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ある毒使いの死  作者: いちぼなんてもういい。
第三章 <冬>
49/245

35. <カシガリの洞穴>

1.


 ユウは、空を飛んだことがない。

<召喚術師>や一部のペット職と呼ばれるサブ職業を持つか、あるいは大規模戦闘(レイド)の報酬として特殊な召喚アイテムを手に入れるか。

<冒険者>が空を飛ぶには、そうした道しかない。

そのいずれでもないユウにとって、竜の背中に乗って空を飛ぶのはまさに初めての経験だった。


「おお、すごいな!山並みがすごく下に見える!」

「あんまり身を乗り出さないでください!」


ごつごつとした鱗に覆われた首元に鞍をつけて手綱を持つレンが、鋭い注意の声を上げた。

あわててユウも姿勢を戻す。

何しろ高度何メートルなのか想像もつかないほどの高さなのだ。

いくら命綱で鞍にぐるぐる巻きに縛られているとはいえ、落ちれば命はない。

それだけではなく、彼女はもう一人の人物も抱きかかえるように乗せている。

ユウとレンの間に挟み込まれるように座っているのは、同じく命綱をつけた40歳ほどの女性だ。

老女、というにはまだいくらか年月のある彼女は、カルスの母であり、<大地人>貴族で名をシャーリアといった。

3人が乗る飛竜の横には、併走するようにもう一頭の飛竜が翼を広げて風に乗っていた。

そこには、シャーリアの息子であるカルスが、テイルザーンの背中にしがみつくように乗っている。


5人は、レンの操る二頭の飛竜に分乗し、アキバを飛び立ちスワに向かっているところだった。


「しかし、結局連れて行く羽目になるとはね」


呆れたようにユウが放つ言葉はあっさりと風に流れる。

結局、シャーリアは<大事なもの>の詳細を話さなかったのだ。

ただ、「わたしが行けばわかる」と答えたきり。

<冒険者>3人がかりの恫喝めいた質問にも、かたくなに身を縮こまらせ、同じことを言うだけだったのである。


「まあ、しょうがありませんよ。この際だからできるだけ守りましょう」


レンの声は明るい。

この人、状況をわかってるのかな?とユウが思い始めたころ、テイルザーンの鋭い叫びが響いた。


「右下!鋼尾翼竜(ワイヴァーン)!!」

「振り切れるか?」

「無理ですね」


ユウとレンが言葉を交わす間にも、全身を剣のような鱗で覆ったモンスターは、ぐんぐんと近づいてくる。


「じゃあ、やるか」


短剣を取り出したユウにあわせ、レンが大きく手綱を引く。

急激に傾く視界の中で、右手に口を開く鋼尾翼竜の姿が見えた。

その牙が見える赤い口元に向け、ユウの手がしなる。

銀光が流星のように飛び、口元に吸い込まれるや否や、鋼尾翼竜はそれまでの鋭い動きが嘘のように停止した。

空中で止まってしまったその竜は、あっという間に揚力という足場を失い、石ころのように落ちていく。


「終わった」

「了解。……なんど見てもすごいですね。<毒使い>ってそんなこともできるんですか」


飛竜を元の航路に戻しながらのレンの賛嘆した声に、ユウがぽりぽりと頭をかいた。


「いや、まあ、ちょっとね」


ユウが使ったのは<ペインニードル>、通常であれば毒を仕込むだけの技だ。

だが、ユウは手持ちの短剣に、自作の<痙攣>の毒を塗っている。

地上であればしばらく動けなくなるだけのものだが、毒への耐性が高いとはいえ、空中の翼竜へはまさに必殺の一撃だった。

実際に、ユウの短剣は何度も襲い掛かってくる鋼尾翼竜(ワイヴァーン)を墜落させている。

一行が、ほとんど時間をロスすることなく行程を消化できているのも、ユウの毒があればこそだった。


「<ホネスティ(うちのギルド)>にも<毒使い>は多いですけど、ユウさんほど効果がある毒を使える人なんて見たことないですよ。どうやって作ったんですか?」

「ああ。<魔狂蛙(ダイアフログ)>の卵と<首吊り草(ハングドグラス)>の根を煮込んで、<人食い鬼の血>を注いで煎じたんだよ」

