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ある毒使いの死  作者: いちぼなんてもういい。
第一章 <アキバにて>
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4.<混沌の都> (後編)

3の後編を投稿いたします。

あわせて前編の続きを書き加えました。

 ユウはアキバには帰らず、夜のゾーンをひたすらに走っていた。

最後の光景は、一瞬のものでありながら、彼女の意識を闇夜のフラッシュのごとく塗りつぶしていた。


おそらくは、互いに自決したであろう、彼女が「助けた」初心者たち。

現実世界では何歳だったのかわからない。

もしかすれば、それなりに苦痛に満ちた人生を送っていたのかもしれない。

だが、「少しはいたぶられずに済むかもしれない」という、ほんのかすかな可能性のために

仲間と自分に刃を振り上げる苦しみを持っていなかったであろう事は、確かだろう。


「介錯……すればよかったのか」


何度も何度も、呪文のように繰り返すその言葉に答えるものは、いない。




1.


 ユウは結局、そのままアキバへ帰ることはなかった。

近隣のゾーンにある木の枝、洞穴にわずかな間だけ休み、

それ以外の時間は、まるで憑かれたようにあちこちを彷徨っていた。


そして目にしたのは、彼らのような低レベル<冒険者>たち、あるいは<大地人>たちへの迫害だった。

聞くに堪えない悪罵や、尊厳を丸ごと押しつぶすような侮蔑の言葉など軽いものだ。

高レベル<冒険者>や、大手ギルドのメンバーたちは当たり前のように自分より下のレベルの人間を蔑み、その気分のままに暴力を振るっていた。


狂気は伝染する。


一旦誰かが心の箍をはずしてしまえば、それは容易に周囲へと移っていく。


昨日は町の老婆に気さくに話しかけていた<武士>が

次の日はその老婆を足蹴にしていた。

低レベル<冒険者>たちを守らなければ、と言っていたはずの集団が

「レベルが低いのは自分の努力が足りなかったせいだ、自業自得だ」と笑いながら話していた。


レベルは一朝一夕に上がるものではない。

多くの時間と、多くの知識を利用してこつこつとあげていくものだ。

低レベルのままのプレイヤーは、確かにそうした「努力」の量が足りなかったことも事実だろう。


(だが、それは罪か?)


薄暗い森の奥、木の洞に身を縮めて眠りながらユウは思う。

レベルを上げることは<エルダー・テイル>の唯一の楽しみ方ではない。

それに、レベルを上げる時間がないというが

それは、レベル上げの時間の代わりに、現実をしっかり生きてきた証拠ではないか?

何より、昨日今日はじめた初心者も、このゲームには多かったのだ。

彼らにレベルを上げる時間など、そもそも与えられていなかった。


(レベルなんて、どれだけ現実から目を背けて時間を遊びにつぶしていたかの指標でしかないじゃないか)


ネットゲームのレベル上げなんて、現実で得られるメリットなどほとんどない。

特にアカウントの売買を公式に禁じていた<エルダー・テイル>ならばなおさらのことだ。


(結局、誰も彼もが弱い相手を見つけて八つ当たりしたいだけじゃないか)


まどろみながら吐き捨てる。

それは自分も同じことだと思いつつ。


この自分(ユウ)の得ている力は、仕事の勉強に、妻との時間に、子供との語らいに、あるいは眠りに

使うはずだった時間を費やしてのことだ。

そして何より同じことは。


(自分も、ただの八つ当たりで殺したのではないか?)


