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ある毒使いの死  作者: いちぼなんてもういい。
第三章 <冬>
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27. <定食屋にて>

1.


 冬というのは、わけもなく人を急かすものだ。

その日。足早にユウがとある定食屋の暖簾をくぐったのは、正午にはまだ間がある時間だった。


「待たせたか?」

「いや、俺もちょうど来たところや」


ユウの声に振り向いた<武士>は、陽気に手を上げて答えた。


 

 ◇


 <武士>―ギルド<ホネスティ>に所属するテイルザーンは、まじまじとユウを上から下まで眺め渡した。

彼は<大災害>後に所属していたミナミの<ハウリング>を抜け、アキバまで移ってきたという、異色の経歴を持つ<冒険者>だ。

ユウとは、夏のザントリーフ戦役の際、共にクラスティ率いる遠征軍のメンバーとして、肩を並べて戦っている。

その彼は、しばらく無言でユウを見た後、信じられないとばかりに首を振った。


「いや、声が変わっただけやが、ずいぶんとまあ、女らしゅうなりよってからに」

「殺すぞ、テイルザーン」


しみじみと言う彼に、ユウが冷たい声で突っ込む。

その口調に、ちょうど定食を持ってきた<大地人>の娘がびくっと立ち止まった。


「おっとっと。娘さん、気にせんでええで。この娘なりの愛情表現やさかい」

「……」


取り落としかけた皿を掬い上げたテイルザーンにぶるぶると震えたまま頷くと、その<大地人>の女給は足早に去っていく。

その背中を見送りながら、呆れた声でテイルザーンはユウに声をかけた。


「相変わらず愛想もクソもないな、ユウはん。定食屋の娘を怖がらせてどうするんや」


言われたユウも、言い過ぎたと感じたのか、軽く頭を下げて詫びる。


「悪かった。だが、できれば声のことは触れないでいてくれるとありがたい」

「まあ、いろいろあったんやろうが……まあええわ。俺も無遠慮やった」


軽くテーブルの上で握手したユウは、ふと周囲を見渡した。

冬晴れのいい陽気ということもあって、昼時を迎える店の中はほぼ満席だ。

客の半数以上は<冒険者>だが、そこかしこに<大地人>も見える。

その顔は例外なく陽気で、楽しげだった。

それらを眩しげに見ながら、ユウはぼそぼそと言った。


「相変わらずアキバは明るいな。ナインテイルやミナミと同じ世界とは思えん」

「まあなあ。治安があって法があるということがどれほど得難いことか、ようわかるわ」


大声でお代わりをねだる<大地人>の子供を嬉しそうに見やって、テイルザーンも頷く。

その顔は明るいが、どこか隠し切れない憂悶が漂っていた。


「ミナミは……西日本はやっぱり悪いんか」

「一概にそうとも言い切れないが……」


ユウは見た限りのことをテイルザーンに伝えるため、言葉を慎重に選びながら言った。


「……治安そのものは、決して悪くない。それぞれの町も秩序があった。

だが、向こうでは<冒険者(わたしたち)>は異分子だ。

<大地人>の控えめな支配者として振舞うか、対立するか、お互い無視しあうか。

あるいは……凶暴で一方的で無慈悲な暴力となるか」


ユウはナインテイルの山中で<大地人>を襲っていたはぐれ<冒険者>を思い返していたが、それだけではない。

彼女は黙るテイルザーンに心配そうな目を向け、続けた。


「……この世界は、おそらく、<冒険者>が凶悪な害―クエストを退治(クリア)し続けることでバランスが成立する世界なんだろう。

一旦<冒険者>がその役目を放棄すれば、ザントリーフに襲い掛かったゴブリン同様、あっという間に<大地人>はその猛威に飲み込まれざるを得ん。