「……」


黙りこくるレンに、不思議そうに顔を向けるユウ。

相変わらず口を開かないシャーリアを含め、押し黙った3人に、遠くからテイルザーンの声が聞こえた。


「もうすぐ<カシガリの洞穴>の入り口につくで!レン、着陸してや!」



 ◇


 「誰かと思えば、お前かよ、ユウ」

「悪かったな」


<カシガリの洞穴>で待っていたのは、ユウにとってある意味忘れられない<冒険者>だった。

<黒剣騎士団>の<神祇官(カンナギ)>、カイリである。

「なんでここに?」というユウの問いに、ふんと鼻を鳴らしながら彼は答えた。


「クニヒコさんに頼まれてな。おまえらが助けたミナミの<召喚術師>を護衛しろといわれたのさ」

「ああ、……長谷川か」


西への旅の途中で出会った、考古学者の<冒険者>を思い出す。

彼が掘り当てたレイドボスを、ユウとクニヒコは協力して倒したのだ。

そのとき、ボス以外の敵が目覚めたときのためにと、クニヒコは<黒剣騎士団>に念話を送り、支援を依頼した。

結果として派遣されたのが目の前のカイリ、そして仲間である<妖術師(ソーサラー)>のジュランと<施療神官(クレリック)>のゴラン、というわけなのだ。


「おい、テイルザーン。お前が言ってた『現地で合流する仲間』ってのは」

「そうや。こいつらや。丁度ええやろ、ザントリーフで一緒に戦った仲やないか」

「ユウが来るなんて聞いてなかったですよ!それにこいつ、偉そうに啖呵切って出て行ったくせにアキバへのうのうと戻ったんですか!」


カイリが叫ぶ。

その頭をむんずと掴んで、テイルザーンは不自然に静かな口調で言った。


「人それぞれ事情があるわな。ユウはん(あいつ)はクニヒコはんらの届け物のために一度戻ってきただけや。装備を整えたらまた出て行く言うとる。

それにや。自分ら、ごちゃごちゃ騒ぐ前に状況をよく理解せんかい。

ユウは<カシガリの洞穴>をクリアしたパーティのメンバーや。

この洞穴探索にこれ以上ない人材やろが。……いい加減大人になれや」

「……っ!」


テイルザーンの説教が終わったのを見計らって、マイハマの騎士、カルスが進み出て頭を下げた。


「申し訳ありませんが、お願いします」

「ま、まあ、いいけども」


丁寧に頭を下げられ、カイリもしどろもどろで答える。

彼らの目の前には、天然の洞穴らしき石筍や鍾乳石に覆われた入り口が不気味に口をあけていた。


「ジュランたちは?」

「先に出てます。入り口付近の雑魚を掃討してたんです」


そういうカイリの手の先で、二人の人影が暗闇から顔を出した。

ジュランと、ゴランだ。

半年振りのユウとの再会に、二人の顔もカイリ同様にひきつるが、それでも口に出しては何も言わなかった。


「ほな、隊列決めよか。先頭はユウはん。あんたや。一番洞穴に詳しいさかいな。

次が俺。後ろにカルスはん。あんた頼む。

後ろがお母さん、あんたはんや。歩きはキツイと思うが、自分で選んだことや。堪忍したってな。

その後ろにレン、ジュラン、カイリ、殿(しんがり)はゴランや。

パーティ組んだな?ほな、いくで」


熟練の大規模戦闘経験者(レイダー)らしく、てきぱきと指示するテイルザーンに率いられ、即席のパーティは静かに鍾乳洞の奥に踏み込んだ。


 

 ◇


 カツン、カツンと足音が響く。

時折水音が混じるのは、鍾乳石から滴り落ちる石灰石交じりの水だ。

じめじめした空間の中で、<魔法の明かり(バグズライト)>に照らされて一行は歩いていた。

その先頭、やや離れた位置にユウがいる。

彼女の目は暗視と視力強化の<妖精軟膏(フェアリーパーム)>によって、暗闇でもうっすらと光っていた。

先行偵察(ピケット)に出ているのだ。


進むユウの足元で、ぱちゃぱちゃと水音が響く。

防御力の代わりに身の軽さを奪う<戦忍びの野戦装束>を着ていながら、ユウは自分の体の軽さに驚く思いだった。

以前アキバの夜に殺人鬼と邂逅した時とは、体の反応速度が明らかに違う。


(この刀のせいだな)


