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ある毒使いの死  作者: いちぼなんてもういい。
第三章 <冬>
47/245

33. <アキバの一日>

私信になりますが、本作品のキャラクターはすべて、特に気にせずお使いいただいて大丈夫です。

事後でも一言お伝えいただければ、当方勇んで読みに参ります。

(アクの強いキャラが多いので恐縮ですが……)

1.


 荘厳な大木に覆われ、月すら影に消えるアキバの夜。


その中を駆け抜ける、二つの人影があった。

一人は戦士。

歪に膨れた手足に場違いに小さな小太刀を持ち、吹雪(ブリザード)を引き連れた、仮面の男。

一人は盗賊。菫色の髪を凍て付く風に靡かせた、墨色の小さな疾風。

二つの影は、行きつ戻りつ、互いに剣光を打ち合わせながら、夜を奔る。


やがて二つの人影は足を止めた。


アキバの中央広場を舞台に、大と小、二つの影は、互いの絶技を繰り出して打ち合う。

<武士>と<暗殺者>、<大地人>と<冒険者>、死をもたらす孤独な氷と、仲間に支えられる墨色の陰影(かげ)


ユウは、朽ち倒れたビルの屋上に片足をかけ、無言で戦場を見下ろしていた。

その肌は、エッゾもかくやという極寒の大気に包まれていてなお、汗が滲んでいる。

先ほどまで、アキバ狭しと駆け抜ける少女と凶賊を追ってビルの谷間を飛んでいたのだ。


ユウには、かつて自分自身も戦った凶賊、エンバート・ネルレスの運命がもはや尽きかけていることに気付いていた。

夜の街路のあちこちに潜む、女性<冒険者>たち。

敵と対峙する、いわば刀の切っ先である<暗殺者>の少女を助け、あるいは回復し、彼女達は統制された動きで夜を我が物としている。


興味本位で闇夜の戦いを追っていたユウは、途中で気付いた。

これは対人戦(デュエル)ではない。大規模戦闘(レイド)ですらない。

狩りだ。凶暴な狼を弱らせ、怯ませ、やがてはその足に罠をかける、これは命がけの狩猟(ハンティング)なのだと。



不意に、がしゃりという音がユウの後ろから響いた。

友人と同じ(くろ)、しかし意匠の異なる重甲冑が視界に入り、彼女は視線を眼下に向けたまま囁いた。


「出張中だと聞いていたが」

大規模戦闘(レイド)とあっちゃあ、見逃せねえさ。何、1週間かそこらいなくてもかまわねえ」

「どうして、ここへ?」

「広場を隅々まで見下ろすにゃ、ここがベストポジションだろ。

お前もそう思ってここに来たんじゃないのか?ええ、<勝負師(デュエリスト)>のユウ」


闇から浮かび出るように歩み出た男は、アキバを統括する<円卓会議>の重鎮、現在は次席指揮官兼後詰としてオウウに遠征しているはずの<黒剣>、アイザック。

彼はがしゃり、と猫科の猛獣じみたしなやかさでユウの隣に立つと、腕を組む。

その背に負われた、彼の二つ名の元になった大規模戦闘(レイドバトル)用<幻想級>大剣、<ソード・オブ・ペインブラック>が月明かりにきらりと光った。

あたかもそれは、今夜出番がないことを主に抗議しているかのようだ。


ユウは、立場的には良くて赤の他人、場合によっては敵に近い隣の男に口を開いた。


「言っておくが、無粋な真似はするなよ。お前らが野良ボスの横殴りをやってたのは、あの<突貫黒巫女>との一件でよく知られているからな」

「するかよ。<腹黒>に殺されらあ。あの娘は<記録の地平線(ログ・ホライズン)>だからな」


指を指す先には軽やかに飛び舞う<暗殺者>の少女。

同じ<暗殺者>として惚れ惚れするほどに美しい。少女の動きはまるで幻想線上の演舞(ロンド)だった。


「ならいい。今回の戦いも、栄光と勝利も彼女たちのものだ」

