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ある毒使いの死  作者: いちぼなんてもういい。
第三章 <冬>
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38. <決闘>

1.


 キィン、と鋭い音が広間に響く。

<鏡像>のユウと<本物>のユウ、二人の<暗殺者>の振るう刃が重なった音だ。

空中で激突した二人は、すぐさま互いを蹴り飛ばした。

互いにベクトルを変えて飛ぶ二人の片手が、同時に懐に入る。

投げ打たれた短剣は、まったく同じ軌道をたどり、二人の中間点で互いを砕き合った。

くるくると回りながら着地した<鏡像>が、離れた場所に膝をついた<本物(ユウ)>を笑顔で見やる。


「さすがに(おまえ)だけはあるな。投げるタイミングまで同じだとは」

「……」

「そう、お喋りだと責めないでくれよ。お前の代弁をしてるだけじゃねえか。

お前(おれ)は嬉しいんだよ。自分とやりあえるのがなあ」

「……ああ」


ユウの口がかすかに歪む。

まるで笑っているように。


「確かに、不思議だが心地いい気分だな。

お前はどう考えても下種で、醜く、野蛮で、憎んでも飽き足らないほどなのに、なぜか楽しい」

「だろ?じゃあ、次にいこうぜ!」


そういいながらも<鏡像>は動かない。

分かっているのだ。

互いに必殺の<毒>を持つ以上、どんな一撃も致命傷となりうる。

じりじりと動く二人を見比べながら、カルスが思わず呟いた。


「ユウ、どのは……勝てるのでしょうか。己と同じ相手に」


獰猛な表情の<鏡像>とは対照的に、静謐なユウをただ見続ける。

周囲の男女に答えはない。

少し離れた場所でローブをかき抱く<鏡像>のレンだけが、濁った沼のような目でテイルザーンを見つめていた。



 ◇


 唐突にユウの姿が霞む。

<特技>ではない。刀がもたらした速度が、見る者の動体視力すら上回ったのだ。

刹那遅れて、<鏡像>の姿もまた、消える。

互いに駆け抜けざまの一撃は、同時の叫びを伴った。


「<アクセル・ファング>!」


まさに標的を見定めた狼の如く、二人の<暗殺者>がすれ違い、次の瞬間、片方が飛び上がり、もう片方は斜めに大きく逸れた。

飛び上がった<鏡像>の手から次々と短剣が投げられる。

この中のどれに、ユウ必殺の毒が仕込まれているのか。

霧雨のようなそれらをすさまじい反応速度で回避しながら、<本物>のユウの手がぶれた。

短剣のような速度で投げられたそれは、瞬く間に<鏡像>の顔面すれすれに迫っていた。


「<ラピッド・ショット>!!」

「温いぜっ!」


空中に爆発の花が咲き、一瞬<鏡像>の姿を覆い隠した。


「やったか!?」

「まだや!」


洞穴が揺れ、本来あるはずのない煙に隠れた<鏡像>の姿は見えない。


「洞窟の天井に<シェイクオフ>をかけたんや」


説明するテイルザーンにあわせるように、ユウも自らはなった煙幕の中に掻き消えた。

煙が晴れた後、そこには二人の姿はない。

目をぱちぱちと瞬かせるカルスに、油断なく刀を構えながらテイルザーンが声をかける。


「互いの<シェイクオフ>で、二人は消えた。せやけど、先に放った偽者が先に効果が解ける。

その瞬間、ユウは偽者をわずか数秒やが、透明なままで狙えるんや」


話す間に、ユウの姿が現れる。

<鏡像>か。それとも本物か?と身構える仲間の前で、その<ユウ>は腰の鞄をむんずと掴むと、無数の瓶を取り出した。

そのまま投げる。


「あれはっ!」

「爆薬や!伏せえ!目を閉じて口を半開きにするんや!」


叫びながら、テイルザーンは両手でカルスとシャーリアを抱きかかえた。

うろたえるレンを、手近なカイリが背中を抱えて倒れ伏す。

次の瞬間、先ほどの飛竜の争いに勝る爆発が、洞穴の周囲を激震させた。


「ちぃっ!!」


ユウは飛んだ。

その瞬間、透明化が解け、その姿が露になる。

相手が見えなければ周囲すべてに対して無差別攻撃。


(さすがに、間違っちゃいない!!)


自分も散々やってきた手だけに、ユウの顔がかすかに苦笑を浮かべる。


「見つけたぜ!」


叫びとともに迫る短剣。

切り払ったユウが着地するより早く、足元に駆け寄った<鏡像>が、伸び上がるように刀を振るった。


「<デッドリー・ダンス>!」

「<ガストステップ>!!」


宙を舞う石ころを一瞬の足場にして、空中で鋭角の軌道を取ってみせたユウに、特技を放った直後の<鏡像>は追いつけない。

すさまじい速度で壁に足をたたきつけたユウは、一瞬で足に力をため、再び飛んだ。

負けじと<鏡像>も短剣を投げる。

刃をひょい、と避けたユウの動きが、不意に空中に縫いとめられた。

行きがけに倒した鋼尾翼竜のように、その体が力なく落ちる。


「…っな!?」

「<シャドウバインド>!」

「そうか……!」


<鏡像>の声に、ゴランが呻いた。


「ここは洞穴の中だ。<魔法の明かり(バグズライト)>に照らされて、影は全方位にある!」

「ユウ!!」


叫んだジュランの目の前で、必殺の<アサシネイト>を受けたユウが血を吹き上げて転がるのが見えた。




2.



