバも積極的に行っていますが、我ら<大地人>としても、イースタルだけでなく世界の様子をより知らねばなりますまい。

各領主と共同し、エッゾからナインテイルまで、いや、できれば外国(とつくに)にも調査の手を伸ばしたい」

「そりゃ、エエことでんな」


自身旅人であったレオ丸が真っ先に頷く。


「確かに、目で見て体験し、自分の経験や知識と比べて内容を把握するのが一番ですからね」


黙々と食事をつついていたカイリが応じた。

その横でジュランが手を上げる。


「なにか?」

「その調査隊は、護衛などで<冒険者>を雇うのですか?」

「ああ、当然考えています。見たことの無い土地にいくわけですし、モンスターも危険だ。

将来的には、<冒険者>だけの調査隊も組織したいですね」

「なら、今のうちに立候補したい。<黒剣騎士団>だし、野外行動にも慣れている。ぜひお声掛けいただきたい」


頭を下げるジュランに、フェーネルはしばらく呆気に取られていたが、ややして楽しげに笑い出した。


「まさか即座に賛同してくれる方がおられるとは。篤志ありがたい。貴殿の騎士団長殿にも頼んでみましょう。ほかの方はいかがですか?」

「俺は行きます」

「俺も」


すかさず手を上げたゴランとカイリの横で、レオ丸はうーん、と腕を組んだ。


「行ってもエエけど、条件次第やね♪」

「主様は少しは働いたほうがいいでありんす」

「叱っ」


襟元からの声をあわてて制したレオ丸の横で、ユウも頷く。


「まあ、状況によりけりだね。でも、この場の連中より、アキバの<円卓会議>に依頼を出したほうがいいのでは?」

「ええ。ですが隊員には騎士と文官から選抜して任命しようと思っています。

そうなれば、<冒険者>同士の旅とは勝手が違ってくるものになるに違いない。

特に文官はあまり城の外を知らぬ。時には<冒険者>の方々を不快にさせるときもあるだろう。

今回、カルスと母君を護衛したあなた方のような<冒険者>が必要なのです。

もちろん、<円卓会議>にも依頼しますけどね」

「なるほど」


<冒険者>たちがそろって同意の囁きを漏らした。

確かに、<大地人>を護衛しての戦場は、それまでの戦場とはまったく勝手が違うものになるに違いない。

体を鍛えた、若い現役の騎士であるカルスでさえ、ダンジョンでは足手まといにしかならなかったのだ。

まして非戦闘員の文官であれば、いくら本人が鍛えていようと関係ない。

そういう意味で、この場にいる8人のように、無力な人間を護衛して、ダンジョンを踏破した経験を持つ<冒険者>の存在はきわめて貴重だ。


「そうなると<召喚術師>や回復職が必須となるな。あとは偵察に優れた<辺境巡視>や<追跡者>、遠距離職も必要になってくるだろう」


そう言うバイカルは<武闘家(モンク)>だ。

照れくさそうに頭をかいて、彼はフェーネルに頭を下げた。


「悪いが俺は自分の寺があるんでね。すまないが同行はできん。

ただナインテイルのムナカタでバイカルを訪ねてきたといえば、もてなす用意はあるぞ。

まあ、ご馳走はないけどな」

「そういえば、外国にも行くといったね」

「ええ」


横合いから口を出したユウに、いらだつ様子を見せずフェーネルが答える。

彼を見るユウの脳裏には、一時邂逅した華国人たちの姿が過っていた。


『私もそろそろ自分の運命と向き合わなければならないようです』


そう静かに告げた得体の知れない女<冒険者>の顔を幻に見ながら、ユウは続けた。


「ヨコハマで人を集めたらどうだい?彼らは難民だが、その出身地は多様だ。

たとえば華国への調査団なら、あの町の顔役のレンインという<道士>に頼むといいと思う」

「なるほど。良策ですね。あの町の治安改善にも役立つかもしれない」


そういったフェーネルの背後で、静かに楽団が演奏を終えるのが見えた。


「まあ、政治(まつりごと)向きの話はここまでにしましょうか」


沈黙が合図であったかのように、パンパン、とフェーネルが後ろに控えていた家令を呼び、小声で何か伝える。

ひとつ頷いたその老家令は、手早く部下に指示を出すと再び後ろに控え、彫像のように固まった。


「せっかくなので<冒険者>の方々好みの趣向を差し上げましょう。

とはいっても我らも研究中ですのでね。お好みに合うか、どうか……」


そういう彼の背後から、しずしずと侍女たちが入ってくる。

彼女たちの手に捧げもたれた平皿から漂い流れる香りに、それまで黙ったままだったレンがぱっと顔を上げた。


「これは……」

「アキバで学ばせた<料理人>に作らせたものです。

この国にはない香辛料を集めるのに苦労しましたが」

「カレーやないか!」


フェーネルに何か答えようとしたレンの声を遮ってテイルザーンが叫んだ。

彼が見つめる、侍女たちの手にあるもの。

それは、黒っぽい色合いがいささか異なるものの、紛れもなくビーフカレーライスだった。


 ◇


文化の再発展期といってもよい現在のアキバには、様々な味覚が日々作り出されている。

本来プロの料理人でない人々が作っていること、そして現代日本には存在する調味料がないことを度外視すれば、居酒屋で焼き鳥をかじりながらビールを飲んだり、

ムードあるレストランでフレンチを食べることも決して不可能ではない。


しかし、保守的な<大地人>貴族、それも最高位にあるマイハマの宮廷でカレーが出てくるとは、さすがに誰も思っていなかった。


開けられた蓋から、篭っていた香りが渦を巻いて溢れ出す。

芳醇な牛肉のスープが下支えする中に、クミン、ターメリック、ガラムマサラなどの刺激的な匂いが彩りを添えていた。

本来庶民である<冒険者>たちに取り、野菜や肉がごろごろと入っているのがまた、嬉しい。

<冒険者>たちが見慣れたビーフカレーだ。

現実であれば、当たり前にありすぎて、ご馳走という意識ももはやない、ごく普通の料理。

しかし、この場の8人、特に<大災害>以来カレーを食べていないユウやバイカルは、まさしく獲物を見つけた猟師のように目の前に並べられる皿を見つめている。


「おおう……」


誰かが生唾を飲み込む音が客間に響いた。


「さあ。暑いうちに召し上がりください」

「では。御報謝かたじけない」


早速とばかりに、バイカルがさくりと皿の黄色にスプーンを突き刺し、口に入れた。

その瞬間、厳つい顔がこれ以上なく蕩ける。


「おお!これはまさしくカレー!夢にまで見た、カレー!!