「ふん。<D.D.D.>がお膳立てをしたとはいえ、初心者ばかりの大隊(レギオン)でよくやるぜ」


返す口調はまるで馬鹿にしているようだが、黒衣の勇将の目に嘲りの色はない。

むしろ、それぞれの一挙手一投足を見逃さぬとばかりに、その目は一瞬たりとも離れることなく戦いを追っている。


「終わるな」


エンバートが氷に包まれたところでアイザックが静かに呟いた。

ユウも頷く。

男の刀が砕かれ、少女は力尽きたように体を崩折れさせた。

少女の仲間たちが歓声をあげて彼女に抱きついている。

狩りは、終わった。

少女達は、約束された栄光を手にしたのだ。


暁の光が徐々に辺りを照らし出す中、闇夜を固めたような甲冑の男はおもむろに身を翻した。

振り向くユウの目の前で、その手が不意に何かを放り投げる。

ユウの足元に転がって来たそれは、一振りの黒い刀だった。

逆手で持つことを想定したのか、握りの形が通常と違うその刀は、鞘に納められたままでも荘厳な迫力を醸している。

つい刀の来歴(フレーバーテキスト)を読んだユウは、思わず声を上げた。


「これは?!」

「餞別だ。また出て行くんだろ?うちの仲間を何人も殺した挙句、優秀な小隊長をとっていった奴に、我ながら太っ腹だがな」


<疾刀・風切丸(しっとう・かざきりまる)>


<エルダー・テイル>でもごく僅かにしかない、<暗殺者>用の<幻想級(ファンタズマル)>小太刀。

逆手で装備することを前提に作られたそれは、高い自己回復能力と所有者の敏捷性を50%も増やす能力を持つ上、他の装備とその効果を重複させる。


<幻想の忘れ形見(ファンタズマル)>の名前に相応しい、それは狂気に近い能力の武器だった。

素早さを身上とするユウのような<暗殺者>にとっては垂涎、というのもおこがましい。

欲しがることすら罪とも言えるほどの、まさに幻想の武器だ。

ユウの目の前で、武器のステータスに「ユウ」の名前が刻まれる。

私有化(パーソナライズ)されたのだ。


「いいのか?」

「お前が使え。それは<勝負師>にこそ相応しい」


もはや振り返りもせず、アイザックがひらひらと手を振る。

マントを翻すその背中にユウは一瞥を与え、最後に聞いた。


「私がここにいることを知っていたのか?」

「ああ。エドが教えてくれたのさ。あいつがお前を見間違うはずもない」


その名前が以前やり合った<暗殺者>の名だと思い出した時には、既にアイザックの姿は崩れたビルの扉に消えていた。



2.


この世界は一応、太陽暦が用いられている。

一応というのは、特に農民にとっては太陽暦より太陰暦のほうが使い勝手がよいからだ。

「陰暦は百姓どもの暦なり」というのは、洋の東西を問わず知識人層に半ば嘲りをこめて言われる言葉である。


しかし、冬の祭り<スノウフェル>は、太陽暦でクリスマスにあたる一週間に行われることが決められていた。


雪が降り積もり、華やぐアキバは、来たる<スノウフェル>に街全体がわくわくしているようだった。

その中で、のんびりと屋台の唐揚げを食べている人影がある。

ユウだ。


この頃、既に唐揚げはアキバ発祥の料理として一定の知名度を得ている。

ほくほくと美味い肉を噛みちぎると、温められた油がじゅわり、と口の中に広がり、ユウは思わず顔をほころばせた。


そんな彼女に、周囲の視線が突き刺さる。

当たり前だ。

仮の住まいに過ぎないとはいえ、仮にもイースタル最高位の公爵家の嫡流の姫君が住まう屋敷の控え室で、唐揚げをパクつく者が責められない訳が無い。

流石に空気を読んで大人しくしている他の<冒険者>からも視線が刺さるが、ユウは気にせず唐揚げを食べ終えると、包み紙をゴミ箱に放り投げて、傍らのフィンガーボウルで手を洗った。


