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ある毒使いの死  作者: いちぼなんてもういい。
第三章 <冬>
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28. <諮問>

1.


 その日。


 <円卓会議>の一席を占めるギルド<グランデール>に与えられた、ギルド会館内の一室で、椅子に座ったままウッドストックは目を閉じていた。

小柄なドワーフの姿に髭を生やし、昔の冒険飛行家めいた服装に身を包む彼の横にしつらえられた椅子には、同じく2人の男が静かに瞑目して座っている。

アキバの大手ギルドであり、同じく<円卓会議>に座を占める<ホネスティ>のギルドマスター、アインスと、<ロデリック商会>のロデリックだ。

本来、<円卓会議>の一員として、また多くの<冒険者>を束ねるギルドマスターとして多忙を極める彼らが、ひとつところにいるというのは非常に珍しい。

クラスティ、アイザック、シロエ、茜屋=一文字ノ介、カラシンと、11人の評議員のうち半数近くを欠いている状態であればなおさらだ。

だが、現実として彼らは集まり、そして今から一人の<冒険者>を迎えようとしている。

彼女がもたらす西の情報は、<円卓会議>にとって、計り知れない価値を持つものになるはずだった。


「そろそろですか」


ふと目を開けてアインスが言った。

ロデリックが無言のまま頷く。

彼のしぐさが呼んだように、とんとん、と彼らの前にある扉が叩かれた。


「どうぞ」

「失礼します」


ウッドストックの声にこたえ、扉を開けたのは一人の<武士>だ。

テイルザーンである。

その後ろから静々と入ってきた黒髪の<暗殺者(アサシン)>を見て、3人のギルドマスターは誰からともなく、ほっと息をついた。



 ◇


 ソファに座ったユウは居心地が悪かった。

<グランデール>からの手紙―言い方を変えれば召喚状―に呼ばれて来てみれば、そこにはウッドストックだけでなく2人の<冒険者>もいたからだ。

いずれもサーバーの有名人である。

長髪を流し、神主めいた和装に身を包んでいるのはアキバ五大戦闘ギルドの一角、<ホネスティ>を率いるアインスに違いない。

その横で眼鏡をかけた法儀族の男性は、<ロデリック商会>のロデリックだろう。

そして2人の中央で静かにデスクに肘をついているのが<グランデール>の主、ウッドストックだ。

自分の後ろで護衛めいた直立不動で立つテイルザーンの視線を感じながら、ユウは口を開いた。


「……で。聞きたいことがあると言われてきたんだが」

「ええ。はじめまして……ですかね?ユウさん」


アインスが座ったまま会釈する。


「昔、対人屋のブログであなたの記事を見たときはわくわくしましたよ。

私がまだ新米だったころ、あなたは既に誉れ高い対人家(トップデュエリスト)だった」

「それはどうも」


おだてているのか、いまいち表情も口調も変わらないアインスに会釈を返して、ユウは正面の3人を見据えた。


「で?お前さんがたは別に、世間話をするために私を呼んだわけではないと思うが」


ぞんざいな口調に、後ろのテイルザーンがあせっているのを背中で感じつつ、ユウは続けた。


「西の情報が知りたいんだろ?」

「ああ。はっきり言えば、そうだ」


重々しく答えたウッドストックに、ユウはお茶らけた調子で返す。


「情報屋になったつもりはないが、ただでとも言いたくないね」

「……報酬は何を望むのです?」


今度はロデリックだ。

ユウは、心のおくまで見通すようなその視線を見返して答えた。


「装備がほしい」

「何を」

「未使用の<秘宝級>とまでは言わない。そこそこの性能で良いので自己回復できる<暗殺者>用の装備一式をもらいたい。後、できれば毒の原料になる素材を」