これが天上楽というものか!まさしく醍醐味!」

「あん……」


続けて頬張ったレンが、聞きようによってはえらく色っぽい吐息をついた。

他の者も負けていない。

ガツガツと、テイルザーンたち若者組に負けじとユウとレオ丸が頬張る。

その品のない食べ方に、重臣たちの中には眉をひそめた者もいたが、こればかりは止められない。


「うう、生きててよかった。アキバにいてよかった……」


感極まって泣き出すゴランに、ユウがそっとハンカチを手渡す。

<冒険者>たちの過剰ともいえる反応に苦笑しながらも、フェーネルは主人(ホスト)らしく慇懃に尋ねた。


「皆さん、どうでしょうか?」

最高です(れす)(やね♪)」


異口同音の声音に、莞爾と笑ったフェーネルが、再び家令を呼び寄せた。

しばらく休憩していた楽団が、再び演奏を開始する。

口に続き、耳に聞こえてきた意外なものに、その場のユウたちは全員耳をそばだてた。


それは、それまでの落ち着いたゲーム由来の(テーマ)ではなかった。

リュートが涼やかにかき鳴らされ、ドラム代わりにハープがリズムを奏でる。

主旋律は管楽器と弦楽器だった。

だが、それはクラシックのようにアレンジしながらも、今までのセルデシアにはおそらくなかったであろう曲譜だった。

うっとりと聞き惚れるバイカル、レオ丸、ユウの高齢者3人組の瞼から、すう、っと一筋涙が伝った。

テイルザーンを含めた若者5人は、そんな年上たちに不思議そうな眼を向ける。


「知ってるか?」

「いや、知らん」


なぜユウたちが涙にむせながらカレーを食べているのか意味がわからず、ひそひそと呟くレンたち4人を、鋭い声でレオ丸が糾す。


「聞いたことあらへんか?異世界でカレーを食うならこの曲やで!」

「まあ、時代が違うからなあ。漫画の連載当時も、アニメの放映時もお前ら生まれていないだろ。

なあ、ユウ?」

「ああ。私は直撃世代だったからな。

この曲は昔の日本のアニメの曲で、異世界に放り込まれた空手家と女優と女子高生が、戦車に乗ってエルフを脱がす話のテーマなんだ。

いわば私たちのような境遇にあって、カレーを恋焦がれる話だったと記憶している。

異世界で、カレー。年寄り(わたしたち)にこの曲は特別なんだ。

カレーを味わう感動が、先人の思い出とともにいつまでもリフレインしてくるんだ」

「なんだ、それ……」


普段の無口さを捨てて説明するユウに、フェーネルも苦笑して頷く。


「この曲を奏でていた<冒険者>の方も、同じことを仰っておられましたよ。

異世界に流されてこの<カレイ>を食べたときの味わいは、この曲で倍化されるとかなんとか」

「そうでっしゃろ……その人はよう分かってはる」

「そんな偉人が<エルダー・テイル>にいたとは……」

「ああ、74式戦車の履帯(キャタピラ)音が聞こえてくるようだ……」


テイルザーンたちは声もない。

事情をまったく理解できない<大地人>たちと同様、呆れた顔で3人を眺めるのみだ。

微妙にしらけたまま、黙々とカレーが人々の口に消えていく。

曲が静かに消えた後、ユウは思わずフェーネルに頭を下げた。


「まさかこんなもてなしをしてくださるとは、思いもよりませんでした。

閣下。閣下のためなら微力ながら、この剣いつでも捧げます」

「お、おい。ユウ……」


旅に出るんじゃなかったのか、というテイルザーンの声なき声も無視して、なおも熱狂的な口調で礼を言うユウに、フェーネルは苦笑して手を振った。


「いえ、ほんのお礼ですから。

まあ、もし礼をして下さるなら、旅であったことを時折マイハマにお伝えください。

あとで水晶球をお渡しします。それはここマイハマの宮廷<妖術師>の間と連絡できるものですから」

「必ず、お伝え申し上げます」


深々と頭を下げたユウを、他のメンバーは宇宙人を見るように眺めているだけだった。



2.


