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ある毒使いの死  作者: いちぼなんてもういい。
第三章 <冬>
46/245

32. <真実>

1.


 レンインとユウが駆けつけたとき、現場はいまだに騒然としていた。

華人街の片隅にある小さな定食屋。

惨劇の舞台になったのは、この小さな店だった。


身勝手だと自分でも思うが、被害者が雑貨屋のタオシェン親子ではなかったことに、ユウはほっと息をつく。

そんな彼女の前で、ずかずかと進み出たレンインは、周囲の<冒険者>や<大地人>をぎろりと眺め回した。


「ズァンは?」


短く問うその声に答えるように、人だかりの一角が割れる。

その中には、彼同様に屈強な<冒険者>たち―<武林の好漢>たちに押さえつけられ、地面に半ば這い蹲らされたズァンがいた。

ユウの前では見上げるほどに巨大だった体躯も、心なしか縮んで見える。


「お嬢さん」

「お嬢さんがこられたぞ」

「江湖にとこしえに栄え、武林に敵なし!お嬢さんがいらっしゃった」


人々のあちこちから、そんなささやきがユウの耳に入る。

ひとついえるのは、この華人街において、レンインの権力が絶対的だということだった。


「ズァン」


そんな人々の視線を一顧だにせず進み出たレンインが、跪いたズァンに冷たい目を向けた。

冷眼に耐え切れなくなったのか、ズァンが肩を震わせて俯く。


「何があったかをこの場で述べなさい」

「……お嬢さん!俺はやっていない!」

「述べよ」


レンインの目は冷眼を通り越し、まるで氷点下だ。

その目に押さえつけられるように、彼はぽつぽつと呟くように答えた。


「……お嬢さんたちと別れてから、俺はこの定食屋に来た。

飯と酒を頼んで、一人で飲んでいた。

そうしたら眠ってしまって……起きて外に出たらいきなり押さえつけられた」

「殺人鬼が!!」

「ふざけるな!」


じろり。

冷ややかな目が再び周囲を見回す。

一瞬で静まったその場で、再びレンインが口を開いた。


「証明する人間は」

「……店の連中を除けばいない。だが信じてくれ!俺は確かに乱暴者だが、<大地人>を殺すほど落ちぶれちゃいない!」

「黙りなさい」


「ズァンめ!」


不意に誰かが叫んだ。

レンインが口を開く前に、野次馬の誰かが糾弾する。


「お前は日本人を嫌っていた!そこの女<暗殺者>にやられていただろう!

お前に殺されたこの店の家族はヤマトの<大地人>だ!

