29.<夜の風景>
次々原作キャラを出してしまい、汗顔の至りです。
口調とか、合ってるのだろうか。
このギルドに加盟したその日より、君は我々の仲間だ。
共に遊び、戦い、語り合い、いずれ<エルダー・テイル>を去るその時まで、君と我々は共に過ごす。
仲間は常に君を信じ、君のために戦い、君が過てば正し、君を頼りにする。
君が、君の後に続くプレイヤーたちにも、同じ気持ちを抱いてくれることを我々は願う。
1.
宴は夜更けになっても終わる気配を見せなかった。
食欲のないユウは、大広間に片隅に座り、ちびちびと酒をなめているだけだったが、老若男女さまざまな外見の<冒険者>たちが、疲れを知らぬかのように彼女の周りで騒いでいる。
中には、この<三日月同盟>ではないタグを背負った<冒険者>もいたが、そうした違いはこのギルドにとって何の区別にもなっていないようだった。
日が暮れる前から始まった宴会は、夜になって華やかな美貌のギルドマスターが戻ってきてから更に加速したようだった。
既に乱痴気騒ぎといってもよい状況だが、それでも脱ぎだしたり下ネタに走る<冒険者>が現れないのは、さすがに女性比率の高いギルドというべきか。
とはいえ、ユウ自身を含め、一座の女性<冒険者>の誰が本当の女性で、誰が元男性だったのかは、騒ぐ声からは既にわからないのだったが。
「騒がしくて申し訳ありません」
吐き気と酒精が脳裏で混交しつつあるユウの元へ、そういってヘンリエッタがやってきたのは、中締めが優に3度は過ぎた夜更けのことだった。
ユウは、この怜悧な印象のサブギルドマスターに目線を合わせ、軽く目礼する。
「いえ、楽しそうで何よりです」
彼女の視線は、酔った勢いで中国風の剣を抜いて剣舞を始めた<冒険者>に向けられていた。
酔っていながら、鋭い剣筋に周囲の男性がやんやと喝采を送っている。
「それはよかったですわ」
微笑んで、ヘンリエッタはユウの隣の椅子に「座っても?」といいながら腰を下ろした。
そして、目を剣舞に向けながら静かに言う。
「ミナミ、いえ、西は……どうでしたか?」
「ここほど賑やかではありませんでしたよ」
「そうですか」
ユウの返答に、ぽつりとヘンリエッタが返す。
その口調に込められたなんともいえないやるせなさに、ユウが思わず目を向けると、
視線に気づいたヘンリエッタは一瞬目を開いた後、ふっと微笑んだ。
「……どうしました?」
「いえ、私たちはよく考えたら、<大災害>以降のほかの地域のことを何も知らないんだな、と」
ヘンリエッタは、手の酒盃を揺らしながらぽつぽつと語った。
<大災害>以来、<三日月同盟>の維持で手一杯だったこと。
彼女自身も設立に深く関与した<円卓会議>の成立後は、ギルドに加えて<円卓>の業務までこなさねばならず、なおさらに外に出る暇などなかったこと。
「……なにしろ、私自身を含め、ほとんどのプレイヤーは20代や、せいぜい30代。そこの小竜のように10代のプレイヤーも多かったのです。
現実世界ではひよっ子もいいところ、新入社員や若手社員ばかりのチームですわ。
それがいきなりたくさんのプレイヤーの責任を持たされ、半世紀以上政治をやってきたような貴族たちと渡り合わされ……自分のしたいこと、見たいことを追うどころではなくって」
「……そうでしょうな」
ユウの口調は苦い。
若い体のせいで忘れていたが、目の前の、ユウより遥かに重い責任を背負って立っている女性は、自分より遥かに年下なのだ。
ヘンリエッタの独白は、彼女には、「あなたがたベテランが私たちを率いてくれていれば」という非難めいて聞こえていた。
苦い沈黙に気づいたのか、あわててヘンリエッタが手を振る。
「いえ、別に他意はありませんの。今の状況は誰にとっても辛いものですわ。地球で守るべきものを多く持った人なら、なおさらのことですし」
「いや、すまなかった」
気遣わせたことがまたユウには辛い。
実際に生きてきた年齢も、プレイ暦でも、ユウは彼女より長いのだ。気遣うべきはユウのほうだった。
だが、今になって<円卓会議>をユウが担うことなどできようはずもない。
そうした諸々の意味がこもった「すまない」という言葉だった。
ユウの内心を洞察したのか、ヘンリエッタが気遣わしげな視線を向ける。
その口がふとふわり、と動いた。
「よろしければユウさんのことをお聞きしたいのですけど。年齢やご家族、プレイの経歴とか……」
「それは」
「あ、<円卓会議>の諮問の続きではありません。純粋に興味ですわ」