ユウは腰で揺れる<疾刀・風切丸>を見下ろして思った。

風切の名前のとおり、今のユウの身の軽さはかつてのそれを超えている。

さすがに<幻想級>装備だった。

後ろに7人がついてきているのを時折確認しつつ、ユウはさらに足を踏み出す。

その顔が不意にしかめられた。

闇の向こう、一本道の洞窟の先から、むわっとした獣の匂いと、ドスドスという足音が響いてきたからだ。


「来たぞ」

「よっしゃ」


ユウの声に、テイルザーンが前に出る。

狭い洞窟内では、2人が並んで立つのがせいぜいだ。

残りの6人は、2人の<大地人>をかばうように密集した。


やがて、足音の主が顔を出す。

地竜(アースドラゴン)だった。



怒号が、開戦を告げる喇叭のように嚠喨と鳴り響く。

人が発したと思えないその咆哮は、テイルザーンの特技、<武士の挑戦>だ。

その声に、地竜は大きく身をくねらせ、大鎧の武士を最初の敵と定めた。

その喉元に刃が走る。

電光の速度で振るわれたそれは、巨大な地竜のHPをあっさりと半分近く切り飛ばした。


「すごいなこれ」


何より、振るったユウ自身がその威力と剣速に驚いていた。

今更ながらに、逆手で構えたその青い剣が、今まで彼女が振るってきたいかなる刀とも、レベルの違う武器で有ることを理解する。

こんな武器が待っていると聞けば、誰もが大規模戦闘(レイド)に血道をあげたくもなるだろう。

時には連日連夜徹夜して、ひたすらダンジョンに潜り続けるプレイヤーの気持ちが、ユウにも今こそわかった気がした。


「テイルザーン!」

「なんや!」

「すまないが少し後ろに下がってくれ!ためしたいことがある」


言われるままに下がった<武士>の前で、静かにユウは刀を構えた。

目の前の地竜は、<武士の挑戦(タウンティング)>が効いているのか、目の前のユウに苛立たしげな唸りを上げる。


ふと、ユウは半年以上前の出来事を思い出した。

ちらりと最後尾のゴランに視線を向ける。

あの<朽ちた不夜城>で、クニヒコのタウンティングを受けた自分のように、今、目の前の地竜にはユウ自身が敵の前の石ころのように見えているのだろうな、と。


グオオオオ。


咆哮が轟いた。

同時に地竜の首が下を向く。

突進の合図だ。

なまじの<暗殺者>なら踏み潰されて終わりというその死のあぎとに、ユウは飛び込んだ。

体をひねって一撃。

さらに遠心力で返して一撃。

伸びた体躯を縮めるように、拳を脳天すれすれまで埋め込むように一撃。

すぱすぱと、まるで豆腐を切るように<風切丸>は地竜の頭を切り裂き、力を失った巨体はどう、と倒れ伏した。


「すごい・・・」


カルスの茫然とした声が流れる。

特技もなしに地竜を沈めたユウは、改めて手の刀をしみじみと眺めた。


「これは、誰もが欲しがるわけだ」


呟いて再び闇に消えるユウを、シャーリアがじっと見つめている。


ダンジョンの中は複雑に曲がりくねっていた。

かつてのゲーム、<エルダー・テイル>であれば、様々な地図ソフトの手によりプレイヤーの負担は最小限に抑えられていたが、今はそんな便利なものはない。

一行の、そして前衛のユウの足を進めるのは1年以上前の記憶、それだけだ。

幸運だったのが、出て来る敵がユウ一人で対処できる相手ばかりだったことだった。

通常、攻撃力に優れているが防御に劣る<暗殺者>は、狭いダンジョン内での戦闘は不得手とされている。

<暗殺者>最大の武器である回避能力が、狭い洞窟では十分に発揮できないからだ。

だからこそ、通常ならばユウたち<暗殺者>はテイルザーンのような戦士職と頻繁にスイッチし、彼らのタウンティングの守りの下で剣を振るわなければならない。


しかしユウの異常な攻撃速度は、そうしたハンデを打ち消していた。

竜種の中でも速度が特に遅い地竜など、相手の攻撃が始まる前に沈めることすら可能なのだ。

結果として、一行は想定よりかなり早く、最深部にその足を踏み入れていた。


2.