 夕暮れ。

じゃり、と舗装されていない道を踏んで、レオ丸は叫んだ。


「あい~るび~ばぁ~っく!」


道端で奇声を上げる不気味な男に、そばを通る人々が<冒険者>と<大地人>とを問わず、さっと距離を開けていく。

度々の奇行にさすがにあきれ果てたテイルザーンが何かを言おうとしたとき。

なおも叫び続けるレオ丸の足元から、猫が一匹ひょこ、と顔を出す。


「あらかわいい」

「<ライトニングチャンバー>だっチャ」

「ひぎょっ!?」


突然猫がしゃべったかと思うと、レオ丸の姿が一瞬で雷光に包まれた。


「……!?」

「マ……マサミNさん。寝覚めの一発、おおきに…」

「いい加減にしておくっチャ」


カレーと曲によってもたらされた高揚感もようやく消えたのか、それだけ呟いて力なく倒れるレオ丸をあえて無視したまま、テイルザーンは残る2人、ユウとバイカルに告げた。


「スマンが、俺らはこれからギルド会館にいかなあかん。

自分らはどっかで暇潰してんか。後から行くさかい」


そういって「ほな」と背を向けかけるテイルザーンに、ふと気がついたユウが尋ねる。


「そういえば、なんでこの二人が<カシガリの洞穴>に来たんだ?知り合いだったのか?」

「ああ。ユウには前言ったやろ、友人が<スノウフェル>に来るって。

それがこの人らや。まあ、レオ丸法師に初めて会うたのは<大災害>の後やがな。

ちょっと行きがけに念話したら応援に来るって言うてくれたんや」

「ああ、なるほど……」


納得するユウに背を向け、テイルザーンたちが歩き去っていく。

その背が雑踏の向こうに消えたあたりで、ユウたちは困惑した顔を見合わせた。


「で、どうする?」

「どう、って言ってもなあ……知り合い少ないし」

「せやったら、おっさん同士、夕方にヒマになったら行くところはひとつやろ♪」


復活したレオ丸が窄めた手を口にあて、何かをくいっと飲む仕草をした。

そのジェスチャーを知らない社会人男性はいないとまで言われる、分かりやすい意思表示だ。


「おお!確かにカレーのおかげで腹もくちいし、ちょっと縄のれんをくぐって般若湯(さけ)でも一杯やるか!」

「そうだな!いいね」


思わず頷いたユウの耳に、ふと調べが届く。

夕暮れから夜に移り変わろうとするアキバに相応しい、落ち着いた緩やかな旋律だ。

マイハマで聞いた曲とはまったく異なるが、どこか似ていると感じるのは、同じ故郷(ちきゅう)を共有するメロディだからか。


「この町には、イースタルには音楽が溢れてるんだなあ」


しみじみとバイカルが呟いた。

黙って同意し、ユウとレオ丸もしばらくの間、雑踏の彼方から揺らめく音を黙って聞いていた。


他の土地にはあるのだろうか。

<冒険者>が音楽を楽しみ、<大地人>がそれを学ぶような光景が。


3人は言葉を交わさずに同じことを思っていた。




3.


 音楽が途絶えてしばらくしてから、3人は再び顔を見交わした。

そのまま、周囲を見る。


華やかな衣装をまとった<冒険者>たち。

狼の耳をぴょこぴょこと揺らして、手にした荷物を落とさないよう走る狼牙族の少年。

手をつないでうっとりと見詰め合っているのは、この世界に来てから出会ったカップルだろうか。

街は華やかな夜に酔い痴れていた。

無理もない。

今日は<新年祭(スノウフェル)>。

一年を無事に生き、来年の幸福を祈る祝祭の真っ只中なのだ。


<冬祭り(スノウフェル)>。


現実世界の日本で言えば冬休み、つまりクリスマスと正月にあたる時期に行われる、<エルダー・テイル>でのイベントだ。

全世界に広がったゲームであるだけに、時期は西洋のクリスマス休暇に合わせてあるものの、特定の宗教の影はごく薄い。

日本サーバでは毎年、企業や雑誌とコラボした華やかなレイドイベントなどが催され、<廃人の冬の陣>と呼ばれていたが、たとえば西洋では冬至(ユール)嵐の夜(ワイルドハント)にちなんだ催しが行われ、北米では巨大な偶蹄目(トナカイ)を追うイベントが、現実世界の米軍よろしく派手やかに行われたりもする。


