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ある毒使いの死  作者: いちぼなんてもういい。
第三章 <冬>
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30.<ヨコハマ>

出てくるヨコハマの描写は、ほとんど半年ほど前の私の妄想そのままです。

原作との乖離や齟齬がないか、非常に不安です。

ヤマネ様の『海辺の町にて』や、凡人A様の『ヤマトの国の大地人』の描写だけが頼りです。

1.


 現代で東京とともに首都圏の一角を占める港町、横浜。

異世界セルデシアにおいては、かつての大都市はその名前を残しつつ、<大地人>の漁村として静かな日々を送っていた。

わずかに普通の村と異なるのは、この町の一角に<ウェンの大地>やユーレッド大陸から移住したという海外サーバ仕様の<大地人>が住んでいることだろう。

<武侠>などの一部の海外由来のサブ職業を習得するために訪れる<冒険者>によって、ヨコハマはささやかながら活気のある港町であった。


ユウが興味深そうにきょろきょろと見回すヨコハマは、さらに様相を変えている。

<大災害>以来、両大陸を離れ、幸運にもヤマトにたどり着いた海外プレイヤーたちが、ヨコハマに暮らすようになったのだ。

彼らが雑多に居住する一角は、元のヨコハマ、つまり本町と石川町を中心とする一角をはるかに越え、いまやかつてのみなとみらい地区に広がっている。


雑多な声がユウの左右前後から響く。

同時翻訳によりその意味はわかるが、音だけをとってみればそれは中国語であったり、英語であったり、その他の言語も含めさまざまだ。

世界各地からそれぞれの理由で、ヤマトに居場所を求めてやってきた移民たちは、自然とそれぞれの国ごとに集まり、彼ら自身も意図せぬこの異変を何とか生き抜こうとしていた。