<カシガリの洞穴>は、全三層からなるダンジョンである。

洞窟の広さは、奥に行くほど広く深い。

入り口は<鼠人間(ラットマン)>の巣だ。

第一層の奥から第二層にかけては、地竜(アースドラゴン)が待ち受ける。

そして第三層に居るのが巨人だ。

シャーリアが囚われていたのもその奥だった。


半ば崖のような階段を下りた時から、明らかに彼女の様子は変だった。

息子(カルス)や<冒険者>の制止を無視して、隙あらばあちこちを歩き回ろうとする。

そのくせ何を探しているのか聞いても答えない。

ただでさえ沸点の低いジュランは「勝手にさせろ」と苛立たしげな呟きを漏らすし、カイリたちも舌打ちをして冷眼を向ける。

根気強く止めに入るテイルザーンやユウでさえ、その表情は険しくなっていた。

彼女がそれでも自由に振舞えるのは唯一つ、申し訳なさそうなカルスの顔を立てているからにしか過ぎないというのに。


しかし、彼ら<冒険者>の忍耐力も、ついに底をつく時が来た。


「おい!ババア!!」


じたばたともがくシャーリアを止める人間は、最早、誰もいない。

その細い首を掴みあげ、ぎりぎりと締め上げているゴランは、額に青筋を立てて怒鳴った。


「てめえが何を探してるのか知らないが、いい加減にしろ!選べ!!洗いざらい吐くか、ここで死ぬか!!」

「や、やめ……!」


自らの首を軽々と掴みあげた太い腕を叩いて、シャーリアが弱弱しく言った。

その足元では、半身を血に塗らしたカルスがカイリの手当てを受けている。

ふらふらとさ迷い歩く母を狙った野良巨人(ジャイアント)から彼女を守って出来た傷だ。

その一撃は頭蓋を割り、一時は死すら覚悟するほどだった。

それでも何かを探そうとする母親(シャーリア)に、ついにゴランが切れたのだった。


「何を探してるのか知らんが、死にかけてまでお前を守った息子より大事か!!ええ!?」

「さがさな……きゃ」

「やめぇや、ゴラン。その調子やと首が折れるで」


テイルザーンの声に、ゴランは「ふん」と忌々しそうに睨むとシャーリアを放り出す。

そして呪詛のように呟いた。


「息子を愛さない母親はいない、なんていうが、息子も大事だが目先の欲しいものがもっと大事、なんてクソガキな母親は腐るほどいる。

<大地人>だの貴族だのといっても、何も変わりはしないな」


最大限の侮蔑に、俯いたシャーリアの肩が震えた。


「言い過ぎや……といいたいところやが、正直俺も同感や。

なあお母はん、あんたの息子がそこで死に掛けているんやで?あんたを守って立ち向かったんやで?

なのにそこであんたは何をしとるんや?

息子を抱きしめて、息子を守って立ちふさがるのがあんたらお母はん、って人種やないんか?」

「みなさん…・・どうかもう、責めないでください」


弱弱しい声が、シャーリアを囲んだ<冒険者>たちの耳朶を打った。


「母は……確かに責められても仕方ないかもしれない。でも、母なりに何かを思いつめてここにいるんです。庭を歩くのすら嫌がった母が、竜の背中に乗ってまで。

私はいいんです。ですが、どうか、もう少しだけ、母を」


身を起こすカルスをレンが支える。

彼女のすらりとした肩にしがみつくように、カルスは辛うじてそれだけを言うと、再び目を閉じた。

短時間であまりに多くの血を失ったことと、半身の骨を砕かれた激痛の後遺症で卒倒したのだ。

さすがに沈黙する一行の中で、ゆっくりとユウがもたれていた岩肌から身を起こした。

影のようにするりとカルスに近づくと、鼻に手を当ててその息を確かめる。

寝息が穏やかなものに変わった。


一つ頷いてゆっくりと立ち上がったユウは、周囲の<冒険者>を見渡して一言、告げた。


「すまないが、ちょっと非道をする」



 ◇


 「さて、奥さん」


ゆっくりとシャーリアに近づいたユウは、蹲る彼女の前に立つとゆっくりと言った。

カツ、カツという足音に、動かないシャーリアがびくりと揺れる。

テイルザーンやレンたち周囲の仲間達も、しわぶき一つ立てない。

一見静かなユウの口調に、溢れ出す寸前の殺気が滲み出ていたからだった。


「カルス卿はいい騎士に育ちましたね。たとえ理解できなくても、親だからこそ最後まで庇う。

同じ、子供を持つ親として尊敬します。あなたはすばらしい親……だった」


ユウの言葉にも首をいやいやするようにして黙るシャーリアに、奇妙なほどに優しい声でユウは続けた。


「だが同時に同じ親として、今のあなたの行動には深い憤りを覚えますよ。

子供のためなら命を投げ出すのが親っていうものでしょう。ご存知ですか?<冒険者(われわれ)>の世界にはこんな話があるんです。

『親より先に死ぬ子は極楽へ行けぬ。賽の河原でひたすらに、己の供養に石を積む。一つ積んでは父の為、一つ積んでは母の為。地獄の鬼に蹴り倒されても、彼らはひたすら石を積む。