周囲の視線は痛いを通り越し、哀れみすら混じっている。

脇に控える侍女たちは、既に彼女に何かを伝えることを諦めていた。

どうせ、<冒険者>は総じて彼女たちの価値観から言えば非常識な存在なのだ。


「ユウさま」


どこか疲れた執事の声が響いた。

ユウは、油を洗い流した手を適当に振る。

そのまま、彼女は閉じられていた豪勢な扉の奥に向かった。

この<水楓の館>の主宰者である少女が待つ、客間へ。


 ◇


 当代コーウェン公爵の孫娘にして、<水楓の館>の主、レイネシア・エルアルテ・コーウェン姫は内心びくびくとしながら、目の前に座る長身の女性を眺めていた。

ザントリーフ戦以来、数多くの<冒険者>と彼女は接してきている。

お茶会をよく行っている<水楓の乙女たち>や、クラスティのような人々とは、まあ友人づきあいといっても構わないほどの付き合いをしているといっても良いだろう。

とはいえ、それを彼女自身が自覚したのはごく最近になってからのことであったが。

そんな彼女にとって、彼女の遠い親戚からの手紙を届けに来たという、ユウという名前の<暗殺者>は、決して異様でも不思議な存在でもない、はずだった。


「メハベル男爵からの親書をお渡しする。男爵は古い時代に貴家から分れた家とのこと。先代メハベル男爵の武勇を閣下より公爵閣下にお伝え願いたい。

ご多忙とは存ずるが、男爵のために僅かなりとも神々に祝福を祈っていただければ、メハベル男爵以下ユフ=インの騎士、領民一同、公爵家の厚恩これに過ぎざるはないとのこと」

「わ、わかりました」


無表情な女性に声に気圧されたように、レイネシアはかろうじてそれだけを返した。

どのような内心であっても常に貴族的な物腰を絶やさない彼女にして、声を震えさせるというのは尋常ではない。

自分の内心を図りかね、彼女は改めて眼前で出された茶を飲む女性をまじまじと眺めた。


美しい女性だ。

髪の色は混ざりけのない漆黒。地味な黒服に収められたその身長は、おそらくレイネシアよりも頭ひとつは高いだろう。

アカツキさんと比べるとどうかしら、と、最近友人になった同じ女<暗殺者>を思い出す。

寒さを感じていないのか、薄い長袖のシャツに覆われた体は出るところが出て引っ込むところは引っ込んでおり、レイネシアはなんとなくの劣等感を覚えずにはいられなかった。

年齢は……何歳なのだろうか?

外見上は<冒険者>らしく若いが、仕草や口調には妙に老成したところがある。

ふと、レイネシアは自らの祖母、セルジアッド公の夫人だった女性を思い出した。

若いころの美しさを雰囲気の中にとどめていた祖母の物腰に、なんとなく目の前の女性と似たものを感じてしまったからだった。


改めてレイネシアは手元の手紙に目を落とす。

流麗な字体で記されたそれは、顔も知らない親戚であるナインテイルの領主がいかに戦い、死んだかが記されていた。

その意図するところは単なる祝福の要求などではない。

要は、改めて爵位を認めるように、という要求だ。

代わりにユウを通じて、いくつかの宝物や持参金をメハベル男爵はコーウェン家に贈っている。

レイネシアもその論理(ロジック)は明確に理解していた。


貴族の爵位を保障するものは自分ではない。主君だ。

レイネシアが生きるこの時代、ヤマト全土の貴族の主君たるウェストランデ皇王朝は既に無い。

主君を失い、新たに仕えるべき主君もいない以上、君臣の絆は血の絆によって代用される。

メハベル男爵が自らのルーツをイースタルのコーウェン公爵家と定義している以上、コーウェン家はメハベル家を監督し、その貴族としての地位の是非を審査する必要性が生じる。