実は、ユウはこのイベントに参加した経験がほとんどない。

学生の頃は参加していたが、その頃の<スノウフェル>は現在と比較にならないほどのどかで、落ち着いた祭りだったことを覚えている。

社会人になり、結婚してからは四半期決算やら年末年始の調整やら、はたまた子供のクリスマスやら正月の帰省やらで、とてものんびりとゲームをしている時間などはなかった。

以前。

妙に乗り気なクニヒコとレディ・イースタルに誘われて、無理やりログインさせられ、そこで<黒剣騎士団>の何人かと一触即発の事態になったことを覚えているのみだ。

普段は意識していない女の姿(ネカマ)を指摘され激怒したことも、時間がたてばいい思い出だった。


「あの羅刹女さんは元気してるかねえ」


ユウが懐かしげに言えば、バイカルも隣でしょんぼりと呟く。


「そういやあ、俺もこんな祭りとは縁がなかったなあ……坊主だし。

冬休みのガキらの合宿に付き合わせられてなぁ……」

「エンちゃんとかはギルドで忙しいやろうしなあ……」


知り合いの名前らしきものを呟いて、レオ丸は切なそうに笑いあいながら通り過ぎる若者たちを見送った。

その姿のまま、よっしゃ、と顔を両手で張り、気合を入れなおす。


「まあ、若者は若者の、年寄りには年寄りの遊び方もあるわな。

別嬪さんもおることやし、ワシら年よりも遊びに行きまひょか!」

「ああ」

「そうだな!」




 ◇


「だかぁらぁ!!人ってぇのはぁ!目をこうずぶりと抉ってな、耳の後ろからこう、頭蓋骨に沿うようにこう刀を滑らせれば、簡単に皮を剥げるんだよ!!わかってる!?」


数時間後。

声だけは艶やかなまま、身振り手振りを交えて殺しの手管を語るユウの前で、酒の酔いも吹き飛んだバイカルとレオ丸の姿を、場末の酒場の一角で見ることができる。


「頬の筋肉はな、刀を傷めないように、こう、滑らせるように動かしてだな……」


周囲に人の姿はない。

酔っ払い特有の大声で延々と猟奇的な説明を続けるユウに、いつしか他の客の姿は消えていた。

視界を動かせば、厨房の奥で怒りと恐怖に震える店主の姿を見ることができるだろう。

かきいれ時であるはずの<スノウフェル>の夜を、ものの見事にぶち壊されれば誰でもそうなる。

彼は、早々と明かりを消し、軒並み吐瀉物を吐いた店員たちを一足早く家に帰らせていた。


妙に生々しく、具体的な描写を続ける<暗殺者>の前で、ひそひそと二人の男は囁き交わした。


「何とか止めてんか……この人。なんでこないに殺人技術に詳しいねん」

「ユウが乱れるところなんて初めて見たが……止めようにも、この調子じゃあな……」

「ほら、店の大将がぶち切れた顔して見てはるで。これじゃアキバ一帯に出入り禁止やろ……」

「何余所見してんだよ!!ほら、お前さんらも練習しろ!なに、簡単なことだから」


ユウの目が完全に据わっている。

バイカルたちは、手にした酒や料理が、<大災害>当初の味のないものに戻ったような気さえしていた。


最初は、こうではなかった。


そもそもユウとバイカルは言うに及ばず、ユウとレオ丸も旧知ではあったのだ。

ミナミを拠点にしていたレオ丸と、あちこちを渡り歩いては対人戦(デュエル)をしていたユウやバイカルとでは、お互い行動範囲もまったく異なっていたが、それでも長年プレイしたソロプレイヤー同士、肩を並べた経験もあれば、お互いの名前を聞くことも絶無ではない。