このことだった。



『八つ当たりって、みっともないですよね。かっこ悪い』


ふと、かつて外国で一緒に戦った青年の声が脳裏に響いた。

あれは、遠征先の中国サーバーでたまたま大規模戦闘(レイドバトル)に出くわしたときのことだ。


 本来、大規模戦闘(レイド)にあまり興味のないユウだったが

同行したクニヒコとレディ・イースタル、二人の友人に押し切られる形で、

たまたまその場にいた何人かの日本人プレイヤーとともに参加したのだった。

お互い顔も名前も知らない間柄だったが、パーティを組んだ日本人たちは、中国人プレイヤーたちと競り合って、レイドでも上位に入る結果を残した。

ユウが汗血馬を手に入れたのも、そのときのことだ。

そしてユウたちが凱旋しようとしたとき、突然複数の中国人パーティに襲われたのだ。


「日本人が、俺たちに勝ったなんて許せない。謝って戦利品をすべて置いていけ」


そう、一方的に言われたのだった。


突然の対人戦だったが、ユウたちは危なげなく勝った。

ユウたちがレイドに勝てたのは、決してそのプレイヤーたちの思ったような強運でも偶然でもなかったのだ。

その時にユウの隣で縦横に指揮を取った<付与術師(エンチャンター)>の青年がぽつりと呟いたのだ。


「八つ当たりって、みっともないですよね。カッコ悪い。」



「そうだなあ、かっこ悪いよ」


その時出会ったきりの、この世界に今いるかどうかもわからないその青年に向けて

ユウはぽつりと口にした。

半ば醒め、半ば眠っている今のユウの目の裏に、その時の青年が映る。

その顔すら鮮明に覚えていないのに、声だけはまるで録音したように鮮明に思い出すことができた。


「でもなあ。もうこの世界じゃ、何が八つ当たりで何が正当なのかもよくわからん。

やれることをやるしかないんじゃないのかな。

少しでもこの世界で苦しむ人を救うためには」


随分偉そうな言い方だと自分を嘲笑しながら、ユウはわずかな眠りに再び沈んでいく。




2.