いうなれば、メハベル家が男爵位に相応しいか否か、決定権を持っているのはレイネシアの祖父、セルジアッド公ということになるわけだ。

セルジアッドのお墨付きが下るまで、メハベル男爵の爵位はあくまで自称のものでしかない。

とはいえ、ナインテイルまで騎士を派遣して統治を確認するわけにもいかない。

メハベル男爵は、使者となったユウに、別の一書も持参させていた。

いかにメハベル家が領主として相応しいか、領民に徳を施しているかを延々と書き連ねた手紙だ。

その文調は必死ですらある。

なんとなくだが、レイネシアにはうっすらと、メハベル家が置かれた環境が分ったような気がした。


「この手紙は祖父に送ります。追って返書がメハベル家に届くことでしょう。

ありがとうございました……ユウさん」

「依頼ごとでしたから。どうかお頼みする」

「あの」


一礼してユウが立ち上がる。

やれやれ、と不可解な安堵を抱いていたレイネシアは、次の瞬間自分で自分の耳を疑った。

声をかけられたユウが訝しそうに振り向いた。


(なぜ、わざわざ呼び止めているんですか私!!?)


内心パニックに陥りながら、レイネシアは口調だけはゆったりとしてユウに尋ねた。


「ペルポドン様の御最期をあなたは見届けたとのことでしたが、男爵閣下は勇敢であられましたか?」

「……ええ」


しばらくまじまじとレイネシアを見ていた女<暗殺者>は、静かに首を上下に振った。

そのまま続ける。


「閣下は、私たち<冒険者>が絶体絶命の時、たった一人で馬を駆り、害をなす妖樹を打ち倒されました。

重傷を負いながら離脱されたその瞬間、不運にも迷い矢がそのお命を奪ったのです。

……閣下は、一死を賭して領民をお守りになり、騎士たちの模範となられたのです。

閣下のご遺志は、必ず次代メハベル男爵が受け継がれることでありましょう。

閣下は、貴家の庶流たるに相応しい、武勇と徳目を備えた方であられました。

どうか、ご承知置きを」

「分りました」


今度こそ一礼し、ユウが退出していく。

レイネシアは、遠い西から来た<冒険者>を黙って見送った。


ユウとレイネシア。


互いにまったく違う道を行く彼女たちが言葉を交わすことは、これが最初で、そして最後のことだった。



3.


