38. <決闘>
1.
キィン、と鋭い音が広間に響く。
<鏡像>のユウと<本物>のユウ、二人の<暗殺者>の振るう刃が重なった音だ。
空中で激突した二人は、すぐさま互いを蹴り飛ばした。
互いにベクトルを変えて飛ぶ二人の片手が、同時に懐に入る。
投げ打たれた短剣は、まったく同じ軌道をたどり、二人の中間点で互いを砕き合った。
くるくると回りながら着地した<鏡像>が、離れた場所に膝をついた<本物>を笑顔で見やる。
「さすがに俺だけはあるな。投げるタイミングまで同じだとは」
「……」
「そう、お喋りだと責めないでくれよ。お前の代弁をしてるだけじゃねえか。
お前は嬉しいんだよ。自分とやりあえるのがなあ」
「……ああ」
ユウの口がかすかに歪む。
まるで笑っているように。
「確かに、不思議だが心地いい気分だな。
お前はどう考えても下種で、醜く、野蛮で、憎んでも飽き足らないほどなのに、なぜか楽しい」
「だろ?じゃあ、次にいこうぜ!」
そういいながらも<鏡像>は動かない。
分かっているのだ。
互いに必殺の<毒>を持つ以上、どんな一撃も致命傷となりうる。
じりじりと動く二人を見比べながら、カルスが思わず呟いた。
「ユウ、どのは……勝てるのでしょうか。己と同じ相手に」
獰猛な表情の<鏡像>とは対照的に、静謐なユウをただ見続ける。
周囲の男女に答えはない。
少し離れた場所でローブをかき抱く<鏡像>のレンだけが、濁った沼のような目でテイルザーンを見つめていた。
◇
唐突にユウの姿が霞む。
<特技>ではない。刀がもたらした速度が、見る者の動体視力すら上回ったのだ。
刹那遅れて、<鏡像>の姿もまた、消える。
互いに駆け抜けざまの一撃は、同時の叫びを伴った。
「<アクセル・ファング>!」
まさに標的を見定めた狼の如く、二人の<暗殺者>がすれ違い、次の瞬間、片方が飛び上がり、もう片方は斜めに大きく逸れた。
飛び上がった<鏡像>の手から次々と短剣が投げられる。
この中のどれに、ユウ必殺の毒が仕込まれているのか。
霧雨のようなそれらをすさまじい反応速度で回避しながら、<本物>のユウの手がぶれた。
短剣のような速度で投げられたそれは、瞬く間に<鏡像>の顔面すれすれに迫っていた。
「<ラピッド・ショット>!!」
「温いぜっ!」
空中に爆発の花が咲き、一瞬<鏡像>の姿を覆い隠した。
「やったか!?」
「まだや!」
洞穴が揺れ、本来あるはずのない煙に隠れた<鏡像>の姿は見えない。
「洞窟の天井に<シェイクオフ>をかけたんや」
説明するテイルザーンにあわせるように、ユウも自らはなった煙幕の中に掻き消えた。
煙が晴れた後、そこには二人の姿はない。
目をぱちぱちと瞬かせるカルスに、油断なく刀を構えながらテイルザーンが声をかける。
「互いの<シェイクオフ>で、二人は消えた。せやけど、先に放った偽者が先に効果が解ける。
その瞬間、ユウは偽者をわずか数秒やが、透明なままで狙えるんや」
話す間に、ユウの姿が現れる。
<鏡像>か。それとも本物か?と身構える仲間の前で、その<ユウ>は腰の鞄をむんずと掴むと、無数の瓶を取り出した。
そのまま投げる。
「あれはっ!」
「爆薬や!伏せえ!目を閉じて口を半開きにするんや!」
叫びながら、テイルザーンは両手でカルスとシャーリアを抱きかかえた。
うろたえるレンを、手近なカイリが背中を抱えて倒れ伏す。
次の瞬間、先ほどの飛竜の争いに勝る爆発が、洞穴の周囲を激震させた。
「ちぃっ!!」
ユウは飛んだ。
その瞬間、透明化が解け、その姿が露になる。
相手が見えなければ周囲すべてに対して無差別攻撃。
(さすがに、間違っちゃいない!!)
自分も散々やってきた手だけに、ユウの顔がかすかに苦笑を浮かべる。
「見つけたぜ!」
叫びとともに迫る短剣。
切り払ったユウが着地するより早く、足元に駆け寄った<鏡像>が、伸び上がるように刀を振るった。
「<デッドリー・ダンス>!」
「<ガストステップ>!!」
宙を舞う石ころを一瞬の足場にして、空中で鋭角の軌道を取ってみせたユウに、特技を放った直後の<鏡像>は追いつけない。
すさまじい速度で壁に足をたたきつけたユウは、一瞬で足に力をため、再び飛んだ。
負けじと<鏡像>も短剣を投げる。
刃をひょい、と避けたユウの動きが、不意に空中に縫いとめられた。
行きがけに倒した鋼尾翼竜のように、その体が力なく落ちる。
「…っな!?」
「<シャドウバインド>!」
「そうか……!」
<鏡像>の声に、ゴランが呻いた。
「ここは洞穴の中だ。<魔法の明かり>に照らされて、影は全方位にある!」
「ユウ!!」
叫んだジュランの目の前で、必殺の<アサシネイト>を受けたユウが血を吹き上げて転がるのが見えた。
2.