「それならば、用意できます」


しばし目を見交わしていた3人が頷く。


「ほしいものは、リストにして出してください。あまり多くは困りますが、<円卓会議>で用意しましょう」

「感謝する」


もともとダメもとの交渉だっただけに、思いのほかあっさりと頷いた3人に驚きながら、ユウは礼を述べた。


「礼を言うのはこちらだ。<暗殺者>のユウ。あんたが持ち帰ってきた西の情報は、我々にとって非常に有益だ」


ウッドストックが答える。

そのあとを継いだアインスが、やや考えるようにして言った。


「では、すみませんが話してください。あなたがアキバを出てからのことを」

「わかった」


ユウは話し始めた。

クニヒコと共に通った中山道の情報。

レディ・イースタルから、あるいは自分で見聞きしたミナミの現状。

西における<Plant hwyaden>の暗躍。

そして、テイルロードからユフ=インまでの、西の<大地人>たちの状況を。


話し続けるユウに、口も挟まず3人は黙って聞いている。

やがて、話し終えたユウが水を一口飲むと、ややあってアインスがため息をついた。


「なんというか……思った以上の状況ですね」

「<大災害>による影響は、想定をはるかに超えるようです」


ロデリックも頷く。

二人に同じく頷き返すと、ウッドストックはユウを正面から見た。


「全般的に見て、西の雰囲気は」

「殺伐としてるとまではいかないが、アキバ(ここ)ほど<冒険者>と<大地人>がうまくいってないのは確かだ。こっちのザントリーフ戦役のように、一体となって戦っていないからだろう。

全体的に、<冒険者>同士で争い、<大地人>はそれに巻き込まれているような感じだった」

「なるほどな」


ユウの返答に頷くと、ウッドストックは2人の同僚に尋ねた。


「どう思う?」

「ミナミは我々と違うやり方で秩序を取り戻したようですが、火種は多いようですね」

「それ以前に、なまじ<Plant hwyaden>としてまとまったばかりに、意思決定が硬直しているように思えます。ゼルデュスの考えそうなことですが、ただ彼の意志とばかりも言えないでしょう」


アインスとロデリックが述べたことにいちいち返事をすると、ウッドストックは改めてユウに向き直った。


「さて、ユウ。あんたにもいくつか聞きたいことがある。

まず、その声。あんたは確か男だったと思ったが、いつ声が変わった?」

「地震のときだから、そうだな。一月ちょっとくらい前だよ」

「ぶしつけな質問だが、生理は?」

「来た。タイミングはほぼ普通の女と同じだ」

「歩いていて距離に違和感を覚えたことはあるか?」

「さあな……あまり気にしていなかった」

「変わったことはなかったか?たとえば……料理ができるようになったとか」

「試していないから知らん」


先ほどまでの寡黙が嘘のように矢継ぎ早のウッドストックの質問に、ユウは少し考えながら答える。

質問が終わった後、ユウは思わず尋ねた。


「すまんが、質問の意味を知りたい。今の質問は何を聞きたかったんだ?」

「<大災害>は終わっていない、ということです」


ロデリックが代わりに答える。

後ろでテイルザーンがはっと身を硬くするのが感じられた。

ユウも、静かに聞き返す。


「その意味は」


しばらく目と目を見交わしたあと、やがてロデリックが「これは仮説なのですが」と前置きした。


「我々<ロデリック商会>の推測では、我々をこの世界に招きいれた<大災害>、それはまだ終わりを迎えていない。ユウさん。あなたが体験したように、かつて男性であった女性プレイヤーや、女性だった男性プレイヤーの声が、この肉体に引っ張られて声が変わる、あるいは生理的現象が起きるという事象が徐々に発生しています。