イースタル地方は恵まれている。<円卓会議>がクエストを依頼することで、曲がりなりにも人とモンスターのパワーバランスがゲーム時代同様に保たれているからな。

だが、向こうは……」


あと一歩で恐るべきミイラの王に蹂躙されるところだった山奥の集落。

レディ・イースタルたちが放棄したクエストの結果、滅び去ることになったテイルロードの町。

<冒険者>がモンスターに加担することで、滅びの淵に知らず立たされたライトニングの村。

たった一つのユニークオブジェクトのせいで、領主をはじめ騎士団のほとんどが失われたユフ=インの町。

いずれも、ゲームの時代であればそれほど大事になる前に抑えられた災害だ。

ユウが目の当たりにしてきたそれらの悲劇は、<冒険者>が秩序を取り戻し、集団で当たれば決して解決できない問題ではなかった。

しかし、彼女が直面したときには、すでに一人二人の<冒険者>ではどうしようもないレベルの天災と化してしまっていた。

ユウ自身、仲間ともども命を永らえられたのは、僥倖ともいえる幸運のおかげだったのだ。


「……ほうか」


テイルザーンの声は苦い。

その苦味を飲み込むように、彼は一息に出された麦酒(エール)を飲み干した。


「俺らのせいや、とも言い切れんし、しゃあない、とも言い切れんな。

確かにこの世界が求める<冒険者(おれら)>はクエストバスターでモンスターハンターやが、ゲームならさておき実際にそんなことをせいといわれても……望んで来たわけでもあらへんしな」

「その辺が、どうしようもなく矛盾している点だ」


言いながらユウもエールを干す。久しぶりの苦味は、思ったよりも喉に来るものだった。

トン、と木のカップを置き、ところで、とユウは話題を変えた。


「先日私が遭遇した奇妙なPKのことなのだが」

「ああ。そいつは今、<円卓会議>で追ってる奴と同一人物や。エンバート・ネルレス。94レベルの<武士>や」

「94レベル?しかし、あいつは」

「レベルにしてみれば異様に強い、ってんやろ?そうや。身をもって体験したから、よう知っとるで」


テイルザーンのしかめ面は、どこまでも苦い。

その顔に悔しさを覗かせつつ、彼は手にしたカップを握り締めた。

ビシリ、と木の杯に罅割れが走る。

それにも気づかないように、テイルザーンは声を絞り出した。


「俺を含む<ホネスティ>の巡視隊(パーティ)が、赤子をひねるみたいにあっさりと負けよった。

あの強さは、はっきり言って異常や。ただの<武士>やないことは、お前もようわかるやろ、ユウ」

「ああ」


彼女も頷く。

テイルザーンは、ユウ自身もまともに戦えば苦戦を免れない程の猛者だ。

その彼をあっさりと殺した相手が、尋常な<武士>であるはずもなかった。

実際、ユウが命を拾えたのも、敵がいきなり去ったからだ。

あのまま戦っていれば負けていた。

出てきた牛鍋定食に口をつけながら、テイルザーンも腰の剣をぽんと叩く。


「わずか一戦。それだけで俺の刀もほとんどオシャカや。

元からあまり耐久性のない刀やけどな。

気をつけえ、ユウ。もう一度会ったら多分、最期やで」

「そうだな」


ユウも飯を掻きこみながら答える。

客観的に見れば引き分けといったところだが、彼女の内心は敗北感が溢れていた。


しばらく無言で二人は食事を続ける。

再び声が戻ったのは、食器が片付けられ、茶が出されたころだった。


「ところで、お前は今何をやってるんや?」

「旅の準備だ」


目を丸くしたテイルザーンに、熱い湯気を顎に当てながらユウは続けた。


「武器と防具がダメになったからな。

とりあえず伝をたどって修理してもらっている。

あと、素材も買っておかないと。その辺が適当にうまくいったら、イチハラ―ああ、アキバを追放されていたころに世話になった村なんだが―にも行って素材を補充しておきたい」