 「おい!ここのエリアは俺たち<クレーム銃士団>のもんだ!さっさと失せろ!」

「どういうことだ!先にいたのは俺たちのはずだ!」


アキバに程近い<書庫林の林>のはずれで数人の<冒険者>が睨み合っている。

互いに剣を抜き、一触即発の雰囲気だ。

その中で、<クレーム銃士団>と名乗ったプレイヤーたちの一人が笑った。

軽蔑がたっぷりと混ざったその笑顔は、彼らの顔が美形ぞろいであることもあって

酷く嫌らしかった。


「レベル72,67,69、70か。随分吼えるなあ、雑魚の癖によ。

<リーデンス>?名前も知らないギルドが偉そうに抜かしてるんじゃねえよ。

俺たちのレベルを見ているのか?」


そういう男のレベルは84。

彼の仲間も口々に嘲笑を投げつける。


「<大神殿>でべそかく前に、尻尾巻いて逃げてったほうがいいと思うけど?」

「おお、や~さしい」

「そうそう。高レベルは低レベルを教え導かなきゃね」

「というわけでお前ら、ぐだぐだ抜かすとたたっ切るぞ。失せろ」

「そうそ……え?」


唇をかみ締める<リーデンス>の男たちに向かって、<クレーム銃士団>の一人が更に言葉を繋げようとしたところで

その声は唐突に途切れた。


鳥の鳴声がいつの間にか消えている。

そして言葉が途切れた男は、無邪気とすら言える疑問の表情のまま

その首に一本線を入れた。


ずる。

ごとん。


唐突に首が落ちる。

<クレーム銃士団>も、<リーデンス>も。

その場にいる男たちは全員、何がおきたのかわからなかった。


「へげ」


奇妙な音が漏れる。

別の<クレーム銃士団>の男―服装から見ておそらくは<森呪遣い>なのだろう―の細い首から赤い切っ先が顔を出していた。

奇妙な音は、男の喉の声が口ではない場所から漏れたものだった。


「な」


ピイ、という高い笛のような、その割には奇妙に濡れた音にようやく男たちが我を取り戻す。


 その間に、ユウは<クレーム銃士団>のリーダーらしい<武士>に向かっていた。


「ぴ、PK!」

「みんな同じ事を言うものだ」


ひと飛びで男の前に着地し、救い上げるような一撃。

<ヴェノムストライク>が、強靭な戦士職であったその男の目をすぱりと抉り、

男は目から流し込まれた強毒に喘いだ。


<毒遣い>であるユウのサブ職業は、毒薬の作成と運用である。

それは<暗殺者(アサシン)>の持つ数々の毒を用いる特技の能力を底上げする。

その上に彼女の持つ刃、<堕ちたる蛇の牙>はさらにその能力を底上げする。


『かつて大陸を恐怖に陥れた毒蛇の牙で鍛えられた刃は、振るう相手の体を蝕み、持ち手の心もまた蝕む。穢れたる緑の刃のもたらす苦痛は常人のものにあらず』


おどろおどろしいフレーバーテキスト通りの性能を発揮した刃は、一太刀で<武士>の戦意のすべてを削り取った。


「~~っ!?ぅぐぼぁっ!」


目を押さえ、口から青紫の血反吐を吐いて痙攣する<銃士団>のリーダーを見て、二つのギルドは恐慌状態に陥った。

彼らとて、戦いは慣れている。

人と戦うことへの忌避感も、克服していた。そのはずだった。


だが、いきなり現れ、惨たらしい様を見せ付けるように刃を向けた相手に、付け焼刃の戦意の鎧は脆かった。


「お、<オーブ・オブ・ラー……」


呪文を唱えようとした<妖術師>の口が塞がれ、胸にずぶりと剣が突き刺さる。

<パラライジングブロウ>で麻痺したその<妖術師>を踏み台に、ユウは振るわれた<施療神官>の刀を飛び上がって避け、そのまま雪崩落ちるように刃が振るわれた。

<クレーム銃士団>がすべて地に伏したのは、その30秒後のことだった。


ざくっ。


寒気を催すような音とともに、最後に残った<森呪遣い>が光となって消えた。

そのままユウは立ち上がり、凍りついたような<リーデンス>の面々を睨み据える。


「PK!やる気か!」


威嚇するリーダーらしい<武闘家>にふん、と鼻を鳴らしてユウは背を向けた。


「もしお前らがもっと低いレベルの連中に、さっきのやつらと同じ事をしていたら

……殺してやる」


<武闘家>がへたり込む。

幻のように消えた<暗殺者>は、まさに白昼夢のような奇妙な不気味さがあった。

一人でパーティの全員を殺すことさえ至難の技であるのに

それをわずかな時間で達成して消えた。


「なんだったんだよ、あれ……」


リーダーのその声だけが、再び鳴き始めた鳥の声に埋もれていった。



 ユウは走っていた。

この日、これで諍いに割り込むのは3件目だ。

そのいずれも、ユウは<フェイタルアンブッシュ>からの奇襲をかけ、一行の「強い側」を倒していた。

PKに襲われたパーティ。

先ほどのような狩場争いをするギルド。

襲われている低レベルプレイヤーや<大地人>。


初めて襲われた初心者を助けた日以来、ユウは取り付かれたようにそうした諍いを見つけては、一方的に戦いを挑んでいた。

あの初心者たちの目はユウの脳裏から依然として去らない。

その目から逃れるように、ユウはPKに勤しんでいた。


 一度だけ、彼らを見たことがあった。

遠目にも彼らの装備は会ったときより更に酷く、そして女性の姿はどこにもなかった。

鞭で追い立てられる彼らを、しかし今度はユウは助けなかった。

助けられなかったといってもよい。

彼ら自身が助けを望んでいないということを隠れ蓑にユウは逃げたのだった。


『八つ当たりって、みっともないですよね』


最近毎日、夢にその声が響く。

声を振り切るように、ユウは更に殺人にのめりこんだ。


いつしか、争いを見つけることが、強いほうを見定め、どのように襲い掛かろうか考えながら近づくことが、

どのように殺してやろうかとあれこれと考えることが

彼女に暗い喜びをもたらすようになるまで。


<辺境巡視>の警戒の目を潜り抜け、<追跡者>の追撃をかわし、

圧倒的なHPを誇る<守護戦士>や、自分を一撃で葬りかねない<暗殺者><妖術師>を沈め、

回復職が回復する暇を与えず。



ユウは自身がおかしくなりかけていることに気づいていなかった。



 しかし、彼女のそうした行為がアキバで噂になるまでの時間は、あまりに短かった。

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