おそらくまだ誰も試していないでしょうが、もしかすると生殖能力を持った可能性もある」

「……それは」

「我々は、名実共に<冒険者>である各々のキャラクターになりつつある、ということです」



 ◇



 ユウはふらふらとギルド会館を歩み出た。

振り向けば、廃墟と化したビルの中で妙にファンタジー調のギルド会館が、奇妙な威圧感でユウの背中を押している。

彼女には、その建物がまるで「お前はもうファンタジー世界から逃げられないのだ」と言っているように見えた。


 <円卓会議>の3人のギルドマスターから聞かされた情報は、自分で思った以上にユウを打ちのめしていたらしい。

半分の地球(ハーフガイア)であるはずのセルデシアが、徐々に現実と同じ縮尺を持とうとしているということ。

肉体だけでなく内面まで、キャラクターに徐々に引っ張られつつあるということ。

現実で当たり前にできることが、サブ職業の選択によらずできるようになりつつあるということ。

それが示す未来は、ユウにとって紛うことなく悪夢だ。


このままこの世界にい続ければ、いつか自分は内面までも女になってしまう。

あの、エルのように。

どこかの男にすがり、抱かれ、子供を産む。

そうなったとき、自分はどうなるのか。


自分を丸ごと作りかえられているかのようなすさまじい嫌悪感に、思わずユウはしゃがみこんだ。


「あの……大丈夫ですか?」


ふと、頭上から柔らかな声が聞こえた。

見上げれば、ふわりとした印象の少女が、心配そうに自分を見つめている。

そのステータス画面には、<三日月同盟>という所属(ギルドネーム)がきらきらと輝いていた。


「あ……なんでもないんだ、ありがとう」

「そうですか?でもずいぶん気分悪そうで」


そう尋ねる少女は、ユウから見ても魅力的な雰囲気を漂わせていた。

黙ったまま、無理してユウは彼女の女性的なスタイルに注目しようとした。

そんな恥知らずなことを思っていると知らず、少女はユウに肩を貸そうとする。


「よいしょっと」


自分より背の高いユウをささえようとした少女がよろける。

その拍子にふわっと香った女性特有の髪の匂いに、全く何の感慨も沸かなかったことに気づいた瞬間、

ユウは思わず食べたものを吐き戻して気絶していた。



 ◇



 何か悪夢を見た気がする。

ぼんやりと目覚めたユウが真っ先に思ったのはそれだった。

しかし、見ていたはずの夢は瞬く間に無数の欠片に零れ落ちて記憶から消えてゆく。

失っていく夢を、切なく凝視していたユウは、不意にかけられた声に驚いた。


「あの、大丈夫ですか?」

「君は」


ふと見れば、ユウが寝かされた清潔そうなベッドの脇にちょこんと座り、心配そうなまなざしで先ほどの少女が見下ろしていた。

その隣のサイドボードには、きれいに切りそろえられた林檎が置かれている。

窓からは、もう夕暮れなのだろう。

赤い光がカーテンを通して、柔らかく部屋を包んでいた。


「……すまない。よそのギルドに迷惑をかけた」

「いえ、私たちは相身互いですから」


ユウが復調したことに気づいたのだろう。少女はぱっと顔を輝かせると、手元の林檎に手を伸ばした。

そのまま、すっと手を出し、林檎をユウに握らせる。


「疲れたときや気分の悪いときは甘いものです。どうぞ」

「すまない」


短く礼を言って、林檎をかじる。

しゃり、と心地よい食感と甘酸っぱい味が、力のないユウの全身を包んだ。


(体が、鉛みたいだ)