そんな三人が始めた酒宴なのだから、最初は互いの知り合いの消息や、これまでの冒険の話に花が咲く。

バイカルが、ムナカタで「騎士のボーズさん」と呼ばれているクニヒコのことを話せば、

レオ丸も<大災害>以降、ミナミからアキバまで来た旅について話す。

返すようにユウも、<大災害>当初の行動から、西への旅までを包み隠さず話した。


三人共通の知人であるレディ・イースタルが最近、

「実は彼女はユフ=インの前男爵の隠された愛人だったのではないか?」などと噂を立てられていることを面白おかしくバイカルが話せば、

「そうそう、そういや<大災害>の一寸後に、ミナミであの人らと会いましてん」

などとレオ丸がまぜっかえす。

とはいえ、そうした楽しい話ばかりでもない。

別れ、そして死。

3人の旅は、そうした悲痛な思い出と表裏一体だ。


それぞれに痛みを抱えた<冒険者>たちの宴は、むしろどこか物悲しい、しんみりとした調子で始まったのだ。



しかし、すべてはユウが泥酔するまでのことだった。

目の前の酔っ払った修羅(ひとごろし)に気づかれないよう、なおも二人の男は素早く言葉を交わす。



「テイルザーンらはまだ来ぃひんのか」

「念話は送ってるが、連中もギルドでイベントがあるとかでな」

「どないすんねん!このままやと実演しかねんぞ、こいつは!」

「聞いてるのかね?!」

「「はい!!きいとります!」」

「よろしい」


うむと頷いたユウは既に口調すらサラリーマン時代に戻っている。


已むをえん。今日という日は捨てよう。

そう、坊主二人が悲痛な顔を見合わせたとき。

二人にとって天の助けというべき待ち人が、がらがらと引き戸を開けて入ってきた。


「いやあ、遅うなってすまん!俺が呼んでおきながら、えろうすんまへんな!!」


そういって陽気に手を上げたのはテイルザーンだ。

その後ろには、軽く会釈するレンの姿もある。

二人とも武装を脱いだのか、テイルザーンはオフの学生のような気軽な軽装であり、レンも小奇麗なチェックのシャツとスカートという、大学生の男女のような格好だった。


「……なんや?そんな辛気臭い顔してからに」

「よう、来てくれたで……!!」

「生き神じゃ、活仏じゃよ……!!」


さあ飲もうか、と扉を開けた矢先、坊主二人に伏し拝まれては、

テイルザーンでなくとも不気味に思うだろう。

レオ丸たち二人はもちろん、大真面目だったのだが。


よくわからないままに、テイルザーンは入ったばかりの扉に逆戻りさせられる。

その後ろでは、わけのわからないことを叫ぶユウがバイカルのパンチ一発でのびており、

その向こうではなぜか店主に土下座するレオ丸の姿が見えた。

レンが目を丸くしているうちに、手早くバイカルはユウに肩を貸すと、出てきたテイルザーンと共に月を見上げた。


「生きてるってのは、ええのう……」

「……まったくやで……」


目と目を見交わし、微笑みあう。

不気味な光景に、周囲の人々が自然と離れていく。

いつの間にか路地の注目を集めていることに気づき、テイルザーンは居心地悪げに友人たちに目を向けた。


「何があったんや?」

「聞かんといてや……すべてが終わったら何もかも話すさかい」

「法師、店主はどうだった?」

「カンカンやったけどな。まあ5千Gもつめば許してくれはったで。ただ当面出入り禁止やと」

「仕方ねえな……ちくしょう、あの毒刀、質に流してやろうかな……」


忌々しげに、バイカルがユウの細い腰で揺れる二振りの刀を睨みすえた時。

ぱちりと、ユウの目が開いた。


「あ、ユウさん」


レンが驚く。

いつの間にか彼女の顔は平常に戻り、真っ赤だった肌も雪の白さを取り戻していたからだ。


「大丈夫ですか?」

「ええ。私は大丈夫()