ユウの言外の問いに答えたヘンリエッタに頷き、ユウは騒ぐ<三日月同盟>からまるで見えないスクリーンに隔てられたような、奇妙に静かな一角で、何度目かわからない身の上話のために口を開いた。
◇
長い話が終わり、ユウが渇いた喉をワインで潤した時、ヘンリエッタはほう、とため息をついた。
その口から静かな言葉が漏れ出す。
「いろいろ……あったのですわね」
「ああ。すまないが私は、<大災害>以来、お前さんたち若い人々を導こうなんて欠片も思わなかった。
自分のやりたいように、何をやるかもわからないままに動いてきただけだ」
「そんな」
「いや、そのとおりだ。現実世界のキャリアなんて何の役にも立たなかった。
やったことといえば、友人を一人救い出したことだけ。お前さんたち<円卓会議>はすごいよ。
曲がりなりにもこの地方に秩序を再構築して、こんな明るい町を作ることができた」
「……」
「だからこそ、ただ乗りはいけないな」
ユウの決意を込めた言葉に、ヘンリエッタが息を呑む。
その彼女に、ユウはすっと立ち上がった。
「どこへ?」
「……アキバに戻った後のことを、何人かに話したことがある。いずれ出て行く、って。
でも、自分の中で出て行く気持ちが不思議によくわからなかった。
出て行って、何をしたいのか。ただ旅をしたいのか。元の世界に戻る方法を探りたいのか。
別の<冒険者>には、旅をしたいんだ、と私は言った。
だが、お前さんと話していて、少し自分でわかったことがある。
アキバはお前さんたちの町なんだよ。
私はお前さんたちが一番大変なときにいることができなかった。助けにもなれなかった。
そんな人間が、みんなが必死で作った果実を偉そうに食べるだけは出来ない。
外に出て何をするべきかはわからないが、『いてはいけない』理由だけはわかった気がする。
ありがとう、ヘンリエッタさん。あなたと話せてよかった。」
立ち去ろうとするユウに、ヘンリエッタは声をかける。
「ユウさん。……アキバは自由な<冒険者>の町です。
どうか、お忘れなく」
「ありがとう。忘れないよ」
影のように広間を出て行くユウを、ヘンリエッタは静かに見つめ続けていた。
2.
アキバの夜が明るいとはいえ、その光はかつての地球に輝いていたそれとは比較にもならない。
ユウが歩く街路は、地上の光を圧倒的なまでに抑える星と月の光によって白くうっすらと光っていた。
特に行くあてがあるわけでもない。
彼女が寄宿している雑貨屋に帰ることも考えたが、ユウはしばらく一人で星を見ていたかった。
いつしかその足は、長い歳月を経て奇形的なオブジェへと役割を変えた、かつての都心の大動脈、その結節点のひとつへと向いていた。
秋葉原駅。
山手線、京浜東北線、総武線をはじめ、多くの路線が乗り入れた、かつての秋葉原のランドマークだ。
もちろん、今は列車の姿はなく、役割を失ったプラットホームは草と虫と鳥のささやかな楽園となっている。
歩くユウは、買い求めたシャツにジャンパー、下はチノパンのようなズボンといった出で立ちだ。
腰に刀を提げている他は、現実世界の服装と限りなく近い。
ユウは一瞬、あのエンバートという殺人鬼がいたら、と思ったが、特に気にすることはなかった。
どうせ殺されてもそばの<大神殿>で生き返るだけだ。
半ば崩壊した改札をくぐり、動かないエスカレーターを上って、更に上までは<暗殺者>の脚力で飛び上がる。
そしてそのまま、かつてはベンチだったと思しき突起にユウはゆっくり腰を下ろした。
星は、ゆっくりと回っている。
何十億年も続き、これからも何十億年と続いていく大自然の営みだ。
ユウは微動だにせず空を見上げていた。
この世界とは何なのか。
何が自分を今、この世界に置いているのか。
これからどうなっていくのか。
無数の疑問は、しかしユウが何度も自分に問いかけた疑問に他ならない。
アキバで、イチハラで、ザントリーフの片隅で、テイルロードで、ユフ=インで。
それらの地で出なかった答えが、今出てくる訳はない。
だが、ひとついえるのは。
そんな世界の不可解に直面しながらも、多くのプレイヤーが自分たちなりの答えを出しつつある、ということだった。
遍歴の果てに、ムナカタに居を定めたクニヒコも、
ユフ=インで勇敢な男爵との約束を守っているレディ・イースタルも。
<円卓会議>を必死で維持しているアキバの多くの<冒険者>たちも。
誰もが自分の進む道を見つけ、必死で歩き続けている。
その果てに何が待つのかわからないままに。
では、自分は?