<水楓の館>を出たユウは、大きく伸びをすると歩き出した。

時刻は昼を回っており、人々は午後の仕事に向かいつつある。

ユウの隣で、初心者らしい少年たちがわいわいと騒ぎながら、廃ビルのひとつに吸い込まれるのが見えた。

今のアキバは、いわば再発見、大仰に言うならば古典復興(ルネサンス)の時代だ。

かつて中世、フィレンツェやジェノバを包み込んだような膨大な熱量のエネルギーが、この小さな街を包み、際限も無く押し上げているようだった。


ユウもまた、その熱気に煽られるように足をもはや行き慣れた工房へと向ける。

そこでは、<水楓の乙女>の一人たる寡黙な鍛冶師が、ユウの刀を研ぎあげているはずだった。


 ◇


「すまないね。もうすぐ出来るんだけどね」


来客に物憂げに顔を上げた<アメノマ>のギルドマスター、多々良は、そう言って済まなさそうに頭を下げた。

ここは<アメノマ>の店舗だ。

光量が少ないために、ただでさえ薄暗い店内はさらに暗く、その中にいる多々良は肌の色ともあいまって、まるで光を吸い込むブラックホールのようだった。


「いや、いつごろ出来そうかな」

「そうだねえ……あと2週間、いや、1週間で仕上げるさ」

「無理しないでいいから。1週間というと、<スノウフェル>か。

じゃあそのころに取りに来るよ」

「すまないね」


申し訳なさそうな多々良に、ユウは腰に挿した<錬鉄の短刀>を差し出した。

預けている刀の代用に借りた、<製作級>の武器だ。


「いいのかい?」

「別の刀を人からもらったので」

「そうかい」


刀をカウンターに置いたユウが、店内を見回す。

以前に来たときには掛けられていた壁の刀がなくなっているのを見て、ユウはふと訊いた。


「そこの刀は?」

「ああ。売れたよ」

「ご執心だったとかいう、お客さんにか?」

「ああ」


多々良の表情を見るに、よい取引だったのだろう。

売られた<鳴刀・喰鉄虫(はがねむし)>のことを考え、ユウはなんとなく気分が暖かくなるのを感じた。

対人家にとって、武器はすべてだ。

性能の優れた、希少(レア)な武器がよい、というわけではない。

要は用いる人が、打つ人が納得できるものであるかどうか。

援護の一切無い、<武闘場(ピット)>という戦場において、死ぬか生きるかぎりぎりの判断を、その武器に託して駆け抜けられるかどうか。

それがいい武器を分ける判断基準だ。

ユウ自身、何本もの武器を銀行に仕舞ってある。

<無意味な文章(フレーバーテキスト)>には書かれていなくても、その一本一本に作り手とユウとの間の絆があり、その武器で切り開いた勝利や敗北があった。

単なるデータの集合体であったとしても、大規模戦闘勝利者(レイダー)の武器のような華々しい伝説や冠絶する性能に彩られていなくても、ユウには何も変わらない。

だからこそ、ユウはにこりと微笑を多々良に向ける。


「その彼だか彼女だかと刀が、良い関係であればいいな」

「そうだね」


にこりと多々良も笑みを浮かべた。

この寡黙な刀匠には非常に珍しい、花が咲くような笑みだった。



 ◇


「こんなものでいいでしょうか?」


アキバ第2位の生産ギルド、<ロデリック商会>の担当者である青年<冒険者>は、どぎまぎしながらユウに服を差し出した。