「……ユウさん?」


気遣わしげなレンの声が、かすかに震えた。

いつも男のように抑え気味の、語尾を切ったような口調のユウとは別人のような、

艶やかな声色だったからだ。

周囲の男たちも気づき、泥酔しているはずの<暗殺者>を見る。


「どうかした?私の顔になにかついてる?」

「え、あ、いや、なんもついてへんで」

「そう?恥ずかしいからなにかついてたら教えてね」


思わず答えたテイルザーンにそう言い捨て、足取りもしっかりと歩き出すユウを、4人は呆然と見送っていた。



 ◇


「変だ」

「変やな」


すたすたと歩くユウの後ろを、ひそひそと話しながら四人の男女が歩いている。

<スノウフェル>の夜、特に<冒険者>は眠らない。

あちこちではイベントやバザーが夜を徹して開かれ、太らないことをいいことに脂っこい食事の屋台が道々を賑わしていた。

その雑踏の中を彼らは歩く。


正確には、ユウが一人先を歩き、その後をおっかなびっくり4人が付いていく構図だった。


仕草まで女性らしいユウは、元からの美貌とスタイルの良い肢体を簡素な黒装束に包み、

周囲の人ごみをすり抜けて歩いていく。

時折、見とれる<大地人>や<冒険者>に軽く手を振る姿は、中身が40近いおじさんだと思えば尚更におぞましい。

酢を飲んだような顔でテイルザーンが呻いた。


「何があったんや?さっきのバイカルのパンチでどこか頭のネジが飛んだんやなかろうか」

「さっきまではあんなんやあらへんかったしな。なあ、アマミYさん」

「あの女性(にょしょう)は先ほどまで、(わらわ)ですら怖気を振るうような残酷で猟奇的な殺人について、嬉々として話しておったが……あんな口調や仕草ではありんせんかった」

「ともかく、外見的にはあっちのほうが自然といえば自然なんだが……プレイヤー(なかみ)を知っておればおるほど不気味な」

「でも、綺麗ですよね、ユウさん」


男同士のひそひそ話を、レンの無邪気な感想がさえぎる。


「……綺麗だと?」


この中で唯一、現実の鈴木雄一(ユウ)の姿を知るバイカルが、狂人を見るような目で自分を見つめることに、レンは口を尖らせた。


「だって、あっちのほうがどう考えても普通じゃないですか。そりゃ、戦ってるユウさんは格好いいけど、女性なんですからもっと女性らしくなさってもいいんじゃないですか?」