父母が悲しまないように。いつか極楽へいくように。地蔵菩薩が慰めて、彼らは親を想い泣く』

……貴様は子供を愛していない。己の前で血を吐く息子を、貴様は見もしなかった。

言え。何を探しているのか」

「……」


逃げるように身じろぎするシャーリアを、しばし見つめてユウは呟いた。


「答えられないのか?」

「・・・・・・」

「なら、人の手を借りなければ探せぬようにしてやろう。レンさん、後ろを向いておけよ」


ボギッ。


「……っっあああぁぁぁっっ!!」


聞くだけで気持ちが悪くなるような音が響き、シャーリアがはじめて大声で叫んだ。

ユウの足が躊躇いなくシャーリアのほっそりした足を蹴り折ったのだ。

それも、向う脛を。

続いて振り上げた彼女の足は、再び躊躇いなくもうひとつの足に振り下ろされた。


「な、何をするんや!ユウ!!」


テイルザーンが叫んだ。

確かにテイルザーン自身、シャーリアに深い苛立ちがある。

しかしそれと暴力とは別だ。鎧を着込んだテイルザーンならば、腰の入らぬビンタでも容易に<大地人>を殺せると思えばこそ、彼はひたすら自制した。

しかし一行の中でも最年長のユウが簡単に禁忌(タブー)を破ったのだ。

それも、痛覚神経が集中している向う脛という急所を両足共にへし折るという、えげつない行動で。

さすがのジュランたちも息を呑む。

そんな中、ユウは手早く布と薪―いずれも野営道具だ―を取り出すと、手早くシャーリアの足に巻いていった。


「これで動こうにも動けまい。目的のものを探し出すには人の手を借りるしかない。

さて。どうする?黙り続けるか?それなら私達は帰る。悪いが、私達より腕が立つパーティはすくない」

「……はははは!あははあははははは!」


突然、激痛に脂汗を流すシャーリアの顔が歪んだ。

悲鳴ではない。笑いだ。

周囲の<冒険者>の背筋を冷やすような、それは狂気に満ちた笑いだった。


「あははははははあ……あがぁっ!!」


嗤い続けたシャーリアが突如悲鳴を上げた。

見れば、ユウが刃を返して彼女の肩を軽く叩いたところだった。

軽く、というのはあくまで<冒険者>にとっての事だろう。

シャーリアの動きやすい服に覆われた肩がぼっこりと凹んでいる。

鎖骨を砕かれたのだった。


「やめて、ユウさん!」

「もうやめえ、ユウ!」

「奥さん、貴様がしゃべる事は笑い声じゃない。詳細だ」

「やめろ!ユウ!」


なおも足を振り上げたユウの背後をジュランが押さえた。


「見ろ!死ぬぞ!」


必死の口調に見てみれば、シャーリアのただでさえ少ないHPは赤く染まり、

徐々にその面積は広がりつつある。

そのステータス画面には、いずれも状態異常を示すアイコン、『骨折』『激痛』『混乱』がくるくると踊っていた。


治癒をかけようとするゴランとカイリを手で制し、ユウは手元の鞄からいくつかの瓶を取り出した。

なおも嗤っているつもりなのか、口をパクパクと動かすシャーリアに手早く中の液体を飲ませていく。

ステータス画面から状態異常(バッドステータス)が消える。

先ほどまでの狂笑が嘘のように再び黙ったシャーリアに、なおもユウが言い募ろうとした時。

低い女の声が、静かに空間に流れた。


「親は子を愛するもの。確かにそうですね。私も母親なら、カルスを愛するべきなのでしょう」

「…・・・」


不気味そうに眺める<冒険者>たちの前で、シャーリアは寧ろ静謐な顔のまま、告げた。


「私は彼の母ではない。そして探しているのは、彼を本当の母に会わせるための、鏡なのです」

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