その日。


<三日月同盟>の宴の夜に会った古参プレイヤー、にゃん太の薦めもあり、ユウはアキバを離れヨコハマにまで足を伸ばしていた。

潮の香りを漂わせた風は冬の空気に覆われて冷たく、太陽は透明な空気の上で金の円盤となって輝いている。

ユウが歩く小高い丘からは、両舷を巨大な船載弩砲(バリスタ)でハリネズミのように武装した帆船が、今まさに港に入るところが見えた。

都市同盟イースタルにとって、この港はごくわずかに海外との間に開かれた窓なのだ。

ユウの足元で草がしゃら、と音を立てた。

彼女はまず、旧知の<大地人>の元に足を運ぶつもりであった。


 ◇


「あんた、ああ、ユウさんか。親父から話は聞いているよ」


福の字を倒したのぼりを入り口に掲げた店から出てきた男は、そう陽気に言って<暗殺者>を迎えた。

その<大地人>の名前はタオシェン。

現実の時間において1年半ほど前、ユウが何の気なしにクリアしたマイナーなクエストのNPCだった青年だ。

彼の後ろでめっきりと老いた、しかし画面を通して見覚えのある男が笑顔で頷いている。

ユウは、サファギンに攫われたタオシェンを、クニヒコと協力して救ったことがあるのだった。

セルデシア内では20年近く経過しているためか、幼児だったタオシェンは20代の精悍な顔つきの青年となり、壮年だった父親は髪の色を真っ白に染め替えている。

まあどうぞ、と茶を勧められたユウは、物色していた客らしき<大地人>の老女に会釈すると、タオシェンの父親の座る椅子の向かいに腰掛けた。


「変わりませんな、ユウ殿は」

「<冒険者>ですからね」


明るく接客を続けるタオシェンの背を見ながら、ユウは懐に入れていた煙管に火をつける。

向かいで同じく煙草をうまそうに吸いながら、タオシェンの父親は苦笑した。


「いや、羨ましい。わしは見てのとおりめっきりと年をとってしまいましてな。

今では店も息子に任せているのですわい」


そう笑う彼の頬に深いえくぼが刻まれている。

一生を満足に過ごしてきた男の笑みだった。

ユウも笑って頷き、華国人が住む一帯―現実世界で言えば横浜中華街だ―に長年店を構える男に視線を向けた。


「最近、どうです?」

「人が増えましたなあ。特に<冒険者>が」

「ほう。やはりこのあたりに?」

「華国から来た<冒険者>はこの辺に多いですがね、よその国から来た人はばらばらですわ。

いい人もおりますが、中には鼻つまみもおりますな」

「親父さん、タオシェン、元気か?」


言葉を交わす二人に、不意に別の声が重なる。

その声を聴いた瞬間、一瞬目の前の老人の眉が曇ったのを、ユウは見逃さなかった。

入り口を見る。

中華風の仕切りで外界と隔てられた入り口に、古代中国の武将めいた壮麗な甲冑に身を包んだ人影がたっているのが見えた。


「ズァンさん、こんちは」


老女を送り出したタオシェンの声も明るいままだが、かすかな陰りがある。

その<大地人>二人の反応に気づいているのかいないのか、男はずかずかと店の中に入ると、気さくに片手を挙げた。


「よう。今日はちょっと狩りのついでに……ん?客か?」

「やあ」


いぶかしむように目を向けた男に、ユウは軽く手を上げた。

見上げるような偉丈夫だ。

アジア人特有の細い目の周りを、長い黒髪が覆い、甲冑に包まれた腕はユウの胴体ほどにも太い。

腰に提げた直刀は、体型との差でそれほど長くないように見えたが、実際は大剣に近いほどに大型の刀だった。

ヤマトの<冒険者>でも彼ほどに大きい人間はそうはいないだろう。

クニヒコより頭ひとつは優に大きい体に遮られ、店の中が僅かに暗くなったほどだった。


「日本人か?日本人がここで何をしてる?」

「知り合いに会いに来ただけだよ、中国人」

「ふん」


鼻を鳴らし、その男は勝手に椅子を持ち出すと、ユウのはす向かいにどかりと座った。

タオシェンの父親の隣だ。

そのままユウを不審そうに睨み付ける。

互いの座高から、ユウは見下ろされている事にかすかに不快感を感じたが、顔には出さずに彼の口が開くのを待った。

やがて、やや甲高い声でその男は名乗った。


「俺はこの町に住んでいるズァン・ロンだ。名乗れ、日本人」

「ユウだ」


居丈高な口調にさらにカチンとくるが、ユウは静かに答える。

その声にステータス画面を見る気になったのか、ズァン・ロンと名乗った中国人プレイヤーが僅かに目を見開いた。


「……92レベルか」

「ああ」

「新パッチのおかげか。楽しいだろうな、強くなれて」


挑発的な言葉だ。

ユウはますます不快になっていく気分を抑えつつ、慌てているタオシェンとその父親に片目を瞑ってみせた。

気にするな、という意思表示だ。

それが気に障ったのか、ズァン・ロンはさらに言葉を続ける。


「たまたまパッチがあたっただけで、俺たち日本以外のプレイヤーより強くなれた感想はどうだ?

こんな敵もいない島国で仲良くやれているのは楽しいか?え?日本人」

「どんな返答を期待している?中国人」

「俺はズァン・ロンだ!」

「なら私のことも名前で呼べ、中国人」

「貴様!」


一瞬で立ち上がったズァン・ロンがユウの喉をつかみ上げた。

苛立ち紛れに蹴り飛ばされた椅子が吹き飛ぶ前に四散する。

喉をぎりぎりと締め上げながら、ズァン・ロンは軽いユウを目の高さまで持ち上げた。


「偉そうにするなよ、日本人。貴様らはこの世界でまで中国人(おれたち)を苛立たせるのか?

歴史を知らない弱虫が、何を偉そうに俺と対等に話すんだ?ええ?言ってみろ!」

「……ぐ、何を苛立っているのかしらんが、喧嘩をするなら外で受ける。

ともかく汗臭い手をどかせ、中国人」


言いざまに抜き打った刀、<アメノマ>で借りた代用品の脇差が男の肘を薙いだ。

筋肉を断たれ、思わず離した手からするりと首を離すと、そのまま店の外に飛び出す。

不意の明るさに目を細めたユウの前で、ズァンが怒りくるって飛び出した。

すでに腕の傷はない。霊薬(ポーション)でも飲んだのだろう。

怒髪天を衝く、という形容そのままのズァンに対し、ユウはことさらに嘲弄してみせた。


「どうした?いきなり喧嘩を売っておいて、かかってこないのか?