そう、自分に問いかけたとき、下草を踏むさくり、さくりという音がユウの耳に届いた。
「考え中でしたかにゃぁ」
そこにいたのは、腰に二本の細剣を提げた、一人の猫人族だった。
◇
「座っても、よろしいですかにゃ?」
「どうぞ」
ユウが適当に払ったベンチに、猫人族の男はゆっくりと座った。
空を見上げる。
「星が、綺麗ですにゃ」
「そうですね、にゃん太さん」
目を細める彼に合わせて視線を再び夜空に向けて、ユウは独り言のように尋ねた。
「どうして、ここへ?」
「なに、<三日月同盟>から出て行くのを見ていただけですにゃ」
記憶にもある重々しい声で、そう答えた男の名はにゃん太。
ユウよりやや年上の、ベテランプレイヤーだった。
取り立てて親しくはないが、同じく中年プレイヤーの一人として、面識はある。
何度か、肩を並べて剣を振るった経験もあった。
「アキバにいらっしゃるとは知りませんでした」
年上なのが明確にわかるだけに、ユウの口調も知らず丁寧なものになる。
そんな彼女に更に目を細めて―苦笑したのだろう―にゃん太は答えた。
「何、浮世の義理という奴ですにゃぁ。若者が事を成そうとするなら、背中を支えるのがロートルの義務ですからにゃ」
「そういう意味では、私は義務を果たしていませんね」
「<大災害>直後のことですかにゃ。それともミナミへむかったことかにゃ?」
「どちらもですよ」
語尾のおかげで、いまいち感情がつかみにくいが、ユウはそう答えるに留めた。
再び訪れた沈黙の中で、やがてにゃん太がぽつりと話し出す。
「いろいろあったですにゃ。誰にとっても」
「あなたや、あなたの今所属しているギルドにとっても、ですか?」
「シロエちはいいギルドマスターですにゃ。危なっかしいところは、みんなで支えればいいことですからにゃぁ」
「……そうですか」
「そんにゃに、思いつめないほうがいいですにゃ。たぶんこの世界の<冒険者>は、あにゃたが考えているほど弱くもないし、ろくでもない人ばかりでもないですにゃ」
「そうは、思っていないつもりですが」
「思っていますにゃ」
強い口調に、思わずユウはにゃん太を見た。
隣に座るベテラン<盗剣士>は、夜風に髭を揺らしながら、相変わらず空を見ている。
ただ、その細い目だけがかすかに開かれ、ユウを鋭く見つめていた。
「私はむかしのあにゃたを知っている一人ですにゃ。あにゃたは昔から、<エルダー・テイル>の中では、あえて行動は単純であろうとしてきたですにゃ。
でも、今はもうゲームではないですにゃぁ。
考え方は変えていかないといけませんにゃ」
「………アキバを出ようと思うんです」
「……ヘンリエッタちから聞きましたにゃ。それがあにゃたの決断なら、何も言うことはないですにゃぁ」
冷たいように聞こえるが、これがにゃん太というプレイヤーなりのやさしさだとユウは知っている。
だから、韜晦するように彼女は言葉を続けた。
どこかでフクロウの鳴き声が重なった。
「ですが、出ていったいどうするのか、何を目指すべきか、わからなくなってしまった。
どこに行けばいいのか、何を求めればいいのか、何もわからないんです」
「……」
「あなたには進むべき道がある。私には……何もない……」
「クニヒコちやタルちのところへ行くのは?」
ユウはゆっくりと首を振った。
「あいつらの道はあいつらのものです。私の道ではない」
「友人や仲間と一緒に進むのも道ですにゃぁ」
「……ですが」
「であれば、道は自分で見つけないといけませんにゃ。
ここにいるのか、西へ行くのか、それとももっと彼方まで旅をするのか。
すべてはあにゃたが決めることですからにゃ」
そういったにゃん太は、ふと目の光を和らげて言った。
「……ヨコハマに、行ってみるといいですにゃ」
「ヨコハマ?」
不意に出てきた固有名詞に、ユウは目をぱちりとした。
ヨコハマ。かつての首都圏を構成する大都市。今では<大地人>の住む港町である。
「あそこには、大陸や<ウェンの大地>から逃げてきた<冒険者>が多く住んでいますにゃ。
そこで話を聞くと、いろいろと気づくかもしれませんにゃあ」
「……なるほど」
呟いて立ち上がったユウに、にゃん太はくすりと笑った。
暖かい笑いだった。
そのまま、彼の手がふわっと動く。
反射的に手を出したユウの掌中には、ひとつの鏡があった。
小さな、コンパクトの半分だけを切ったような鏡だ。
「これは?」
「差し上げますにゃ。来し方行く末を考えてみるのにいいですにゃぁ。
<追憶の鏡>。過去の自分を映し出すことができる鏡ですにゃ」
「ああ」
ユウも聞いたことがあった。
<エルダー・テイル>のゲーム内で、動画を撮影することが出来る鏡だ。
実際、パソコンの動画ソフトがあるのでほとんど使われることはなかったアイテムだが、一部の、ゲーム外のソフトを嫌うプレイヤーの中では、それなりに重宝されていたものだった。
ユウは、鏡に映る自分の顔をしっかりと見つめて、頷く。
「情報、そしてこの鏡を戴いたこと、感謝します。……にゃん太さんはギルドに戻らなくても?」
「年よりはもう少し、星をみていたいですにゃ。<三日月同盟>にもし戻るつもりなら、夜風で酔いをさましてくる、と伝えてほしいにゃ」
「お伝えしましょう」
そういって身を翻したユウの背に、にゃん太の最後の言葉が風に乗って届く。
「……ケセラセラ、ですにゃ。ユウち」