「あー。ちょっと待ってくれへんか。娘さん」


額を手で揉みながら、レオ丸がもう片方の手を上げた。


「レンはん。あんたはん、あのユウが女やと思うとってん?」

「ええ。声も普通に女性だし、女の方じゃないんですか?」

「……言うてエエんかな」

「エエと思いますで、法師」


力なく返すテイルザーンの視線は、若い<冒険者>にナンパされ、嬉しそうに話すユウの笑顔を見ていた。


「……あのな。ユウは、元男や。声が変わったのは最近やっちゅうことや。

そもそも、ドス利かせて『殺す』なんていう女なんて、岩下志麻以外におらへんやろ」

「……ホントですか?」

「ホントだ」


あっけにとられるレンに、重々しくバイカルがダメ押すと、レンは今度こそ愕然として数メートル先のユウを見た。

さらに念を押すとばかりにテイルザーンが言う。


「そもそも、あいつの<鏡像>を思い出せや。口を開けば『殺す』『死ね』『もっと戦え』

あんな殺伐とした女がおるわけないやろが」

「うそ……」

「むしろ今の今までユウが女やと思うとった方が、ワシには『ウソ……』なんやけどね、娘さんや……せやけど」

「まあ、確かに外見は完璧に美女だからなあ……だがな」



酒の力とは強大なものだ。

違和感どころか、言い知れない悪寒すら感じていたユウの女性らしい仕草も、見慣れてくれば自然に思えてくる。

頷き続けるレオ丸とバイカルの目に宿る変な光を見て、テイルザーンが絶句する。


「まあ、眼福っちゅうコトで、まあ今日くらいエエんやないかな?」

「……」


悟りを開いたようなレオ丸とバイカルの顔を見ながら、もはや突っ込む気力もなくテイルザーンは目を揉んだ。

そういえばこいつらも泥酔してたんだった、と今更ながらに思いながら。


 ◇


「なあ、ユウさん。何なら俺らのギルドへ来ない?今の時期、ソロじゃ辛いっしょ」

「そうそう!一緒に飲もうよ!おねーさん!」

「ごめんね、友達が待ってるから」


軽薄そうな<守護戦士>と<神祇官>に、そう言ってユウは片目を閉じて微笑んだ。

その色気に当てられた男たちは、期待に満ち溢れた目で彼女の周囲を見回す。


「誰誰?友達も何なら一緒に飲もうよ!」

「そうそう!合コンじゃないけど、せっかく<スノウフェル>なんだしさ!」


その彼らの幸福感は、次の瞬間掻き消える。


「どうも。そこのユウの友達です」

「よろしゅうに」

「ひっ!?」


思わず回れ右した男たちを責める者はいない。

いきなり厳つい坊主二人にぬっと出てこられては、どれほど肝の据わった<冒険者>でも驚くものだ。

テイルザーンは去っていく彼らを気の毒そうに眺めつつ、やったやった、といたずらが成功した子供のように喜ぶレオ丸とバイカルの頭を思い切りはたいた。


「痛っ!何すんねん!」

「何すんねんはこっちのせりふやろが!!何アホないたずらしとんのじゃ!」

「だってな、ほら、お正月も近いことだし」

「……和尚が二……って、いまどき小学生でもいわへんで、そんなクッソくだらない駄洒落!」

「ねえねえ、こっち行ってみようよ。ドレスフェアっての、やってるみたい」