日本人にやられた恨みを、ヤマトの<大地人>にぶつけたんだろうが!」

「そうだ、そうだ!」

「華人の面汚しめ!」

「殺せ!もう一度大陸に追い返してやれ!」


野次馬の叫びが木霊のようにあちこちから響く。

全方位からの罵倒と弾劾に、ズァンは更に体を縮こまらせて蹲っていた。

そんな音の中で、ハァ、とレンインがため息をつく。

思わず見上げたズァンの顔が青ざめた。


「ズァン。おまえの粗暴さ、短気さ、頑迷さ、私は今まで見逃してきました。

ですが、もう許すことはできない。この男を牢に連れて行きなさい」

「お嬢さん!」


ズァンが甲高い悲鳴を上げる。

その彼に、レンインはむしろ優しげな口調で言った。


「おまえの存在がこの町に害をなすのなら、許すことはできぬ。

ズァン。覚悟を決めよ」

「お嬢さん!!」


最後まで手を伸ばしながら、ズァンはずるずると引きずられていく。

その姿が路地に消えた後、レンインは初めてユウを振り返った。


「情けないところを見せてしまいました」


そういって頭を下げたレンインに、ユウが尋ねた。


「被害者の家を見せてもらってもいいか?」

「……ええ。案内人を呼びましょう。第一発見者は?」

「あ、あっしです。お嬢さん」


おずおずと野次馬の中から<大地人>の男が進み出る。

その中年の<大地人>は、恐れ多いとばかりに二人の<冒険者>の前に、蛙のように這いつくばった。


「威は海内に響き、江湖に栄えあれ!お嬢様、光栄であります」

「お前の名は?」

「ワンハイといいます、お嬢様」

「いかなる者か」

「あの乱暴者に殺されたティクスの隣に住んでおります。茶屋をしております」

「どうやって見つけた」

「窓を開けて煙草を吸っておりましたら、ぷうんと血のにおいがいたしました。

気になって隣を除いてみたら、ティクスと奥さんが死んでおりました。

あわててそのあたりにいらっしゃる<冒険者>に、あの殺人鬼を捕まえてもらったのです」

「では、案内せよ」


 ◇


 定食屋の中は暗かった。

既に時刻も夕暮れに近い。ユウはあちこちにおかれた調度から、確かにティクスというこの被害者夫婦が、ヤマト人であったことを把握していた。

ワンハイを先頭に歩く3人は、ズァンが暴れたためか、半ば吹き飛んでいる入り口をくぐり、更に歩みを進めた。

ズァンが食べていた料理が、片付けられないままに机に散乱している。

酒瓶が一本、ごろりと転がり、乾いた音を立てて土間に落ちた。


「ここでティクスが、奥の台所で奥さんが死んでいました」


そう指差す場所に、既に死体も血しぶきもない。

それらはこの大地の理にのっとり、泡となって消えていたのだ。


(これでは、殺し方から犯人を捜すことはできそうにないな……)


ユウはそう内心で呟く。

同じことを考えていたのか、レンインがひとつため息をついて言った。


「この世界の犯罪捜査は非常に難しいですね……」

「ああ。……レンインは、もともと警官か何かなのか?」

「いえ」


短く答えると、レンインはふと台所の片隅に目を向けた。

そこには大きなひび割れが走っている。

それを見ながら、レンインは再び口を開いた。


「ワンハイ。あなたが見たティクスたちの死に方は?」

「あいつの剣で斬られていました。後ろから斬られて、すごい血でした。

あんな殺し方、武林のかたがた以外はできませんや」

「そうですか……礼を言います。ワンハイ。もう戻っていいですよ」

「は、はい」


そそくさとワンハイが去っていく。

その足取りは速い。誰だって知人が殺された場所に長くいたいと思うわけがないのだ。

ワンハイが立ち去るのを見届けて、レンインは再びひび割れに目を落とした。

す、と細い腕を上げ、ひび割れを撫でる。


「……何か変ですね」


その声は、ますます暗さを増した屋内で、死者の入る闇から響いてくるようだった。



 ◇


 「ズァンの野郎。あの畜生め」


ワンハイは夜を迎え、真っ暗な自室でそう言って茶碗の酒をあおった。

彼は一人暮らしだ。

茶屋にも客はなく、彼はこの夜、そうそうに店を閉めてしまっていた。

呟きながら、更に酒をあおる。


「ズァンの鼻つまみめ。地獄に落ちやがれ、ってんだ」


ごくり。


「ティクスには悪いが、これも因果だろうさ」


ごくり。


「これであいつもお陀仏だ。へへ。せいぜい大陸の生き地獄で苦しみやがれ」


ごくり。


「……寒いな。寝るか。それにしてもこれは<冒険者>にもよく効くな」


からん。




2.


 翌朝。

早くに再び被害社宅へとやってきたレンインは、何事かと集まる人々に、朗々と告げた。


「これより華人の誇りにかけて、凶悪な殺人鬼を処罰します。私たちの町は、私たちの手で護る」


おお、と歓声が上がり、あちこちからまばらな拍手が起きた。

拍手が収まるのを待って、レンインは続けた。


「まず、ティクスとその奥さまが何を持って殺されたか、説明しましょう。

見なさい」


その手に掲げられた剣が朝の陽光を浴びてきらりと光った。

ズァンの剣。殺人に用いられた剣だ。


「ティクスはこの剣によって殺されたと推定しました。

その推測は誤っていた。ティクスは、この剣で死んだのではない。

見なさい。わずかに輝きが歪んでいる。これは硬いものを斬ったことによる歪みです」

「やっぱり、ズァンの野郎じゃねえか!」


どこかから怒声があがる。その方向に視線を向け、レンインは言った。


「ティクスを殺したのはこの剣ではありません。振るったのもズァンではない。

みなも知ってのとおりズァンは歴戦の大規模戦闘経験者(レイダー)