 ゴゴゴ、と山全体が震える。

地盤が<鏡像>の放った無数の爆薬に耐え切れず、悲鳴を上げているのだ。


「<アトルフィブレイク>!」

「<ペインニードル>!」


倒れたユウと立っているユウ、二人の口と手から再び同時に殺意の塊(ぶき)が放たれた。

ガキィ。


金属が砕ける音とともに、<鏡像>が振るった刃がユウの短剣を斬り砕く。

鮮やかな緑の液体が大地にぶちまけられ、<鏡像>は麻痺して動けないユウを見下ろした。

その目に喜びはなく、むしろ失望とも取れる表情が浮かんでいる。


「こんなものか」

「ユウ!」

「約束を破る気か、きさまら?言っておくがそうすればお前たちの命はないぞ」


テイルザーンたちを振り向いた<鏡像>のユウはそういうと、再びユウに向き直った。


「そんな(ざま)か、(ユウ)。もっと楽しませろよ。つまらねえな」

「……」

「期待したのに、損したぜ」


<鏡像>が刀を振り上げる。

逆手で握られたその刀の切っ先は、正確にユウの首筋を指していた。


「まあいい。あばよ、俺」


すでにHPを<アサシネイト>でほとんど奪われたユウは、次の瞬間死ぬ。

いくら<戦忍びの野戦装束>を着て、鎧なみの防御力を手にしているとはいえ、相手は<エルダー・テイル>でもトップクラスの武器攻撃力を持つ<暗殺者>なのだ。


戦友の死を、テイルザーンは半ば確信していた。

それでもなお、友人を助けるために、彼の足が地を蹴る。

その瞬間。


「<ワイヴァーン・キック>!」

「天蓬天蓬急急如律令 勅勅勅! アマミYさん、御出座召され!」


広間の壁の一方が吹き飛んで、本来いるはずのない11人目と12人目の叫びが響き。


「うお、何があった!?」


<鏡像>のユウの周囲に闇が渦巻き。


「うぉあっ!?」


テイルザーンが何か巨大なものに噛みつかれ。


「きゃあっ!」


度重なる衝撃に、ついに洞穴が崩落を始めたのだった。



 ◇


ユウは、激痛に動かすのもやっとの体を起こした。

どくどくと流れ出る血は、着実にユウのHPを削っていく。

あちこちで天井が崩れ、無数の土砂が雪崩のように落ちており、

余震はやむ気配もない。

霊薬を呷ることもせずに見つめたユウの目の前で、<鏡像>が黒い霧に絡みつかれていた。


「な、こ、こいつは!……そうか、<吸血鬼>か!しゃらくせえ!!!」


刀がうなりをあげて振るわれ、<鏡像>を覆い包んだ霧が吹き散らされる。


『きゃあっ!』

「アマミYさん!届け物や!」


再び声が響き、消える霧から突如にゅ、と手が伸びた。

ほっそりとした、貴婦人の手だ。

そのたおやかな掌に抜き身のまま握られた刀が、リィィン、と鳴る。


「それは……!!」

「ぬしの持ち物でござんしょう……っ!お持ちなんせ」

「ありがたい!」


受け取った刃が震えた。

離れていた主の元へ戻った喜びを表すかのように。


「チッ!!!」


ようやく霧を振り払い、<ガストステップ>で一瞬のうちに距離をつめた<鏡像>の青い刃を、緑の刃が受け止める。

斬り倒せなかったとみるや、再び距離をとった<鏡像>に、ユウは正面から向き合った。


「そいつがお前の本当の武器か……<毒使い>専用の、<堕ちたる蛇の牙>」

「ああ。決闘に水差してしまったか?」

「ふん。よくあることさ」


そう言って再び動きを止めた<鏡像>に、ぽたりぽたりと血を流しながらユウが笑う。

その手の<疾刀・風切丸>はいつの間にか右手に持ち替えられ、左手には緑に輝く小太刀が握られていた。


「だが、これは<堕ちたる蛇の牙(いままでのやつ)>じゃない」


静かに、語りかけるように言う。

その手の刀の(フレーバーテキスト)には、こう記されていた。


『剛剣から主を守り散った二振りの刀を、<アメノマ>の多々良が鍛えなおす。二つの刀を一と成し、蛇の呪いと人の恨みを転じて、毒と厄が<毒使い>を護る』


その言葉に、どれだけの努力と、探求と、思いが篭っているのか。

ユウはゆっくりと、打たれた銘を読み上げた。


「<蛇刀・毒薙(ぶすなぎ)>。これが私の本当の武器だ」

「ほう。いいねえ」


にやりと笑った<鏡像>の目が、鍔鳴りを起こす<毒薙>を嬉しそうに見つめる。

思わず戦闘態勢をとるユウに、しかし<鏡像>は苦笑の形に顔を歪めて、自らの刀を鞘に納めた。

そのまま、振り向いて壁の片隅を指差す。


「思う存分やりあいたいが、残念だが時間切れだな。

いろいろ余計なものが来ちまって、とても殺しあう(あそぶ)気になれねえよ。

それに、ほれ。

俺と同じ<鏡像>の色情狂が、またなんかやらかしたみたいだしな」


詰らなさそうに嘯いた<鏡像>の目に殺気はない。

警戒を続けながら、彼女の指差すほうを見たユウは、驚きに目を見開いた。


本格的に崩落し始めた洞穴に大穴が穿たれ、

血まみれのシャーリアとカルスを、カイリとゴランが必死に回復している。

その4人、そして、新たに洞穴へやってきた僧形の<冒険者>が2人。

そこには、この場にいるはずの2人がいなかった。


テイルザーンと、レンが。

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