何ならお友達を呼んでもいいぞ。ああ、お前らの言い方なら同志か?」

「ふざけやがって、小娘がぁっ!!」


男の腰から光が走る。

居合の要領で抜き放たれた刃を、しかしユウは余裕を持ってかわして見せた。

しかし。


鈍い痛みとともに、ユウの足が止まる。

見れば、振りぬかれた男の刃の軌跡に沿うように、ユウの防具もなにもない胴体がすぱりと斬られていた。

単なる布の服がはらりと落ち、ユウの胸から腹部にかけて赤い線がじわりと広がる。

斬られた下着からあらわになった胸が、噴き出す血潮で一気に赤く染まった。


「<侠客>か、きさま」


深く斬られたせいで、ごぼごぼと喉にせりあがってくる血を吐き捨てて、ユウは呻いた。

<侠客>。

中国サーバにおける<武士>である。

特技の多くは<武士>と共通するが、いくつか異なるものもある。

そのひとつ、目の前の男が使った<天剣勢>を彼女はかつて目にしたことがあった。

HPの半分近くを奪われたユウをせせら笑って、ズァンは嘯いた。


「どうせ日本人なんてこんなもんだ。レベルだけ高くて実際は弱い。

わかったら無礼を詫びろ、日本じ」

「<ペインニードル>。詫びるのはそっちだ。いきなり襲ってくるのが中国人の礼儀か?」


口が閉じられ、いきなり減り始めた自分のHPに驚く男に、ユウは静かに言った。

同時にポーションを呷る。傷が逆再生のごとく癒えていき、HPが徐々に青く染まりなおされていく。


「毒だと?貴様……」

「あいにく戦闘になると思わなくて、秘蔵の毒は全部銀行に置いてきた。ただの毒だが、苦しいだろ」

「卑怯な……」

「卑怯はどっちだ。いきなり斬りつけやがって。襲うなら襲うできちんと仔細を言え」

「何が日本人に……<気弾(オーラセイバー)>!!」

「<パラライジングブロウ>!」


不意に閃いた光に、飛び込んだユウの刀が合わさる。

泡を吹いて倒れこんだズァンを、バックステップで飛び退いたユウが冷たく見下ろした。


「別にヤマトだからおとなしくしろとは言わないが、いきなり喧嘩を売ってお前、正気か?