ゴゴゴ、と山全体が震える。
地盤が<鏡像>の放った無数の爆薬に耐え切れず、悲鳴を上げているのだ。
「<アトルフィブレイク>!」
「<ペインニードル>!」
倒れたユウと立っているユウ、二人の口と手から再び同時に殺意の塊が放たれた。
ガキィ。
金属が砕ける音とともに、<鏡像>が振るった刃がユウの短剣を斬り砕く。
鮮やかな緑の液体が大地にぶちまけられ、<鏡像>は麻痺して動けないユウを見下ろした。
その目に喜びはなく、むしろ失望とも取れる表情が浮かんでいる。
「こんなものか」
「ユウ!」
「約束を破る気か、きさまら?言っておくがそうすればお前たちの命はないぞ」
テイルザーンたちを振り向いた<鏡像>のユウはそういうと、再びユウに向き直った。
「そんな様か、俺。もっと楽しませろよ。つまらねえな」
「……」
「期待したのに、損したぜ」
<鏡像>が刀を振り上げる。
逆手で握られたその刀の切っ先は、正確にユウの首筋を指していた。
「まあいい。あばよ、俺」
すでにHPを<アサシネイト>でほとんど奪われたユウは、次の瞬間死ぬ。
いくら<戦忍びの野戦装束>を着て、鎧なみの防御力を手にしているとはいえ、相手は<エルダー・テイル>でもトップクラスの武器攻撃力を持つ<暗殺者>なのだ。
戦友の死を、テイルザーンは半ば確信していた。
それでもなお、友人を助けるために、彼の足が地を蹴る。
その瞬間。
「<ワイヴァーン・キック>!」
「天蓬天蓬急急如律令 勅勅勅! アマミYさん、御出座召され!」
広間の壁の一方が吹き飛んで、本来いるはずのない11人目と12人目の叫びが響き。
「うお、何があった!?」
<鏡像>のユウの周囲に闇が渦巻き。
「うぉあっ!?」
テイルザーンが何か巨大なものに噛みつかれ。
「きゃあっ!」
度重なる衝撃に、ついに洞穴が崩落を始めたのだった。
◇
ユウは、激痛に動かすのもやっとの体を起こした。
どくどくと流れ出る血は、着実にユウのHPを削っていく。
あちこちで天井が崩れ、無数の土砂が雪崩のように落ちており、
余震はやむ気配もない。
霊薬を呷ることもせずに見つめたユウの目の前で、<鏡像>が黒い霧に絡みつかれていた。
「な、こ、こいつは!……そうか、<吸血鬼>か!しゃらくせえ!!!」
刀がうなりをあげて振るわれ、<鏡像>を覆い包んだ霧が吹き散らされる。
『きゃあっ!』
「アマミYさん!届け物や!」
再び声が響き、消える霧から突如にゅ、と手が伸びた。
ほっそりとした、貴婦人の手だ。
そのたおやかな掌に抜き身のまま握られた刀が、リィィン、と鳴る。
「それは……!!」
「ぬしの持ち物でござんしょう……っ!お持ちなんせ」
「ありがたい!」
受け取った刃が震えた。
離れていた主の元へ戻った喜びを表すかのように。
「チッ!!!」
ようやく霧を振り払い、<ガストステップ>で一瞬のうちに距離をつめた<鏡像>の青い刃を、緑の刃が受け止める。
斬り倒せなかったとみるや、再び距離をとった<鏡像>に、ユウは正面から向き合った。
「そいつがお前の本当の武器か……<毒使い>専用の、<堕ちたる蛇の牙>」
「ああ。決闘に水差してしまったか?」
「ふん。よくあることさ」
そう言って再び動きを止めた<鏡像>に、ぽたりぽたりと血を流しながらユウが笑う。
その手の<疾刀・風切丸>はいつの間にか右手に持ち替えられ、左手には緑に輝く小太刀が握られていた。
「だが、これは<堕ちたる蛇の牙>じゃない」
静かに、語りかけるように言う。
その手の刀の銘には、こう記されていた。
『剛剣から主を守り散った二振りの刀を、<アメノマ>の多々良が鍛えなおす。二つの刀を一と成し、蛇の呪いと人の恨みを転じて、毒と厄が<毒使い>を護る』
その言葉に、どれだけの努力と、探求と、思いが篭っているのか。
ユウはゆっくりと、打たれた銘を読み上げた。
「<蛇刀・毒薙>。これが私の本当の武器だ」
「ほう。いいねえ」
にやりと笑った<鏡像>の目が、鍔鳴りを起こす<毒薙>を嬉しそうに見つめる。
思わず戦闘態勢をとるユウに、しかし<鏡像>は苦笑の形に顔を歪めて、自らの刀を鞘に納めた。
そのまま、振り向いて壁の片隅を指差す。
「思う存分やりあいたいが、残念だが時間切れだな。
いろいろ余計なものが来ちまって、とても殺しあう気になれねえよ。
それに、ほれ。
俺と同じ<鏡像>の色情狂が、またなんかやらかしたみたいだしな」
詰らなさそうに嘯いた<鏡像>の目に殺気はない。
警戒を続けながら、彼女の指差すほうを見たユウは、驚きに目を見開いた。
本格的に崩落し始めた洞穴に大穴が穿たれ、
血まみれのシャーリアとカルスを、カイリとゴランが必死に回復している。
その4人、そして、新たに洞穴へやってきた僧形の<冒険者>が2人。
そこには、この場にいるはずの2人がいなかった。
テイルザーンと、レンが。