「いろいろ考えとるんやな」


感心したようにテイルザーンが頷く。その目が不意にまじめな光を湛えた。


「なあ。ユウ。お前、アキバに腰を落ち着けたりしようとはせえへんのか?」

「アキバに?」


きょとんとした、まるで本当の女のような表情をしたユウに、テイルザーンはたたみかけた。


「昔、お前と喧嘩しとった<黒剣騎士団>の若いのに言った事がある。

<黒剣騎士団(あいつら)>と俺は、所属ギルドは違うても、同じゴールに向けて冒険する運命なんやろう、とな。そしてユウ(おまえ)はそうやない。同じ場所にたまたまいて、肩を並べて戦っただけで本当は、全く別の冒険をして、別のゴールにたった一人で向かう奴や、と。

今でも俺はそのとおりやと思う」

「……なるほど」


相槌を打つユウに、テイルザーンはそう思うたのはな、と重ねた。

見れば、昼時を過ぎて定食屋も人影はまばらだ。

先ほどの女給の少女が、隅のテーブルで遅い昼食を食べているのが見えた。


「お前があまりに孤独に見えたからや。アキバから背を向け、<冒険者(なかま)>からも背を向け、

どこか遠くに一人で旅に出るように思えたからや。

それは、お前の心の奥に、クニヒコはんに聞いた<大災害>直後のお前の行動が(わだかま)っているからやないか、と思っとった。

せやけど、ナインテイルまで旅をして、その贖罪も果たされたんやないか?

お前がどんな冒険をしてきたのか知らんが、もう十分罪は償えたんやないかな。

これからはアキバの<冒険者>として、一緒に戦う選択肢もあるんやないか?」


長広舌を終え、茶を思い出したように飲む目の前の<武士>に、ユウは小さく笑った。


「まるで口説き文句だな」

「そう思われても、かまへんで。どうせセルデシア(ここ)だけの関係や」

「そりゃまた、ずいぶんと節操のない」

「抜かせ」


軽口を叩きながらも、テイルザーンの目は真剣極まりなかった。


「もう一度、頼む。アキバに残ってくれ。これは何の根拠もない噂やが、まだ<大災害>は終わってないようにみんな思うとる。

その時、たった一人で立ち向かうより、アキバ(みんな)と一緒に立ち向かうほうが、いい所へ行けるような気が、俺にはするんや」

「有難う、テイルザーン」


頭を下げたテイルザーンは、頭上から響いたやさしげな声に思わず顔を上げた。


「お前さんの話を聞いて、決心が固まったよ。すまないが、やっぱり私はいつか旅に出たい。

多分、お前さんの言うとおりなんだろう。

アキバ(ここ)に残って、多くの<冒険者>と一緒に冒険に立ち向かうのが、あるべき姿なのだろうな。

だけど、それはやっぱり私には合わないんだ」

「ユウ……」


ちゃりん、と金貨を落として彼女は立ち上がる。


「自分でももやもやしていたものがようやくはっきりしたよ。やっぱり、私は旅に出たいんだ。

ヤマトだけじゃなく、このセルデシアのあちこちを回って、それこそアフリカの奥地から中央アジアの草原から、ウェンの大地(アメリカ)にある<盟約の石碑>まで見て、この世界を探索したい。

その上で、元の世界に戻る方法を探したい。

その為に、今度は贖罪でなく、胸を張ってアキバを出て行く。

有難う、テイルザーン。お前さんは得がたい友人だ」

「ユウ!」

「当分はこの町にいるから、また会おう。明日にでもね」


叫んだ<武士>は、ユウの言葉にふと目を瞬かせた。


「……明日?」

「ああ」


そのテイルザーンに、ユウはいたずらっぽく片目を瞑ってみせた。


「明日、お前のところのアインス、それから<グランデール>に呼ばれてるんだよ。

というわけで、明日は案内を頼むよ、テイルザーン」



鼻歌を歌いながら店を出て行くユウに、テイルザーンは思わず叫んだ。


「……なんやねん!あいつは!」

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