ここで死んだらどこへ還るのかはしらんが、生き延びたければ謝罪しろ」


騒ぎに気づいたのか、周囲の<大地人>や<冒険者>が徐々に集まりつつある。

その視線のいくばくかに敵意が含まれているのは、明らかに日本人のプレイヤーが同胞を切り倒した光景を見ている中国人プレイヤーのものだろう。

呻くズァンは口を引き結び、何も言わない。

止めを刺すか、と刀を構えたユウの横から、不意に涼やかな声が響いた。


「お待ちください。<暗殺者(アサシン)>」

「あ?」


剣呑な目を向けたユウの前で、周囲から進み出たモノトーンの中国服をまとった女性が静かに一礼した。


「あんた、<妖術師>……じゃない、<道士(ダオシ)>か」

道姑(ダオグ)のレンインと申します。すみませんが、刀を納めていただけませんか」


言いながら、レンインと名乗った女性<冒険者>の、ふわりとした袖から瓶がズァンに投げられた。

解毒薬だ。

麻痺から脱し、あわてて薬を飲むズァンに、レンインが冷たい目を向ける。


「ズァン。仔細は聞かなくてもわかります。この場は私が納めますので、立ち去りなさい」

「お、お嬢さん」

「立ち去りなさい、といったのが聞こえないのですか?」


憎憎しげにユウを見たズァンに、さらに冷気を増した声が投げられる。

ズァンは怯んだ顔をレンインに向けると、ユウに憎しみの篭った声を向けた。


「ユウといったな。覚えておくぞ。絶対に殺してやる」

「毒一発でへたばったガキが偉そうに言うなよ。次も返り討ちにするぞ」

「……覚えていろ」


最後にはき捨てたズァンが雑踏の向こうに消えた後、レンインは申し訳なさそうにユウのはだけた上半身を見た。


「ユウさん。よろしければ事情を説明したく思いますが……その前に、これを」


レンインが済まなさそうに渡した布を羽織り、胸を隠したユウは苦笑して答えた。


「ありがとう。聞かせていただこう。こっちもこの町の<冒険者>と争うのは本意ではないのでね、助かった」

「感謝します。では、こちらへ」


ユウは、気遣わしげに見るタオシェン親子に頷くと、歩き出したレンインの後を追って足を速めた。



 ◇


「ズァンも、本来あそこまで粗暴な男ではないのです」


華国人街の一角。中華風の屋敷の一室で、レンインは茶を勧めながらそう切り出した。

目の前に置かれた卓子には、茶壷と茶を注ぎ分けるための茶海が置かれ、茶杯が大きいものと細いものの二種類置かれている。

作法に従い、まずは細い聞香杯で馥郁とした香りを楽しみつつ、ユウは応じた。


「ああ。別に私も怒っているわけではない。もともと日本と中国、特にお互いのネットユーザーは、10年以上いがみ合ってるからな。まあ、現実のお互いの国のことについては色々言いたいこともあるだろうが……彼はそれにしても憎しみの度が過ぎてないか?」

「ええ。それも説明します。タオシェン親子にも累が及ばないよう、当面ズァンは私の手の者が監視します」


同じく聞香杯を手に取ったレンインの答えに安心したため息をつき、ユウは茶の香りを楽しんだ。

華やかな、朝露のような爽涼な湯気が、ささくれ立った心を溶かしていくかのようだ。

その彼女に「満足くださってよかった」と笑みを見せ、レンインは自らも目を閉じた。


しばらく、極上の香りを楽しむように二人の間に沈黙が流れる。

その静かな空気が破られたのは、二人が杯の茶を茶池に捨て、レンインが淑やかな仕草で茶杯に茶を注ぎ終えたときだった。


「<関公巡城>だね。正式な作法を学んだのか?」

「よくご存知で。ええ。親に教えられましたから」


湯で十分温められた茶壺から、茶杯にまわすように注ぎいれることを、<関公巡城>という。

日本人が単語まで覚えていることにレンインは驚いた顔を見せながら、嬉しそうに頷いた。


「中国にいらしたことが?」

「仕事で何度か。商社の人に茶館に連れて行ってもらったことがあるんですよ」

「まあ」


置かれた熱い茶で舌先を湿らせ、レンインは手にした杯から目を上げた。


「まず、同胞の無礼を謝罪します。ユウさん。ご存知かどうかわかりませんが、私たちは今極めて不安定な立場にいるのです」

「アキバとの関係か?」

「ええ。それもありますが、もっと広く、日本人との関係です」


レンインが頷く。

彼女が静かに口に乗せたのは、かいつまんで言えば次のようなことだった。


<エルダー・テイル>全域を襲った<大災害>は、例外なくレンインやズァンたち中国地区のプレイヤーも巻き込んでいた。

問題は、日本と異なり、彼らがインターネットを自由に使うことのできる環境、つまりは中上流階級の出身であったことだ。

中国共産党の官僚や要人の子弟、あるいは企業の経営者の子息。

彼らはネットゲーマーであると同時に、ネットを通じ、部分的だが自由に意見を発信した世代である。

中国ではいまだに一人っ子政策が続いている。

個々人で言えば中国人プレイヤーは、日本や他の国のプレイヤーより遥かに<恵まれた>人々だった。

しかし、彼らは中国国内での秩序の再構築に失敗した。

ウェストランデとイースタル、エッゾといった、同一民族における緩やかな対立関係が設定されていたヤマトと異なり、中国大陸を模した<華国>は、統一王朝が倒れた後、各地の軍閥や有力諸侯による麻を裂いたような乱世をデザインされている。

