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ある毒使いの死  作者: いちぼなんてもういい。
第三章 <冬>
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31. <華国人たち>

2.


公主(おじょうさん)。準備ができました」


とんとん、と衝立が叩かれ、どこか<三日月同盟>にいた<武侠>の少年を髣髴とさせる道着姿の少年がレンインに一礼した。

右手の拳を左手で包む、抱拳礼といわれる作法である。

元来は武術家や侠客の礼法だが、中国地区の戦闘系<冒険者>は好んでこの礼を用いていると、ユウも耳にしたことがあった。

背筋をぴっと伸ばした少年に、鷹揚にレンインが頷いた。


「よろしい。ではユウさん、こちらへ。長い話になります。くつろげる場所へどうぞ」


そういって先に立つレンインに続くユウに、少年は無表情のまま再び抱拳礼を向けた。


レンインが案内したのは、先ほど茶を馳走になった部屋よりやや広々とした部屋だった。

家具は最小限に抑えられ、ベッドと見紛うような絹製の沙發(ソファ)が空間を伸びやかに占領している。

サイドテーブルには小ぶりな火鉢とこんもりと盛られた葉。煙草道具だ。


「お()みになられるのでしょう?」


嫣然と微笑んでソファにしどけなく座ったレンインに、ユウも頷きを返したが、心中では目の前の女の正体に更に疑問を増していた。

レンインの態度は、役割演技(ロールプレイ)とは思えない。

はっきりといえば、彼女は自然体過ぎるのだ。

仮初の人間関係ではありえないほどに、彼女は自然に人の上に立つ風格を備えていた。

彼女が、このヨコハマの華人街における有力者、少なくともその一人であることは間違いない。

しかし、彼女の物腰は、例えばレディ・イースタルや<円卓会議>の権力者たちと違い、

まるで生まれながらに<レンイン>という姫君であったかのような印象すら与えてくる。

ユウは火鉢の炭を取り、自らの煙管に火をつけながら、ますますこの奇妙な状況への興味がわきあがるのを覚えた。


そう。これはまるで。

古代中国の皇女(ひめ)を相手にしているようだった。


ユウの緊張に気づいたのか、レンインはくすくすと笑った。


「何も困ることはございませんわ。私は見てのとおり、ただの<冒険者>、<道姑(ダオズ)>に過ぎませんもの」

「それにしては正体がわからないな。先ほどのズァンへの一喝といい、この屋敷といい、お前さんの正体は何者だ?」

「ふふふ」


笑うレンインの口が、突然歌うように揺れた。


「その名も高き対人家(デュエリスト)、並み居る武林の英雄豪傑をなぎ倒して<堕神蛇の魔宮>を突破し、神蛇の力が宿った刀を手にした稀代の<毒遣い>。

友人を救うために遠いナインテイルまで旅をした義侠の<暗殺者>。

武侠小説の主人公のような方にお会いできて、私はうれしいんです」

「……お前」


意図的にか、視線を空に彷徨わせたレンインに、ユウの腰がわずかに浮く。

<エルダー・テイル>時代の中国サーバの大規模戦闘(レイドバトル)ならともかく、

レディ・イースタルを追った西への旅など、意志を持って調べなければわかるものではない。


(罠か)


ユウの目がかすかに細められ、手がさりげなく腰の近くに置かれた。

部屋には中国式の格子の多い窓がある。

一撃で目の前のレンインに<パラライジングブロウ>を叩き込み、特技の連打で沈める。

その後窓を蹴破って脱出。後は野となれ山となれだ。

相手は不気味だといえ<妖術師>。

どんな<幻想級>装備で身を護っていたとしても、<暗殺者>の連撃に耐え得るはずもない。


ユウの思考が危険なものに変わりつつあるのを知ってか知らずか。レンインは自らに向けられた密やかな殺意を、微笑で受け流した。


「私は何の他意もございません。あなたに華国の現状をお話しするだけ。

私の正体は……単なるヨコハマの町の大人(かおやく)に過ぎませんわ」

「なら、まずは話してくれ」


厳しい顔のユウに、レンインは唇に手を当ててしばらく考え、


「ええ。どこから話しましょうか……そもそも、華国における<冒険者>のあり方から話しましょうか」


そう、ユウに告げたのだった。

いつしか、碌に吸われもしないまま、煙草が灰となって燃え尽きている。



 ◇


 そもそも、中国と日本ではプレイヤー……<冒険者>のおかれた立場が異なります。

たとえ半分の地球(ハーフガイア)でも、華国はあまりに広く、プレイ人口はあまりに少なすぎたのです。

ほとんどのプレイヤーは、<大都>、<燕都>、<馬乳の都>、<江都>といった主要なプレイヤータウンか、あるいは<大神殿>と<銀行>はありますが衛兵のいない五岳などに集まっていたのですわ。

ご存知と思いますが、日本サーバと違い、中国サーバはかなり独自の文化が再現された世界です。

そんな中で、多くのプレイヤーが行動の指針としたのは、かつての祖国の歴史に華々しい名前を残した英雄たち。


「水滸伝や三国志、武侠小説の人々のことだな」


ええ。

いつしか私たちは自らを<武林>、私たちの社会を<江湖>と名づけ、自らをファンタジー世界の<冒険者>というより、<江湖の義気>を持つ<武林の英雄豪傑>としてプレイするようになりました。