歪んだ剣をそのままにしておくはずもない。しかも、ズァンの鞘は不自然に入り口が擦れている。何度も剣を抜いたズァンなら、いくら酔っていてもそのようなことはない。

さらに、店の台所には傷がありました。醜いひび割れです。

ズァンが仮に手元が狂ったといっても、そのようなひび割れは残さない。……そこの<守護戦士>」

「はっ、お嬢さん」


野次馬の一人を手で呼び、ズァンの剣を渡す。

そして手元のバッグから、四角い石を取り出した。煉瓦である。


「これを斬りなさい。その剣で」

「はい」


80レベルのその<守護戦士>が抜く手も見せずに振るった刃は、やや不ぞろいだが見事に煉瓦を斬り割った。


「見てのとおりです。レベルが更に上のズァンの一撃であれば、ひび割れではなく切り分けられる筈。

よって、犯人はズァンではない」


演説するレンインの後ろで、ユウは注意深く男を見ていた。

眠そうにしていたその男の目が徐々に見開かれ、顔が汗であふれていく。

ユウはゆっくりと、男の近くに寄った。


「次にズァンの状況です。彼の机には酒瓶が一本だけ転がっていました。

みなも知ってのとおり、彼は大酒のみです。一本で酩酊することがあるでしょうか?

幸い、先日の<暗殺者>は<毒遣い>でした。調べてみると睡眠薬、簡単に言えば毒が酒瓶に残った酒から出ていました」


周囲のざわめきが強まる。

やがて、どこかから叫びが響いた。


「じゃあ、ズァンの野郎の仕業じゃないってんですか!」

「ええ」


頷くレンインに、立て続けに叫びが浴びせられる。


「じゃあ、その<毒遣い>の仕業じゃないのか!毒を使ったんだろう!