見れば、レンをいつの間にか半ば引きずったユウが、『これであなたも姫君に!服飾ギルド協賛ドレス試着フェア』という看板を指差して、ニコニコ笑っている。

それを見たバイカルが思わず両手を合わせて目を閉じた。


「おお、めんこいのう……都会にきてよかったわい。南無阿弥陀仏、観世音菩薩ご開帳よ……」

「なに真顔で下品なこと口走っとんねん!おどれはホンマに聖職者か!」


大声で怒鳴るテイルザーンに、少し離れた場所でレオ丸をしばく彼の従者、アマミYが気遣わしげに目をやった。

人とモンスター、<冒険者>と召喚獣の垣根を越え、<武士>と<吸血鬼妃(エルジェベト)>はしっかりとあいコンタクトを取る。


バイカルは俺が抑える。

妾はこの主様(アホ)を。


念話などないにもかかわらず、互いには互いの声がしっかりと聞こえた気がした。

そのまま互いの目標をしっかりと掴み、一人と一体は口をそろえて説得に入った。


「なあ、バイカル!落ち着け!そりゃ確かに外見は女だが、ユウの性格も顔も覚えてるんやろが!」

「いいや、あの()は天が俺にダキニの秘法を使えとお命じになって使わされた信女に違いない」

「もう少し脳みそで考えんかい!アホンダラ!」


「主様、主様はあの娘の毒気に当てられておるだけじゃ!主様には妾も従者たちもありんしょう!」

「ワシを止めるのはお門違いというモンや。ワシとて聖職者のはしくれの隅っこのほんのちんまい場所におるくらいやから、何もせぇへんよ。

せやけど、あのユウのドレス姿を見たいとワシの中のもう一人のワシが叫んどるんや♪」

「……」


「あの、いいんでしょうか、後ろ……なにか言い争ってるけど……というかもう少し実力行使に入ってますけど」

「なにが?」


気遣わしげに振り向くレンに、ユウがにこりと微笑む。

そのやさしげな表情は、まるで妹を気遣う姉のようだ。

レンにつられて後ろを見たユウは、どたばたと掴みあう男たちに楽しげに叫んだ。


「ねえ!行っちゃうよ~?早く来てよ~」


「はいな♪ ほな、いきまひょか♪」

「不肖このバイカル、エスコートを務めさせていただこう」

「うん、じゃあ、行きましょ。レンちゃんも一緒にね」

「あの、ユウさん? ……ユウさん!?」

「待ちやれ、主殿!」

「待て!戻ってこい、バイカル!お前は破戒への道筋を……!」


テイルザーンとアマミY、二人の声は、半ば拉致されるように引きずられていくレン以外には、届くことはなかった。



 ◇


 次の朝。


「う……ん、ここは、どこだ」


ユウは硬いものが頬に当たる感触に目を覚ました。

窓からは燦燦と陽光が降り注いでいる。

午後のようだ。

彼女は、珍しく寝過ごしたようだった。


見回してみたが、どこかの一室らしいその部屋には見覚えがない。

昨日、しんみりと飲んでいた後の記憶もない。


そして、周囲には誰もいない。


ユウは、<大災害>以来、二度目の不思議な体験に、首を傾げるしかなかった。

カレー、おいしいですよね。

私は渋谷の<ムルギー>のムルギーカレーが大好きです。

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