「ふうん」


自身の漏らしたため息のような声に、青年の内心が爆発寸前になっていることにも気づかず、ユウは手渡された<上忍の忍び装束>を広げて眺める。

耐久度は預けたときより減っているが、何よりありがたいのは<自己回復>がついたことだ。

基本的にスピードを重視するユウにとって、ソロ活動中の破壊はなんとしても避けたい。

自己回復とは、その名のとおり装備の耐久度が時間経過とともに回復していくことを指す。

今後、長い単独行を予定しているユウにとってはもっともつけるべき補助ステータスだ。


「試着してもいいか?」

「え、ええ!!どうぞ!」


やけに力のこもった担当者に不思議そうな視線を向けながら、ユウはタワーの一角にある、カーテンと間仕切りで仕切られた小部屋に入った。

服を脱ぎ、インナーのタンクトップ一枚になったユウは慎重に装備に袖を通していく。

本来、ゲーム時代そのままの装備であればステータス画面から一瞬で装着できるのだが、改造の結果、<上忍の忍び装束>はその機能を失ってしまっていた。


羽織るように着終えると、ユウはカーテンから首だけ出して担当者に声を掛けた。


「おい」

「はい、なんでしょう?」


すっ飛んできた担当者に、生首だけのユウは少しあせったように尋ねた。


「なあ。なんかキツいんだが、これ。サイズ変えた?」

「ああ」


それだけで分ったのだろう、担当者はひとつ頷くと、不満そうなユウに答えた。


「我々も以前気づいたのですが、ステータス画面から装備できる防具には、サイズの自動調節機能があるようです。

ですが今回、ユウさんのその忍び装束は改造の結果、自動装備できなくなりましたので、同時にサイズ調節機能もなくなっていますね。

よろしければ体を採寸した上で、サイズを変えますよ」

「ああ、頼むよ」


ひょこ、とユウの首が引っ込み、しばらく衣擦れの音が聞こえたかと思うと、ばさ、とカーテンが開けられた。


「はぶっ」


変な声を立てた担当者に、不思議そうな顔を向けてユウは訊ねた。


「どうした?気分でも悪いのか?」

「あ、いえ、その……服は着ていただいて大丈夫なんですが」

「……あ」


全開のカーテンの奥で、タンクトップを脱いだ下着姿のユウは、思わず赤面した。

既に女になって7ヶ月、最初はまったく気にしていなかった彼女も、人並みの羞恥心くらいは持ち合わせるようになっている。

とはいえ、結局元が中年男なので、その<羞恥心>は実際の女性から見れば実にお粗末なものであったが。


あわててユウはカーテンを閉めると、タンクトップだけを着てもう一度開けた。

下半身は下着一枚だが、トランクスでないだけマシというものであろう。


「すまんすまん。ついクセで。それにしても君もずいぶんと初心だね」

「現実では、その、大学一年生ですし。その……あまり女性とも縁が無くて」

「あ、そうか」


顔を真っ赤にした担当者に採寸されながら、ユウは内心でほほえましく感じていた。

男をやって四十年、女の裸なんて妻を初め見慣れてしまった彼女にとっては、目の前の青年―というより少年の反応は実に懐かしい。

自分はどうだっただろうか?