ズァンを陥れるためにそんな手段をとったんじゃないのか?」

「ズァンを陥れるため、というのは本当です。ですが彼女でもない。

……ワンハイ。あなたは眠れないからと、薬師に睡眠薬を調合してもらっているそうですね」


がたがたと震えだしたワンハイを、さりげなく近づいたユウの手が握り締めた。

そのまま、無言で視線を向ける野次馬の中を、ワンハイをつれて進み出る。


「話しなさい。本当にあったことを」

「ズ、ズァンが、ティクスを」

「いいえ」


昨日ズァンに向けられた絶対零度の視線が、<大地人>を射抜いた。

もはやほとんど虚脱しかけているワンハイを離し、ユウが手にしたものを掲げた。

半分以上中身のない瓶と、何の変哲もない短剣だ。

レベル15の<大地人>でも持てるほどの、短剣だった。

さらに懐から酒瓶を取り出す。

それは、ズァンが飲んでいたものと寸分たがわぬ瓶だった。


「この男はズァンを陥れるため、おそらくはまずズァンの酒を摩り替えた。

この男は茶屋です。茶を届けると称してあがったのでしょう。

そのときに、客に出す酒瓶を摩り替えた。

そしておそらくは、茶でティクスたちも眠らせ、この短剣で刺し殺した」

「そんな!何の証拠が」

「そしてズァンが起きる前にティクスたちが消えたのを確認して、ズァンの剣で台所の一角を打った。本来ズァンの剣は、レベルの問題からこの男が使うことはできません。

しかし、『鈍器としてなら振るえる』。

稚拙な工作ですが、それで十分だと思ったのでしょう。

何しろ、死体はないのですから」

「お嬢さん!天地にかけて私はやっていない!お嬢さん!」


叫ぶワンハイに、ユウが鏡を見せた。

訝しげな彼に、彼女はその鏡―にゃん太に渡された<追憶の鏡>を起動させる。



「ズァンの鼻つまみめ。地獄に落ちやがれ、ってんだ」

「ティクスには悪いが、これも因果だろうさ」

「これであいつもお陀仏だ。へへ。せいぜい大陸の生き地獄で苦しみやがれ」

「……寒いな。寝るか。それにしてもこれは<冒険者>にもよく効くな」



響き渡った自分の声に、ワンハイの顔面がこれ以上なく蒼白になる。

昨夜、特技を駆使してワンハイの家を見張っていたユウは静かに言った。


「ティクスには悪い?<冒険者>にもよく効く?どういうことだろうな?」

「あ、あ、あ……」

「ワンハイ」


続けて投げかけられた声は、ユウですら一瞬怖気を震うほどに冷たかった。


「答えなさい。あなたはなぜ、ティクス夫婦を殺し、ズァンに罪を着せたのか?」

「あ、あ……」

「答えよ」


がっくりとうなだれたワンハイの口から、ぼそぼそと呟きが漏れる。

それは、やがて怨嗟に満ちた声となって、周囲に響いた。


ズァン(あいつ)は、町の鼻つまみだった」

「それだけじゃねえ。あいつは俺を馬鹿にした」

「雑魚だと。日本人(ティクス)と仲良くする、華人の面汚しだと」

「許せなかった」

「あいつだけじゃなく、俺にそんな屈辱を与えたヤマト人のティクスたちも許せなくなった」

あいつ(ティクス)がせめて華人なら、俺も馬鹿にされなくてすんだのに」

「あんな若造(ズァン)に、<冒険者>なんぞに。だから殺した。ズァンの野郎が泣き叫びながら処刑されるのを見たかった」

「できれば、あいつ(ズァン)がひどい目にあうのを大陸まで追っかけて見てやりたかった」

「…・・・畜生」


憎悪に満ちた声に、周囲の気温が数度下がる。

やがて、レンインが言った。


「ズァンの不始末は、我々華人<冒険者>すべての罪です。それは謝りましょう。

しかしおまえは許されない罪がある。

追って処罰は下します。この者を、牢に。代わりにズァンを出しなさい」


もはや動く気力もないワンハイを、ゆっくりと<冒険者>がつかみ上げる。

レンインは最後に、静かに命じた。


「連れて行きなさい」



 ◇


 ユウは支度を整え、レンインを振り返った。

彼女の屋敷の前では、彼女と何人かの部下が、見送るために立っている。

ワンハイが捕まった朝から、3日が過ぎていた。


「世話になった」


そういったユウに、レンインが小さなアクセサリを手渡した。

不思議そうにそれを見るユウの前で、太陽と月をかたどった紋章、さながらギルドタグのような首飾りがきらりと揺れる。


「お持ちください」

「これは?」


尋ねたユウに、レンインははにかむように微笑した。


「私のギルドの紋章(タグ)です。これをもっていれば、助けてくれる人もいるでしょう。

どうやって手に入れたか聞かれたら、レンインにもらったと言ってください」

「それは、ありがたい」


そういって懐にしまうユウに、最後にレンインは声をかけた。


「もし、華国に行くおつもりなら、声をかけてください。

わたしも、もうそろそろ、自分の境遇に立ち向かうべきときのような気がしますから」

「…・・・わかった」


一言を残し、ユウは振り向かずに去っていく。

その屋敷の門前に、ここ何日かで少しやつれた姿の偉丈夫が立っていた。


「……ユウ」

「ズァンか」


声を掛け合った二人は、しばらく無言のまま見つめあった。

やがて、ズァンが息を吐き、小さな声で言う。


「助けてくれて、礼を言う。その……すまなかった」

「かまわないよ」


仏頂面のズァンに、かすかに笑ってユウが答える。

そのまま歩き去ろうとする彼女の背中に、ズァンの声が届いた。


「もし。お前が華国に行くなら、声をかけてくれ。

手伝うから」

「ああ。必ず声をかけよう」


ユウは呼び出した汗血馬にまたがり、その腹に拍車を当てた。

今は朝だ。

アキバにつくのは、午後になるだろう。


かすかに西に見える黒雲を眺めながら、ユウは走り始めた。

<エルダー・テイル>における殺人事件。

どう形を作ればいいのか、非常に悩みました。

結局、ほとんど推測と、わずかな証拠(それも決定的なものではない)だけで片をつけています。

実際、誤認逮捕や冤罪めちゃくちゃ多いだろうなあ。

捜査の一番の手がかりである死体や血糊、遺留品どころか、犯罪に使われた道具すら、すぐに綺麗になるわけですから。

本格ミステリ好きの片には、かなり不満だと思います。

申し訳ありません。

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