<大地人(じゃくしゃ)>を護り、武術を練磨し、絶技を駆使して競い合う。

その中で、ギルドという枠を越え、大きく正邪に分かれて<冒険者>たちは争うようになりました。


「正邪?」


ええ。といっても別に正派が正しく邪派が歪んでいるわけではありません。

単なるロールプレイの一環ですわ。

ですが、あの災害―<大災害>以降、すべては変わってしまった。


 ◇


いつの間にか差し出されていた花弁入りの薔薇水を飲むレンインに、ユウは腕を組んで尋ねた。


「それは、うわさに聞く、<大都>がいくつかの<華王>を名乗る大手ギルドで奪い合っている、という話か?」

「ええ。彼らもそうです。もともと緩やかな対立はあったのです。

もちろん<華王>―天子を僭称するなんてことはありませんでしたけれど」

「まるで三国志か春秋のような話だものな……お前さんたちが故郷を捨てたのもそのせいか?」

「ええ。その騒乱で、華やかな<大都>は見る影もなく荒れ果ててしまいました。

ですがそれだけでなく、ある<冒険者>は<大地人>の兵を率いて挙兵し、またある<冒険者>は水塞や山塞に篭り梁山泊を気取るなど、色々と騒乱の火種を撒きました。

その中で、正派と邪派の対立もまた、先鋭化したのです」


いままで余裕綽々の表情だったレンインの顔が不意に歪んだ。

彼女は、今思い出したくもないような思い出を、ユウに語ろうとしている。


「最初は取り立てて何のこともない、門派同士のちょっとした争いでした。

普段なら、互いに腕試しをして終わるような。

それがいつの間にか、その門派全員を巻き込み、さらには五岳剣派すべてと神教を巻き込む戦乱になってしまっていたのです。

心ある侠客たちが気づいたときはすでに手遅れでした。

五岳と神教の間の関係は、もはや抜き差しならないものになっていたのです。

そして……互いの盟主同士が断交するに及び、多くの侠客は絶望しました。

以来半年以上、中国サーバは<大地人>や亜人種による戦乱に加えて、<冒険者>同士の血で血を洗う抗争が続いています。

私にも……どうすることもできなかった。

できたことは、従ってくれた<冒険者>たちとともに運を天に任せ、<妖精の輪>をくぐるのみでした」


レンインは息もつかずにそれだけいうと、上目遣いにユウを見た。


「それが私の正体です。ヤマトに来てからは、この地の<冒険者>の情報をできるだけ集めていました。

かつて大規模戦闘で無双を誇った集団。アキバに名高い武闘派ギルドで武名を馳せた三人の女性。

ミナミで勢力を広げつつある姫。かつて対人戦で無敵を誇った弓使い。竜の力を得た戦士。旅を続ける<吟遊詩人>、北の地の<吸血鬼>、名高い<暗殺者>のギルド、遍歴する法師……その中にあなたの情報もあったのです」


 ◇


ユウは黙って目の前の少女のような<道姑>を見つめていた。

その頭に浮かぶのは、強いて言葉にするならば、


ここにも、わたしがいた。


というものであろう。


土地と、国とを問わずプレイヤーを震撼させた<大災害>、

法の世界の住民が、無法の地にたどり着いたときどうなるか、といういわば壮大な社会実験に対し、

<冒険者>は、その多くが極めて非倫理的な行動とならざるを得なかった。

それに反対し、抵抗し、しかし人々という巨大な群れの中で何かをなすことができず、夢破れた<冒険者>が、この場にもいる。


ユウは、たった一人で刃を向け、ついには逃げざるを得なかった。

西で出会ったドワーフは、絶望と妄執の果てに、人ならぬ者に身を委ねる道を選んだ。

そして目の前の少女は、同志を引き連れ、どこに向かうかもわからない<輪>に身を投げる他はなかった。

三者三様の結末だが、感じた挫折感と絶望は、同じだろう。

もしかしたら。

ミナミの支配者も、<円卓会議>の発起人も、同じ絶望と挫折の果てに、それぞれの道を選んだのかもしれない。

ユウは、思わず大声で問いかけていた。



「なぜ、初対面の私にこんな話を?」

「さあ、なぜでしょうね。きっと、友人を救いに旅に出たあなたなら、今の混乱する華国を何とかしてくれる、そのきっかけになるのではと考えたのかもしれません」

「そうか……」


ユウは嘆息する。

そのまま、彼女が何かを語ろうと口を開きかけたとき。

突然、バン、と音を立てて扉が押し開かれた。


公主(おじょうさん)!!まずいことになりました!ズァンが<大地人>を殺したと!」

「なんだと!?」


飛び込んだ先ほどの少年に、ユウは思わず怒鳴り返していた。

ぱりん、と陶器の杯が砕ける音が、二人の女性には何事かが破滅に向かう予兆のような、不気味な音響とともに響いて消えた。

ようやっと、当初のプロットに近づいてきました。

でも、考えれば考えるほど、ログホラの世界って色々想像ができますねえ。


原作外伝でもし矛盾する点が現れた場合は、速やかに訂正もしくは削除いたします。

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