それが、速やかな秩序の確立を妨げてしまったのだった。


「私を含め、少なからぬプレイヤーが他の地区への脱出を余儀なくされました。

ヤマトにたどり着いたのは幸運でしたが、今度はそこで新パッチの適用という別の火種に出会ってしまった。

ズァンは、中国サーバではそれなりに名の知れた大規模戦闘(レイドバトル)プレイヤーで、自分の強さに誇りを持っていました。

しかし、<ノウアスフィアの開墾>が適用されていない私たちは、どれだけ訓練しても90レベル以上にはなれません。

ズァンも、その苦しみに徐々に歪み、もともと教えられていた日本への反感とあいまって、あのような暴挙に出るまでに追い詰められてしまったのです。

失礼ですが、小柄なあなたが92レベルだということが、彼の溜まった鬱憤に火をつけたのでしょう」

「……なるほど」


茶杯を傾けるレンイン自身も90レベルだ。

特に強さに誇りとアイデンティティを持つことの多い大規模戦闘経験者(レイダー)にとって、レベルの差は時に致命的なまでの差を生む。

ユウはいまさらながらに、のほほんと町に入った自分の迂闊さに舌打ちしたい気分だった。

そもそも、彼らは移民、むしろ難民だ。

今まで経験したこともない災害に見舞われた人々がいきなり難民という立場に落とされ、しかもこの世界では絶対的な強弱の差ともいえるレベルの差を見せ付けられる。

ユウは、レンインたちがあえて<大神殿>のあるアキバではなく、ヨコハマにとどまっている理由も理解できた。

静かに茶を飲むレンインに、今度は深く頭を下げる。


「まったく、無思慮だった。申し訳ない」

「貴女のせいではないのですから、どうかお気になさらず」


それよりも、とレンインが茶杯を置いた。


「わざわざこのヨコハマまで来られたからには、何かしらの目的があるのでは?

微力ですが、お力になれるようであればお手伝いいたしますが」

「ああ……」


ユウは思わず口ごもった。

特に理由はなく、自分の気持ちを決めるためにここを見に来た、とはとてもいえる状況ではない。

異国で、コンプレックスや軋轢と戦いつつ、必死で生きているレンインたちに、自分の道がわからないので探しに来た、などという理由はあまりに幼稚で、無遠慮なものにユウには思えた。

レンインは、あくまで静かにユウの言葉を待っている。

その誠実そうな表情に、ついにユウは内心を取り繕うのを諦めざるを得なかった。


「実は……アキバを出ようと思うのです」

「……何のために?」


レンインの返答は短い。

ユウには、暗にそれが「なぜ恵まれた境遇を捨ててしまうのか?」と責めているように思えた。


「……元の世界に、戻るためです」

「それはヤマトを出て見つかるものなのですか?<ノウアスフィアの開墾>が適用されているのはこの島だけです。

この<災害>の正体が何なのかはわかりませんが、新パッチに関係しているだろう事はわかります。

であれば、探すべきものはこの島の中にあるのではありませんか?」

「……それも、わかりません。ですが、<盟約の石碑>、<失われた大地>、<混沌の城>、世界のあちこちにはこのセルデシアの根本に迫る手がかりがあるように思うのです」

「そのために、敢えてヤマトを出ると?」

「はい」

「そうですか……」


俯くレンインを見ながらユウは、今更ながらに彼女の正体に疑問を抱いていた。

レンイン。<道士>、<調剤師>、90レベル。所属ギルド<日月侠>。

ステータス画面からわかるレンインの情報はこれですべてだ。

しかし、先ほどのズァンとのやり取りといい、ユウに向けられた敵意が彼女の登場で霧散したことといい、レンインは見た目どおりのたおやかな<お嬢さん>とは思えない。

やがて、長いため息をついてレンインは顔を上げた。


「では……お力になれるかわかりませんが、私たちの祖国の状況をお話いたしましょう」


その声がゆっくりと耳に届いたとき、ユウは我知らず乾いた喉を鳴らしたのだった。

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