しゃく、しゃく、と静かに林檎を食べながら、内心でユウは呻く。

それほどまでにロデリックの話は衝撃的だった。

そのまま内心に沈んでいたユウは、そばの少女が話しかけていることにもしばらく気づかなかった。


「あの」

「……ん?ああ、ごめん。何?」


しばらく言いづらそうにもじもじとした後、その少女は意を決した顔で尋ねた。


「あの、何があったんですか?すごい顔色も真っ青で」

「あ、うん。それは……」


言おうとして、ふと気づく。

ロデリックが「仮説だ」と前置きしたことからして、先ほどの話は一般の<冒険者>にはまだ知られていない話なのだろう。

であれば、目の前のこの優しそうな少女に話すのは忍びない。

そう考えて、外見だけなら娘のようなその<三日月同盟>の<冒険者>に、ユウはなんでもないとばかりに手を振った。


「ああ……少し、飲みすぎてしまってね。なんでもないんだよ」

「お酒の飲みすぎはよくないですよ」


他愛ない理由にホッとしたのか、どこか安心したような、それでいて呆れたような笑いを少女はユウに返した。

ユウもおどけたように肩を竦める。


「全くだね。もう学生みたいに浴びるほど飲む年じゃない、ってのに」

「あの、失礼ですけど、もしかして社会人の?」

「そうだよ」

「へえー!」


妙に嬉しそうな少女にユウが答えようとした時、ふと酸っぱい臭いが鼻にかかった。

そういえば、とユウは慌てて頭を下げた。


「そういえば、吐いた記憶がある。申し訳ない。代わりの服を見繕いたいのだが」


今の少女は部屋着なのか、ラフなブラウスにスカートという姿だ。

ユウが気絶した時も、確か鎧ではなかったように思う。

元々ゲーム時代から存在した装備は通常の意味でのメンテナンスは必要ではないが、手縫いや手織りの服はそうではない。

決して望んで覚えたわけではないが、月に一度の客の為に、布を取り替えているうちに覚えたルールだった。


「え!いいですよ、別に。そんなこと…」

「では、せめて代金を」


ちゃら、と置かれた金貨に、少女の顔が赤くなる。

金が嬉しいのか?と見上げたユウは、少女が微かに苛立ちを見せていることに気が付いた。


「いりません!」


自分の親切が営利行為のように取られたのが不愉快だったのだろう。

硬い声に、ユウも金貨を引っ込める。


「すまない。礼の表現方法に過誤があるようだ」

「本当に、そんなことをしなくていいんですっ!だってこの世界にいる人はみんな助け合わないといけないじゃないですか」


目をパチパチさせたユウは、黙って少女を見つめている。

一息に言い切ってはぁはぁと息を荒がせる彼女は、ふと目をあげた。

その顔が僅かに驚く。

目の前の黒髪の女性が、正義感の強いわが娘を見る父親のような、地獄で地蔵に会ったかのような、なんとも言えない柔らかい表情のまま、泣いていたからだった。


気まずい沈黙は、トントンと控えめに叩かれたノックによって破られた。

ユウがさっと顔を拭き、少女がはい、と明るく答える。


「大丈夫ですか?」


入ってきたのは、怜悧、という印象の強い20代の女性だった。

着ているものはフリルの多いワンピースだが、普通なら違和感を覚えるはずのそれはユウの目から見てもごく自然にマッチして見える。

単に服を着るのではなく、意識とイメージを持って「着こなして」いることの証だ。


その女性はつかつかとユウのいるベッドに近づくと、すう、と笑みを浮かべた。

最初の印象に反し、笑うと笑窪が優しげだ。

ユウも改めて頭を下げる。

恐らくは少女の属するギルドのギルドマスターか、もしくはそれに準じた地位の女性だと見たからだった。


「礼を言います。そちらのお嬢さんに前後不覚のところを助けて戴いた」

「礼には及びませんわ、<暗殺者(アサシン)>のユウさん。

私はヘンリエッタ。この<三日月同盟>のサブマスターをしております。

生憎とギルドマスターが不在ですので、代わりに」

「それは、ご厚情痛み入ります」


テキパキとした声に、思わず社会人としての態度を思い出したユウが再び頭を下げた。

そんなユウに再びにっこりと微笑み、ヘンリエッタと名乗った女性は口を開いた。


「もうすぐ夕暮れです。宜しければ一晩お泊まりになられては?

仲間の方々がおられれば別ですけれど、見る限り、あまり体調が良さそうには見受けられませんわ。」

「他所のギルドにご迷惑をかけるわけにもいきません。ご厚意誠に有難いが、もう大丈夫です」


答えたユウに、はあ、と息をついたヘンリエッタは「仕方ないですわね」と呟いた。


「ユウさん。貴女の事を実はウッドストックさんから聞いているのです。

丁度、そこのセララが貴女を担いで帰ってきた時に、ですわ。

ご存知かもしれませんが、今のアキバの夜は危険です。

ウッドストックさんのご好意もありますが、今夜はお泊りなさいまし。

お代は、そうですわね、貴女の体験談のうちいくつか、ではいかがですかしら?」


その言葉に、ユウはヘンリエッタの奇妙に好意的な誘いの裏にあるものをようやくに察した。

よく考えれば、<三日月同盟>とは、ナインテイルに残った友人、クニヒコからかつて聞いた<円卓会議>構成11ギルドの一角であり、<グランデール>とは、頓挫した中小ギルド連合の頃からの付き合いのはずだ。


あからさまにショックを受けたユウが、知り合いのギルドに担ぎ込まれたと聞けば、更なる情報収集の機会と捉えてもおかしくはない。

人間、弱った時は嘘を言いづらくなるからだ。

もちろんそれだけでなく、あわよくばユウの取り込みも考えているのかもしれないし、あるいは純然たる好意も一欠片くらいは混じっているかもしれない。

どちらにせよ、ユウを手離さない十分な理由が<円卓会議>、ひいてはそのエージェントであろうヘンリエッタにはあるのだった。


そこまで考えて、ユウは脳内で情報を整理する。

いずれにしても隠すべきはまず毒の情報だ。

続いてプライベートに属する行動の情報がそれに次ぐ。

それ以外はほとんどギルド会館で話してしまっていたし、特段隠すほどのものでもない。


「申し訳ない。では一晩だけ御厄介をおかけします」


神妙に言うユウに、ヘンリエッタはほっとした、セララと紹介された少女は心から嬉しそうに笑みを見せたのだった。

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