確かにはじめて出来た彼女の服を脱がせたときは、ドキドキしていたような気もする。

しかし、特に授乳期間中、妻はほとんど胸を放り出して寝ており、それを見てもユウは何も感じることは無かった。

おっさんになったなあ、と一人ごちるユウの前で、顔を背けながら担当者は紐で彼女の全身を計っていく。


「身長171cm。背丈39cm。バスト……96cm。ウェスト66cm。ヒップ94cm。あの、スタイルいいですね」

「あ、ああ」


妻よりスタイルいいな、と思うユウの前で、鼻血を吹きそうな顔で計測し終えた担当者は

「ちょっと待ってください」と言いおいて、手元の黒板にチョークで数字を書いていく。


「では、仕立て直しますので後ほどまた来てください」

「いつごろ来ればいい?」

「ええと。ユウさんにはロデリック(うちのギルマス)からも渡すよう頼まれているものがありますので。1週間後の今時分においでいただけますか?」


わかった、とうなずきを返し、ユウは手早く服を着終えると、出て行きしなに担当者を振り向いた。


「若いうちには出来るだけ多くの女性と接したほうがいいぞ。何事も経験だからね」


ははは、と真っ赤になる担当者に軽く笑うと、ユウは外に出たのだった。



 ◇


 時間は既に夕暮れである。

アキバの街はこの時間、晩飯時に開店する定食屋―平たく言えば飲み屋が多く暖簾を掲げる。

多くは店の名前を染め抜いた洋灯(ランタン)を灯すが、中にはユウのようなサラリーマンあがりにはなんともいえぬ郷愁をかもし出す、赤提灯もぽつぽつと灯っていた。

ユウはその中の一軒、ここ数日通っている店の引き戸をからりと開けた。


中からうわん、という音がする。

酒を酌み交わす男女が発する楽しげな声が、集合体となってユウの鼓膜を打つ。


「いらっしゃい!」


店員の<冒険者>の威勢のいい声に迎えられたユウは、店内を眺めわたし、見知った顔を見つけてすたすたと歩み寄った。


「よう、テイルザーン」

「ユウはんか。丁度夕飯か?」

「ギャグか?」

「挨拶や」


既にジョッキ代わりの木杯を呷っている友人(テイルザーン)に、ちらりと微笑んで彼女は正面に座る。

駆け寄ってきた店員に麦酒(エール)を頼むと、ユウは腕を組んで顎を乗せた。


「あの殺人鬼、殺されたな」

「ああ。衛兵やったんやって?……アキバの衛兵機能も一緒に停止したんやと聞くな」


そういうテイルザーンの鎧には、あちこち泥はねがついている。

衛兵機能が止まったということは、街の治安維持は本格的に、テイルザーンが属する<ホネスティ>をはじめ、戦闘系ギルドに託されたということだ。

課された責任は、重い。


「ま、昔とったなんとやらや。かめへん、かめへん」


そう言ってテイルザーンは空っぽになった杯を眺め、「あんちゃん、こっちにも一杯たのんます!」と大声を上げた。

そして届けられた杯を静かにユウと打ち合わせる。


「ま、犯罪者の討伐を祝して、あとはリストラされた衛兵らの今後を考えて乾杯や」

「最初はともかく、二つ目は乾杯するようなものでもないが」

「そうでもないんや」


ぐびぐびと一息で半分以上を呷り、テイルザーンはぷは、と息を吐いた。

突き出し代わりの煮豆をぽりぽりと齧りながら言う。


「連中は、衛兵としての武力はなくしたが、アキバに生まれ育ち、レベルも高い連中であることはかわらへん。

俺らが知らん細道や、犯罪者がたむろする博打場なんぞも俺らよりよほどようしっとる。

連中は、<円卓会議>で一括で雇って、捜査に協力させることにしたそうや。

いうなれば、俺らと一緒の、警察官だか目明しってところやな」

「なるほど」


ユウは持ってきた卵焼きを箸で切り分けながら頷いた。


「もちろん連中は<大地人>やからな。死ぬような現場にはつれていかへんつもりやが、連中、士気高いで。なにせ身内(なかま)から人殺しを出したんやからな。

罪滅ぼしのためなんか知らんが、毎日熱心に街を見回ってくれとるわ」

「ほう」


いいことだ、と頷き、ユウはエールを飲み干した。


「ところで自分、いつ出かけるんや?」

「少なくとも1週間は先だね。装備が戻ってこないとなんとも」

「1週間、というと<スノウフェル>やな。自分、祭りの予定は?」

「ないね。残念ながら」


肩をすくめるユウ。

ギルドに所属もせず、仲間といっても数少ない上に、知り合いは軒並みナインテイルだ。

何をすることもなかった。


「せやったら、自分と俺らでちょっと回ってみるか?」

「デートか?」

「残念ながら違うねん。西のほうの知り合いがアキバに来るとかでな、案内するんやが、自分もついでに来ぃひんか?」

「知り合い、ねえ」


ユウは首をかしげる。テイルザーンの友人関係など知らないユウにとって、彼の知り合いと自分の関係もまた、分らない。

最悪、命のやり取りをした相手かもしれないのだ。

まあ、<Plant hwyaden>は来ないだろうが。


(まあ、いいか)


にゃん太の声が脳裏をよぎる。


『あにゃたは昔から、<エルダー・テイル>の(にゃか)では、あえて行動は単純であろうとしてきたですにゃ。

でも、今はもうゲームではないですにゃぁ。

考え方は変えていかないといけませんにゃ』


今まで、ユウは自分を対人家であると定義し、それ以外の人間関係からつとめて遠ざかってきた。

ほかのプレイヤーは、競い合う(ライバル)か、そうでなければ縁の無い他人、という二種類だけでカテゴライズしてきたといってよい。

しかし、旧知の猫人族の言うとおり、少し考え方を変えるべきときなのだろう。


「じゃ、頼むよ」

「ほうか!いやあ、聞いてみるもんやな」


にっこりと笑ったユウに、テイルザーンはそう言って気前よく酒の追加を注文したのだった。

何か動かそうとしたのですが、結局ほとんど何も動いていませんでした。

レイネシアとの会話は、まったく想像できなかったので当たり障りの無い形で終わっています。

彼女とユウとは、考えるとまったく接点がないんですね。


あと、衛兵機能がなくなった後のアキバの供贄一族については、完全な妄想です。

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